緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

※漆話※

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赤い柘榴の瞳が、自分を見つめていることに気づく。
雄狂いしていた時の淫靡な顔が映っており、身が強張る。
何故、あの頃の自分はこの者に惹かれていたのかーーー?

「っっ!柘榴様……」

その顔は、瑪瑙の輪廓を指先でなぞり、妖しく笑う。

「瑪瑙、私と番いたいか?あの時はお前を愛さなくて悪かったな」

本体は翡翠の身体のはずなのに、目の前の顔は彼女が映る。
冷たい手が首元を這い、身が震える。違うーーこんなものが欲しいわけじゃない。

「やめてください……今は……私は貴女に興味などないーー私は、もう過去に囚われません」

「そう強がるな、その身は今、発情を覚えている。私が可愛がってくれよう」

その赤い唇が近づいてきた瞬間ーー
咄嗟に、目前の顔に向けて力を放つ。幻影は揺らぎ、散り散りに紫の粒子となって消えていく。

声だけが闇の中に響いてくる。

(多少は力を持ったか……瑪瑙、これで終わったと思うな。今日はほんの挨拶だーー。今のお前に、番を得られるはずはない。発情に負け、あの時の贄のように喰らうだろう)

「……っ」

(お前の香りが目覚めた今、蛇の本能がお前を狂わせ……番を傷つける)

「番に対してそのようなことはしない……耐えてみせます」

(ははっ、やはり見つけているのだなーー)

核心を突かれ、瑪瑙は動揺した。
番のことを知られてはいけないというのに、何もかもを見透かされそうで怖い。

(琥珀のようにいくと思うな……神聖さも感じないおぞましい赤い蛇の化け物が)

声はそこで消え、不穏な瘴気もなくなった。
先程、首元に受けた傷からは未だ血が流れている。
重い体を引きずりながら、瑪瑙は社へと向かった。

神域に入り、大神に相談せねばと闇に包まれた空に声をあげる。

「主!大神よ、お助けください……」

境内の風が吹き付けると同時に声が響く。

『瑪瑙、お前……香りが目覚めたか?』
「翡翠が生きていました……あの時、琥珀殿が倒した柘榴も、彼の身体の中で共に生きている」

『我が、あいつの最後に与えた力が、意外にもあいつの中で消えず反応してしまったか……』

大神は意味深く呟くと、重い声を瑪瑙に落とす。

『その様子、ついに番を見つけたか……。だが、今のお前は発情という本能を抑えられなくなっているようだ』

「この……発情を。どうにかできないのですか?」

『悪いが、こればかりはどうすることもできん。番を使えば楽になるやもしれんが……』

「使う?」

『……発情時期が過ぎ去るのを自然に待つか、手早く番と交わるかーー』

交わるというのは、番を強引に手籠めにすることだというのか?
まだ、一瞬しか言葉を交わせていない相手にそのようなことをーー。

「それだけは……いけないっ!」

同意がなく、手を出すなど人間社会では犯罪だ。
大物主は、瑪瑙に何をするでもなく、ただ語りかけるだけだった。

『……今宵はもう休め。我は蘇りつつあるあの者たちの影を、調べるとするか』

まだ冷たい夜風が瞬時に過ぎ去ると同時に、声は消えた。


***

真夜中ーー
薄暗い社殿で、瑪瑙は荒い息をしたまま目を閉じていた。
自身の花の香りの濃度が濃くなっているのがわかる。
鼓動は高鳴り、額からは汗が滲み出る。

会った時のーー彼女の香りを覚えている。
彼女が番だと、あの時、瞬時にわかった。なぜなら、あの時は香水などつけていなかった。
番でなければ、絶対わかることはない。特別な香り。


(忘れろ……)

心が命じても、身体が思うように従わない。
熱が、腹の奥から湧き上がってくる。
本来の蛇の本能が暴れるように、熱を持ち身体が疼く。

「っ、何故こんなに……だめだ」

(番に触れたいーー触れたくてたまらない) 

喉の乾きのように、身体が番の存在を欲してしまう。 

(駄目だ、抑えろーー)

だが、理性の命令は、鼓動の速さにかき消された。
脳裏に彼女の顔が浮かんでしまう。
無垢で、愚かしいほどに可愛く……。

自然と手が、下腹部へと這っていく。
あの時、手を伸ばせば触れられる距離にいたのに。触れてはいけないと思った。
自分に宿るこの熱を鎮めるために、交わるなど……どうしてできようか。
彼女の名前も記憶しているーー。

「はぁ、っ……紬さん…」

無意識に、自身の楔に触れ手が上下に動きだす。それは、慰めでも、快楽でもない。
ただ、この衝動から逃れるための、一つの手段ーー。
次第に先端からは透明な蜜が溢れだし、自身の手を汚していく。

「っ……何故、貴女のことが頭に浮かぶ。今度会えたなら、どんな顔で……貴女に接すればいいっ……?」

いつものように、冷静でいられるのだろうかーー?
本能が暴れ、もし彼女に牙を剥いたらーー?

「あっ、あっ…⋯くっっ!」

ただ今は、湧き出る欲のまま身を任せた。しばらくして、低い呻きと共に、彼の精が飛沫となり床に散らばる。
荒い呼吸を整えながらこの愚かな行為に、瑪瑙はただ虚しさを感じた。

「苦しむのは、私一人で十分だ……」

まだ冷めることない熱を抱えたまま、瑪瑙は顕現を解いた。
いつ終わるかわからない自身の発情に、一人身を震わせただ夜明けを待った。
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