ドS大佐はVチューバー

心雪くん

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ドS大佐はVチューバー⑮+α

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私は、花束を贈るのが好きな子供だった。
離任式や卒業式、家族の祝い事、そして誰かの誕生日。

きっかけは小学生の頃、ホワイトデーのお返しにもらった小さな鉢花だった。
蕾が開く瞬間の瑞々しさに触れ、世界にはこんなにも心を震わせる素敵な贈り物があるのかと感動したのを覚えている。

けれど、大人になり、忙しい日々に追い立てられるうちに、いつの間にかそんな純粋な感情には重い蓋をして、私の中から消し去っていた。

二十八歳の誕生日に、あの頃の私よりもずっと大きな熱量を帯びた、熱烈な赤い花束を受け取ることになるなんて。失くしていた大切な感覚を、あの日以上の胸の高鳴りとともに思い出す日が来るなんて、想像もしていなかった。






​商店街の小さなケーキ屋で買ったデコレーションケーキを、真琴と律は二人で囲んでいた。

律が真琴の誕生日を知ったのは、わずか一週間前。
突然のことで焦った彼は、何を贈ればいいのか分からず、仲間の知恵を借りた。
そうして、曖昧にしていた関係にケジメをつける覚悟を決めたのだった。

​「ありがとう、藤堂さん。人生史上、最高の誕プレだよ」

​真琴は、ミニブーケを愛おしそうに何度も見つめている。
二十代の女性に花束なんて古臭いのではないかと不安だった律は、その笑顔を見てようやく肩の力を抜いた。けれど、誕プレ、誕生日、お祝い。その言葉を頭の中で反芻はんすうしていた律は、ある重大なミスに気づき、一瞬で青ざめた。

​「……また、言ってねぇ。一番肝心なこと、また抜けてんじゃん俺……」

​律は両手で顔を覆ったまま、ごんっと勢いよくテーブルに額を押し当てた。 
そのまま動かなくなった背中からは、隠しきれない情けなさがオーラとなって漂っている。
「俺、真琴さんに『誕生日おめでとう』って言ってないよね………」
​消え入りそうな声でうめく律。
真琴はポカンとした後、どこか他人事のように「あー……」と、気の抜けた反応をした。
「ほんとに。ほんっとに!ほんっとに!!ごめんっ。来年は……来年はちゃんとするから!」
​​テーブルに額をつけたまま土下座しそうな勢いで謝り倒す律。
そんな彼を見て、真琴は「大丈夫だよ」と、聖母のような優しい笑みを浮かべた。

​「来年か……。未来の約束ができるのって、なんかいいね!」

​その言葉に、律は弾かれたように顔を上げた。
揺れるキャンドルの光に照らされた真琴の笑顔は、毒気が抜けるほどに純粋で、愛おしさに満ちている。

(ヤバい……死ぬほど可愛い。俺、こんな人を彼女にしちゃったのかよ。この先、まじで身も心も持
 たねぇ……)

​律は「好きな人」という存在が、これほどまでに全細胞をときめかせるものだと、この時初めて知った。





​「ねぇ藤堂さん、赤いアネモネの花言葉って知ってる?」

真琴の問いに、律は少しだけ目を細め、真っ直ぐに彼女を見つめた。

​「『あなたを愛しています』」

​迷いのない、極上の低音ボイス。
(ふぉぉおあぁっ!!)
真琴の心の中で、理性という名の防波堤が粉々に粉砕された。
(臆面もなく言わないでよ!さっきまでの余裕ゼロな可愛い藤堂さんはどこいっちゃったわけ!?自分
 で聞いたくせに、破壊力がすごすぎて全財産ぶっ込んでスパチャしたいレベルなんだけど!)
内心のパニックを隠しきれず、百面相をしている真琴を見て、律が不思議そうに首を傾げる。
「真琴さん……?大丈夫?」
「う、うん、大丈夫。……アネモネの花言葉ってね、ギリシャ神話に登場する悲恋の物語に由来して
 て、全体の花言葉には『はかない恋』とか『恋の苦しみ』みたいな悲しい意味もあるんだけど。で
 もね、赤いアネモネだけはポジティブな愛情を伝える意味を持ってるんだよ」
照れ隠しもあってか、一気に雑学を並べ立てた真琴を、律は感心したように見つめた。

「へぇ。真琴さん、詳しいね」

「子供の頃、花を贈るのが好きだったんだよね。それで、図鑑とかでよく調べてたんだ。……でも、
 いつの間にか忘れてた。自分の好きなことも、欲しいものも全部。藤堂さんがこの花を贈ってくれ
 たから、また思い出せたんだと思う。ありがとう」

真琴の告白に、律は「そっか」と短く、けれど深く噛みしめるように微笑んだ。
そして、テーブルの上で彼女の手を優しく、強く、握りしめた。



「あっ。真琴さん、クリーム付いてるよ」
律は溢れ出す想いを誤魔化すように、開いていた方の手で、真琴の口元に残っていた生クリームを、指先でそっと拭った。
​(……っ!?)
指先が触れた熱に、真琴の心臓がうるさく跳ねる。

見つめ合う二人の間に、甘く、濃密な空気が流れ出した。

その甘酸っぱい苺のような空気感に耐えきれなくなった真琴は、パッと視線を泳がせ、キッチンのカウンターテーブルに置かれた不自然なレジ袋に目を留めた。

​「ね、ねぇ藤堂さん!あれ何?」

​彼女のムードのない問いかけに、律はハッとしたように袋を振り返り、ガシガシと後頭部を掻いた。
​「あー……。コンビニで買ったピザまん。ここに来る途中で買ったんだけど、サプライズの準備に全
 振りしてたら、飯のこと完全に忘れてた。真琴さんの分もあったんだけど……、もうすっかり冷め
 てるわ。今日の俺、まじでポンコツすぎ……」
がっくりと肩を落とす律。その姿がおかしくて、愛おしくて、さっきまでの緊張はどこかへ吹き飛んでしまった。

「ふふっ、全然いいよっ。温め直して一緒に食べよ?豪華なごはんより、今はあのピザまんを二人で
 半分こしたい気分」

真琴の言葉に、律の表情が暗雲を吹き飛ばしたような輝きを取り戻した。 
二人はどちらからともなく、吸い寄せられるように手を繋ぎ、キッチンへと向かった。

特別な夜の、ささやかで、けれどこの上なく贅沢な二人きりのパーティーの始まりだった。






​その頃、リビングの小窓の向こう側では、息を殺した三人の影がひしめいていた。

「良かったぁ、どうやらうまくいったみたいですね!」

町田梨子が安堵の声を漏らすと、その隣で藤堂桃果がハンカチを噛み締めていた。

「うぅぅ…良かったぁ!ほんっとに良かったよぉ。真琴ちゃん……律……おめでとうぅ」

桃果は梨子と小林薫に挟まれながら、鼻を真っ赤にしてむせび泣いている。

「たくっ、なんでいい年した妹のラブシーン見せられなきゃなんねーんだよ。余所でやれや。湿っぽ
 すぎて見てられねーわ」

毒づく薫だったが、その双眸にはうっすらと光るものが滲んでいた。
「まぁまぁいいじゃないですか。うまくいったんですから。律が血相を変えて電話してきた時は、何事かと思いましたけど……本当に良かった。二人とも幸せそう」
「でもちょっと大げさすぎねぇ?まるでプロポーズじゃん」
「律がやりたいって言ったんです。真琴さんに『特別』を伝えたいって……、あの律がですよ!?ゲー
 ムやってる時は一ミリの情も挟まず、容赦なく人を撃ち殺すあの鬼軍曹がっ!そりゃ、……手伝い
 ますよ~」
「ははっ、確かにな。……色々思う所はあるが真琴の兄貴として礼を言う。ありがとうな梨子」
梨子の言葉に、薫は深々と頭を下げた。
「いい!いい!やめてくださいよっ、薫さん!」
盛大に両手を振り恐縮する梨子に、薫はぶっきらぼうに続けた。
「どうだ?暇なら今から何か食いに行くか?奢るぞ」
薫の思いもよらない突然の誘いに梨子は動揺して頬を紅潮させた。

「えぇっ!?や、その……いいんですか?」

「遠慮すんな。律の姉ちゃんも一緒だ」

​号泣継続中の桃果を指差す薫を見て、梨子はガクッと肩を落とした。

「……ですよねー。そうですよねっ、知ってました!」






​アネモネの鮮やかな赤が、まだ真琴の部屋を華やかに彩っている、数日後の穏やかな週末の昼下がり。律は真琴のマンションのリビングで、汗を拭いながらガムテープを手にしていた。

​「これでよしっと」

​「凄いっ!こんなサイズのダンボールあるんですね」

​真琴が感心した声を上げるのも無理はない。リビングの真ん中には、もはや冷蔵庫でも入っているのかと思うほど巨大な特注ダンボールが鎮座していた。

中には、あの日のスタンプラリーで当てた例の景品、『クマの巨大なピンクの肉塊』こと、抱きつきぬいぐるみがすっぽりと収まっている。
「知り合いに頼んで発注してもらいました。……でも真琴さん、これフリマサイトに出さなくて本当
 によかったんですか?結構な額になったんじゃ……」
ピンクの肉塊の鼻先を、人差し指でつんつんと突ついている真琴に、律が問いかけた。
すると彼女は、あっけらかんとした顔で笑う。
​「うん、全然問題ないよ。もともとタダで手に入れたようなものだし、引き取り手が見つかっただけ
 で十分。……この子、ほんとに場所取るからさ」
​「まぁ、真琴さんがそれでいいならいいんだけどさ。なんか、もったいなくね?」
​「いいの!お茶淹れるから、少し休憩しましょう?」
真琴はそう言うと、キッチンへパタパタと小走りで向かっていった。

​リビングに取り残されたのは、律と、箱の中のピンクの肉塊。
ふと、律はそのつぶらな瞳と目が合った。

​「……なんだよ。そんな目で見んなよ」

​当然、ぬいぐるみは何も答えない。けれど、どこか寂しげに見えるのは、自分たちの「恋の始まり」を一番近くで見守ってきた戦友のような存在だからだろうか。

​「仕方ねぇだろ。お前、デカすぎて真琴さんの部屋に置いとけねぇんだから……」

​律はダンボール箱の前にしゃがみ込むと、別れを惜しむように、その鼻先を優しく撫でた。

​「新しい主のとこで、幸せにしてもらえよ」

​指先に触れる柔らかな毛並みが、一瞬、微笑んだように感じた。
律は少しだけ真面目な顔になり、誰に聞かせるでもなく、けれど確かな決意を込めて囁いた。

​「安心しろ。……真琴さんは、俺が幸せにするから」

​その光景を、キッチンから真琴が静かに見つめていた。
ぬいぐるみとなにやら真剣に会話をする律の、あまりにも愛らしくて真っ直ぐな背中。

(なにあれ、可愛い……。バイバイするの、寂しいとか?)

真琴の唇から、自然と柔らかな笑みがこぼれる。

​窓の外には、新緑が芽吹き始める季節が訪れていた。
今では大切な思い出の象徴となった、巨大なぬいぐるみ。

二人は……、三人は、静かな午後の光の中で、最後のお茶会をゆっくりと楽しんだ。




    
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