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24話
しおりを挟むヴィルヘルムが寝ているため静かに、しかし素早く着替えて支度を整える。軽く髪もセットしていく。
着替えた服はあくまでちょっといい生地を使った普段着の格好だ。蛇公爵のためなんかにきちんとする必要はない。蛇公爵なんか気にもかけていないことをアピールしつつ、ここではいい暮らしをさせてもらっていることも前面に出していく。
蛇公爵とクラウディスが対面している部屋に向かうまでにすれ違った人達はみんな不安げな表情をしていた。
ここでのナンバー2と暗い噂が多い蛇公爵がバトルしているのだ。いくら頭の回転が速いクラウディスであっても強大な権力の前ではどれほど抵抗できるのであろうか。ボスとクラウディスは大きな秘密を抱えているから派手に動けないし、王家と繋がりのある蛇公爵にどこからバレるか分からないから、クラウディスのストレスは想像を超えるものだろう。これでクラウディスがハゲたり胃に穴が空いたりしないか不安で仕方がないほどだ。
蛇公爵が来てからそれなりの時間は経過しているから蛇公爵も相当焦れてきているだろう。
これからどう展開していくのか予測が付かず不安しかないが、立ち止まってても何もならない。怖くてもニヴェンはカインのために頑張ると決めた。だから立ち止まってる時間はない、と自分に言い聞かせ自分を叱咤激励していたらいつの間にか蛇公爵がいる部屋の前まで着いてしまった。
この扉の向こうには蛇公爵がいる。
ここでしくじったら全てが台無しだ。ここにいるのは悪役のニヴェンだ。高飛車で生意気なニヴェンを思い浮かべて、お猫様を被り直す。お猫様には過労死するまでキリキリ働いて貰わないと素のニヴェンだけだったらすぐに猫を剥がされてしまう。
気合いを入れ直し、深呼吸をして心を落ち着かせる。緊張感を保ち、蛇公爵に隙を見せないように注意しないといけない。
いざ、戦場へ!の気分で思いっきりドアを開ける!
バーン!と響き渡る大きな音に部屋の中にいた人達は全員こっちを向く。
クラウディスもびっくりするかと思ったら、気がついていたのかそれほどびっくりせずに呆れた表情をしていた。
「ここにいたの、クリス。もう探しちゃったよ。ねぇ暇だから僕の部屋で遊ぼう?」
遊ぼうを少し色っぽく言いながら、クラウディスに擦り寄る。
部外者がいるからクラウディスの名前は偽名を使って呼ぶ。
蛇公爵の姿は視界に入れず、空気すら感じさせずにクラウディスに甘えていく。
心を許した相手にはこんなに態度が違うんですよと、見せつける。
ぶっつけ本番でクラウディスに体当たりしていったが、いつもと態度も雰囲気も変えているのに、クラウディスは追求するどころか、ニヴェンの三文芝居に付き合ってくれている。
これがボスだったらきっと、いつもと違いうじゃねぇかとツッコミが入ってることだろう。
「ニール。いきなりなんですか?今は来客の相手をしていますから、他の人に遊んでもらうか、部屋で大人しく待っていてください。」
「来客?あぁこの人たち?ふーん。
それより、来客の予定なんて昨日聞いてなかったからさ、ごめんなさい。いい子にしてるから早くお話終わらせてその後は僕と遊んでね?」
蛇公爵たちのことを気にも止めず、適当に流したところ、蛇公爵の陣営の人間が面白いぐらい一気に殺気立った。
正直殺気には慣れていないから、鳥肌が立って手も足も震えそうになるけど、震えは根性で押しとどめる。
すると蛇公爵も我慢が効かなかったのか、蛇公爵が自陣に対して手をあげて落ち着かせている。そして普段であれば高貴な人達からは声をかけずに下の人間が声をかけてくるのを待つにも関わらず、蛇公爵の方からニヴェンに話しかけてきた。
「こんにちは、ニール君。昨日はすぐに帰ってしまったから今日は改めて昨日の返事を聞きに来たんだよ?
さぁこんな窮屈なところやめて私のところにおいで。私のところなら何をしても自由だし、ニール君が遊びたい時に遊んで好きに過ごしてくれたらいいんだよ。美味しい食べ物も、綺麗な服も宝石も何でも欲しい物は買ってあげよう。さぁ私の所へおいで。」
蛇公爵がこんなにも下出に誘いかけて来るなんて思いもしなかったからびっくりして思わず凝視してしまう。
目が合ったことに勝機を感じ取ったのか、ここぞとばかりにニヴェンが蛇公爵の元へ行きたくなるようなキレイな言葉ばかりを並べて誘いかけてくる。
それでもお金や贅沢には靡かないのが、高飛車な悪役ニヴェンだ。
「私の屋敷には君のような年齢の子達もいて、楽しく暮らしているよ。楽しい友達が増えるし、時折私とお茶をしながら話し相手になってくれるだけでいい。それだけで、ここよりも贅沢な暮らしが・・・・・・。」
「ねぇ何か勘違いしているようだから教えてあげるけど、貴方が言っている贅沢の数々はもうここでさせてもらってるの。それに貴方の所では刺激が足りなくてすぐに飽きちゃいそう。そんな所には興味ないから。とっとと帰ってくれる?僕はクリスと遊びたいの。僕の遊びを邪魔するオキャクサマなんて、嫌い」
高貴なるお方の発言を遮り邪魔しただけではなく、取り付く島もないような態度で蛇公爵を完全に見下し拒絶する。
内心では冷汗が止まらず、心臓がバクバク音を立てて胸が痛くなるほどだ。
蛇公爵の方はあまりにも不躾な態度に口を開けて呆然としている。あっけに取られて怒ることも忘れているようだ。
「ふふっ!ニール、少し態度が悪いですよ。せっかくいらしてくださっているお客人に失礼な態度をとってはいけません。
でもこれで公爵様もお分かりになられましたよね?ニールはそちらに行く気は全くないらしいので、お引き取り願います。」
普段から笑うにしても微笑みを浮かべる程度のクラウディスから笑い声を聞いてしまった!
こんな時でなければもっと喜べたのに、何で今なんだろう。
クラウディスは抱きついたままのニヴェンごと抱えて立ち上がる。普段屈強なボスの隣にいるからか、クラウディスは細く文官系の体つきをしていると思っていたのに、ニヴェンを片腕に座らせて優雅にドアまで歩いていく。
貴族と見劣りしないその優雅さにみとれてしまう。
「では公爵様、この度は貴重な経験とお時間をありがとうございました。次回会うことがあれば、その時は有意義な時間とできるように願います。
これ以上はニールが拗ねてしまいますので今日は失礼します。お前たち、この方達を丁重に玄関までご案内してください。ではごきげんよう。」
クラウディスもなかなか情け容赦ない物言いで蛇公爵をあしらってしまった。
「ねぇクリス。邪魔した僕が言うのもあれだけど、公爵様にあんな態度取ってよかったの?」
「おや、ニールはてっきり私の救済に来てくれたのかと思っていたのですが。公爵様は蛇のように執拗にニールのことを引っ張り出して連れ出そうとするものだから辟易していたんですよ。たかが孤児に奴隷に意思なんて必要ない。所有者が頷けば解決するんだって言うことを聞かなくて。」
改めて聞くと人権なんてゴミより軽いものなんだとわかる。確かにこの世界では奴隷は所有者たる人物のもの。奴隷に決定権はなく、動く消耗品だ。
それでも所有者に売買の話を持ちかけたのはまだ紳士的と言えるかもしれない。欲しければ奪えばいいなんて考えで強行手段を取っていないだけマシだ。
さすがの蛇公爵もこのボスを無視して強行手段は割に合わないと考えただけかもしれないが。
「私もボスもニールを奴隷やら人形やらと考えたことはありません。私たちの家族であり、同志なんですから。それを物のように取引するなんて、人間の考えることではありません。私たちはそこまで落ちぶれてはいませんよ。」
クラウディスの言葉にジーンと胸を打たれる。不意打ちからの優しい言葉は涙腺を崩壊させてくれる。じんわりと涙があふれそうになるけど、泣き顔なんて恥ずかしくて見せられない。気合で涙を引っ込める。
「えへへ、ありがとう、クリス。それと、あんな三文芝居にも付き合ってくれてありがとう。」
「そういえばなんだったんですか、あのお芝居は?あのようにおねだりされることも初めてですし、内容も意味深でしたし。おかげで公爵様を追い払うことができたのですが。」
「わざとあんな態度と物言いしたんだ。最終目的は公爵様の家に乗り込むこと。そこで不正の証拠を見つけ出すのが目標。そのために公爵様の気を引くためにあんなことしたんだ。」
本当はクラウディス達にも秘密にしていたが、ここまで来たら隠し事する方が難しくなるため、正直に打ち明ける。
蛇公爵がボスのアジトまで来てしまっては迷惑をかけてしまうのは絶対。今もクラウディスに多大なる迷惑をかけてしまった。かける被害を最小限にすることが今できることだ。
こんなニヴェンを家族と呼んでくれる、人たちに報いるために。
「おや、あの公爵様のところに侵入したかったのですか。なんて危ないことを考えるんですかね。きっとニールのことですから、危険を承知で侵入したいと言っているのでしょう。深くはつっこみませんが、協力出来ることがあれば何でも言ってください。さっきのようにおねだりしてくれたら何でも聞いてあげましょう!」
クラウディスが珍しく冗談を混ぜて話してくる。表情は真剣そのものだが、口元がほのかに笑みを表してる。心配していることも、事の重大さも分かった上で言ってくれている。その重たい空気を緩和するために慣れない冗談まで言って、気を遣ってくれている。
色々と聞き出したいことがあるだろうに、それを抑えて自由にさせてくれるクラウディスの優しさに感謝の気持ちしかない。
「ありがとう。本当に、ありがとう。」
何も言えない自分が腹立たしい。
そのくせ、甘えるようにしがみついてしまい、手を離すことができない。もう少しだけ、この温もりを感じていたい。
クラウディスはもう何も言わずに背中を優しくさすってくれる。
大人の余裕と包容力とに、しばし身を委ねていた。
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