『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)

風間玲央

文字の大きさ
26 / 36

『第五話・5 : 禁呪パティスリ──甘味の体系が世界を喰らう』

しおりを挟む
「――それは、やめておいた方がいい。」

その声が響いた瞬間、空気の温度がひとつ下がった。
沈黙が、紙の埃ごと凍りつく。

振り返れば、カウンターの影から白髪の老人が姿を現していた。
煤けたローブに細身の体を包み、眼鏡の奥の瞳は曇った硝子のように光を弾いている。

「……ここは、本を売る店じゃないの?」
リリアは自然と本から手を離す。

老人はゆっくり首を振った。
「売るとも。ただし――“読める者”にな。」

「読める者……?」

「禁呪の符号は、ただの文字じゃない。
目に入れた瞬間、その者の中に……縫い込まれる。」

老人は口元をゆがめ、低く続けた。
「ん? おまえ……符号を“読む”んじゃなく、“組んでいる”な?
そんな真似、普通の魔導師にはできんぞ。
何百年かけても辿り着けぬ領域を、なぜ……」

(……そりゃあ、ゲーム時代に何万時間も“詠唱ログ”を解析したんだ。
寝落ちしても、起きれば画面に符号が浮いてるくらいには見続けてた。
……今じゃもう、頭の中に“禁呪の辞書”が丸ごとインストール済みってわけ。)

老人は静かに息を吐いた。
その吐息に混じって、灯火がかすかに揺れる。

「器は操るもの……だが、見誤るな。
 真に強い器は、いつだって“中身を選ぶ”。」

その言葉を最後に、ふっと明かりが陰り、埃の粒子がふわりと宙に舞った。
同時に、近くの古書の頁が一枚、風もないのにひらりと揺れる。
そして次の瞬間にはもう、すべての光とともに――奥の暗闇へと溶けていった。

その瞬間――
本の奥で、何かが弾けた。

白い閃光が空気を裂き、棚の影が一瞬で裏返る。
紙の匂いと熱が混ざり、古書店全体が息を呑むように震えた。

鞄の中でワン太が動きを止め、ぴくりと耳を伏せる。
その一拍の沈黙が、まるで「危ない」と告げているようだった。

リリアの掌に吸いつくように、本は離れない。
表紙の革は汗ばんだ手に張り付くのではなく、
むしろ内側から、じわじわと吸い込んでくる。

「……っ!? 離れない!」

慌てて手を振り払おうとするが、
革表紙はまるで生き物のように指の節をなぞり、
冷たく湿った膜のような感触で、じわりと絡みついた。

ぬめりとも乾きともつかぬその質感が、皮膚の奥を這い上がる。
やがて、血管の流れに沿って――“符号”が内側へ染み込んでいく錯覚。

(クソ、まずい! こいつ、ページを俺に開かせようとしてる……!
……っていうかこれ、よくある“絶対開けちゃダメな本イベント”だろ!)

必死に抵抗するリリアの耳に、「ぱたん」という軽い音が響く。
隣の棚から一冊の本が滑るように床へ落ちた。
反射的に目を向ける――『スイーツ巡礼ガイド』。
表紙のチョコレートケーキの絵が、やけに艶めかしく光っていた。

セラフィーが絶叫する。
「見て! そのガイド本の地図の余白、同じ符号が刻まれてる!」

頁の隅に走る装飾模様が、リリアの手の中の古書と呼応するように淡く揺れた。
同時に、床に落ちた本が――勝手にページをめくり始める。
ざらり、と紙の擦れる音が静寂を裂く。

開かれた頁には、異国の街並み。
ショーウィンドウには、煌めくケーキのイラスト。
だがその余白に描かれた飴細工の線が、ゆっくりと――符号の羅列へと変貌していった。

(……やっぱりな。完全に“召喚陣”のパターンじゃん……! どう見てもヤバいやつだろこれ!)

セラフィーが叫ぶ。
「リリア! 目を逸らして! 見続けたら……!」

だが遅かった。
頭の奥で、“禁呪の辞書”が勝手に反応する。
符号の意味が次々と展開され、カスタードだのガナッシュだの苺ショートだの――
全部スイーツ用語が呪文構文に組み込まれていく。

(待て待て待て! 俺の脳内で“苺ショート詠唱”完成しかけてんだけど!?
 これ発動したらケーキじゃなくて俺が焼かれる未来しかねぇ!!)

次の瞬間。
『スイーツ巡礼ガイド』と『ネクロコード』――二冊の本の符号が共鳴し、
空気がバチバチと裂ける音を立てた。

「……待って、これ……まさか……」
颯太の脳裏に、最悪の可能性が閃く。

(“甘味の体系”そのものが、禁呪の構文に組み込まれていた――ってオチか!?)
(つまり、世界そのものが──“糖衣”で封じられてたってことかよ……!)

本からほとばしる符号の光が、古書店の狭い空間を一瞬で埋め尽くした。
紙の山も、棚も、天井の梁さえも輪郭を失っていく。

(……いやマジで全部砂糖菓子みたいに砕け散ってんだけど!? 誰が片付けんだこれ!? 笑えねぇって!!)

「ちょっ……なに、これ……!」
セラフィーがリリアの腕を掴むが、その指先すら白砂糖に溶け込むように淡く透けていく。

(甘いのか焦げてんのか、匂いまで判別不能だぞ!? どっちだよ!!)

耳の奥では、雷鳴とミキサーの回転音が同時に鳴り響く。
視界はめくれ上がるように反転し、あらゆる色が白砂糖の奔流へと溶けていった。

(……まさか、転移呪文……!?
 これ、完全に“デス・ケーキワールド”直行じゃねーか!!
 ラスボスのおやつタイムに突撃とか聞いてねぇって!!
 ……やば、笑ってる。なんで俺、笑ってんだ……!?)

背筋を、ひやりとしたものが駆け抜けた。  
音もなく、世界が――裏返る。  

次の瞬間、焼き菓子のような甘い匂いだけが残った。  
誰のものとも知れぬ笑い声が、砂糖の粒に紛れて消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...