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第32話 死霊術師

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「なあライノ、ちょっといいか」

 ギルドで山賊討伐の完了報告と報酬受取の手続きを終えると、先に手続きを終えていたらしいマルコが声をかけてきた。
 後ろには、セバスとケリイもいる。

「お疲れ様でした、ライノ殿」

「……おつかれ」

 若干やさぐれ気味のケリイ。
 というのも、彼女には半魔化中の記憶は残っているらしい。

 街へ戻るその途中で、そのときのことを思い出しては「殺して! 私を殺して! あんなはしたない格好をみんなの前で晒した私を誰か殺して……いやあああ!」と馬車の中でごろごろ転げ回り悶絶していたが、身体の方は全然問題ない。
 心の方までは俺は知らん。知らんったら知らん。

 とりあえず、ケリイ半魔化の件は全部ペッコのせいにしておいた。
 最初に山賊をトレント化してたからな。

 ケリイは明らかに俺のせいだといぶかしんでいたが、それを理由にシラを切りとおしたら最終的には渋々ながらも納得していた。
 というわけで、ペッコはケリイの魔物化に失敗して自滅したことになりました。

「……」

「……」

 で、さっきから用件を切り出さずにモジモジしているスキンヘッドのイカツいオッサンとダンディなおっさんオッサン二人組。
 そこにケリイが肘をつついてなにやら急かしている。

 三人とも挙動不審だ。

 マルコとセバスは互いに「オイ、やっぱあんたが言えよ」とか、「いえ。ここはリーダーである貴方が言うべきでしょう」とか、なんか押し問答しているし。

 本当、なんなんだ一体。

「……これからメシなんだ。悪いが、用件なら手短に頼むぜ」

 段々面倒臭くなってきた俺がそう言うと、マルコが観念したような面持ちになって口を開いた。

「あ、ああ。そうだな。すまん。別に時間はとらせねーよ。ちょっと、確認したかっただけだ。お前があの樹のバケモノを倒す前に魔物化した聖騎士に使ってた術……あれって、死霊術だよな?」

 ああ、そのことか。

 そういえば、あのあと街までの帰り道で、すでにこいつらは俺に対する態度がおかしかった。なんというか、遠巻きにしてこっちをチラチラ見てるというか、思い詰めたような顔をしているというか……

 さすがに聖騎士たちをゾンビ化したのはやり過ぎだったか。
 だがあれは、あのとき俺が切れる最善手のカードだったと思っている。

 ケリイのアレ?
 あんなん事故だ事故。

 とはいえ、彼らの気持ちは分からないでもない。
 
 聖騎士は寺院でいうところの神の使徒だからな。
 そしてそんな寺院のおかげで、三人組は命を取り留めた。
 信徒になったかは分からないが、恩義を感じるには十分だろう。

 で、そんな神の使徒様をゾンビ化して操ったわけだ。
 理由はともあれ、端から見れば完全に神への冒涜以外の何者でもないだろう。

 そういう意味では、俺は三人に責められても文句は言えないと思う。

 ……あまりはぐらかすのも何だし、それについては素直に肯定しておくか。

「確かにアレは死霊術だ。何か問題でもあるか?」

「いや、な。以前、俺らがペーペーのルーキーだったころに、テオナ洞窟で一度全滅しかけたことがあったって話したことがあっただろ?」

 ああ、そのことか。
 たしか、ワイバーンから助けたときに熱弁を振るってたな。

 ひとまず俺は無言で頷き、話の続きを促す。

「で、そのとき、俺たちは洞窟内で冒険者に助けられた、って言ったじゃねえか。
 でも、考えてみればおかしいんだよ。
 ……ああ、ライノには、この話はまだ言ってなかったな。
 俺たちが魔物の襲撃で倒れたのが第二階層の奥だった。
 そこで、俺たちは助けられたハズなんだ。
 だが、俺たちを寺院まで運んだって証言してる冒険者たちは、俺たちを見つけたのは第一階層、それも入り口付近だって言ってたんだよ。
 これって、おかしくないか?」

 そうか。
 あのあと、ちゃんと入り口付近まで移動できたのか。
 まあ、ゾンビ化してたせいでその冒険者に退治されかけたっぽいけどな……

 というか、なんだか話の行き先が変だぞ?
 何の話だ?

 とりあえず誤魔化しておく。

「さあな。ムカデの毒で錯乱でもしてたんじゃないか? 毒でやられた状態ならば、そういうこともあるだろ」

「……ムカデ?」

 俺がそう言うと、マルコがハッとしたような顔になった。
 
 ん?

 さすがにその言い方はトゲがありすぎか?
 俺も少し気が立っていたらしい。

「いや、悪い。言い過ぎた。続けてくれ」

「……あ、ああ。いや、俺たちは確かに第二階層で倒れたんだ。
 これは間違いない。
 メクラオニムカデの巣は、第二階層にしかないからな。
 で、そうなると俺たちは知らない間に第一階層まで移動していたことになっちまう。
 致死性の毒にやられて身動き一つできない俺たちが、だ。
 それにセバスが、助けてくれた冒険者と話したと言ってる。
 第二階層の奥で、な。
 そいつは盗賊職シーフだったそうだ。
 だが、俺たちを助けたと証言した冒険者たちの中に、盗賊職はいなかった」

 そこまで言って、マルコは俺の方をじっと見た。

 真剣な目だ。
 よく見ると、セバスもケリイも同じ目をしてる。

 ……なんだこの空気。

「あのとき俺たちはすでに死んでいたんじゃないか? なあ、ライノ?」

 ……なるほど。
 別に俺も察しが悪いわけじゃない。
 ここまで言われれば、コイツらがすでに気づいているのは分かる。
 俺が助けた、ということを。

 そして、どうやって助けたかも……分かって言ってるよな、コレは。

 クソ。

 セバスはあのときまだ目が見えていたのだろう。
 もしかしたら、声も覚えていたのかもしれない。

 とはいえ実際に俺の死霊術を見るまでは、確信が持てなかったんだと思う。

 そうか。
 バレちまってるか。

 じゃあ、仕方ないな。



 だが、俺が正直に答えるとでも?



 そもそもダンジョン探索ならば、盗賊職なんていくらでもいるだろ。
 それに死霊術だって一般的には忌避されているだけで、使える奴が俺以外にいないわけじゃない。

 状況証拠ばかり、穴だらけの推理だ。

 それに俺は、別に感謝されたくてコイツらを助けたわけじゃない。

 ギルドの互助精神からくる義務感と、ほんのちょっと俺の依頼の手伝いをしてくれれば、くらいの軽い気持ちからだった。

 おまけに、ゾンビ化したあとは俺が遺跡に落ちてしまったとはいえ、かなり適当に放置してしまった。そのせいで他の冒険者を驚かせてしまったわけだし。

 俺はコイツらから感謝されるようなことは、何一つしちゃいない。

 だから。

「……知らんな。話はそれだけか? なら、もう俺は行くぞ。パレルモとビトラを待たせてるからな」

 俺がそう言うと、マルコはちょっとだけ困ったような顔をした。
 が、すぐにニカッと笑い、

「……そうか。ライノがそう言うなら、そうなんだろう。すまんな、引き留めちまって」

「別に構わん」

「達者でな。パレルモちゃんと、ビトラちゃんにもよろしくな」

 マルコが拳を差し出してきた。

 まあ、それくらいなら、いいか。

「ああ。そっちこそ、また死ぬなよ・・・・・・

 俺は差し出された拳に、拳をコツン、とぶつける。
 冒険者の別れの挨拶ってやつだな。

「……!」

 マルコの、そしてセバスとケリイの顔が変わり、何かを言おうと口を開く。
 だが俺はそれを遮って、背中を向けた。

 別に三人に顔を見られるのが恥ずかしかったからとかじゃない。
 急がないと、腹ぺこ少女どもがブーブー抗議してくるからだ。

「ライノ!」

 ギルドの出入り口の扉に手をかけたところで、背中越しにマルコの声が聞こえた。

 なんだよ。
 ギルドで大声だすじゃねーよ。

 他の連中の視線が痛いだろ。

「俺らはまだペーペーのルーキーだ! けどよ、俺たちは絶対強くなるからよ! 助けられた命は無駄にしねぇ! だから、また……一緒に冒険しようぜ!」

「ライノ殿。またいつか会いましょうぞ!」

「ライノ! 今度はもっと素敵な衣装にしてよね!」

 なんかマルコが叫んだ。
 他の二人も大声でこっちに向かってなんか言ってる。
 セバスも珍しく……というか大声なんて初めて聞いたぞ。

 つーかケリイ。
 あれは完全に事故だから今度はないぞ。……多分。

 俺は振り返らず、けれども片手だけ上げてから、ギルドの外に出る。


 ギルドの扉を閉めると、中の声は聞こえなくなった。

 聞こえるのは、通りを行き交う雑踏と喧噪だけだ。
 辺りも暗くなっている。
 いい感じに夕飯どきだな。

「パレルモ、ビトラ。待たせたな。今終わった」

 俺はギルドの外壁にもたれて待っていた二人に声を掛ける。

「ライノー、お腹 (きゅるるる)へったー」

 パレルモがお腹の虫と一緒に抗議の声を上げる。
 その様子を見ていると、なんだか全てがどうでもよくなってくる。
 お前はのんきでいいな。
 そのままのお前でいてくれ。

「ライノ。私も空腹。今宵は肉を所望する」

 ビトラ! この食いしん坊の食肉植物め。
 帰り道でもパレルモ並にメシを食いやがって。
 おかげで魔物料理のストックがスッカラカンだ。
 つーか『今宵も』って、お前いつも肉しか食わねーだろうが。

 あと、人間に化けているときに髪の毛をわさわさするのはやめろ。
 通行人がめっちゃ見てるだろ。

 そしてそんな二人の少女にしがみつかれ、通行人の注目を浴びる俺。

「わーってるよ。これから屋台街に向かうぞ。夜の屋台は昼と違ってさらにいろんな料理があるからな。報酬ももらったばかりだし、好きなだけ食っていいぞ」

「やたっ! ライノ、いますっごいいい笑顔してるよー? あ! もしかして屋台、そんなにおいしーの? ビトラ! 早くいこーよ!」

「む。パレルモは食いしん坊」

 そーいうビトラの口の端にキラリと光るそれはなんですかね。

 二人は俺を置いて、街の中心部へと駆け出していった。
 俺も、さっさと後を追わないとだな。

 あいつら、金持ってないからな……


 でも、そっか。


 俺、今すっごいいい笑顔してんのか。


 そっか、そっか。


 今日は、三人で腹一杯メシを食おう。
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