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第21話 屋台で買い食い
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ギルドの建物から出ると、すでに日が高くなっていた。
ギルド長のアーロンにはしつこくいろいろなことを聞かれたが、肝心の所ははぐらかしておいたから、大丈夫だろう。
俺の『貪食』やパレルモの素性など、どう考えてもギルド長に話すメリットがないからな。
というか、そんなことを話したらあと数日は拘束されること間違いない。
そんなことになれば、いつ飢餓状態に陥るか分からないわけだし。
ともあれ、依頼金も無事受け取れたし、出しても大丈夫そうな魔物の素材と遺跡で取れた野草やキノコはギルドで換金したから、懐具合はかなりホクホクだ。
これなら、当分遺跡内部に引きこもっていても十分なほどの香辛料と調味料が手に入れることができる。
この機会に遺跡のあらゆる魔物の調理法を確立して、美味しい遺跡ライフを送るつもりだ。
ということで、さっそく買い付けに向かってもいいのだが……
「ライノー、お腹減ったんだけどー」
グーグーお腹を鳴らしたパレルモが、さっきから俺の袖をくいくいと引っ張っている。
通りを見渡せば、昼食に繰り出したとおぼしき人々でごった返している。
中には串焼きなどをほおばりながら歩く連中もちらほら見かける。
それを見てると、俺もいてもたってもいられなくなってきた。
「だな。俺もだ」
というわけで、買い付けの前に昼飯にすることにした。
目指すは、中心部にある屋台街だ。
◇
ヘズヴィンでは、昼時になると街の中心を走る大通りにたくさんの屋台が並ぶ。
仕事が一段落した商人たちや早朝の依頼を終えた冒険者たちが、休憩がてら一斉に昼食を取りに街に繰り出すからだ。
「うわー。わあー! ここ、すごい! すごいよっ。これ全部、食べ物なのー?」
「ああ、ここはたくさん揃ってるからな。いろいろ買って、食べ歩きしよーぜ」
テンションがマックスまで上がったパレルモが、街路に立ち並んだたくさんの屋台をキョロキョロと見渡しては、感嘆の声を上げている。
その目には、すでに屋台に並んだ料理しか映っていないようだ。
合間合間に、じゅるりんっと何かをすすり上げる音が聞こえてくるのはご愛敬だ。
確かに、街のあちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。
俺もパレルモほどじゃないにせよ、涎が湧き出してくるのを抑えられなくなってきた。
右を見れば、羊肉に辛めのタレで漬け込んだ串焼きの屋台。
左を見れば異国風焼き飯と魚介類のスープを出す屋台。
通りのさらに先には、野鳥の香草焼きの屋台なんてのも見える。
いずれも、空きっ腹の俺たちには到底抗いようのない吸引力を秘めている。
ダンジョンの奥底で三千年も絶食状態で過ごしてきた彼女のことだ。
この光景はまさに楽園に見えているのだろう。
パレルモが、すぐ手前のエスニックな香りを漂わせる串焼き屋フラフラと吸い寄せられた。
「ライノー」
涎を垂らしながら俺と串焼きを交互にチラチラ見てくる。
「はいはい。じゃ、まずはそれにするか」
俺はパレルモの隣に並ぶと、せっせと肉を串に刺している屋台のオヤジに声をかけた。
「オヤジ、その串二本ずつ頼む。そう、それそれ」
「あいよ! 四本で青銅貨四枚だよ」
「ほいよ。あんがとっ!」
「まいどー」
おれは代金を支払い串焼きを受け取ると、そのうち二本をパレルモに渡す。
「あーむっ」
パレルモは串焼きを両手に持ち、大きく口を開けると、まだジュウジュウと音を立てる羊肉にかぶり付いた。二本とも同時に。
よっぽど腹が減っていたのだろう、なかなか豪快な食べっぷりだな。
「んんー! おいしっ! はむっ、はふっ、辛ーい、けどおいしーっ!」
肉を口いっぱいにほおばったパレルモが、ぱあっと輝く笑顔になった。
俺も、冷めないうちに串焼きにかぶり付く。
「はぐっ。辛っ! でも、美味い」
香辛料をふんだんに使った激辛タレと噛み応えのある肉から溢れ出た肉汁とが、腔内を辛みと旨味で焼き尽くしてゆく。
絶妙に配合された香辛料のおかげか、羊肉特有の臭みはない。
しっかりと咀嚼し、ごくりと呑み込む。
口の中にビリリと強烈な痺れを残し、鮮烈な香りが鼻から抜けていった。
「ほう……」
「ほあー……」
二人で、しばし余韻に浸る。
あー、これだよこれ。
このジャンクな味付けこそ屋台の醍醐味だ。
「そうだろうそうだろう、ウチの串焼きはこの辺じゃ一番だからな!」
俺たちの食べっぷりを見ていたオヤジが、すごくいい笑顔でうんうんと頷く。
「おいしかったー。オヤジ、ごちそーさま!」
元気な笑顔で、パレルモがオヤジに挨拶をする。
オヤジがさらに笑顔になった。
その呼び名は俺の真似をしなくてもいいんだが…
しかしこの味付け……魔物肉の処理のヒントになりそうだ。
秘伝のタレっぽいし、レシピは教えてくれるとは思えないが、味を覚えておくことはできる。
祭壇の間に戻ったら、研究だな。
「ライノー、まだまだたくさん食べ物があるねー」
パレルモが、他の屋台を眺めつつ、俺にそんなことを言ってくる。
分かってるって。
パレルモが串焼きのたった二本で満足するとは思っていないからな。
それに、俺だってまだまだ食べ足りない。
「じゃあ、次の屋台行ってみようぜ」
「うん! じゃあ、次はアレ、その次はアレで、あ、あっちも!」
「はいはい、ちゃんと全部回るからちょっと待てって」
俺の手をひっぱり、次の屋台へ駆け出すパレルモ。
「オヤジー! そのいい匂いのやつくださーい!」
まてパレルモ! それはおばちゃんだ!
苦笑する恰幅のいいおばちゃんに頭をさげつつ、焼き飯を注文する。
しかし、屋台メシってのは、いくら食っても飽きないな。
どんどん目移りするぞ。
お、あの香草焼きも美味そうだな。
あっちの香ばしい匂いのスープも買っていこう。
甘いのもいいな。あっちの団子も食べていかねば。
…………、
……。
この界隈を空腹時にぶらつくのは、丸腰でダンジョンに突入する以上に危険だ。
どんどん罠にかかってしまう。
結局俺たちはかなりの数の屋台を回り、さんざん買い食いしまくってから香辛料の買い付けに向かった。
◇
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。香辛料の瓶って、たったこれだけ? 本当に?」
「お兄さん、すまないねえ。いま売れるのは、店頭にあるものだけなんだよ」
スパイス屋の店主であるおばちゃんが、首を振った。
薄暗い店内には、建物に染みついたエスニックな匂いがほのかに漂っている。
だが、肝心の商品が棚の上に置かれていない。
代わりに、ほとんどの棚に『品切れ中』の札が置かれている。
別に、売り渋られているわけじゃない。
本当に、店のどこにも品物が置かれていないのだ。
俺はひとまずあるだけの香辛料を確保すると、店の奥に積んである木箱を指さした。
「下世話な話だが、金ならある。値引きなしで、そこにあるのをまるっと買い上げてもいいんだぜ?」
「すまないね。できれば売ってあげたいところなんだけど、そこの在庫は取引先のために確保してある分なんだよ」
おばちゃんが、困り顔で続ける。
「実はここのところ、交易路のあちこちで山賊の活動が活発化していてねえ。
数日前にも、ウチの人が仕入れに出たら運悪く襲われちゃってさあ。
幸い命は助かったんだけれど、積み荷も馬も奪われちゃって、もう散々だよ。
そんなことがあったから、ウチの人はショックで寝込んじまうし、今は店にある分と在庫分がはけたら、しばらく店を閉めようと思ってるんだよ。
ギルドのお偉いさんは、こんなの犬に噛まれたと思っとけっていうけど、補填もなしにそんな風に納得できれば楽でいいんだけどねえ……」
なんかおばちゃんの影が薄くなってるような……
うーむ。
どうやら事情があるのか。
たしかに商工ギルドのお偉方は豪商ばかりだからな。
山賊に多少積み荷を奪われたところでたいした痛みもないだろうが……こういう個人商店じゃ、死活問題だ。
これは、ちょっとムリを言ってしまったかな。
別におばちゃんを困らせたいわけじゃない。
「そうか……無理いってすまない」
「いいよ、こっちも売れるなら売りたいんだし、お互い様だよ」
とりあえず、店に残っているのは胡椒の小瓶がひとつと、乾燥ニンニクのチップがひと袋。あとは大蛇肉の臭みとりに必須なコリアンダーが、これまた小瓶ひとつ。
普段はいろいろ取りそろえているそうなのだが、今手に入るのはこれだけだ。
もちろんこれじゃあ全然足りない。
俺の『貪食』のリミットとパレルモの食欲を鑑みると、どう考えても一週間保たないからな。これは想定外の事態だ。
ここに来る前に他の店も回ったのだが、同じような状況だった。
とにかく品薄なんだよな。
というか、ここぞとばかり商品の値段をつり上げているような雰囲気だった。
店主もとくに困った様子もなかったしな。
ちょっと高すぎたから、先に他の店を回ろうとここに来たんだが……
この店は、値段をつり上げていないだけ良心的だ。
「はあ……」
俺はため息をつきつつ、こめかみをグリグリと揉んで気分を落ち着ける。
しかし……山賊、か。
そういえば以前、ギルドの依頼掲示板に山賊の討伐の依頼書が貼り付けてあった気がする。依頼は、もちろん商工ギルドだった。
さすがに今まで誰も受けていないとは考えにくいが、察するに依頼の受注実績よりも襲撃件数が上回っている状況なのだろう。
山賊の討伐依頼と商隊の護衛依頼は、不人気依頼の不動のツートップだ。
ダンジョン探索系と違い、山賊どもを討伐しても商隊を護衛しても、報酬以外に実入りがあるわけでもないし、略奪品を自分たちのものにできるわけでもない。
ヘタをすれば、持ち出しのほうが多いくらいだ。
だから、ダンジョン探索である程度稼げるようになった冒険者はこの手の依頼を受けることが滅多にない。
たまに正義感を発揮したい頭がお花畑の冒険者が受けたり、まだダンジョン探索依頼を受けられないようなルーキー中のルーキー冒険者が仕方なく受けたりもするが。
端的に言うと、ハズレ依頼というやつなのだ。
だが。
今回については話が違う。
山賊による通商妨害は、俺にとって死活問題だ。
香辛料がなければ、地獄のメシマズ生活に突入だからな。
それは……絶対にダメだ。
ならば取るべき道は、ひとつしかないだろう。
ハズレ依頼ワーストワンの山賊討伐の受注だ。
他の連中が解決してくれるのを悠長に待っている時間も余裕もないからな。
よし。
そうと決まったら、早速行動だ。
さいわいランクもEに落とした訳だし、受注できないこともなかろう。
「よし。おばちゃん、とりあえずここにあるスパイスは全部もらえるか。パレルモ、おねむのところ悪いが、いったんギルドに戻るぞ」
「毎度。すまないねえ」
「あーい」
……と、そうだ。
「ところでおばちゃん。ものは相談なんだが……」
「な、なんだい? お兄さん、何か企みごとかい? ずいぶんと悪い顔をしているけどねえ」
大丈夫大丈夫。
ぶっといお得意様がひとつ増えるだけですよ、おねえさま。
ギルド長のアーロンにはしつこくいろいろなことを聞かれたが、肝心の所ははぐらかしておいたから、大丈夫だろう。
俺の『貪食』やパレルモの素性など、どう考えてもギルド長に話すメリットがないからな。
というか、そんなことを話したらあと数日は拘束されること間違いない。
そんなことになれば、いつ飢餓状態に陥るか分からないわけだし。
ともあれ、依頼金も無事受け取れたし、出しても大丈夫そうな魔物の素材と遺跡で取れた野草やキノコはギルドで換金したから、懐具合はかなりホクホクだ。
これなら、当分遺跡内部に引きこもっていても十分なほどの香辛料と調味料が手に入れることができる。
この機会に遺跡のあらゆる魔物の調理法を確立して、美味しい遺跡ライフを送るつもりだ。
ということで、さっそく買い付けに向かってもいいのだが……
「ライノー、お腹減ったんだけどー」
グーグーお腹を鳴らしたパレルモが、さっきから俺の袖をくいくいと引っ張っている。
通りを見渡せば、昼食に繰り出したとおぼしき人々でごった返している。
中には串焼きなどをほおばりながら歩く連中もちらほら見かける。
それを見てると、俺もいてもたってもいられなくなってきた。
「だな。俺もだ」
というわけで、買い付けの前に昼飯にすることにした。
目指すは、中心部にある屋台街だ。
◇
ヘズヴィンでは、昼時になると街の中心を走る大通りにたくさんの屋台が並ぶ。
仕事が一段落した商人たちや早朝の依頼を終えた冒険者たちが、休憩がてら一斉に昼食を取りに街に繰り出すからだ。
「うわー。わあー! ここ、すごい! すごいよっ。これ全部、食べ物なのー?」
「ああ、ここはたくさん揃ってるからな。いろいろ買って、食べ歩きしよーぜ」
テンションがマックスまで上がったパレルモが、街路に立ち並んだたくさんの屋台をキョロキョロと見渡しては、感嘆の声を上げている。
その目には、すでに屋台に並んだ料理しか映っていないようだ。
合間合間に、じゅるりんっと何かをすすり上げる音が聞こえてくるのはご愛敬だ。
確かに、街のあちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。
俺もパレルモほどじゃないにせよ、涎が湧き出してくるのを抑えられなくなってきた。
右を見れば、羊肉に辛めのタレで漬け込んだ串焼きの屋台。
左を見れば異国風焼き飯と魚介類のスープを出す屋台。
通りのさらに先には、野鳥の香草焼きの屋台なんてのも見える。
いずれも、空きっ腹の俺たちには到底抗いようのない吸引力を秘めている。
ダンジョンの奥底で三千年も絶食状態で過ごしてきた彼女のことだ。
この光景はまさに楽園に見えているのだろう。
パレルモが、すぐ手前のエスニックな香りを漂わせる串焼き屋フラフラと吸い寄せられた。
「ライノー」
涎を垂らしながら俺と串焼きを交互にチラチラ見てくる。
「はいはい。じゃ、まずはそれにするか」
俺はパレルモの隣に並ぶと、せっせと肉を串に刺している屋台のオヤジに声をかけた。
「オヤジ、その串二本ずつ頼む。そう、それそれ」
「あいよ! 四本で青銅貨四枚だよ」
「ほいよ。あんがとっ!」
「まいどー」
おれは代金を支払い串焼きを受け取ると、そのうち二本をパレルモに渡す。
「あーむっ」
パレルモは串焼きを両手に持ち、大きく口を開けると、まだジュウジュウと音を立てる羊肉にかぶり付いた。二本とも同時に。
よっぽど腹が減っていたのだろう、なかなか豪快な食べっぷりだな。
「んんー! おいしっ! はむっ、はふっ、辛ーい、けどおいしーっ!」
肉を口いっぱいにほおばったパレルモが、ぱあっと輝く笑顔になった。
俺も、冷めないうちに串焼きにかぶり付く。
「はぐっ。辛っ! でも、美味い」
香辛料をふんだんに使った激辛タレと噛み応えのある肉から溢れ出た肉汁とが、腔内を辛みと旨味で焼き尽くしてゆく。
絶妙に配合された香辛料のおかげか、羊肉特有の臭みはない。
しっかりと咀嚼し、ごくりと呑み込む。
口の中にビリリと強烈な痺れを残し、鮮烈な香りが鼻から抜けていった。
「ほう……」
「ほあー……」
二人で、しばし余韻に浸る。
あー、これだよこれ。
このジャンクな味付けこそ屋台の醍醐味だ。
「そうだろうそうだろう、ウチの串焼きはこの辺じゃ一番だからな!」
俺たちの食べっぷりを見ていたオヤジが、すごくいい笑顔でうんうんと頷く。
「おいしかったー。オヤジ、ごちそーさま!」
元気な笑顔で、パレルモがオヤジに挨拶をする。
オヤジがさらに笑顔になった。
その呼び名は俺の真似をしなくてもいいんだが…
しかしこの味付け……魔物肉の処理のヒントになりそうだ。
秘伝のタレっぽいし、レシピは教えてくれるとは思えないが、味を覚えておくことはできる。
祭壇の間に戻ったら、研究だな。
「ライノー、まだまだたくさん食べ物があるねー」
パレルモが、他の屋台を眺めつつ、俺にそんなことを言ってくる。
分かってるって。
パレルモが串焼きのたった二本で満足するとは思っていないからな。
それに、俺だってまだまだ食べ足りない。
「じゃあ、次の屋台行ってみようぜ」
「うん! じゃあ、次はアレ、その次はアレで、あ、あっちも!」
「はいはい、ちゃんと全部回るからちょっと待てって」
俺の手をひっぱり、次の屋台へ駆け出すパレルモ。
「オヤジー! そのいい匂いのやつくださーい!」
まてパレルモ! それはおばちゃんだ!
苦笑する恰幅のいいおばちゃんに頭をさげつつ、焼き飯を注文する。
しかし、屋台メシってのは、いくら食っても飽きないな。
どんどん目移りするぞ。
お、あの香草焼きも美味そうだな。
あっちの香ばしい匂いのスープも買っていこう。
甘いのもいいな。あっちの団子も食べていかねば。
…………、
……。
この界隈を空腹時にぶらつくのは、丸腰でダンジョンに突入する以上に危険だ。
どんどん罠にかかってしまう。
結局俺たちはかなりの数の屋台を回り、さんざん買い食いしまくってから香辛料の買い付けに向かった。
◇
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。香辛料の瓶って、たったこれだけ? 本当に?」
「お兄さん、すまないねえ。いま売れるのは、店頭にあるものだけなんだよ」
スパイス屋の店主であるおばちゃんが、首を振った。
薄暗い店内には、建物に染みついたエスニックな匂いがほのかに漂っている。
だが、肝心の商品が棚の上に置かれていない。
代わりに、ほとんどの棚に『品切れ中』の札が置かれている。
別に、売り渋られているわけじゃない。
本当に、店のどこにも品物が置かれていないのだ。
俺はひとまずあるだけの香辛料を確保すると、店の奥に積んである木箱を指さした。
「下世話な話だが、金ならある。値引きなしで、そこにあるのをまるっと買い上げてもいいんだぜ?」
「すまないね。できれば売ってあげたいところなんだけど、そこの在庫は取引先のために確保してある分なんだよ」
おばちゃんが、困り顔で続ける。
「実はここのところ、交易路のあちこちで山賊の活動が活発化していてねえ。
数日前にも、ウチの人が仕入れに出たら運悪く襲われちゃってさあ。
幸い命は助かったんだけれど、積み荷も馬も奪われちゃって、もう散々だよ。
そんなことがあったから、ウチの人はショックで寝込んじまうし、今は店にある分と在庫分がはけたら、しばらく店を閉めようと思ってるんだよ。
ギルドのお偉いさんは、こんなの犬に噛まれたと思っとけっていうけど、補填もなしにそんな風に納得できれば楽でいいんだけどねえ……」
なんかおばちゃんの影が薄くなってるような……
うーむ。
どうやら事情があるのか。
たしかに商工ギルドのお偉方は豪商ばかりだからな。
山賊に多少積み荷を奪われたところでたいした痛みもないだろうが……こういう個人商店じゃ、死活問題だ。
これは、ちょっとムリを言ってしまったかな。
別におばちゃんを困らせたいわけじゃない。
「そうか……無理いってすまない」
「いいよ、こっちも売れるなら売りたいんだし、お互い様だよ」
とりあえず、店に残っているのは胡椒の小瓶がひとつと、乾燥ニンニクのチップがひと袋。あとは大蛇肉の臭みとりに必須なコリアンダーが、これまた小瓶ひとつ。
普段はいろいろ取りそろえているそうなのだが、今手に入るのはこれだけだ。
もちろんこれじゃあ全然足りない。
俺の『貪食』のリミットとパレルモの食欲を鑑みると、どう考えても一週間保たないからな。これは想定外の事態だ。
ここに来る前に他の店も回ったのだが、同じような状況だった。
とにかく品薄なんだよな。
というか、ここぞとばかり商品の値段をつり上げているような雰囲気だった。
店主もとくに困った様子もなかったしな。
ちょっと高すぎたから、先に他の店を回ろうとここに来たんだが……
この店は、値段をつり上げていないだけ良心的だ。
「はあ……」
俺はため息をつきつつ、こめかみをグリグリと揉んで気分を落ち着ける。
しかし……山賊、か。
そういえば以前、ギルドの依頼掲示板に山賊の討伐の依頼書が貼り付けてあった気がする。依頼は、もちろん商工ギルドだった。
さすがに今まで誰も受けていないとは考えにくいが、察するに依頼の受注実績よりも襲撃件数が上回っている状況なのだろう。
山賊の討伐依頼と商隊の護衛依頼は、不人気依頼の不動のツートップだ。
ダンジョン探索系と違い、山賊どもを討伐しても商隊を護衛しても、報酬以外に実入りがあるわけでもないし、略奪品を自分たちのものにできるわけでもない。
ヘタをすれば、持ち出しのほうが多いくらいだ。
だから、ダンジョン探索である程度稼げるようになった冒険者はこの手の依頼を受けることが滅多にない。
たまに正義感を発揮したい頭がお花畑の冒険者が受けたり、まだダンジョン探索依頼を受けられないようなルーキー中のルーキー冒険者が仕方なく受けたりもするが。
端的に言うと、ハズレ依頼というやつなのだ。
だが。
今回については話が違う。
山賊による通商妨害は、俺にとって死活問題だ。
香辛料がなければ、地獄のメシマズ生活に突入だからな。
それは……絶対にダメだ。
ならば取るべき道は、ひとつしかないだろう。
ハズレ依頼ワーストワンの山賊討伐の受注だ。
他の連中が解決してくれるのを悠長に待っている時間も余裕もないからな。
よし。
そうと決まったら、早速行動だ。
さいわいランクもEに落とした訳だし、受注できないこともなかろう。
「よし。おばちゃん、とりあえずここにあるスパイスは全部もらえるか。パレルモ、おねむのところ悪いが、いったんギルドに戻るぞ」
「毎度。すまないねえ」
「あーい」
……と、そうだ。
「ところでおばちゃん。ものは相談なんだが……」
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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