緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

陸話

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数日の月日が流れ、ライブ当日になった。
今回は、一人で参加ということもあり、紬は何を着ていくべきか考えていた。
前回行ったライブとは少し趣向が違う様なので、無難に私服の白いワンピース姿で向かうことにした。
会場までにまだ時間がある。一人カフェに入り時を待つ。
店内を見渡していると、ファンであろう人達が語り合っている。

「久々に、瑪瑙の琵琶が聴けるかな?楽しみだよね!」
「ソロのライブでしか聴けないもんね!超楽しみ。弾いてる時のクールな表情たまらない!」
「サインもらえるかな?あの名前の後に描く、蛇のイラスト可愛くない?」

琵琶も弾くのかーー?と紬はますます楽しみになった。
おまけに蛇の絵とは、どんな感じなのだろうーー?
しばらくファン達の話に耳を傾けていた。

「でも、彼って演奏だけで、ファンサあまりしないよね?サインの時もほぼ淡々と答えるだけだし……そこがちょっと寂しい」
「わかるー!でも、悪く言えないんだよね。曲聞いた帰り、いつも不思議と明るくなれるもん」
「ね、不思議な人。でも、そこがいいよ」

周りのファンの、彼への愛が溢れていると思いながら、再び耳にイヤホンをして曲を聞いた。
開場時間になり、会場へと向かう。

その時だったーー
一瞬冷たい気が背筋を通り過ぎる気がした。

「……!!」

通りの公園の茂みが掠れる音がし、長い緑の尾が見えた。黒い煙のようなものが、目に入った。

(ーー蛇?)

傍に寄るのを避け、早急にその場から立ち去った。

『外したか……この近くにあいつの気配がする。まさか、生きているというのかーー?』

その声は呻くように響いた後、風に消えた。

会場に入り、座席の場所に行くとフライヤーが置いてあった。
そこには、今回の衣装だろうか?白と淡い朱色が混ざった幻想的な彼の姿があった。

「綺麗……」

紬は思わず声を漏らした。
そして、彼の直筆のコメントと、サインが印字されている。名前の隣には、話を耳にしていた可愛い蛇の絵があった。
にこやかに微笑んでる蛇の絵に、確かに可愛い……と、紬は思わず心の中で頬笑んだ。
今回ステージ前方から、十列目の場所である。座っていれば十分彼の姿を捉えることができると思った。

開演時間になるとすぐに、証明が暗くなった。
そして、ステージの幕があがると、先程見た衣装の彼が、暗闇の中現れた。
前回のライブでは皆、名前を呼んでいたが、今回は皆、静かである。
明かりが瑪瑙に注がれると、彼は観客に一礼をして、設置されている椅子に腰掛ける。そして琵琶を手に取ると、落ち着いた様子で、マイク越しに言葉を発した。

「こんばんは、本日はお越しいただき、ありがとうございます……。僅かな時間ですが、少しでも今日の演奏が、皆さんの心を癒せたら嬉しいです……では、一曲目聞いて下さい……「落涙」」

琵琶の音が静かに幻想的に響きだす。どこか冷たく、寂しそうなーーまさしく曲名に似た演奏だ。
ギターの演奏とは違う、どこか重く、神秘的な旋律を彼は器用に奏でていく。
彼の姿は神々しく、人ではないような何かを感じる。
心が引き込まれていきそうなーー不思議な感覚。

そこから数曲、琵琶の演奏が続いた。

(探しているーー)

(……え?)

耳元に、声が聞こえはじめた。歌ってはいないのに、彼の声が曲に乗って響いてくる。
あの夢に出た、言葉と同じものが、頭の中に伝わってきた。

(心の奥底でーー見つからず、ただ涙する……幾年も)

(……?)

誰を探しているのだろう?そう思うと、ふと花の香りが漂ってきた。
紛れもなくあの時の香りだーー。
紬は、香りの先に彼を見た。そして、再び赤い蛇の幻影が揺らぐように浮かんでいる。

「……っ」

紬は思わず息を飲んだ。一筋、温かい雫が頬を伝ったのがわかった。
音色の旋律が、まるで自分に呼びかけるように感じた。
どうしてここまで悲しくなるのかーー?


***

すべての演奏が終わった後。開演前に購入したCDに、サインがもらえるという案内があり、紬は列に並んで待っていた。
何を話したらいいかわからないが、勇気を出して会おうと、紬は順番を待った。
徐々に順番が近づいてくると、彼の様子を遠目で眺める。
素顔に近い、薄いメイクの彼がいる。ファンの声に淡々と答え、サインを描く手も手慣れたように素早い。
近づくにつれ、香りが近づくのがわかる。どんな香水なのかーーー?

ついに順番が来て、CDのジャケットを開き声をかけた。

「初めてソロの演奏聴きました。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。貴女の名前は入れますか?」
「あ、紬でお願いします。糸へんのつむぐっていう名前で……」
「紬さん……」

何を言ったらいいか、本人を前にすると頭が真っ白になってしまう。
だが、この甘い香りが何なのか気になり声をかける。

「あの、瑪瑙さんの香りすごく好きです。どこの香水ですか?」

その質問に彼の手が止まり、微かに震えるのがわかった。

「香りーー?」
「あ、はい……何だか、金木犀の花みたいな……」

少しの間の後、瑪瑙は穏やかに声を発した。

「……そうですか、うーん、すみません、香水の名は覚えていません」
「あ、すみません。変なこと聞きました……」

それ以降言葉が出てこず、無言のまま彼のサインの流れを見つめていた。
名前のサインの後、例の蛇のイラストが描かれていく。

「どうぞ」

一瞬、彼の視線が重なった気がしたー。

「ありがとうございます」

CDを手渡され、立ち去ろうと数歩足を進めた時、声が聞こえた。

(貴女が僕の番……)

「え……?」

振り返ったが、彼はもう次のファンの対応をしていた。
胸の鼓動の高鳴りが未だ収まらないまま、紬は会場を後にした。
電車を待つホームで、先程描いてもらったCDのジャケットを開く。
そこには先程、自分が口にした金木犀だろうか?小さな花びらを抱えている蛇の絵が描かれていた。
そして一言「ありがとう、また来てください」という文字が添えられていた。
思わず頬が緩む感じがし、気分が高揚しながら、紬は家路へと向かった。


***

次回の演奏の打ち合わせを終え、会場を後にした時。
不意に黒い瘴気を感じた。
その気はあの時感じた、かつての仲間だった者ーー。

「まさか、翡翠殿……近くにいるんですか?」

その声の後、低い笑い声が響く。
緑の長い髪が現れ、瞳はかつての彼の瞳ではなく赤い瞳ーー。
かつて、惹かれてやまなかった柘榴様と同じ瞳ーー。

「久しぶりだな、瑪瑙。まさか、生きているとは……それに、何だその姿は。琥珀と同じ、お前も人のように生きるようになったか?愚かな化け物め」

「放っておいてください。貴方達とは別れました。私は、私の道を生きてます」

「だが。お前が、香りを放つとは……あの弱々しく力のなかった蛇が」
「黙れ……っ!」
「どうだ?番は手に入れたか?」
「……番などいません。会えはしない……」

番を見つけたとなれば、この者は何をするかわからないーー。
今日会えた彼女が番ならば、傷つけるわけにはいかない。

「ならば、俺と共に人の生気を奪い、柘榴様を再び蘇らせよう」
「何を……今更」
「好きだったろう?お前も柘榴様に寵愛を受けて、大切にされたかっただろうーー?」
「やめてください!あの方はもう死にました。琥珀殿が彼女を……っ!!うっ…ぐ」

瞬時に首元を絞められ、呼吸が詰まる。この者の力は、以前とは違う強さを感じる。

「共に来ないなら喰らってやる。本当は……番を見つけたのだろう?お前の香りが濃いのがわかる」

翡翠の鋭利な爪が、瑪瑙の頬をなぞるように傷をつける。
頬からは血が滲み出し、流れ落ちた。
翡翠は楽しげに、瑪瑙の流れる血を舐め取りながら言う。


「……苦しいか?」

必死に声を絞り出しながら、瑪瑙は言葉を発した。

「っ……違う。私は番など、見つけてはいない……」
「なぁ、琥珀は死んだか?人間になりあの鈴という女と共にーー。馬鹿な奴らだ。何が種族を超えた愛だ……人間など」
「ぐっ……やめろっ、彼らを悪く言うな…っ」

翡翠へ力強く言葉を放つと、勢いよく地に投げ飛ばされる。
苦しみから開放され、咳き込み、呼吸を整える。
不意に、翡翠の足が自分の顎元を捉え、顔を持ち上げられる。

その視界に入ったのは、かつての主、柘榴の顔だったーー。






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