緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

壱話

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いつものように目を醒ますーー
自分は大神の庇護の下、あの時から幾年と過ごしてきた。
最後に見た彼の人は年老いた姿をしていたーー。
ただ、幸せそうだったーー人間としての生を選び、添い遂げた人間と幸せを謳歌し、その後、天へと旅立っていったのを記憶している。

『私も、琥珀殿のように番と添い遂げることができるだろうか……?』

あの頃から興味関心を持ったのだが、人の生活の中に交えても、つがいとなろうべき人間など見当たらない。
実際、人の生活に紛れてみると、人間の良い面と悪い面、両方を見つける。
その中で時折、薄汚いものを見るたびに、嫌気がさす時もある。

(琥珀殿は、人間の嫌な面を見ても、なんとも思わなかったのだろうか……)

だが、ここにずっと留まり続けるよりも、人の生活に紛れている方が今では心地が良いと思える。

神社の茂みの中でじっとしていた時ーー
聞き覚えのある声が聞こえてきた。

懐かしいような人物の気配ーー。

「……琥珀さん、今頃どうしてるか」

「おばあちゃん~また、おじいちゃんのこと思い出してる?ほんと愛し合ってたんだね」

「ふふっ、おじいちゃんはね、こういった場所が好きだったんだよ」

(鈴殿……?)

そっと木陰から様子を伺う、彼女の姿もすっかり年老いてしまった。
そして、もうすぐ死期が近いのがわかるーー。

不意に、隣にいる少女が声を上げ、叫びだした。

「あ、赤い蛇!おばあちゃん危ない。毒があるかも」

「え?あぁ、本当だね。でも大丈夫、あまり驚かせたらいけないよ」


「……はーい」

(……鈴殿、聞こえますか?)

呼びかけてみても反応はない。
その場から孫らしき子が先に歩き出したあと、老婆は再び目線を自身に向ける。

「あなたは、瑪瑙さん?元気でいらっしゃったんですね?」
『……』
自分の言葉はもう彼女には聞こえていないようだーー。
首を上げ頷くように動かした。

すると、彼女は笑って、一人声を発した。

「琥珀さんは先に旅立ちました、安らかに。あの時は本当に瑪瑙さんにもお世話になりました。この神社の大神様にもーー感謝しています。どうか、いつまでもお元気で……」

その場で瑪瑙は顕現をして姿を鈴に晒した。
その姿を見ると、鈴は軽く微笑み、瑪瑙を見つめた。

「あぁ、顕現できたのですね」
「鈴殿、大分時が流れましたね、お会いできて嬉しいです」
「琥珀さんとも、お会いできましたか?」
「はい、死ぬ間際に少し…もう、私の声は聞こえていないようでしたが……」

もう一度言葉を交わせればよかったが、顕現して話すことをあえてやめておいた。
そのことが今となっては後悔している。

「あの時と変わりませんね」
「えぇ、歳をとる事なく過ごしています。鈴殿、貴女は琥珀殿と共にいられて幸せでしたか?」
当たり前のことを彼女に質問をするーー
「はい。幸せでした。彼は、私の人生に彩りを与えてくれました。今日まで笑顔で過ごせて……本当に」

少しだけ、彼女は瞳に涙を浮かべているのがわかった。
深い絆で結ばれ過ごしていたとわかる。
私も彼女のような伴侶を得たいーーでも、自分が本当にそれを望んでいるのかーー?
心で日々自問自答を繰り返している。

「私は、難しそうです。貴女のようなにえ……いや、つがいを得られるようにはなれそうもない」
「瑪瑙さんは、人を好きになったんですか?」
「……わかりません。ただ、貴女と琥珀殿の種族を超えた絆に興味を持ち、それがずっと心に残っています」
「ふふっ、貴方は優しい方。本当に望むならきっと叶います」

しばし言葉を交わしていると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
こちらに目掛けて掛けてきたため、素早く顕現を解いた。

「おばあちゃん、まだいた早く帰るよ!」
「はいはい。行こうね」

鈴は去り際に緋の蛇に向け頭を下げた。
そっと、姿を見送る。きっともう会えないだろうーー。
少しでも言葉を交わせて良かったと、瑪瑙は思った。


***

夜、誰もいない社の境内の中で、一人音を奏でる。
大神の下で、修行をし顕現できる時間が増えてきた。一日ずっと人の姿を保つのは、難しいことだが。
小さな音を風に乗せながら、旋律を奏でる。

生まれ出た時から、音を聞くのが好きだった。
柘榴様が「主」として君臨していた時より前の、「主」が奏でる琵琶の音に心を奪われていた。
琥珀殿もその主の姿を見ていて、まだ幼少期の自分も共に見ていたのを思い出す。

あの「主」の記憶は、僅かなその断片しかもう覚えてはいない。

「……人から見れば、今では、僕も化け物と呼ばれますね……。そうでしょう?琥珀殿」

寄贈されている琵琶を傍らに置き、今は手に持っているギターの弦を爪弾く。静かな音が心地いい。
ふと頭に浮かんだ音を奏でながら、自分の過去を思い浮かべる。

かつて、自分が初めて統治していた場所にいた贄はーー怯えた目をしていたあどけなさが残る少女だった。
当然、自分は琥珀殿のように人になることはせず、蛇の姿のままだった。贄の少女を守るでも、可愛がるでもなく。全く人に興味が湧かなかった。何故、人の贄が必要なのかと思うほどだった。
神に捧げられるものは喰べるために存在する。贄を喰べることにより力を増すことができる。
それだけの認識だったーー。


『贄よ、残念ながら諦めてください。貴女をいただきます。それと引き換えに、しばらくはこの場所を守りましょう』
「っ……」
『贄は神への供物ーー痛みや苦痛もなく終わらせてあげましょう』

あの時、自分は一瞬にして、少女を丸呑みした。
身体の中で苦しいと蠢いていたあの感触を思い出す。
自分が初めて人を殺めた時ーー。

ふと、弦が切れ、我に返った。
どうやら指を切ってしまったようだーー。
指から流れる血を見つめて、瑪瑙は項垂れながら言葉を漏らした。

「……私、いえ、僕には番を……得る資格などもうないかもしれない」

夜風はまだ冷たく、その場にいる瑪瑙の身体を静かに吹き抜けていった。
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