『勇者リリアと魔王のフィアンセ』Eden Force StoriesⅣ(第四部)

風間玲央

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『第五話・4 砂糖で国が動いてるんだが!?』

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宰相がすかさず帳面を取り出し、冷徹に告げる。

「陛下、神姫昇格に伴い、リリア殿の今後の食事はすべて『民の祈り』と『朝露の蒸気』のみとなります。肉および炭水化物の摂取は神格を汚すため、……本日をもって禁止です。代わりにこちら、今週の御献立にございます」

宰相が差し出したのは、透き通った絹の紙。そこには流麗な文字でこう記されていた。

『月曜:朝露の蒸気、火曜:成層圏のミルフィーユ ~希薄な空気のレイヤー仕立て~、水曜:夕焼けの残り香のフラン……木曜:概念のポタージュ』

(はぁぁぁぁ!? ……重ねてねーよ!! ただの空腹をハイカラに呼んでんじゃねーよ!! 「食感:無」ってなんだよ、咀嚼した瞬間に顎が虚を突かれるわ!!)

(食事制限きつすぎんだろ!! 神様ってカスミ食って生きてんの!? 一国救って飢死にとか、どんな無理ゲーだよ!!)

さらに神官が、鼻息荒く一歩前に出た。

「ご安心を! リリア様が本日浴びられた湯はすべて『聖水・神姫の涙』として瓶詰めし、一滴金貨一枚で全国の信徒へ販売いたします! ラベルのフォントはブッくん殿に発注済みです!」

背後でブッくんが、巨大な金槌を振るって鉄板を叩き出した。

「おうよ! 今回のフォント『神聖ゴシック・アイアン』は、一文字三キロの鉄鋳造(てつちゅうぞう)だ! 瓶に貼れば、その重みが信仰の重み……痛っ! 角で指切った!」

(フォントに殺傷能力持たせんな!! なんで文字読むのに軍手が必要なんだよ!! お前、印刷所じゃなくて鍛冶場から納品してんだろ!!)

(そもそも売るな!! 俺の風呂の残り湯を商売道具にすんな!! プライバシーが神格化という名のシュレッダーにかけられてんだけど!!)

「さらに褒美として、ザッハトルテ3ホールを授ける!!」

「やっぱりケーキかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

宰相が机を割り、セラフィーが額を押さえ、神官が聖水を吹く。
兵士たちは祝福の拍手をしながら、どこか遠い目をしていた。

そのとき――玉座の陰から、銀の鎧がきらりと光った。
……空気が、ほんのわずかに張り詰める。

「……陛下、恐れながら。」

ネイルだ。王直属の近衛にして、リリアの分身。
無表情のまま、視線はピタリとケーキの皿に固定されている。

「そのザッハトルテ、毒見を──いえ、警備上の確認を。」

(おい!! 完全に“味見したい人”の声だったぞ今!!)

ネイルはきっぱりと言い切った。

「……糖分が切れると、魔力制御に支障が出ます。」

一切の冗談の色がない声だった。

(知らねぇよ!! お前それただのカフェイン中毒と同じ理屈だろ!!)

王は嬉しそうにうなずく。

「うむ、忠義とは、美味を分かち合うことに他ならぬ。」

(分かち合うな!! お前らもう宗教団体の教義みたいになってんぞ!!)

セラフィーが額を押さえた。

「……もうやだ、この国。」

(いや、俺もだよ!! 心の底から同意するわ!!)

ネイルは小さく礼をして、ケーキを一切れすくい、静かに口へ運んだ。
その瞬間――彼女の瞳に、金色の光が弾ける。

「……うま……甘……神域。」

ネイルの肩が、わずかに震えた。

(昇天すんな!! お前近衛だろ!! 警護と糖分の優先順位逆だぞ!!)

横でワン太が尻尾を垂らし、呆れ声を漏らす。
“……この国、もう駄目だワン。”

(同感だよ……ネイルがケーキで覚醒してる時点で末期だよ……)

王は朗らかに笑い、満足げに手を叩いた。

「良いではないか。甘味は平和の象徴ぞ。」

「砂糖こそ、国家を融和させる最も平和的な白色資源だからな!」

(いや象徴にすんなよ!! 外交で出せねぇだろそれ!!)

ブッくんが後方で筆を走らせる。

「“勇者、第三将を討ち神姫昇格”……ふむ、フォントは銀箔でいこ。」

(書くな!! 金属でフォント語るな!! ……お前、印刷所の人と話したら5分で出禁だぞ!!)

王が再び立ち上がる。

「よいか宰相、今後この国は“勇者リリア神政”で行く!」

(政体変わってるじゃねぇかぁぁぁぁ!! ……国のアップデート速すぎんだろ!! パッチノートどこに出てんだよ!!)

宰相が悲鳴を上げた。

「陛下、統治形態を勝手に変えないでください!!」

「静まれ! 神とケーキがあれば、民は導かれる!」

「直ちに全街道を糖衣舗装にせよ!」

(甘味宗教きたぁぁぁ!! 俺の討伐報告どこ行ったんだよ!? ……信仰対象ケーキって、国家運営カロリーオーバーだろ!!)

王は高らかに叫ぶ。

「第三将ガルド討伐の勇者よ! 余の誇りであり、国の甘味である!」

「なんだよ“国の甘味”って!? 称号が太ってんだよ!!」

王は満足げに目を閉じた。

「よい……世界は甘くあれ。」

(いやもう甘過ぎて虫歯で滅ぶわ!!)

──静かに、ワン太の心の声が漏れた。
“たぶんもう、砂糖中毒だワン。”

ワン太は横で静かにため息をつき、リリアの膝に顔を押し当てる。
その瞳が語っていた。

“この国、終わってるワン。いろんな意味で。”

(……でも、ケーキはうまいんだよな……)
(……ちくしょう、もう一切れだけなら……)

リリアは、もう一度だけ深いため息をついた。
――その吐息が、胸の奥でほんのわずかに引っかかった。

呼吸が、ほんの一拍だけ乱れる。

……なぜか一瞬だけ、背中の奥の神経が、まだ形にならない熱を思い出しかけて、その瞬間、玉座の上で、誰かがごく微かに笑った気がした。
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