緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

捌話

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紬は、最後に瑪瑙が書いてくれたジャケットのサインを眺めながら、ベッドに横になっていた。
自らの質問に対して、「香りー?」と一瞬、彼の言葉が震えたように感じた。

(貴女が僕の番……)

最後に聞こえたあの言葉は、何だったのだろうーー?
番とはーー?でも、きっと空耳だろう。浮かれていて、彼の声の幻聴を聞いてしまったに違いない。

「おやすみなさい……」

誰もいない部屋で、ぽつり呟き、瞼を閉じた。

いつしか夢が始まっていた。だが、それは心地の良い感じのものではない。
空気が重いーー暗い泉の底に沈んでいるような圧迫感。
視界は赤く染まり、熱に焼かれて歪んでいた。

ーー誰かが泣いている。

苦しげな息遣い。途切れ途切れの嗚咽。誰なのか、顔もわからない。だけど、確かにそこにいるような気がした。

(助けて……この熱を鎮めて)

声が聞こえたような気がした。あの時の彼の声に似たーー。
何か助けを求められている気がしたが、よくわからないーー。

胸が焼けるように痛いーー呼吸ができなくなるほどに。

(貴方はいったいーー?)

呼びかけたくても声が出なかった。けれど確かに傍にいる気がした。
決して触れられないーー

やがて、赤いもやが立ち込み、赤い蛇へと姿を変えていく光景が映った。
睨みつけるような鋭い眼光が自分に向けられていると思った。

襲われるーー!そう思った。

(紬さん……っ)

どこか、苦しげに、掠れた声が耳元に届いた。

(瑪瑙さんーー?)

夢の中で不意に彼の名を口にした。

はっと目を覚ました時、額からは大量の汗をかいていた。

「……なんだろう今の。怖い……」

心臓が、早鐘を打つように鳴っている。彼の声と共に、異形な赤い蛇に自身が飲み込まれてしまうような気がした。
現実では、あんなに幸せな夢が見れていたというのにーー。
紬は、天井を見上げながら、深呼吸をし、再び目を閉じた。


***

ーー翌朝。
紬はぼんやりと朝食をつついていた。
普段ならあっさり食べられる、トーストもヨーグルトもどこか味気なく、食が進まない。
あの夢の後、結局よく眠れずに朝を迎えた。
夢の内容はもう曖昧になっているのに、胸の奥に残った熱だけは消えない。
通勤中にも、ふとした瞬間に思い出すのはーーあの人のこと。
静かな声、澄んだ横顔、ギターを爪弾く指先。
ほんの一度しか会っていないのに、どうしてこんなにも気になるのだろう。

(……変なの)

イヤホンから、彼の曲が流れ出す。寂しげな琵琶の音ーー。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる気がした。
また胸の中がざわついた。まるで、「あの人がどこかで傷ついている」と感じるような奇妙なざわめき。

(……あれは、何だったの?)


妙な不安を抱えながらも、目的の駅に着き、紬は会社へと足を進めた。

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