三年目の離婚から始まる二度目の人生

あい

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第五話 証明の芽

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店へ戻るころには、通りの空気がわずかに変わっていた。

「あの服は何だ」
「男物みたいだ」
「でも、歩きやすそうだったわ」

声はささやき程度なのに、不思議と耳に残る。

振り返る視線。
肩をすくめる嘲笑。
興味半分の好奇。

扉を閉めると、外のざわめきが遠のいた。
店内には、布の匂いと午後の名残の光だけが漂っている。

机の上には、白紙に近い事業計画書。

(……前の世界では、うまくいったのに)

指先が止まる。

あのときは、元公爵夫人という名があった。
噂が先に走り、人々は好奇心のまま扉をくぐった。

私は、そこに立っていただけだった。

今は違う。

名前も後ろ盾もない。
ただの仕立て屋の娘。

今日の視線は、興味だったのだろうか。
それとも、珍しいものを一瞥しただけか。

本当に売れるのだろうか。

ペンを握る。

対象は誰か。
何人いるのか。
いくらなら払うのか。

数字を書こうとして止まる。
消して、また止まる。

夢はある。
けれど、証明ができない。

灯りが揺れ、夜が落ちる。

そのとき、控えめなノックが響いた。

扉を開けると、黒い外套が立っていた。
夜の色をまとったまま、こちらを見下ろしている。

ルートヴィッヒだ。

「計画書は」

挨拶はない。
ただ、用件だけを告げる。

差し出すと、彼は静かに紙をめくった。

沈黙が落ちる。

「需要予測が甘い」

低い声が、灯りの下に落ちる。

「原価計算も曖昧だ」

紙が閉じられる。

「数字は願望ではない。証明だ」

視線が、ゆっくりとこちらに向く。

「女性の実務服など根づかない」

その言葉は、冷たいというよりも重かった。

胸の奥が、ゆっくりと締めつけられる。

「商売として成り立たない」

しばらく言葉が出なかった。

悔しさなのか、焦燥なのか。
それとも、ほんのわずかな不安なのか。

自分でも分からない。

それでも。

「……やめません」

静かな声だった。

彼はわずかに目を細める。
何も言わない。

やがて背を向け、静かに立ち去った。

扉が閉まり、足音が遠ざかる。
店には再び、灯りの揺れと、書きかけの計画書だけが残った。



数日後。

「あのね、この前の裾直しなんだけどね。歩きやすくなったよ」

先日裾上げを頼んだ年配の女性が、少し誇らしげに言った。

その一言に、胸の奥がわずかに温む。

ほんの少し、裾を上げただけ。
伝統を壊さない程度に。
けれど、足取りは確かに軽くなる。

「あの……もう少しだけ軽くいたしましょうか。形は崩さずに」

女性は少し考え、眉を寄せる。

「短すぎるのは嫌だよ」

「もちろんです」

しばらくの沈黙のあと。

「……任せてみようか」

針が布を進む。
布は素直に形を変えていく。

数日後。

「階段が楽になったよ」

嬉しそうに笑う、その同じ女性。

そして、別の客が店を訪れる。

「ここで、歩きやすい形に裾上げしてくれるって聞いたんだけど」

噂はまだ小さい。
反応はさまざまだ。

「昔ながらがいい」
「そんな丈は落ち着かない」

断られることもある。
それでも。

「市場で裾を気にしなくていいんだ」

その声は確かにあった。
わずかな変化が、静かに広がり始めている。

机の上の計画書を見る。

対象。
需要。

まだ小さい。
けれど、ゼロではない。

裾直しは、少しずつ増えている。

目に見えない風が、ゆっくりと向きを変え始めていた。
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