七光の末路

広川朔二

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七光の末路

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「オレ、将来はハリウッド行こうと思ってんだよね」

誰に聞かせるでもなく、早乙女翔はいつものように呟いた。胸元まで開けたシャツにブランドのアクセサリー、片手にはスマホ。鏡越しに見える自分の顔に、うっとりと酔っていた。

彼の父・早乙女蓮は、かつて映画賞を総なめにした名優であり、今もなお一線で活躍する演技派俳優。
母・早乙女リナは、平成を席巻した伝説的アイドルで、現在は情報番組のMCやコメンテーターとして引っ張りだこだ。
そんな両親の元に生まれた翔は、物心ついた頃から“特別な存在”だった。

家に帰れば有名俳優やアイドルが当然のように遊びに来ていた。
夏休みは毎年海外旅行。
テレビをつければ、どちらかの親が必ず映っていた。

学校でその話をすれば皆がに「もっと聞かせて」と目を輝かせた。翔はいつも話題の中心にいた。

幼少期から両親のコネで、同じ芸能事務所に所属し、雑誌にも何度か登場した翔だったが、世間の反応は芳しくなかった。

「子どもは大したことないな」——そんな辛辣な声が届くことは、本人にはなかった。

周囲の大人たちは口を揃えて「さすが早乙女家のお坊ちゃまですね」と持ち上げたが、それが両親への忖度であることには気づけなかった。

そんな環境で育った翔の中には、いつしか「自分が特別なのは当然」という思い込みが、骨の髄まで染みついていた。

「努力とか才能ってさ、結局は血筋で決まると思うんだよね」

そう笑う翔に、真正面から反論する者はいなかった。
むしろ取り巻きたちは「マジそれっすね」「生まれながらのスターってやつっすよ」と、追従の言葉を並べた。

だが、人生はそう甘くなかった。

高校では内申点も試験の成績もボロボロで、推薦の話も舞い込んでこなかった。当然の結果だった。周囲が受験に向けて懸命に勉強する中、翔は夜更けまでゲーム三昧。結局、大学進学は叶わなかった。

同級生たちは陰でこう噂した。

「まあ、当然でしょ」
「あいつ人生舐めてんじゃね?」
「どうせ金持ちだから、進学も就職も必要ないんだろw」

もちろん翔は、そんな声が自分の背中に向けられていることすら知らなかった。

「進学? オレもう芸能界で本気出そうと思ってさ」

そう言えば、あたかも自分で道を選んだかのように聞こえる。実際には、親のコネで早速ファッション誌に登場。その後も親のバーターでバラエティ番組に出演し、“目新しい二世タレント”としてテレビに映るようになった。

映像の中で翔は、得意げに語る。

「小さい頃、家に●●さん来てさ、一緒にゲームやったんすよ?」
「親父が現場に●●監督連れてきて、オレも挨拶してさ?」

その話の八割は親の話。残りの二割も、芸能人との思い出や豪華な生活の自慢だった。

スタジオの観客の笑いはどこか引きつっていた。共演者のタレントも、話題を早く切り上げようと話を逸らす。だが、翔は気づかない。むしろ「ウケた」と本気で思っていた。

『親は美形だけど、息子は中の下じゃね?』
『毎回親の話しかしないじゃん。何が面白いのかわからん』

ネット掲示板やSNSに並ぶそんな声も、翔にとっては「名前が拡散されている」ことの証しだった。

「バズってるっしょ」

マネージャーが苦い顔をしても、「アンチが多いほど注目されてるってことだよ」と笑っていた。

だが、話題にされているうちはまだマシだったのかもしれない。なぜなら、世間の多くは知っていたからだ。“二世タレント”が次々と現れては、やがて消えていく現実を。

もちろん、業界の人間も皆わかっていた。ただ、口には出さなかっただけだ。

——この男には、「早乙女家の息子」という肩書き以外、商品価値がない。



事務所のゴリ押しで、翔は俳優としての活動も始めることになった。配役は深夜ドラマのワンシーン。セリフは数行のみ。演技経験もレッスンもないまま現場に立ち、感情の起伏もないまま、台詞をただ棒読みした。

共演者のベテラン俳優がフォローに入ったが、それがかえって翔の凡庸さを際立たせる結果となった。

収録後、スタッフルームには静かなため息が落ちた。

「……やっぱ、無理あるよね」

「まあ、親のバーターだし。数字は持ってないけど、スポンサー連れてきてるからな」

業界ではよくある“忖度”だったが、世間の目ははるかに冷たかった。

『セリフが棒すぎて内容が入ってこない。なんでドラマ出てんの?』
『こいつの登場で台無し。もう観る気なくした』

そんな声に耳を傾けることもなく、翔は冗談めかしてこう言った。

「オレ、そろそろ主役いけるんじゃね?」

だが、バラエティ番組もドラマのオファーも、すぐに途絶えた。

「この業界はさ、売れ続けるやつが最終的に正義なんだよ」

そう言い残し、翔は動画配信に活動の場を移した。

《早乙女家の息子・翔チャンネル - 芸能界の裏側、全部見せます!》

サムネイルには高級車、芸能人の自宅、きらびやかなパーティーの風景ばかりが並んだ。話す内容は相変わらず、“親のエピソード”と“豪遊の記録”だった。

再生数はどれも数百程度。コメント欄に好意的な声はほとんどなかった。

『何が裏側だよ。ただの自慢じゃん』
『薬でもやってんのか、このテンション』
『親の七光りって、まさにこういうことか……』

だが翔は、「アンチ乙」「オレのこと嫉妬してんだろ?」と笑い飛ばしていた。

すでにメッキが剥がれ落ちていることに、本人だけが気づいていなかった。その下に何か光るものがあればよかったが、自分は特別だと信じて努力を怠ってきた翔には、何も残っていなかった。

やがて、彼の周囲に残ったのは、親の金目当てのろくでもない連中だけ。おだてられ、持ち上げられ、称賛されながら、世間とのギャップは広がる一方だった。

仕事はなくなり、動画配信にも飽きた翔は、夜な夜な親の金で遊び歩くようになる。そんな息子を、両親は見て見ぬふりをした。

金だけを与え続ける両親。——そう、芸能界に甘やかされていたのは、翔だけではなかった。両親もまた、自分だけが可愛い人間だった。彼らは、子どもに“真の愛情”など与えていなかった。





「ちょっと気持ちよくなれるやつ、あるけど。試してみる?」

夜のクラブ。取り巻きのひとりが耳元で囁いた。翔は一瞬、眉をひそめたが、「マジでヤバいもんじゃないよな?」と笑って受け取った。

その夜、身体がふわりと軽くなった気がした。世界は明るく、音が異様に心地よく響いた。

「芸能界って、みんなこういうの使ってるでしょ?」

それが、翔なりの正当化だった。誰も止めなかった。いや、止める人間など、もはや彼の周りには残っていなかった。

やがて、夜が昼になり、昼が夜になる。
家に戻ると、両親が言い争っていることが増えたような気がした。

「お前の教育のせいだ」
「あなたが甘やかしたからでしょ」

責任をなすり合う両親を見ても、翔は何も感じなかった。現実から目を逸らし、ただ金だけを使い続けた。母のカード、父の口座、通帳、財布。

両親は呆れ果てながらも、彼を突き放すことはなかった。

——まだ「世間体」があったからだ。

翔は、金で買える快楽にますます溺れていく。高級ラウンジ、VIPルーム、モデル崩れの女たち、名前も知らぬ若手ラッパー。
そして、いつものように手渡される白い粉。

「オレって今、一番自由だよな」

そう呟いた時、彼の瞳の奥には、もはや何の輝きも残っていなかった。

そして、ある日、それは突然やってきた。


【週刊ブレイク】
《早乙女翔、違法薬物所持で任意同行か? 芸能界二世に新たなスキャンダル》


見出しは瞬く間に拡散され、ワイドショーでは過去の発言やバラエティ番組での痛々しい言動が引き合いに出された。SNSは炎上し、トレンド入りしたタグには罵詈雑言が溢れた。

「終わったな」
「やっぱ二世って甘ちゃんばっか」
「親もろとも消えてくれ」

翔は、逮捕されてもなお、反省の色を見せなかった。

「芸能界ってさ、薬で捕まっても復帰してるじゃん? オレだって、いずれ“ネタ”になるって」

留置場の中でそう語った彼の眼差しには、まだ「自分は特別」だという色が残っていた。

だが、その幻想は、間もなく完全に砕け散る。

彼の破滅は、やがて周囲へと波及していく。

父・蓮は出演予定だった連続ドラマを降板。スポンサーが離れ、映画の公開も延期に。
母・リナは出演番組を次々と降ろされ、契約していた化粧品ブランドからも契約を打ち切られた。

「息子も、もういい大人ですから」
父は責任を避けるように、ひと言だけ。
母は泣きながらコメントを出し、「母として責任を痛感しております」と、“可哀そうな母親”を演じた。

誰も、翔の味方にはならなかった。

“特別”に囲まれていたはずの王子は、今や、だだっ広い独房の中で、ただひとり、己の呼吸音と虚無だけを聞いていた。



釈放された日は、雨だった。

マスコミのフラッシュが一斉に焚かれるなか、翔はフードを深くかぶり、俯いたまま警察署の裏口から姿を現した。

迎えの車は、ない。

所属していた事務所は契約を解除し、親からは代理人を通じて「しばらく距離を置きたい」と一言だけ。

翔に与えられたのは、狭いワンルームのマンションだった。両親が手配したものだったが、生活費として渡された金は、彼にとっては一晩で消える程度の額だった。

「ちょっと騒ぎすぎじゃね? 誰だって失敗くらいあるだろ」

最初のうちは、強がりが口をついて出た。
いつかテレビ局が「薬物から立ち直った若者」として密着番組を組んでくれる。週刊誌が「実は真面目だった」といった擁護記事を出してくれる。

そんな幻想を、どこかで信じていた。

だが、そんな話はどこからも来なかった。かつて彼を甘やかしていた取り巻きたちは、誰ひとりとして連絡をよこさなかった。

携帯は鳴らない。SNSに何かを投稿すれば、「まだいたのか」「懲りねぇな」と叩かれる。フォロワーは日に日に減っていき、やがて無言でアカウントを削除した。

ようやく、生活のために働かなければならないことを理解した翔は、履歴書に向かった。だが、最終学歴は高卒。職歴は「芸能活動」のみ。

面接で「早乙女翔です」と名乗れば、「ああ、あの薬の……」と、一瞬で顔をしかめられる。

夜。
カップラーメンを啜るひとりきりの部屋。テレビからは、かつて自分が“親のコネ”で出ていたバラエティ番組が流れていた。

画面に映るのは、最近売り出し中のアイドル。
「実は親があの有名女優」と話題になった彼女を見ながら、かつての自分を重ねようとしたが、すぐに気づいた。
親の七光り“だけ”だった自分とは、似ても似つかなかった。

「……チッ、くだらねぇ」

リモコンで画面を消した瞬間、暗闇が部屋を満たした。誰も見ていない。誰も、聞いていない。

翔はようやく、理解した。
自分は、最初から「何者でもなかった」と。

ある日、父・蓮の引退会見が開かれた。
「私の不徳が、息子に影響を与えた」と頭を下げる姿が、ニュースで繰り返し流れた。
母・リナは蓮と離婚し、芸能界から姿を消した。今は、地方都市で小さなバーを開いているらしいと噂された。

誰も、翔の話はしなかった。まるで、最初から存在していなかったかのように。

さらに時が経ち、ネットの片隅に一本の短いスレッドが立った。

【悲報】早乙女翔、深夜の公園で独り言→警察に保護された模様

「かつての“二世タレント王子”が野良化…」

コメント欄には、冷笑と皮肉が並んだ。だが、スレッドはすぐに沈んだ。誰も、もはや翔に興味はなかったのだ。

華やかな世界に生まれ、親の光に照らされただけで「自分も光だ」と思い込んだ男。何も築けぬまま、堕ちていった男。

彼の名前は、もう誰の記憶にも、残らない。
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