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25話
しおりを挟む《カイン・ラグドージュ》
豚子爵の悪趣味な宴から兄を助け出し、一つになれたかと思った矢先に、兄の逃亡を許してしまった。
兄には深い考えがあってのことだろうが、もう昔のように小さな力のない子供ではないのだから頼って欲しい。兄を守るために強くなったのに、守りたい対象に逃げられてしまってはどうしようも出来ない。
ニヴェン兄様と夢のように濃厚な一晩を過ごしたあと、王子殿下の元に報告と相談をするために戻る。報連相は大切だからと兄様も言っていた。
「王子殿下、ただいま戻りました。兄とは会えたのですが、一晩ともに過ごしたあと、兄本人の意思で逃げられました。」
「何?逃げられただと?どういうことだ。」
「はい。逃げられないように一緒に寝ていたはずなのですが、睡眠の術か何かをかけられたようで熟睡してしまいました。兄はまだ私の元に戻ってくる気はないようです。」
王子殿下は少し呆れた表情をしていたがすぐに気を取り直して、何やら思案している。
「そうか、カインから逃げるだなんて、中々のものだな。
何かメッセージのような物などは何もなかったのか?」
「明確なメッセージという訳ではないのですが、私から逃げる際に子爵の手によるものだと偽装していた様子です。この事から子爵にまだ何かあるのではないかと考えています。また、子爵の元に行けば何かしら兄の手がかりがあるのでは、と。」
兄様のことだ。無駄に豚子爵のせいにするだけではないだろう。誘拐されたと見せかけたいなら犯人の正体を匂わせる必要はないのだから。豚子爵の元に行けば兄様の考えの一端を知る事ができるのは確かだろう。
「そうか。ならば子爵の元へ行き、屋敷を捜索してまいれ。許可証は私が父上に直接話をしもらってくる。」
「分かりました。ありがとうございます、王子殿下。」
王子殿下には内心焦っていることがバレているのだろう。早く豚子爵を取っ捕まえて洗いざらい教えてもらわないといけないからな。
はやる気持ちを抑えて慎重に行動する。今まで違法なことをしていると分かってもなかなか証拠を揃えることが出来なかった。今回は取り逃したりしないようにしなければいけない。
まずは今回会場になった場所に行く。
まだ早い時間のため、人の気配はするものの物音は少ない。昨晩は楽しみすぎて遅くまで夜更かしし、疲れて眠っているのだろう。
一応紹介状は持っているものの、屋敷を探っているとバレれば騒ぎになってしまうため慎重に棚などを物色していく。
あまり目の引かない、地味な棚を探っていたところ、そこが二重底になっていることに気がつく。仕組みは簡単ですぐに底に入っているものを取り出すことに成功する。そこには違法奴隷の売買契約書が数枚あった。
似たような戸棚や本棚、ドレッサーの天井やそこの部分にも色々な証拠となる書類を発見することができた。
幼い頃、ニヴェンもカインも母親やその客の男達に対抗する手段を持っていなかったとき、色々な場所にお金や食料を隠し保管していた。
ニヴェンは宝探しゲームと称して、色々な隠し場所を作ってはカインに探させるという事をしていた。そのときの隠し場所とよく似ている。
ここにニヴェンが捕まっていなかったらこんな些細な共通点もわからなかっただろう。この証拠はニヴェンがカイン達に向けてわかりやすく隠し直してくれていたんだと気付く。
ニヴェンはまだカインの元に戻るつもりはない様子だが、決して嫌っているわけでも敵対しているわけでもないことが伝わってきた気がする。
ニヴェンが本気で隠そうと思えばこんなに簡単に見つけられないのだ。小さいころから鍛錬されているカインでも本気のニヴェンの宝探しには歯が立たなかった。
豚子爵が逃げられず、関わりのある主な悪徳商会や、つながりのある貴族達との証拠が揃った所で王子殿下の部下の騎士達が到着した。
証拠を見せ、騎士達も大丈夫だと判断のもと豚子爵の屋敷に押し入り、捕縛する。
今回の捕縛作戦にはもちろんカインも参加する。
豚子爵にはニヴェンがお世話になったお礼を直接しないと気が収まらない。騎士に引き渡すともうカインには手出しができないため、やりすぎきない事を約束し、少し遊ぶ時間をもらったのだ。
大切な大切なニヴェンを危ない薬を使い追い詰め、誰とも知れない輩達に好き勝手触らせて、あの場面を思い出しただけで、腹わたが煮えくりかえる。頭の中であの場にいた全員を嬲り殺しても気が治まらない。挙句、ニヴェンは置いていかれて逃げられてしまうし。どれもこれも全て豚子爵が悪いのだ。
豚子爵の屋敷に直接入って血管が切れるかと思ってしまった。昨日の幻想的な気分が落ち着いていないのだろう。
豚子爵はまだ幼い少年に向かって一心不乱に腰を振っていた。それこそ勢いよく入ってきたカイン達に気がつかないほどに。
さらにカインを怒らせたのは少年の背格好、見た目がニヴェンによく似ているためだ。後ろ姿はぱっと見そっくりに見える。
ニヴェンのさほど変わらない身長に肉付き、年齢の割には華奢な体つきだ。髪の毛の色もニヴェンより少し色が濃いが同じ色をしている。髪の毛の長さも同じように揃えてある。
薄暗い部屋の中で見たらまるでニヴェンが豚子爵に侵されているように見える。まだ子供特有の変声期前の少し高い声で喘げ声をあげている。
いつから犯されているのかわからないが、もう力尽きる寸前のように体に力は入っていない様子だ。揺さぶられるままに手足が揺れ動いている。声も掠れていて、反射で出ているような声だ。焦点も合っておらず、よく見ると意識があるのかないのか、似たような少年たちが床に転がっている。みんなニヴェンとどことなく似ている子達ばかりだ。
豚子爵の執着がよくわかる。
部屋には薬も使われているのだろう。直接摂取するものと香炉のように間接的に摂取するものと両方使われているみたいだ。
部屋の空気は最悪。媚薬の重く甘ったるい匂いと、豚子爵の体臭、精液の生臭さが混在している。
換気も含め、豚子爵を殺してしまわない程度にエアショットをお見舞いする。
少々頭にきている中で手加減することも難しさを学んだ。
豚子爵が少年の上から転げ落ちると騎士達が部屋に突入し意識のない少年たちを含め救出していく。あとに残ったのはエアショットの痛みに呻く豚子爵とカインだけである。
豚子爵は自身も薬を使用しているのか、痛みに呻きながらも目の焦点が定まっていない。しかし、意識はこちらに戻ってくることができた様子である。
「ぶぎゃぁ、痛い、痛いよぉ。ニール、ニールはどこだ。いだい、いだぃぃ………」
逃げ場所か、ニヴェンを探しているのか、痛い場所を抑えつつ辺りをキョロキョロとしている。
「お前の探し人はいない。最初からずっと俺のものだ。誰にも渡さない。俺の大切な人が世話になったな。きっちりと返させてもらう。」
カインは怒りが限界突破したかのように表情がなく、声も氷のように冷たい。普段のカインを知っている人が見ると別人に見えるだろう。
「ちょうどいい。最近どうも威力調整が難しくなってきた。精密調整が必要でそのために練習台を探していたんだ。子爵様にはどうか付き合ってもらおう」
練習台と聞いて豚子爵がぶきゃっとまたへんな声があがる。ただでさえ血色の悪かった顔から血の気がどんどん引いていっているのがわかる。
カインは精密を高めるため、豚子爵にどこを狙っているか検討をつけさせるため、あえて両手片方ずつで拳銃の形を作り、方向性を持たせる。またさっきのエアショットでは貫通性が足りないため、圧縮させ威力と貫通性も増幅させる。
余談だが、一般の魔法学ではここまで解明されていない。本人の才能に左右される部分である。
しかし、ある程度の地球現代科学を知っているニヴェンからの教えにより、科学原理が分かっているため、時と場合に分けて同じ魔法でも威力や精度を変えることができるのだ。
まずは豚子爵の両手。汚らわしく、体を這いずるようにして、くまなく撫で回していた。
二丁の拳銃を持っているように両手からエアショットを放出する。
右は正確に掌を打つことができたが少々威力が足りず、貫通まではいかず、小さな爆発を起こした程度だった。
左はややずれてしまい、指を何本か吹き飛ばしたようだ。しかも威力をこめすぎたようで断面が焦げたように押しつぶされたようにへしゃげている。
豚子爵はこれだけで狂うほどに痛みで喚き散らし、暴れ回っている。涙から鼻水から、失禁までして、汚い限りである。
あまりのおぞましさに色々と実験がてら拷問しようと思っていたがそんな気も失せてしまった。しかしこのままでは引っ込みがつかないので、素早く両足背、両大腿に股間にエアショットを打ち込む。
あまりの痛さに豚子爵は出すものを出して失神してしまったようだ。煩くなくて逆にいいかもしれない。
触りたくもないので豚子爵はこのまま放置して騎士達が待っている部屋まで戻る。
そこには救出された子供達も一緒にいるようだった。
「よぉカイン、もう気はすんだか?」
声をかけてきたのは王子殿下と同級生の騎士団長の長男だ。名前は確かマイク・シェバム。王子殿下がうまく話をつけてくれて彼をよこしてくれたのだろう。
「はい、お手数おかけしました。子爵は部屋で気を失っています。命に別状はありませんけど、もう男としての責任はきっちりと取っていただきました。」
「ひゅ~なかなか恐ろしい奴だなぁ。まぁ子爵はやりすぎたからな。それぐらいじゃまだ足りないからこれからさらに罪も罰も増えていくだろうよ」
さらに厳しい処罰が待っていることを聞けて少し溜飲が降りる気持ちがした。
それにしても、集められた子供達はどの子も似たような年齢と体格の子ばかりだ。もとから特殊な性癖であったことがよくわかる。もう薬の摂取のしすぎで壊れている子も数人いるが、それでも薬に狂っている子の数は思ったより少ないように思う。
それに重症度にももっとばらつきがあってもいい気がするが、専門的な集中治療が必要な子か、比較的軽めで、悪くても中等度程度の子が数人ぐらいしかいないのだ。
不思議に思っていると、茶髪の子がいつの間にか隣にいた。
雰囲気がニヴェンに似ているため、ニヴェンの替えとして拐われた子の一人だろう。
「ねぇ、お兄さん。もしかしてニールくんの家族?」
「っ!そうだよ!俺はカインという。ニールの弟だ。君は?何かニールについて知っているのか?」
「僕はセトっていうの。ニールくんのことはほとんど知らないんだ。僕の方がニールくんについて知らないか聞きにきたの。お兄さん、ニールくんがどこにいるか知らないの?」
少年の、セトの無邪気な問いに心臓を刺されたように胸が痛んだ。大切な人のことを何も知らないのかと現実を突きつけられた。
「申し訳ない。昨晩までは一緒にいたんだが、朝起きたら姿を消していて俺たちも探しているんだ。何か、どこかに行くとかなんでもいいから記憶に残っていることないか?」
「そうなんだ。でもニールくんかくれんぼ上手だったから一度隠れたらなかなか見つけるの大変そうだね?」
少し笑いながら気を遣わしたかのような言葉をくれる。
そうなんだ。ニヴェンは小さい頃から遊びの天才で、でもそれは生き延びるための方法を教えてくれていただけで。ニヴェンがいかに小さい時から未来のことを考えて尽くしてきてくれたかが、学園に入学してよく分かった。
「ニールくんの居場所がわかるようなことは知らないけど、お兄さんのことをすごく大切にしていたことはよく覚えてるよ。ニールくんよりずっと大きい弟がいるんだ、一番大切な人で、何ものにも変えられないかけがえのない存在で、絶対にニールくんが手助けするんだって。それで全部終わったら遠目でいいからちょこっとだけ姿を見れたらいいなっていつも言ってたよ。」
不覚にもセトの話で涙が出そうになった。
やはりニヴェンは兄様は変わってなんかない。何かカインにはわからない事情があって今は離れているんだろう。昔と変わらず、そっとわからないように手助けをしてくれながら。
「ニールくん、辛そうな話も一緒にしてたよ。大切な人ならそばにいればいいじゃん、寂しくないの?って聞いたことがあるんだ。そうしたら、この間、酷いことをしてしまって、ひどく傷つけてしまった。もうそばにいることを許してくれないと思うって。だから全部が終わったら会うんじゃなくって、遠くから姿が見たいだけなんだって。
どんなけんかしたか教えてくれなかったけど、ニールくんすごく後悔しているようだったから、許してあげてほしいな?僕もすごく助けられたから。」
「あぁ、大丈夫だよ。俺はニールに、兄様に酷いことなんかされてないし、傷ついてもいないよ。次に見つけたらちゃんと話をして仲直りするよ。」
仲直りするという言葉に安心したのか、穏やかな微笑みを浮かべてほっとしていた。
「良かったぁ。絶対ニールくん見つけて仲直りしてあげてね。ニールくんすごく物知りなのに、ちょこっとだけ不器用なんだね。僕も、ううん、僕たちもみんなまたニールくんに会いたい。会ってまたお礼言いたいんだ。」
なかなかセトとは仲良くやっていたようだ。セト自身もよく人のことを見て気づけている。この年齢の子からしたら才能の一つになるだろう。さっきも他に気を散らしていたとしてもカインに気取られることなく隣にいた事も驚きだった。セトは磨けば光る宝石の原石かもしれないな。
「あぁ、約束するよ。お礼が言いたいとはどういうことだ?さっきも気配を消して隣に来たときは驚いたぞ?兄様と何か関係があるのか?」
「うん、ここの貴族様はいやなお薬使うんだ。それが体に残ってどんどん訳が分からなくなっていくんだけど、ニールくんがくれるジュースを飲むと薬をやっつけてくれるんだって。それでここにいるみんな助けてもらってたの。他にも貴族様から隠れる方法とか、静かにしている方法とか、教えてもらえたんだ。だからみんな、すごく感謝してるんだ。」
気がつけばこの部屋にいる少年たちは、意識がある子達はみんなカインを見て、セトとのやり取りを静かに聞いているようだった。
辛い時を思い出したのか、涙を流している子もいるが、それでも視線は逸らさずにいる。
薬の影響で体が辛いだろうに、意識が飛びそうになっているのに、耐えて、必死にカインの方を見ている子もいる。
この子達をニヴェンが助けた。
この子達が豚子爵に壊されないように支えていた。バレたらニヴェン自身の身が危険になるのに、それでも見捨てることなんてできなかったのだろう。
ニヴェン兄様とはそういう何でも背負い込む性格なのだ。弱いもの、小さいものをほうっておけず、自分自身も大変なのに、それでも手を伸ばさずにはいられない、不器用な人なのだ。
本当に、ニヴェン兄様には敵わないなと、再度痛感した瞬間だった。
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