『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)

風間玲央

文字の大きさ
36 / 36

『第七話・6 : その甘さは、まだ胸にある』

しおりを挟む
リリアは立ち上がり、紅茶の香りにかすかに笑みを落とした。

「……わたしが欲するのは、ただの砂糖菓子じゃない。
 心の奥に、そっと火を置くような──静かで深い甘美。
 このマカロンは、それを持ってる。」

指先に残る甘さが、静かに溶けていく。

「……“美味しい”で終わらない味。」

(……いや今の言い方、ちょっとキザじゃね!?  
 俺、自分に酔ってないか!? これ普通に恥ずかしいだろ……!)

紅茶の湯気が、ふわりと揺れた。
甘さはまだ、胸の奥に留まっている。

「……ところで、ブッくん。
 ザッハトルテの“本当に”美味しい店、知ってる?」

(いや待て俺。
 つか……いつの間に俺、こいつのこと“仲間”って思ってんだよ。
 ……まあ、いいか。)

ブッくんのページが、ぴくりと跳ねた。

「ちょっと真面目に言わせてもらってええでっか……?
 『ザッハトルテ』言うたらですな……その……」

すう、と紙の繊維の奥が熱を帯びる。  
まるで“思い出”を引きずり上げるみたいに、声が低く沈んだ。

「……ただの菓子やと思ってたら──」

声が、ぷつりと裂けた。

「ただのチョコケーキと  
 思うてもらっちゃ困りまっせーーーーー!!!!」

店内の空気が、びくりと震えた。

「そらもう──王室御用達や。
 選ばれた菓子職人(パティシエ)は、生涯に一度しか“製法”を許されん。
 魂の粉ほんまに削り倒して作り上げた……
 “甘味界の覇王” や……っ!」

「ええか!? ザッハトルテ言うんはなァ!!
 層(レイヤー)で心を語る菓子なんや!!」

ページがバッサァッ!!と開く。
まるで演台に資料を叩きつける教授。

「チョコの艶。スポンジの密度。ジャムの湿度比。
 この三つが揃わんと――“層”は歌わん。」

「ただ甘いだけなら、チョコでええ。
 ただしっとりしたいだけなら、ガトーショコラでええ。
 ――せやけどな。」

声が、ひとつ落ちる。

店内の時計が、コト、と鳴った。
その小さな音が、空気の“甘さ”を一度だけ止める。

ブッくんは続けた。
紙の繊維の奥から滲む、記憶の熱。

「外側は薄く固うて、中は静かにぬくい。
 齧った瞬間、時間を閉じ込めて……心に、そっと置いていく。
 “甘美の記憶”そのものや。」

「せやから——」

バァンッ、とページが閉じる。

「店を間違えたら、人生が終わる。」

(いや重すぎだってそれ!!!)
(さっきまでのテンション芸どこいったんだよ!?)

セラフィーがそっと眉を寄せる。

「……もう宗教よね、それ。」

(……なんでそんな覚悟が必要なんだよ。
 ザッハトルテって、修行? 試練?)

リリアは半眼で紅茶を回した。
表面に揺れた影が、ため息みたいに細くほどける。

「……で、その、“人生が終わらない”店、どこにあるの?」

「王都ミルフェリアですわぁぁ!!
 そこに、“神のチョコ”がおわしますんやぁぁ!!」

ブッくんの声は震えながらも、どこか恍惚としている。

(こいつやべーぞ、なんか怪しい薬とかやってねーだろうな?)

リリアは笑わなかった。
ただ、紅茶の“あたたかさ”だけが、胸に静かに残っていた。

「いいわ。行きましょう──王都ミルフェリアへ。」

その声は、甘さと鋼のちょうど中間に静かに落ち着いていた。
まるで、旅の始まりを自分で静かに選んだみたいに。

わずかに息がこぼれる。
それは笑みとも溜息ともつかない、静かな熱だった。

(……王室御用達。甘味の頂とか言われるやつ。)
(“本物のザッハトルテ”って、どんな味なんだろう……)

(いや、違う。俺が食べたいわけじゃない。)
(あの子が、もう一度食べたかった味なんだ。)

セラフィーが、そっと湯の縁に指を添える。
その仕草は、言葉にできない何かを静かに撫でているようだった。

「……ねえ、リリア。」

呼びかけは優しい。けれど、どこか“迷い”がない。
その声だけで、次に来る内容がただの雑談ではないとわかる。

「甘さに心を寄せることは、悪いことじゃないわ。
 あの子もそうだった。あなたがそれを抱いているのも知ってる。」

セラフィーの視線が、まっすぐこちらを射抜く。

「でも――忘れてはだめ。」

紅茶の表面が、かすかに揺れた。
その揺れは、過去の影と未来の予兆を重ねるように淡かった。

「“魔王カルマ=ヴァナス”と、七つの結界のこと。」
「第二の封印は、王都ミルフェリア近郊の――バラード地区にある。」

その名を口にした瞬間、空気がすっと冷える。
甘さが、薄い膜一枚ぶんだけ後ろへ退いた。

リリアは立ち上がり、最後に湯気をひとつ吸い込んだ。

「……なら、なおさら行く理由になるね。」

(なんでザッハトルテの聖地と、魔王の封印が重なるんだよ……
 この世界は、甘さと死を同じ皿に盛る気なのか。)

リリアは、そっと足元に力を込めた。
静かに、靴音が床を叩く。

セラフィーは冷たく告げた。

「結界には当然、強力な守護者がいる。
 “菓子のついで”なんて軽い気持ちで踏み込めば──命はないわ」

店内の時計が、からりと一度だけ鳴った。

ブッくんは、頁をぶるぶる震わせた。

「ひ、ひぃぃっ……!
 よりにもよって、ザッハトルテの聖地と同じ場所とか……!
 甘味巡礼と世界救済がセットとか、難易度バグり散らかしとるやろ……!」

 ――ころん、と。

ワン太が、リリアの肩の上で小さく手をあげた。
その仕草は、あまりにも静かで、あまりにも優しかった。

音はなかったのに、
胸の奥の何かが、そっと触れられたように揺れた。

リリアは、一瞬だけ目を伏せた。
胸の奥で、失われた声が、ほんのかすかに息をした気がした。

(……どんな危険があろうと関係ない。
 俺は、ただザッハトルテに浮かれてるんじゃない。)

(これは“俺”の欲じゃない。
 “リリア”が最後に願ったものだ。)

思い出は、言葉じゃない。
触れた温度だけが、胸の奥に、いまも灯っている。

ワン太の小さな手が、そっと揺れた。
それは、あの日の“息”と同じ、やさしいリズムだった。

……思い出す。

フォークの先でそっと表面を割ったときに漏れた、小さな息。

『ねぇ、これ……心があったかくなる味なんだよ』

その声は、胸の奥でいまも、かすかに灯っている。

ワン太の小さな手が、そっと揺れた。

リリアは、静かに目を閉じる。

紅茶は、まだ温かい。

その余韻だけが、
夜明け前の空気の中で、静かに息づいていた。


【第二部 完】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

処理中です...