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ドS大佐はVチューバー⑮
しおりを挟む自分の望みを口にする事は我儘だと思って生きてきた。
だから私は蓋をしたんだ…。
自分の一番欲しい物はこの世界には無いんだって。
「誕生日っ!?」
藤堂律は、画面の向こうの敵を狙撃するその一秒前、全く関係のない絶叫を上げた。
ヘッドセットからは、彼の突然の奇行に驚いた仲間たちのツッコミや爆笑が漏れている。
「バッカ!!何やってんだ律!」
隣でプレイしていた小林薫は、画面に大きく表示された『YOU DIED』の文字を見て、ゲーミングチェアごとその場で旋回すると、椅子を蹴るような勢いで怒鳴り声を上げた。
「ああっ、クソがっ!!」
薫はマウスを叩きつけるように置いた。
当の律は顎に手を当て、FPSの戦況分析でも見せないような猛烈な勢いで思考を巡らせている。
「お前さ、ちゃんとヘルス確認しろよ。なんでこんな雑魚敵に瞬殺されてんだよ。司令塔が先に死ん
だら詰み決定だろっ」
「ごめん、薫さん!俺、先に落ちるわ」
「はぁ!?お前、何言って……ってちょっと待てよっ!」
薫の制止も聞かず、律はヘッドセットを脱ぎ捨てると、スマホを掴んで部屋を飛び出した。
階段を駆け下りながら、上着を羽織り、友人の町田梨子に即座に電話をかける。
「梨子?ちょっと聞きたいことあるんだけど。……今日、今から会えねぇ?」
今の律にとって、戦場を駆けるよりも優先すべき「本丸」が、確かにあった。
「真琴、もうすぐ誕生日じゃない?」
隣を歩いていた友人が、パーティーグッズ専門店の華やかなショーウインドーの前で足を止めた。
「あー……、そういやそうだね。忘れてた」
「やばっ!枯れすぎでしょ、女子として」
十五歳を過ぎたころ、突然誕生日というものに愛着がなくなった。
小さな頃はケーキやプレゼントにはしゃいだ記憶もあるが、今の真琴にとって、それはただ年齢をカウントするだけの無機質な行事に過ぎなかった。
(……あれ?)
専門店の隣にある雑貨屋の店内に、見覚えのある背中を見つけた。
(藤堂さん……?ああいうお店にも行くんだ)
意外な姿を目で追っていると、彼の隣にもう一人、知った顔が見えた。町田梨子だ。
彼女は兄・薫と律の共通の友人であり、ゲーム配信者でもある。凛とした美しさと大人の余裕を併せ持つ梨子。隣に立つ律と、驚くほど絵になっているのが遠目からでも分かった。
(一緒にお買い物かぁ。本当に仲良しだなぁ)
普段通りの、微笑ましい光景。そう思って見ていたはずだった。
けれど、梨子が楽しそうに笑いながら、律の腕に親しげに触れるのが見えた瞬間、心臓が小さく跳ねた。
「へぇええ……。本当に、仲良いねぇ……」
自分でも驚くほど、低い声で呟いた。
胸の奥をチリリと焼くような、初めて味わう不快な熱。
二人が友人同士で、同じ配信者として仲が良いことは知っているはずなのに、真琴はなぜか二人を直視していられなくなり、逃げるようにその場を離れた。
その夜、律から電話が来た。
スマホの画面に彼の名前が表示されることに、いまだに慣れない自分がいる。
真琴は胸に走る小さな緊張を落ち着かせるように一度軽く咳払いをして、緑色の受話器マークを指でスライドさせた。
「は、はいっ!真琴です」
(……って、そんなのわかってるだろ!)
反射的に出たガチガチの第一声に、心の中で自分自身に猛烈なツッコミを入れた。
『ははっ、なにそれ。真琴さん以外が出たら焦るわ』
受話器の向こうから、律の心地好い笑い声が届いた。
「挙動不審で申し訳ない……」
『や、全然いいけど。……あのさ、来週の水曜日って……予定ある?』
「水曜日……、普通に仕事してますね」
『え、そうなの?誕生日って聞いたんだけど……』
「ああ……、確かに。兄さんに聞いたんですか?」
『うん。てか、言ってよ。誕生日だって』
律の口調には、少しだけ「言ってくれなかった」ことへの拗ねたような響きが混ざっていた。
「いや、私も忘れてて……すみません」
『まぁ、社会人の性っすよね。俺もここ数年忘れてるわ。……仕事、休み取ったりしないんすね』
「しないしないっ。別に休む意味ないし」
『そっか……じゃあ、仕事終わった後でいいから、少し会えない?』
「え、でも藤堂さんも仕事ですよね? ……逆にいいんですか?」
『全然へーき。真琴さんちで待っててもい?』
「もちろんっ。夕方には兄さんも帰ってると思うので、二人でゲームでもして仲良く待っててくださ
いっ」
真琴のその無防備で天然な提案に、電話の向こうで律が短く、困ったような息を吐くのが聞こえた。
『仲良くって……、さっきからなんなのよ。いちいち可愛すぎでしょ』
不意打ちの、それも極上の低音ボイスで放たれた言葉に、真琴の思考は一瞬でホワイトアウトした。
「へっ!?か、可愛い!?ど、どのへんが!?そんな刺さるとこあった!?意味わかんないし、全然普通だか
らっ!!」
褒められ慣れていないキャパシティを大幅に超え、真琴はもはや逆ギレに近い勢いで受話器に叫んでいた。
『ははっ、そんな?てか、リアクションデカすぎるから。……でも、そういうとこも込みで言ったん
だけど』
律は受話器の向こうで、真琴のうろたえぶりを慈しむように低く笑っていた。
『……じゃあ、……水曜に』
「りょ、了解です!」
『………おやすみ、真琴さん』
「おやすみ、なさい」
電話を切った後、真琴はスマホを両手で握りしめ、ベッドの上で全力でニヤけていた。
「嬉しいぃっ!誕生日に藤堂さんに会える……!」
あまりの幸福感に耐えきれなくなり、真琴はベッドの上で正座して深々と頭を下げた。
「神様、仏様、全宇宙の神々様、ありがとうございます……っ!私、また知らないうちに徳を積んで
しまったみたいです。昨日、道に落ちてたゴミを拾ったから!?それともレジ袋を辞退し続けてきた
おかげ!?」
もはや意味不明な感謝の言葉を天井に捧げながら、真琴は毛布を頭から被って身悶えした。
つい数時間前、雑貨屋で見かけた律と梨子の親しげな光景。あんなに胸をチリチリとざわつかせたモヤモヤは、もうどこかへ消え去っていた。
ただの数字の更新だと、心底どうでもよかったはずの誕生日が、今は天にも登るほど待ち遠しいものに変わっていた。
そして、約束の誕生日当日。
仕事を終えた真琴は、逸る心を押さえながら早足で自宅へと向かった。
律が待っていると思うだけで心は弾み、浮き足立った。
玄関のドアを勢いよく開けると、そこには予想に反して静まり返った闇が広がっていた。
(あれ?兄さん、出かけてるのかな。藤堂さんもまだ……?)
なぜかリビングの電気も点かない。真琴はスマホのライトで足元を照らしながら、短い廊下を進み、リビングのドアをそっと開けた。
「……藤堂さん?」
その瞬間、真琴の視界は魔法にかけられた。
リビングの照明は消され、代わりに部屋全体を包み込んでいたのは、柔らかなペールオレンジの光だった。フローリングには無数のLEDキャンドルが星屑のように散りばめられ、カーテンには細い光の筋となって暖色のフェアリーライトが降り注いでいる。
「……うそでしょ、すご……」
幻想的な光の海。日常のリビングが、そこだけ切り取られた異世界のように輝いている。
ゆっくりと部屋の中央へ進むと、照明に被せられたシェードが、真琴の頭上をほのかに照らし出した。
「おかえりなさい、真琴さん」
振り返ると、そこには紺色のスーツに身を包んだ律が立っていた。
いつもより大人びた、呼吸を忘れるほど端整な佇まい。前髪を右に流し、左側を耳にかけたヘアスタイルが、銀色のリングピアスを際立たせている。
「スーツでごめんね!俺が持ってる服で一番高いのって、仕事のスーツしかなくてさ……でも私服だ
とキマんねーし」
律は照れくさそうに首筋をさすり、視線を泳がせた。
その胸の前には、鮮やかな赤い花のミニブーケが大切そうに抱えられている。
「これ、藤堂さんが?」
「そう……って言いたいけど、俺そんなセンスないから。仲間に手伝ってもらった」
(……仲間って、まさか)
その言葉を聞いた瞬間、先日雑貨屋で見かけた律と梨子の姿が脳裏をよぎった。
(あの時の……全部、私のために?)
胸の奥がツンと痛むような、それでいて圧倒的な甘い熱が広がっていく。
自分を喜ばせるために、彼がどれほどの時間を使い、慣れない場所で頭を悩ませてくれたのか。
その事実だけで、視界がどうしようもなく熱く滲んでいく。
律はゆっくりと、自分を落ち着かせるように一度深く呼吸をした。
そして、覚悟を決めたように真琴を真っ直ぐに見つめた。
「真琴さん。俺、アニメやゲームに出てくる王子様みたいにスマートなことできないし。言葉足らず
だってよく叱られるし、ゲーマーだし、短気だし、ガキだけど!」
幻想的なオレンジ色の光が、律の瞳に揺れながら反射した。
「真琴さんが大好きだよ。俺と付き合って! ……俺と付き合って、俺の彼女になってよ!」
最後の一番大事なところで、わずかに舌がもつれた。
律は「噛んだ……」と小さく呟き、決まり悪そうに手の甲で口元を覆った。
完璧に決めたかった自分への呆れと、隠しきれない緊張。そんな自嘲気味な笑みは、次の瞬間、真琴を見つめる眼差しの中で、すべてを包み込むような慈愛に満ちた笑顔へと変わった。
そのあまりにも純粋な笑顔が、真琴の体中を熱い血液となって駆け巡る。
視界が急激に歪み、大粒の涙がビーズのように頬を転がり落ちた。
「え、ちょっと……!真琴さん、泣かないでよ」
慌てて駆け寄った律が、彼女の涙を不器用な指先でそっと拭う。
律は持っていたミニブーケを、宝物を差し出すような手つきで真琴の前に差し出した。
「これ……」
真琴は涙に濡れた瞳を見開いた。
差し出されたのは、燃えるような鮮やかさを放つ、赤い一輪一輪が印象的なミニブーケ。
(……赤いアネモネ……)
声にならない呟きが、真琴の胸の奥で静かに落ちた。
彼女はその花が持つ、特別な意味を知っていた。
自分は言葉が足りないから。
気の利いたセリフはうまく言えないし、さっきだって大事なところで噛んでしまった。
だからこそ、彼は口にするにはあまりに照れくさいこの想いを、この「赤」と「花」に乗せて届けようとしてくれたのだ。
その花に託された、たった一つの、けれど絶対的な真意。
『あなたを愛しています』
律のすべての愛がその赤色を通して真琴の心臓へと直接流れ込み、鮮やかに咲き誇った。
(嬉し涙って、本当にあるんだ……)
真琴は涙でくしゃくしゃになった顔で、それでも最高に幸せな笑顔を作りながら、震える手でそのブーケを抱きしめた。
「藤堂さん! ……私と付き合って、私の彼氏になってくださいっ!」
大人になって初めて、真琴は心にかけた蓋を自らの手で壊し、一番の『望み』を本当の言葉にして解き放った。
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