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1章・第1部:悪役令嬢は過去に戻る

(3)悪役令嬢は籠の鳥

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「…………ん?」


 目を開ければ、青色の天井が広がっていた。
 痛む頭を抑えながら起き上がれば、ジャラリという音と共に足首に違和感を感じる。
 金色の足枷と鎖。
 そんなものが、私の足首とベッド横の壁を繋いでいた。
 それなりに長さはあるけど、入り口らしき扉まで行くには明らかに長さが足りない。
 ベッドに本棚。
 机はあるけど、窓はない。
 絨毯はフワフワしているけど…………本当にここは何処なのだろうか?

 いや、そもそもエマは何処に行って閉まったんだろうか?
 彼女は無事なのか?
 あの屋敷の惨劇に、今の状況。
 何者かが両親と兄を殺し、私をここに攫ってきたということだろうか?

 いったい、何のために…………。


「ここは…………」
「気が付いたかい?」
「!?」


 考え込んでいれば、そんな聞き覚えのある声とともに扉が開いた。
 そこに立っていたのは、アルバート殿下。

 …………ヒロインに攻略されたはずの彼が、なぜこんなところに。
 ああ、それともヒロインの安全のために秘密裏に私をここに監禁したとか?
 いや、ゲームでは策略家な部分が見えた彼がそんな面倒なことをする必要はない。
 事故に見せかけて、私を殺せばいいんだから。


「…………アルバート様」
「ああ、ごめんね。無能な馬鹿共のせいで、綺麗な君の肌に傷ができてしまった。痛かっただろう?」


 近づいてくる彼を呆然と見ていれば、彼は私の頭を撫でながらそう言った。

 そんな彼に大人しく撫でられていれば、あることに気づいた。
 本来いないはずの彼がいて、いるはずの彼女がいない。


「そうだ、エマは!?」
「エマ?…………ああ、あの邪魔なメイドかい?もちろん、始末したよ?」
「…………は?」


 何でもないように、まるで今日の夕飯は何だろうというような軽い声音で彼はそう言った。

 私は一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。
 始末した?
 何故殿下が、彼女を?
 いったい、何故…………??


「ど、どういう意味ですか?」
「うん?もちろん、そのままの意味だよ」


 幼い子供に説明するような声音で、殿下は話し始めた。


「ほんとはね、君だけは丁重に連れて来いと命じていたんだ。でも、あのバカなメイドが君を庇ったせいで君も一緒に攻撃を受けてしまったんだよ。まったく、迷惑なメイドだよ。ラングリーズ家も、なんであんな役立たずなメイドなんて雇ったんだろうね」


 意味が、解らなかった。
 いや、理解したくなかった。
 だって、そうだろう。
 私とエマを襲った存在は、彼の関係者だった。
 エマは、私を守るために庇った。
 なのに、彼女は「邪魔をした」という理由だけで殺された。
 …………意味が解らない。
 何が起こっているというの?
 お父様たちは、いったい誰に殺されたというの?
 まさか__


「…………お父様たちは」
「ん?君の御両親かい?もちろん、始末したよ。だって、君には必要ないだろう?」
「…………な、にいって?」
「うん?君には必要ないものだろう?何しろ、君はこれからはこの籠の中で私に愛されて一生を過ごすのだから…………その邪魔となる彼らはいらないだろう?」


 何でもないように笑う彼に、私の中で沸き上がったのは怒りだった。

 だって、そうだろう?
 私を囲うのに邪魔になる。
 そんなふざけた理由で、父は、母は、兄は命を奪われたというのか?
 私はたった一日で、両親を、兄を、家族のように大切にしていたメイドを、すべてすべて奪われたというのか?
 ああ、目の前の男を殺してやりたい。
 両親や兄が受けた苦しみ以上に。
 私の怒りをわからせてやるように。
 むごたらしく、殺してやりたい。

 そう思って暴れようとしても、何か薬でも打たれたのか思うように体が動かしにくい。
 そんな自分の体に苛立っていれば、ふと彼の言葉に疑問を覚えた。

 …………彼は私を愛していると言ったか?
 そんなのおかしすぎる。
 だって、彼はヒロインに攻略されたはず。
 だから、あの断罪劇が起こったんじゃないのか?


「…………な、んで。だって、あなたはラバーズ男爵令嬢と」
「ん?ああ、あの阿婆擦れね。あれは、私の駒だよ?君の代わりを務めるためだけの」
「か、わり?」

「そうだよ。だって、考えてみてくれないかい?君が私の妻となるのは、とても魅力的だ。だが君が王妃となれば、君は公務を理由に不特定多数の有象無象共の前に立たなければいけない。君は、私の物だよ?私の宝だ。なぜ、有象無象共などにその素晴らしい姿を見せ、有象無象共が吐いた空気に触れさせなければいけない?だから、君の代わりを務めるための人形が必要だと思った。でも、下手に考える頭があると面倒だ。そこで使おうと思ったのが、あの阿婆擦れだよ。あの女は婚約者の有無関係なく、とにかく上位貴族の男共に媚を売りまくっていたからね。ちょっと優しくすれば、私の望む通りに動かせるようになったよ。まあ正直、君のことについてあることないこと言っていて殺意が沸いたけど、我慢したよ。何しろ、あの阿婆擦れ女は【君の代わり】という大事な立場につかせなきゃいけないお人形だからね。下手に傷つけて使えなくなったら、また代わりを探さなければいけなくなるから面倒だし君以外の女にまた愛を吐かなければいけないからね」


 私の言葉に、アルバート殿下は狂ったように笑いながら早口でそう捲し立てた。

 正直、言っている意味が全く分からないけど彼の言葉は怖すぎる。
 何、吐いた空気に触れるって。
 その発想自体がすごく怖いし、どんな思考回路になればそんな言葉が出てくるんだろうか?

 ただわかったことは、あのヒロインはただただこの男に利用されていただけだったのだろう。
 この男にとって、ヒロインは愛おしい存在ではなく、私の代わりという立場に立たせるためだけの存在。
 …………つまり、ヒロインはアルバート殿下の攻略に失敗していたんだ。
 人を人とも思っていない。
 いや、そもそもこの男は人間なのか?
 悪魔や化け物が人の形をしているとしか思えない。

 そう思っていれば、アルバート殿下に抱きしめられた。


「…………もういいだろう?それよりも、私と君のこれからについて話し合おう?子供は何人欲しい?今すぐは無理だけど、私はできれば君似の女の子が二人は欲しいな。ああ、でも男はいらないよ。血を分けた息子と言えど、君の視界に私以外の男が入るなんて考えるだけでおぞましいし殺意が芽生えてしまうからね。とりあえず、男は生まれたら殺そうか」


 そう私の耳元で話す殿下に、私が願ったのは自由じゃない。
 死だった。

 このままじゃ、大切な人たちを殺したこの男の子供を産まされる。
 例え運良く逃げられたとしても、この執着だ。
 追って来られて、また今の状態に逆戻りだ。
 この男との子供を愛せる自信なんて、そんなものはない。
 なんなら、どちらに似るかによってはこの男への恨みを子供にぶつけてしまう自信しかなかった。
 ねぇ、誰か。
 私を殺して。
 こんな男に好き勝手されるぐらいなら、死んで両親たちがいる場所へ旅立ちたい。

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