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第56話 遺跡攻略② 認証過程
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俺たちは遺跡に到着すると、すぐさま地上の開口部から第一階層へと降り立った。
一応、気配探知スキルは常時起動状態にしておく。
辺りはしんとしていて、 周囲には魔物の気配はない。
ぽっかりと開いた開口部から上を見上げると、生い茂った木々の隙間から木漏れ日が差し込んできている。
耳を澄ましても、葉擦れの音や、遠くで鳴く鳥の声くらいしか聞こえない。
のどかなものだ。
このままここで寝っ転がって昼寝でもしたら、さぞかし気持ちいいだろう。
この足元のはるか下層で、イリナをはじめ何人もの人間が消息を絶ったままだなんて、まったく想像ができない。
「…………」
俺は腰から短剣を抜くと、手近な遺跡の壁をガリッとひっかいてみる。
一筋の細く白い傷跡が、黒ずんだ遺跡の石壁に刻まれる。
アイラの話を聞く限り、ここは間違いなくダンジョンだ。
この作業をやる意味合いは、正直ない。
だが、俺の中のスイッチを日常から非日常へと切り替えるための儀式は必要だ。
ややあって、壁に付けた傷が薄くなり始めた。
……うん。
自己修復機能あり。
確かにここはダンジョンだな。
だが、少し気になることがある。
自己修復が普通のダンジョンより遅い気がする。
ほんのわずかな時間だから、気のせいかも知れないが。
だが、油断はしないようにすべきだろう。
今のうちに、ここで装備品の点検をしておくか。
俺は鞄の口を空け、中身を確認してゆく。
「魔素灯よし、回復薬よし、万が一の非常食よし……パレルモ、ビトラ、そっちはどうだ?」
「うん! ちゃんと確認したよ!」
「む。こちらも問題ない」
二人とも大丈夫のようだ。
ちなみに首なしワイバーンはすでにパレルモが《ひきだし》へと回収済みだ。
かなりの距離を飛ばせたが、食材としての価値が落ちたわけじゃないからな。
腐っているわけでもないし。
貴重な食材を食べずに捨てるなんて、とんでもない。
「よし。じゃあ、そろそろ出発するか。アイラ、そっちはどうだ?」
「…………」
返事がない。
そういえば、さっきからアイラが静かだ。
ワイバーンを降りてから、一言も喋っていない。
「アイラ、お前も装備品点検しといた方がいいぞ。この先、何が分かるか分からない……アイラ?」
「…………」
よく見れば、青い顔をしてうずくまっている。
完全に目が死んでいるな。
一応俺の声は届いているのか、無言でプルプル震えながら、自分の装備品を指さし確認しているが……
どうした、ここに来て怖じ気づいたのか?
「……おっぷ」
アイラが変な声を漏らしたかと思うと、いきなり立ち上がった。
顔面は青を通り越して真っ白だ。
それから通路の端にダダダッ! と駆け寄ると、うずくまってしまった。
……ああ。
そこで俺はようやく理解した。
アイラは慣れない空の旅のせいで、酔ってしまったらしい。
乗り物酔いは、治癒魔術では回復できないからな。
仕方ない。
少し時間を置いてから出発するか。
ちなみに俺とパレルモ、そしてビトラは体得している各種耐性のせいか、まったく酔わなかった。
◇
「ねえにいさま、本当にここでいいの? 第二階層へ通じる階段は逆の方向よ?」
俺とビトラが隠し部屋の場所を探っていると、アイラが不安げな顔で俺に訊ねてきた。
ここは遺跡開口部から少しだけ奥に進んだ先にある、とある通路だ。
ビトラによれば、この付近の壁のどこかに、転移魔法陣が設置された部屋へと通じる隠し扉があるとのことだ。
「ワイバーンの上でおおまかにだが説明しただろ。この遺跡は、ビトラがいた場所だ。だから内部の構造は熟知している」
「にわかには信じがたいことだわ。だいたいビトラちゃんやパレルモちゃんのことを置いておいても、そもそも『魔王の力』ってなに? あの、大昔に世界を滅ぼしたっていう、あの魔王のことなの? にいさまが魔王だと言われても、意味がわからないわ。態度とか、以前と全然変わらないし。にいさまが竜種の死体を操るだけの魔力があるのは分かったけど……」
まあそうだろうな。
俺も一度説明したくらいで分かってもらえるとは思ってない。
どのみちイリナらを助ける過程で、嫌でも力を見せつけることになるだろう。
そのときに、ドン引きされないことを祈るだけだ。
「ビトラ、もう一度聞くが、この遺跡で間違いないんだよな?」
「む。森に埋もれているし、長い年月のせいで私の記憶とはずいぶん姿が変わっている。けれども、内部の様子はあまり変わっていない。間違いなくここは私のいた祭祀場。記憶が正しければ、この通路のどこかに隠し扉があるはず」
「でも、隠し扉ねえ。確かに私たちもここを通ったけども、そんなものはなかったわ」
そりゃそうだろ。
ビトラしか場所を知らないうえ、個体識別の術式で完全に隠蔽されているんだからな。
盗賊職スキルを使っても、そんなものを探し当てるのは不可能だ。
「む、あった。ライノ、パレルモ、アイラ。私の側から退避すべき」
そうこうしているうちに、ビトラは隠し扉の場所を探し当てたようだ。
俺たちに、退避を促す。
ん?
何で退避?
疑問に思ったのだが……ちょっと待て。
アレがそうなのか?
……まずい!
「パレルモ、アイラ、下がれ!」
「へっ? はわっ!?」
「えっ!? きゃっ!? ちょっとにいさま! いったい何を……」
俺ははとっさにパレルモとアイラを両脇に抱きかかえ、ビトラから一気に距離を取る。
次の瞬間。
ビトラが触れていた壁がどろりと溶け、彼女に襲いかかった。
その様子は、まるで泥のスライムのようだ。
液状化した通路の壁が、素早い動きで彼女の身体を絡め取っていく。
だがビトラは無表情慌てず騒がず、なすがままだ。
「ちょっ!? ビトラちゃん!? にいさま! ビトラちゃんが!」
それを目撃したアイラが慌てて救出に向かおうとする。
が、すでに時遅し。
ビトラはあっという間に壁の中に引きずり込まれてしまった。
辺りに静寂が訪れる。
ビトラの姿はそこにない。
ただ、元の形に戻った通路の壁があるだけだ。
「にいさま! 早く助けに行かないと!」
「落ち着けって! あれはそういう『認証過程』だ……多分」
俺もあんな隠し扉は初めて見た。
パレルモの部屋への隠し扉は、古代魔術とはいえ、普通の術式による隠蔽だったからな。
だから、さきほどの泥スライムが罠だと思ったのは事実だ。
というか、はじめは罠そのものだった。
俺の持つ《罠回避+》というスキルは、罠の発する『害意』のようなものを感じ取るスキルだ。
その『害意』が、ビトラが隠し扉を起動した瞬間には確かに存在した。
だが壁がビトラを飲み込んだ瞬間、『害意』が霧散したのだ。
普通の罠は、そんな器用なことはできない。
これは俺の推測だが……おそらくこの隠し扉は、攻性結界のような性質を持つのだろう。
つまり、隠し扉に認証された者……この場合はビトラ以外が起動すると、隠し扉は罠に姿を変え、侵入者に牙を剥くのだ。
スライム状の壁に消化されて壁の建材の一部になるか、それとも塗り固められたまま抜け出すこともできず、露出した部分を魔物に生きたまま囓られ死ぬか。
いずれにせよ、ろくな運命は待っていないだろうな。
もっとも隠し扉の害意が消えた以上、ビトラは大丈夫だろうが。
……もし数分経っても出てこないようなら、力ずくで壁を破壊するつもりだが。
一瞬だけそう思ったが、取り越し苦労だったようだ。
ほどなくして、ビトラが消えた場所の壁がどろりと溶け消え去った。
もちろんそこにいたのは、あいかわらずの無表情のまま立つ、ビトラの姿だ。
……ちょっと湿っていたが。
彼女の向こう側には、部屋があった。かなりの広さだ。
寺院の礼拝堂くらいはある。
その部屋の中心部の床には大きな魔法陣が描かれている。
こちらもそれなりの大きさだ。
同時に数人は載れるだろう。
「……む。久しぶりの生体認証。いつ受けても、身体中をまさぐられるのは慣れない」
無表情のまま服の端を絞りながら、そんなことをぼやくビトラ。
ぽたぽたと、泥水のような壁の残滓が滴り落ちる。
いや……あれはちょっとだけ憮然とした表情だな。
蔦髪がちょっとワサついているからな。
「ビトラちゃん! 無事だったのね! 大丈夫? 痛いところはない?」
アイラがビトラのもとに駆け寄ってゆき、治癒魔術を掛けようとする。
「む。問題ない。しばらくの間、身体がぬるぬるするだけ」
「……どんな認証方法だったかは聞かない方がいいかしら」
なぜかアイラの顔が赤くなった。
別にお前が妄想しているような、変な方法じゃないと思うぞ。
いや、俺もどんな方法か分からないがな!
それよりも……
「って、ビトラちゃん、その姿……!?」
そう。
ビトラはアルラウネの姿に戻っていた。
認証の過程で、元の姿になる必要があったのだろう。
今は緑肌で、蔦髪の本来のビトラだ。
「言ってなかったっけ? ビトラはアルラウネだぞ」
「初耳だわ! ……でもあなた、そっちの方がずっと可愛いわ! ちょっとその髪触らせてくれないかしら? し、心配いらないわ! わ、私、高位の治癒術師だから! ……ハア、ハア」
今度はアイラの目つきがおかしくなった。
なんか変なスイッチが入ったようだ。
息が荒い。
なんだそのワキワキといやらしく蠢く指は。
つーか多分かすり傷程度なら、治癒魔術を行使するのに触れる必要ないよな?
「む。ライノ、助けて。アイラの様子がおかしい」
蔦髪を縮こませ、助けを求めるような目で俺を見てくるビトラ。
珍しいな。
ビトラがドン引きしているぞ。
しかし……あれ?
アイラってそういう趣味だったけっけ?
そういえば以前パーティーを組んでいたときに、ギルドにいた猫耳獣人の女冒険者にやたら興味を示していたことがあった気がするな。
大分前の話だが。
と、アイラがこちらの視線に気づいたらしい。
とろけた顔をハッと一変させ、
「ちっ違うのにいさま! ただ私は、亜人の子にもちゃんと私の治癒魔術が効くかどうか知りたいという、崇高な知的探究心からくる気持ちで……」
しかし真っ赤な顔で、しどろもどろになるアイラ。
いやいや、そんなエロオヤジみたいな表情でビトラに迫っておいて、崇高な知的探究心はないだろ。
「まあ、俺は妹分の性的嗜好についてあれこれ口出す立場にないからな」
「『性的嗜好』ってはっきり言わないでくれるかしら! っていうか違うから!」
「分かってるって。ほら、早く行こうぜ。イリナたちを早く助けなきゃだろ?」
「ぐぬぬっ! ねえさまを見つけたあとは……覚えてなさいよ!」
アイラが歯がみして睨み付けてくるが、知らんな。
一応、気配探知スキルは常時起動状態にしておく。
辺りはしんとしていて、 周囲には魔物の気配はない。
ぽっかりと開いた開口部から上を見上げると、生い茂った木々の隙間から木漏れ日が差し込んできている。
耳を澄ましても、葉擦れの音や、遠くで鳴く鳥の声くらいしか聞こえない。
のどかなものだ。
このままここで寝っ転がって昼寝でもしたら、さぞかし気持ちいいだろう。
この足元のはるか下層で、イリナをはじめ何人もの人間が消息を絶ったままだなんて、まったく想像ができない。
「…………」
俺は腰から短剣を抜くと、手近な遺跡の壁をガリッとひっかいてみる。
一筋の細く白い傷跡が、黒ずんだ遺跡の石壁に刻まれる。
アイラの話を聞く限り、ここは間違いなくダンジョンだ。
この作業をやる意味合いは、正直ない。
だが、俺の中のスイッチを日常から非日常へと切り替えるための儀式は必要だ。
ややあって、壁に付けた傷が薄くなり始めた。
……うん。
自己修復機能あり。
確かにここはダンジョンだな。
だが、少し気になることがある。
自己修復が普通のダンジョンより遅い気がする。
ほんのわずかな時間だから、気のせいかも知れないが。
だが、油断はしないようにすべきだろう。
今のうちに、ここで装備品の点検をしておくか。
俺は鞄の口を空け、中身を確認してゆく。
「魔素灯よし、回復薬よし、万が一の非常食よし……パレルモ、ビトラ、そっちはどうだ?」
「うん! ちゃんと確認したよ!」
「む。こちらも問題ない」
二人とも大丈夫のようだ。
ちなみに首なしワイバーンはすでにパレルモが《ひきだし》へと回収済みだ。
かなりの距離を飛ばせたが、食材としての価値が落ちたわけじゃないからな。
腐っているわけでもないし。
貴重な食材を食べずに捨てるなんて、とんでもない。
「よし。じゃあ、そろそろ出発するか。アイラ、そっちはどうだ?」
「…………」
返事がない。
そういえば、さっきからアイラが静かだ。
ワイバーンを降りてから、一言も喋っていない。
「アイラ、お前も装備品点検しといた方がいいぞ。この先、何が分かるか分からない……アイラ?」
「…………」
よく見れば、青い顔をしてうずくまっている。
完全に目が死んでいるな。
一応俺の声は届いているのか、無言でプルプル震えながら、自分の装備品を指さし確認しているが……
どうした、ここに来て怖じ気づいたのか?
「……おっぷ」
アイラが変な声を漏らしたかと思うと、いきなり立ち上がった。
顔面は青を通り越して真っ白だ。
それから通路の端にダダダッ! と駆け寄ると、うずくまってしまった。
……ああ。
そこで俺はようやく理解した。
アイラは慣れない空の旅のせいで、酔ってしまったらしい。
乗り物酔いは、治癒魔術では回復できないからな。
仕方ない。
少し時間を置いてから出発するか。
ちなみに俺とパレルモ、そしてビトラは体得している各種耐性のせいか、まったく酔わなかった。
◇
「ねえにいさま、本当にここでいいの? 第二階層へ通じる階段は逆の方向よ?」
俺とビトラが隠し部屋の場所を探っていると、アイラが不安げな顔で俺に訊ねてきた。
ここは遺跡開口部から少しだけ奥に進んだ先にある、とある通路だ。
ビトラによれば、この付近の壁のどこかに、転移魔法陣が設置された部屋へと通じる隠し扉があるとのことだ。
「ワイバーンの上でおおまかにだが説明しただろ。この遺跡は、ビトラがいた場所だ。だから内部の構造は熟知している」
「にわかには信じがたいことだわ。だいたいビトラちゃんやパレルモちゃんのことを置いておいても、そもそも『魔王の力』ってなに? あの、大昔に世界を滅ぼしたっていう、あの魔王のことなの? にいさまが魔王だと言われても、意味がわからないわ。態度とか、以前と全然変わらないし。にいさまが竜種の死体を操るだけの魔力があるのは分かったけど……」
まあそうだろうな。
俺も一度説明したくらいで分かってもらえるとは思ってない。
どのみちイリナらを助ける過程で、嫌でも力を見せつけることになるだろう。
そのときに、ドン引きされないことを祈るだけだ。
「ビトラ、もう一度聞くが、この遺跡で間違いないんだよな?」
「む。森に埋もれているし、長い年月のせいで私の記憶とはずいぶん姿が変わっている。けれども、内部の様子はあまり変わっていない。間違いなくここは私のいた祭祀場。記憶が正しければ、この通路のどこかに隠し扉があるはず」
「でも、隠し扉ねえ。確かに私たちもここを通ったけども、そんなものはなかったわ」
そりゃそうだろ。
ビトラしか場所を知らないうえ、個体識別の術式で完全に隠蔽されているんだからな。
盗賊職スキルを使っても、そんなものを探し当てるのは不可能だ。
「む、あった。ライノ、パレルモ、アイラ。私の側から退避すべき」
そうこうしているうちに、ビトラは隠し扉の場所を探し当てたようだ。
俺たちに、退避を促す。
ん?
何で退避?
疑問に思ったのだが……ちょっと待て。
アレがそうなのか?
……まずい!
「パレルモ、アイラ、下がれ!」
「へっ? はわっ!?」
「えっ!? きゃっ!? ちょっとにいさま! いったい何を……」
俺ははとっさにパレルモとアイラを両脇に抱きかかえ、ビトラから一気に距離を取る。
次の瞬間。
ビトラが触れていた壁がどろりと溶け、彼女に襲いかかった。
その様子は、まるで泥のスライムのようだ。
液状化した通路の壁が、素早い動きで彼女の身体を絡め取っていく。
だがビトラは無表情慌てず騒がず、なすがままだ。
「ちょっ!? ビトラちゃん!? にいさま! ビトラちゃんが!」
それを目撃したアイラが慌てて救出に向かおうとする。
が、すでに時遅し。
ビトラはあっという間に壁の中に引きずり込まれてしまった。
辺りに静寂が訪れる。
ビトラの姿はそこにない。
ただ、元の形に戻った通路の壁があるだけだ。
「にいさま! 早く助けに行かないと!」
「落ち着けって! あれはそういう『認証過程』だ……多分」
俺もあんな隠し扉は初めて見た。
パレルモの部屋への隠し扉は、古代魔術とはいえ、普通の術式による隠蔽だったからな。
だから、さきほどの泥スライムが罠だと思ったのは事実だ。
というか、はじめは罠そのものだった。
俺の持つ《罠回避+》というスキルは、罠の発する『害意』のようなものを感じ取るスキルだ。
その『害意』が、ビトラが隠し扉を起動した瞬間には確かに存在した。
だが壁がビトラを飲み込んだ瞬間、『害意』が霧散したのだ。
普通の罠は、そんな器用なことはできない。
これは俺の推測だが……おそらくこの隠し扉は、攻性結界のような性質を持つのだろう。
つまり、隠し扉に認証された者……この場合はビトラ以外が起動すると、隠し扉は罠に姿を変え、侵入者に牙を剥くのだ。
スライム状の壁に消化されて壁の建材の一部になるか、それとも塗り固められたまま抜け出すこともできず、露出した部分を魔物に生きたまま囓られ死ぬか。
いずれにせよ、ろくな運命は待っていないだろうな。
もっとも隠し扉の害意が消えた以上、ビトラは大丈夫だろうが。
……もし数分経っても出てこないようなら、力ずくで壁を破壊するつもりだが。
一瞬だけそう思ったが、取り越し苦労だったようだ。
ほどなくして、ビトラが消えた場所の壁がどろりと溶け消え去った。
もちろんそこにいたのは、あいかわらずの無表情のまま立つ、ビトラの姿だ。
……ちょっと湿っていたが。
彼女の向こう側には、部屋があった。かなりの広さだ。
寺院の礼拝堂くらいはある。
その部屋の中心部の床には大きな魔法陣が描かれている。
こちらもそれなりの大きさだ。
同時に数人は載れるだろう。
「……む。久しぶりの生体認証。いつ受けても、身体中をまさぐられるのは慣れない」
無表情のまま服の端を絞りながら、そんなことをぼやくビトラ。
ぽたぽたと、泥水のような壁の残滓が滴り落ちる。
いや……あれはちょっとだけ憮然とした表情だな。
蔦髪がちょっとワサついているからな。
「ビトラちゃん! 無事だったのね! 大丈夫? 痛いところはない?」
アイラがビトラのもとに駆け寄ってゆき、治癒魔術を掛けようとする。
「む。問題ない。しばらくの間、身体がぬるぬるするだけ」
「……どんな認証方法だったかは聞かない方がいいかしら」
なぜかアイラの顔が赤くなった。
別にお前が妄想しているような、変な方法じゃないと思うぞ。
いや、俺もどんな方法か分からないがな!
それよりも……
「って、ビトラちゃん、その姿……!?」
そう。
ビトラはアルラウネの姿に戻っていた。
認証の過程で、元の姿になる必要があったのだろう。
今は緑肌で、蔦髪の本来のビトラだ。
「言ってなかったっけ? ビトラはアルラウネだぞ」
「初耳だわ! ……でもあなた、そっちの方がずっと可愛いわ! ちょっとその髪触らせてくれないかしら? し、心配いらないわ! わ、私、高位の治癒術師だから! ……ハア、ハア」
今度はアイラの目つきがおかしくなった。
なんか変なスイッチが入ったようだ。
息が荒い。
なんだそのワキワキといやらしく蠢く指は。
つーか多分かすり傷程度なら、治癒魔術を行使するのに触れる必要ないよな?
「む。ライノ、助けて。アイラの様子がおかしい」
蔦髪を縮こませ、助けを求めるような目で俺を見てくるビトラ。
珍しいな。
ビトラがドン引きしているぞ。
しかし……あれ?
アイラってそういう趣味だったけっけ?
そういえば以前パーティーを組んでいたときに、ギルドにいた猫耳獣人の女冒険者にやたら興味を示していたことがあった気がするな。
大分前の話だが。
と、アイラがこちらの視線に気づいたらしい。
とろけた顔をハッと一変させ、
「ちっ違うのにいさま! ただ私は、亜人の子にもちゃんと私の治癒魔術が効くかどうか知りたいという、崇高な知的探究心からくる気持ちで……」
しかし真っ赤な顔で、しどろもどろになるアイラ。
いやいや、そんなエロオヤジみたいな表情でビトラに迫っておいて、崇高な知的探究心はないだろ。
「まあ、俺は妹分の性的嗜好についてあれこれ口出す立場にないからな」
「『性的嗜好』ってはっきり言わないでくれるかしら! っていうか違うから!」
「分かってるって。ほら、早く行こうぜ。イリナたちを早く助けなきゃだろ?」
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アイラが歯がみして睨み付けてくるが、知らんな。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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