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第114話 ルーキーズ 前編
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「はあ、はあ、はあっ……お願いっ……誰か、誰か助けて……っ」
ミリナはダンジョンの闇を、全力で駆けた。
すでに口の中はカラカラだ。
喘ぐたびに、肺が焼けるように痛い。
もうどれだけ走ってきたのだろうか。
いくら盗賊職が敏捷性に長けているとはいえ、さすがに何時間も走り続けるだけのスタミナはない。
そろそろ、限界が近かった。
一体ここがどの階層なのか。
あと何階層駆け抜ければ出口なのか。
そもそも昇っているのか、降っているのか。
ミリナにもよく分からなかった。
通称『グレン商会地下遺跡』の探索依頼は、順調だった。
なにしろ登録ほやほやFランク冒険者のミリナたちでも、ダンジョン深層と呼ばれる第二十階層まで到達できたのだから。
そう、まさに順調だったのだ。
第二十六階層にさしかかったころ、奇妙な魔物に襲われるまでは。
それは人間のように武器を持った魔物だった。
「ルカ、ライナー……アリサ……ターシャ……!」
荒い呼吸の間に、仲間の名を呼ぶ。
一緒に逃げてきたはずだが、すでにミリナの隣には誰もいない。
いつからなのかは覚えていない。
気がついたら、そうなっていたのだ。
代わりに、何か得体の知れない存在が何体も、つかず離れずヒタヒタと彼女の後をつけてきている。
今のところミリナに近づく様子はないが、かといってこちらが近づこうとすれば、スルスルと遠ざかっていくのだ。おかげで姿を確認することもできない。
彼女には、それがとてつもなく恐ろしかった。
(きっと、あいつら……僕が疲れて動けなくなったら、一斉に襲いかかってくるんだ……っ!)
その先を想像するだけで、身も心も凍り付きそうだった。
だから、無理矢理でも足を動かす。
(なんでっ……なんでこんなことにっ。みんな……っ!)
ミリナは目の端に溜まった涙を拭いながら、ひたすら走り続けた。
◇
時は、一日ほどさかのぼる。
「『ルカ&クルセイダーズ』初依頼達成に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
明るい声と杯をぶつけ合う音が、『潮騒の海猫亭』の店内に響いた。
「今日はパーッといこう。飯代は全部報酬で賄えるから、好きなだけ飲み食いしていいぞ」
「「「「おお~っ」」」」
パーティーリーダーのルカがそう宣言すると、メンバー全員が色めき立った。
テーブルには、すでに注文済みの料理が所狭しと並べられている。
みずみずしい生野菜に彩られた真っ赤な『ロブスター』の蒸し焼き。
大皿に敷き詰められた氷の上に鎮座する『生牡蠣』の数々。
大きな大きな『赤鯛の塩釜焼き』なんてものまである。
どれも、ミリナたちの故郷ではなかなかお目にかかれない海の幸だ。
「ねえねえルカ。もしかして、追加でお料理頼んじゃっても大丈夫な感じ?」
「ああ、いいぞアリサ。じゃんじゃん頼め」
「俺はパエリアとかいう海鮮炊き込み飯が食いたい」
「山盛りで頼んでいいぞ!」
ライナーの呟きをしっかり拾って、ルカがグッと親指を突き出す。
「ターシャも何か……って、もう食べてるか。あんたはいつもマイペースねー」
「……ふぁふふ、あむふふあ」
アリサが呆れたような声を上げる。
すでにターシャはロブスターにかぶり付いていた。
ミリナには彼女が何を言っているのか分からなかったが、何が言いたいかは手に取るように分かった。
何しろ、彼女の目はこれまでにないくらいキラキラ輝いていたのだから。
「すごいね、このお店」
ミリナ含めパーティー全員同い年の十五歳、そして同じ山村の出だ。
特に産業も特産品もない、交易路からも外れた小さな村である。
だから、たまにやってくる行商人から買い付ける豆などの乾き物以外では、食卓に上がるのは山菜や木の実、それに山で捕まえてきた獣の干し肉に家の前の畑で取れた麦を挽いて作ったパンくらいだった。
もちろん近くの川で獲れた魚や沢ガニなんかはたまに食卓に上がることはあったが、こんなに大きな海老も魚も、生まれてこのかた見たことも食べたこともない。
だから、これらの料理がどんな味なのか、ミリナには見当も付かない。
でもここは今をときめくダンジョン都市ヘズヴィンの、しかも今冒険者たちの間で話題の料理店だ。きっととてつもなく美味しいに違いなかった。
抜け駆けして『ロブスター』の尻尾肉に齧り付いているターシャの表情からしても、それは明らかだ。
ミリナは口の中に止めどなく湧き上げる唾をごくりと飲み込むと、テーブルの上に並べられたナイフとフォークをおそるおそる手に取った。
「何でも、『海賊風料理』とかいうらしいぜ。氷雪魔術をうまく使って食材を港町から内陸のここまで運んでくるんだとさ。『海賊』ってのは海の盗賊で、独特の食文化を――」
「そ、そうなんだすごいね」
向かいの席に座るルカが聞きかじったらしき知識を得意げに披露してくるが、気もそぞろなミリナの耳には、彼の蘊蓄が欠片も入ってこない。
そんなことより、目の前に鎮座する大皿の、『牡蠣』とかいう大ぶりの貝から目が離せない。
(あれ、どんな味がするんだろう……)
村の近くにある沼にいた巻き貝は獲って食べたことがある。
陸生の巻き貝と大して変わらない見た目だし、味だった。
もちろん生だと当たるから、焼いて食べたが。
それに比べ、目の前の『牡蠣』はどうだろうか。
巻き貝とは似ても似つかないつやつやぷりぷりの肉は、フォークでつついただけで蕩けてしまいそうだ。
料理を持ってきてくれたスキンヘッドで強面の店員さんも、この料理は生でも問題なく食べられると言っていた。
ならば、何を躊躇することがあるだろうか。
意を決して、殻ごと一つ手に取ってみる。
以外とずっしりとした重みと、それに見合うだけの肉厚。
生の魚介特有の臭いが少しあるものの、それほど嫌な感じはしない。
(そういえば、店員さんがこれを掛けて食べると美味しいって言ってたっけ)
氷の敷き詰められた大皿には、切り分けられた黄色い果実が牡蠣と一緒に供されている。
ミリナはその一つを手に取ると、もう片方の手に持った牡蠣の上で、ぎゅっと果肉を絞ってみた。
ぽたぽたと果汁が牡蠣に垂れると、爽やかで酸味のある香りが立ち昇ってくる。
そしてミリナはすぐに、あることに気付く。
(あ……生臭さがあんまり気にならない)
どうやらそのためのものらしい。
フォークで殻から貝肉を掬い上げ、口に運ぶ。
「あむっ」
貝肉は、つるりと口の中に入った。
噛みしめると、えもいわれぬ芳醇な香りと滋味が口いっぱいに広がってゆく。
爽やかな酸味は、果実のものだろう。
これはたまらない。
噛めば噛むほど、じゅわりじゅわりと至福がミリナの腔内を満たしてゆく。
(こんなの、初めてだよっ……!)
じっくりと濃厚な旨味を堪能してから、ごくり、と貝肉を呑み込む。
これまで味わったことがない、つるりとした喉ごしだった。
(うう、一つだけじゃ我慢できない……っ!)
まだ口の中には、牡蠣の余韻がたっぷりと残っている。
それが消えてしまうのが、惜しくて惜しくてたまらない。
気がつけば、また手が伸びていた。
「はふう……」
恍惚の吐息が口から漏れる。
美味しい。
ただの貝が、こんなに美味しいとは。
すでに、大皿の半分が空だ。
(でも……こんなに美味しい料理、どれだけするんだろう?)
ふと、さきほど見たメニューの料金が気になった。
「ねえルカ。確かに冒険者のお仕事ってかなりいい稼ぎだけど……ここ、結構高いよね?」
ルカが無駄にリーダーシップを発揮してあれこれ適当に頼んだせいで、どの料理がどれくらいの値段なのか、まだ知らない。
「ふふん。ミリナは小さい頃から心配性だもんなあ」
「そ、そんなことないよ! 僕は慎重なだけだから!」
ミリナは慌てて言い繕うが、心配性なのは自覚がある。
村で五人一緒に遊んでいた頃から何をするにも尻込みしてしまい、皆に手を引っ張られることは日常だった。
もっともその用心深さゆえ、盗賊職としてなんとかやっていけているのだが。
「まあ、確かにミリナの言う通り、ここはヘズヴィンでもそれなりにお高い店の部類に入る。すでに路銀の大半が料理に化けたのは確かだ。お前が半分ほど平らげたその生牡蠣の大皿だけでも、安宿一泊分が消える計算になるからな」
「やっぱり! ……ていうか、そんな高いのっ!? うわあぁぁ……」
思わず頭を抱えてしまうミリナ。
確かに生牡蠣、美味しかった。
でも、今日の宿代半分が自分のお腹に消えてしまったというのはさすがにショックだった。
「ちょっとルカ、本当に大丈夫なの?」
「おい、俺のパエリアはどうなる」
「むっふぁ、ふぁふぁふぁっふぁあ……」
途端、食事を中断し、不安そうな顔になる面々。
もっとも、それも当然だ。
故郷にあった飲食店なんて、収穫祭の時に他所の街からやってくる屋台とか行商人用の小さな食事処くらいなものだし、こっちに来てからも当面の路銀を節約するためにできるだけ安いところを探して食べていたのだ。
宿代が一泊分吹っ飛ぶ料理なんて、想像すらしていなかった。
「まあ待て。まだ慌てる時間じゃない」
そんな皆を横目に、ルカは慌てず騒がずチッチッチと指を振る。
「もちろんそんなことを、リーダーの俺が考えていないとでも思ったか? オラッ! なんと、すでに次の依頼を請けてきた後だ!」
ルカが懐から出した羊皮紙を、得意げにバッと掲げる。
「ええと、『ダンジョン探索およ――」
「えー? ルカすごいじゃん! いつの間に受けてきたの? 依頼書、ちょっと私にも見せてよっ」
「あっ」
内容をよく見ようとしたら、アリサが依頼書を奪い取ってしまった。
「ええと、なになに……『ダンジョン探索及び賞金首の討伐。弊商会敷地内で発見されたダンジョンの探索を――』……まあ内容はいいわ。問題は報酬よ。ええと、成功報酬は……金貨十枚!? 確かにここのお代くらい、余裕でチャラにできるわね。それと……んん?」
依頼書をわしっと掴んだアリサの手が、プルプルと震えだした。
「賞金首を討ち取るか捕えたら……き、き、金貨百枚……!?」
素っ頓狂な声が店内に響く。
それなりに賑やかな店ではあるが、アリサの声は存外大きかったようだ。
こちらを向く他の客や店員の不思議そうな視線が痛い。
「どうだ? 凄いだろう? ギルドの掲示板で見つけた瞬間、はぎ取ったからな。先着三、四パーティーだったし、条件付きだが俺らみたいなFランクでも構わないそうだ。まあ、賞金首の方はちょっと難しいだろうけどな」
言って、ルカが得意げに鼻の下をこすった。
「ちょっとルカ、あんたってば『やればできる男』じゃない! 愛してる!」
感極まったアリサがルカに抱きついた。
「ふっ。みんなもっと褒めていいぞ」
「ああ。さすが我らがリーダーだ」
「ふぁふふぁ、ふぁーふぁー」
「す、すごいねルカ。これなら心配ないね」
首にアリサをぶら下げたまま、ルカが手に持った杯を掲げる。
「ともかく、これで分かったろ? 今晩は金のことなんか気にせず食ってくれ! そうだな、今度は次の依頼成功を祈って……乾杯!」
「「「「乾杯 (ふぁーふぁい)!」」」」
再び、『潮騒の海猫亭』に元気な声が響き渡った。
ミリナはダンジョンの闇を、全力で駆けた。
すでに口の中はカラカラだ。
喘ぐたびに、肺が焼けるように痛い。
もうどれだけ走ってきたのだろうか。
いくら盗賊職が敏捷性に長けているとはいえ、さすがに何時間も走り続けるだけのスタミナはない。
そろそろ、限界が近かった。
一体ここがどの階層なのか。
あと何階層駆け抜ければ出口なのか。
そもそも昇っているのか、降っているのか。
ミリナにもよく分からなかった。
通称『グレン商会地下遺跡』の探索依頼は、順調だった。
なにしろ登録ほやほやFランク冒険者のミリナたちでも、ダンジョン深層と呼ばれる第二十階層まで到達できたのだから。
そう、まさに順調だったのだ。
第二十六階層にさしかかったころ、奇妙な魔物に襲われるまでは。
それは人間のように武器を持った魔物だった。
「ルカ、ライナー……アリサ……ターシャ……!」
荒い呼吸の間に、仲間の名を呼ぶ。
一緒に逃げてきたはずだが、すでにミリナの隣には誰もいない。
いつからなのかは覚えていない。
気がついたら、そうなっていたのだ。
代わりに、何か得体の知れない存在が何体も、つかず離れずヒタヒタと彼女の後をつけてきている。
今のところミリナに近づく様子はないが、かといってこちらが近づこうとすれば、スルスルと遠ざかっていくのだ。おかげで姿を確認することもできない。
彼女には、それがとてつもなく恐ろしかった。
(きっと、あいつら……僕が疲れて動けなくなったら、一斉に襲いかかってくるんだ……っ!)
その先を想像するだけで、身も心も凍り付きそうだった。
だから、無理矢理でも足を動かす。
(なんでっ……なんでこんなことにっ。みんな……っ!)
ミリナは目の端に溜まった涙を拭いながら、ひたすら走り続けた。
◇
時は、一日ほどさかのぼる。
「『ルカ&クルセイダーズ』初依頼達成に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
明るい声と杯をぶつけ合う音が、『潮騒の海猫亭』の店内に響いた。
「今日はパーッといこう。飯代は全部報酬で賄えるから、好きなだけ飲み食いしていいぞ」
「「「「おお~っ」」」」
パーティーリーダーのルカがそう宣言すると、メンバー全員が色めき立った。
テーブルには、すでに注文済みの料理が所狭しと並べられている。
みずみずしい生野菜に彩られた真っ赤な『ロブスター』の蒸し焼き。
大皿に敷き詰められた氷の上に鎮座する『生牡蠣』の数々。
大きな大きな『赤鯛の塩釜焼き』なんてものまである。
どれも、ミリナたちの故郷ではなかなかお目にかかれない海の幸だ。
「ねえねえルカ。もしかして、追加でお料理頼んじゃっても大丈夫な感じ?」
「ああ、いいぞアリサ。じゃんじゃん頼め」
「俺はパエリアとかいう海鮮炊き込み飯が食いたい」
「山盛りで頼んでいいぞ!」
ライナーの呟きをしっかり拾って、ルカがグッと親指を突き出す。
「ターシャも何か……って、もう食べてるか。あんたはいつもマイペースねー」
「……ふぁふふ、あむふふあ」
アリサが呆れたような声を上げる。
すでにターシャはロブスターにかぶり付いていた。
ミリナには彼女が何を言っているのか分からなかったが、何が言いたいかは手に取るように分かった。
何しろ、彼女の目はこれまでにないくらいキラキラ輝いていたのだから。
「すごいね、このお店」
ミリナ含めパーティー全員同い年の十五歳、そして同じ山村の出だ。
特に産業も特産品もない、交易路からも外れた小さな村である。
だから、たまにやってくる行商人から買い付ける豆などの乾き物以外では、食卓に上がるのは山菜や木の実、それに山で捕まえてきた獣の干し肉に家の前の畑で取れた麦を挽いて作ったパンくらいだった。
もちろん近くの川で獲れた魚や沢ガニなんかはたまに食卓に上がることはあったが、こんなに大きな海老も魚も、生まれてこのかた見たことも食べたこともない。
だから、これらの料理がどんな味なのか、ミリナには見当も付かない。
でもここは今をときめくダンジョン都市ヘズヴィンの、しかも今冒険者たちの間で話題の料理店だ。きっととてつもなく美味しいに違いなかった。
抜け駆けして『ロブスター』の尻尾肉に齧り付いているターシャの表情からしても、それは明らかだ。
ミリナは口の中に止めどなく湧き上げる唾をごくりと飲み込むと、テーブルの上に並べられたナイフとフォークをおそるおそる手に取った。
「何でも、『海賊風料理』とかいうらしいぜ。氷雪魔術をうまく使って食材を港町から内陸のここまで運んでくるんだとさ。『海賊』ってのは海の盗賊で、独特の食文化を――」
「そ、そうなんだすごいね」
向かいの席に座るルカが聞きかじったらしき知識を得意げに披露してくるが、気もそぞろなミリナの耳には、彼の蘊蓄が欠片も入ってこない。
そんなことより、目の前に鎮座する大皿の、『牡蠣』とかいう大ぶりの貝から目が離せない。
(あれ、どんな味がするんだろう……)
村の近くにある沼にいた巻き貝は獲って食べたことがある。
陸生の巻き貝と大して変わらない見た目だし、味だった。
もちろん生だと当たるから、焼いて食べたが。
それに比べ、目の前の『牡蠣』はどうだろうか。
巻き貝とは似ても似つかないつやつやぷりぷりの肉は、フォークでつついただけで蕩けてしまいそうだ。
料理を持ってきてくれたスキンヘッドで強面の店員さんも、この料理は生でも問題なく食べられると言っていた。
ならば、何を躊躇することがあるだろうか。
意を決して、殻ごと一つ手に取ってみる。
以外とずっしりとした重みと、それに見合うだけの肉厚。
生の魚介特有の臭いが少しあるものの、それほど嫌な感じはしない。
(そういえば、店員さんがこれを掛けて食べると美味しいって言ってたっけ)
氷の敷き詰められた大皿には、切り分けられた黄色い果実が牡蠣と一緒に供されている。
ミリナはその一つを手に取ると、もう片方の手に持った牡蠣の上で、ぎゅっと果肉を絞ってみた。
ぽたぽたと果汁が牡蠣に垂れると、爽やかで酸味のある香りが立ち昇ってくる。
そしてミリナはすぐに、あることに気付く。
(あ……生臭さがあんまり気にならない)
どうやらそのためのものらしい。
フォークで殻から貝肉を掬い上げ、口に運ぶ。
「あむっ」
貝肉は、つるりと口の中に入った。
噛みしめると、えもいわれぬ芳醇な香りと滋味が口いっぱいに広がってゆく。
爽やかな酸味は、果実のものだろう。
これはたまらない。
噛めば噛むほど、じゅわりじゅわりと至福がミリナの腔内を満たしてゆく。
(こんなの、初めてだよっ……!)
じっくりと濃厚な旨味を堪能してから、ごくり、と貝肉を呑み込む。
これまで味わったことがない、つるりとした喉ごしだった。
(うう、一つだけじゃ我慢できない……っ!)
まだ口の中には、牡蠣の余韻がたっぷりと残っている。
それが消えてしまうのが、惜しくて惜しくてたまらない。
気がつけば、また手が伸びていた。
「はふう……」
恍惚の吐息が口から漏れる。
美味しい。
ただの貝が、こんなに美味しいとは。
すでに、大皿の半分が空だ。
(でも……こんなに美味しい料理、どれだけするんだろう?)
ふと、さきほど見たメニューの料金が気になった。
「ねえルカ。確かに冒険者のお仕事ってかなりいい稼ぎだけど……ここ、結構高いよね?」
ルカが無駄にリーダーシップを発揮してあれこれ適当に頼んだせいで、どの料理がどれくらいの値段なのか、まだ知らない。
「ふふん。ミリナは小さい頃から心配性だもんなあ」
「そ、そんなことないよ! 僕は慎重なだけだから!」
ミリナは慌てて言い繕うが、心配性なのは自覚がある。
村で五人一緒に遊んでいた頃から何をするにも尻込みしてしまい、皆に手を引っ張られることは日常だった。
もっともその用心深さゆえ、盗賊職としてなんとかやっていけているのだが。
「まあ、確かにミリナの言う通り、ここはヘズヴィンでもそれなりにお高い店の部類に入る。すでに路銀の大半が料理に化けたのは確かだ。お前が半分ほど平らげたその生牡蠣の大皿だけでも、安宿一泊分が消える計算になるからな」
「やっぱり! ……ていうか、そんな高いのっ!? うわあぁぁ……」
思わず頭を抱えてしまうミリナ。
確かに生牡蠣、美味しかった。
でも、今日の宿代半分が自分のお腹に消えてしまったというのはさすがにショックだった。
「ちょっとルカ、本当に大丈夫なの?」
「おい、俺のパエリアはどうなる」
「むっふぁ、ふぁふぁふぁっふぁあ……」
途端、食事を中断し、不安そうな顔になる面々。
もっとも、それも当然だ。
故郷にあった飲食店なんて、収穫祭の時に他所の街からやってくる屋台とか行商人用の小さな食事処くらいなものだし、こっちに来てからも当面の路銀を節約するためにできるだけ安いところを探して食べていたのだ。
宿代が一泊分吹っ飛ぶ料理なんて、想像すらしていなかった。
「まあ待て。まだ慌てる時間じゃない」
そんな皆を横目に、ルカは慌てず騒がずチッチッチと指を振る。
「もちろんそんなことを、リーダーの俺が考えていないとでも思ったか? オラッ! なんと、すでに次の依頼を請けてきた後だ!」
ルカが懐から出した羊皮紙を、得意げにバッと掲げる。
「ええと、『ダンジョン探索およ――」
「えー? ルカすごいじゃん! いつの間に受けてきたの? 依頼書、ちょっと私にも見せてよっ」
「あっ」
内容をよく見ようとしたら、アリサが依頼書を奪い取ってしまった。
「ええと、なになに……『ダンジョン探索及び賞金首の討伐。弊商会敷地内で発見されたダンジョンの探索を――』……まあ内容はいいわ。問題は報酬よ。ええと、成功報酬は……金貨十枚!? 確かにここのお代くらい、余裕でチャラにできるわね。それと……んん?」
依頼書をわしっと掴んだアリサの手が、プルプルと震えだした。
「賞金首を討ち取るか捕えたら……き、き、金貨百枚……!?」
素っ頓狂な声が店内に響く。
それなりに賑やかな店ではあるが、アリサの声は存外大きかったようだ。
こちらを向く他の客や店員の不思議そうな視線が痛い。
「どうだ? 凄いだろう? ギルドの掲示板で見つけた瞬間、はぎ取ったからな。先着三、四パーティーだったし、条件付きだが俺らみたいなFランクでも構わないそうだ。まあ、賞金首の方はちょっと難しいだろうけどな」
言って、ルカが得意げに鼻の下をこすった。
「ちょっとルカ、あんたってば『やればできる男』じゃない! 愛してる!」
感極まったアリサがルカに抱きついた。
「ふっ。みんなもっと褒めていいぞ」
「ああ。さすが我らがリーダーだ」
「ふぁふふぁ、ふぁーふぁー」
「す、すごいねルカ。これなら心配ないね」
首にアリサをぶら下げたまま、ルカが手に持った杯を掲げる。
「ともかく、これで分かったろ? 今晩は金のことなんか気にせず食ってくれ! そうだな、今度は次の依頼成功を祈って……乾杯!」
「「「「乾杯 (ふぁーふぁい)!」」」」
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