緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

※拾玖話※★

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瑪瑙は過去の夢を見ていたーー。

『お前も大事なものができればわかるさーー』

まだあの方と敵対していた時。唯一人の人間である番のために神格を捨ててまで、共に生きようとしているのかを問いただした時に、あの方が放った言葉。
大事なものができた今なら思う。あの方は心から彼女を愛していたーー。
最後に見た二人の絆は温かくお互いを想う愛に包まれていた。
窓に朝日が差し込み、目を開ける。ここ連日の作業に疲れたせいか少し遅めの起床になってしまった。
傍の机の上には仕上げ途中の楽譜が散乱していた。
彼女はもう仕事を始めているだろう。

『……朝の挨拶忘れた』

蛇の身を起こし、人の姿に顕現する。

今夜はついに彼女を自分の家に誘う日だ。自宅に誘った者はごく僅かで、泊まる者は彼女が初めてだ。
棚にしまってある来客用のカップや皿を取り出し準備をする。
部屋の窓を開け全体的に換気をする。部屋の風鈴の音が風に靡くように鳴り響いた。もうすぐ彼女の誕生日が近い。密かに贈り物を買っておいてある。自分の感覚で選んだものだから、気に入ってもらえるかはわからないがーー。
散乱していた楽譜を手に取り、機材部屋に入る。机に楽譜を置くと、布に覆われている琵琶を手に取った。
左胸に手を添え、瑪瑙はその場で呟いた。

「主、僕は異形の身で彼女に受け入れられてもらえるか、未だに不安です」

見せたことのないものを晒すことの不安。人ではないと思わせる異形の証。

「何故これだけが消せないのか……」

スタンドに琵琶を戻し部屋から出ると、瑪瑙は自宅を出て神社の境内へと足を向けた。
今日もこの神社は参拝者で賑わいを見せている。
拝殿に手を合わせる者の他、小さな社にも祈りを捧げる者もいる。

「この社で願ったら恋が叶った!!この神様超ご利益ある!!」
「え~じゃぁ私も彼氏できるように祈ろう!」

恋を願う者ーー。

「この社には卵を備えて……蛇さんは卵が好きみたいだからね」
「お酒も添えて……と」

供物をくれる者ーー。

「……邪な心を持たず、真摯に己の願いと向き合う者なら叶うかもしれません」

瑪瑙は境内の様子を見渡しながら、呟くと再び自宅へと戻っていった。
彼女を自宅に招くまでまだ時間は十分にある。顕現を解くと、今日は疲れを癒やす為、しばしの間眠りに着くことにした。

***

お昼休みになり紬はスマホの画面を開いた。画面には発売されたばかりの雑誌の瑪瑙の姿が映し出された。

(この瑪瑙さん、本当に素敵だな)

新曲「艶美」が配信され、艶やかにそして情熱的なサウンドが耳に残る。次のアルバムが楽しみで仕方ない。そんな彼に今日は家に招待されている。会社帰りに会うことになっているが、何か持っていったほうがいいだろうか。
そういえば雑誌の記事に「七宝屋」の酒まんじゅうが好きと書いてあったのを思い出す。
和菓子が本当に好きなんだと思い、帰りに何かを買って行こうと思った。SNSのファンのつぶやきには、まんじゅうを買いに行き写真を載せた投稿が相次いだ。

『お前はすべてを捧げる覚悟はあるかーー?』

あの時の声が未だに心に残っていた。もしかしたら今夜、一線を超えるかもしれない。
怖いけど、彼ならきっと大丈夫だと言い聞かせる。
あの指先が、唇が優しく自分に触れるのだからーー。

(でも、恥ずかしい……)

紬は頬を緩ませながら食事を始めた。腕紐に意識を集中させて彼に声を届ける。
朝の挨拶がなかったので気になっていた。
今日から連休と言っていたので、きっと今なら起きているはずだ。

(瑪瑙さん、聞こえますかー?)

(こんにちは、紬さん。今朝は挨拶できず、すみません……)

(いえ、気にしないでください。しっかり休むの大事です)

(仕事が終わったらまた連絡をください。鳥居の前で待ってます)

(はい。お願いします。何か和菓子……買っていきますね)

(……ありがとうございます。ではもう少し休みます。また後で)

交信が終わった後、再び食事を進めながら紬は午後の仕事へと向かっていった。

***

日が傾き、仕事の終了の時刻になると紬は足早に会社を後にした。
まず近くの和菓子屋へと足を進めた。もう閉店が近づいているため、あまり商品は残っていないかもしれない。小さな明かりがついた店舗に足を踏み入れた。
唯一、単品で味噌まんじゅうだけが残っていた。箱菓子にしようか迷ったが、まんじゅうのみ買うことに決めた。

購入した後、紬は瑪瑙に交信で連絡をした。

「瑪瑙さん、今から向かいますね」

(わかりました。気を付けて)

連絡を終えると、紬は神社へと急いだ。
神社に到着すると鳥居の前に瑪瑙の姿が見えた。

「お疲れ様です紬さん。そんなに慌てて走ってこなくても大丈夫ですよ」
「あ、すみません……つい」

少しだけ息を乱しながら、紬は瑪瑙の元へと近づいた。
瑪瑙は、紬の持つバックを掴むように手に取った。

「今日は、大荷物ですね。持ちますよ」
「あ、ありがとうございます」

泊まりということもあり、何を持っていこうと考えた挙句、気になるものを全て詰め込んできてしまった。

「では、ご案内します。境内を通り抜けた先に家がありますので」
「はい」

鳥居をくぐり、神社の境内へと踏み入れる。静寂に包まれ、灯篭の灯りに照らされている社はいつ見ても不思議な幻想的な光景だ。
拝殿を通り抜け、その奥に少し狭い道が見える。その先に一つの建物が見えた。

「あれが、僕の家です」

長い年月が経っているような、こぢんまりとした平屋が建っていた。

「この家は譲り受けたもので……少々見た目は悪いかもしれませんが、僕は気に入ってます」
「わぁ……」

玄関の扉を開けると、風鈴の音が響いた。
部屋の奥からいつも香る金木犀ではない香りが漂ってきた。紬は思わず軽く香りを吸い込んだ。

「何だか、懐かしい香りです……」
「白檀です。僕はこの香りを嗅ぐと落ち着くんで、よく焚いてます。あ、でも僕の香りが、君にわからなくなってしまうか」

居間に荷物を置くと、瑪瑙は香炉の火を揉み消した。彼らしい落ち着きのある空間。周りを見渡せば本棚があり、そこにはたくさんの本が詰まっていた。紬はそこに目が留まった。

「どうぞ、掛けてください。お腹空いてますよね?夕飯を用意するので」
「え。ご飯作ってくれたんですか?」
「はい、といっても簡素なものですが」
「ありがとうございます。あ、運ぶのとか手伝います」

紬は手伝うというと瑪瑙に案内され、台所へと向かった。
近づくと美味しそうな香りがしてきた。
冷蔵庫から卵が入ったサラダを取り出し、鍋にはさつまいもが入った味噌汁、皿には鯖が乗せられていた。

「なんかすごい豪華です」
「さつまいもばかり使いました……ご飯にもさつまいもが入ってます」

料理も作れる面を知り、紬は心の中で感心した。この人にできないことなんてあるのだろうか。

「ご飯は好きな量をよそってください」

紬は茶碗にご飯をよそいながら、瑪瑙の分もよそった。
大きな盆に皿や茶碗を乗せながら、共に居間へと運ぶ。丸い円卓のテーブルに皿を乗せ終わると、床に敷かれている座布団に腰掛けた。
その光景に紬は、まるで祖父の家に帰ったような感覚になった。

「畏まらず、辛ければ足を崩していいですから。椅子ではなくすみません」
「あ、大丈夫です。気にしないでください」
「では、食べましょうか」
「いただきます」

早速さつまいものご飯を口に運ぶ。ほのかな甘さが口に広がり美味しかった。

「お口に合いますか?」
「はい、美味しいです。瑪瑙さん料理もできるなんてすごいです」
「本やネットで調べたものを適当に作ってるだけですよ。美味しそうでよかった。肉料理は食べれないので、君には少し物足りないかもですが……」

神は肉を食べないと聞かされていたので、理解はしていた。それでも自分にとっては満足な夕食だ。
こうして二人で向き合って食事していることが、新鮮で嬉しい。
箸が進みあっという間に食事を終えてしまった。

「ごちそうさまでした」
「おかわりはいいですか?」
「あ、大丈夫です。そうだ、味噌まんじゅうを買ったんです。どうぞ」

紬は袋の包みを瑪瑙に手渡した。瑪瑙は袋からまんじゅうを取り出すと、そっと口に含む。
思わず彼の口元が緩むのがわかった。

「美味しい……ありがとうございます」
「あと、三つあるので、全部どうぞ」
「いえ、それは申し訳ないです。一つは紬さんが食べてください」

まんじゅうを一つ受け取ると、紬も口にした。食事を一通り済ませると、後片付けをし、風呂が沸くまでのんびり過ごすことになった。
紬は本棚をじっくりと眺めた、そこにはギターや琵琶といった弦楽器関連の本、厚めの辞書が数冊、料理や哲学関連の本などが並べられている。そして、下段の隅には年期の入った本や巻物のようなものが並べられていた。

「気になるものがありますか?一応溢れないよう整頓してはいるんですが、気になったら調べたくなり新しいものを買ったりして、一向に減らないんです……」
「瑪瑙さん、勤勉なんですね。この古い巻物は何が書かれてるんですか?」

紬の質問に、瑪瑙は棚から一つの巻物を取り出し、ゆっくりと広げた。そこには炭で書かれたような、紬には読めない文字が記されていた。

「これは、人には読めないと思います。まだ僕が聖域という場所にいた頃に記されたものです」

文字の横に蛇の絵と人のような絵が描かれていた。それはどこか儀式のようなものだった。

「これは、村の中で生贄に選ばれた人間を、僕を含めた蛇の神霊が番として契約する様子です」
「契約、生贄……?」
「贄を捧げる代わりに村を守護するのが、かつての僕の努めでした。といっても、僕はなんの力もなかったですが……」
「そんな……」

巻物に目を通しながら、瑪瑙は過去に犯した罪を振り返るように、静かに語りだした。

「紬さん。僕は過去に贄を喰い殺しました……あの時僕には今のような、人に対しての情けの感情がなく。贄を喰らえば力が手に入ると思ってました。でも、違った……」
「……」
「結局何も起こらず。意味がなかった……今では、悪いことをしたと思っています。こんな話をしたら、君は恐ろしく思いますね。でも、事実です」
「はい……」

何て答えたらいいか、言葉に詰まってしまう。でも、彼が懺悔をするように辛い表情を浮かべている様子を見たら、無意識に彼の肩に手を添えていた。

「悲しい過去を思い出させてしまったようで、すみません。瑪瑙さん、あまり自分を責めないでください」
「……すみません。この絵を見たらつい。そして、もう一つ……貴女に伝えないといけません」
「え……?」

瑪瑙は、浴衣の身なりを崩すと左の胸元を、紬の目の前に晒した。そこには蛇の証である赤い鱗が広がっていた。一瞬、紬の表情が強張ったのを、瑪瑙は感じ取った。

「この鱗の痣だけは、人の姿になっても消せません。僕が異形である証……怖い……ですよね?」
「……瑪瑙さん、あの……」
「怖くて当然です。交わりを持つのだとしたら、これを晒さなければいけなくなります。だから、貴女にすぐ踏みこむことができなかった……」
「……」
「でも、今宵は覚悟して貴女に見せました。もし、この身でもよければ貴女を……貴女と契を交わしたい」



俯きながら呟く言葉を聞いている中、風呂のチャイムが響いてきた。
紬はそっと、彼の赤い胸元に触れた。その箇所は少しざらついた感触がした。

「驚きましたけど……怖くないです。どんな姿でも、瑪瑙さんは瑪瑙さんだから」
「……本当にいいんですか?」
「……はい」

そっと、唇が塞がれ抱きしめられた後、身体が離れる。

「先にお風呂へどうぞ……僕も少ししたら入ってもいいですか?」
「わ、わかりました……」
「では、案内します」

バックからパジャマや化粧水などを取り出し、紬は少しだけ身をこわばらせながら瑪瑙の後についていった。

「こちらです、熱かったら水で調整してください。入浴剤も入れておきます」

小さな袋を湯船に入れかき混ぜると、淡い香りが漂い始めた。瑪瑙は確認した後、浴室から離れ居間に戻っていった。紬は脱衣所の扉を閉め、一呼吸した。
今夜ついに彼に抱かれてしまう。自分にしては初めてのことなので恐怖の方が勝ってしまう。服を脱ぎ捨て畳んだ状態で置くと、浴室へと入った。
浴室内も彼らしく、特定のものしか置いていない簡素な感じだった。タオルにボディソープをつけ身体を洗う。今日は特に念入りに身体を洗った。
メイクを落とすのを躊躇ったが、前回の入浴の時も素顔だったと思い落とした。
全身を洗い終わると、泡の浴槽に浸かる。緊張のあまり悶々としていると、扉の向こうで声がした。

「入ってもいいですか?」
「……っ!ど、どうぞ……」

慌てて、彼の姿を見ないよう、扉から背を向けて浸かる。数分して扉が開き、彼が入ってくるのがわかった。シャワーの音が響き、彼は無言のまま身体を洗い始める。シャワーの栓を閉める音がした後、浴槽に近づく気配を感じ紬はその場で目を閉じた。
浴槽の水が少し溢れると同時に背後から、彼の手が伸びるのがわかった。

「緊張してますね……」
「あ、えと……」
「少し、のんびりしましょう」

そのまま背後から抱き寄せられると、瑪瑙は紬を包み込むように湯の中に沈む。紬は目を瞑ったまま身を任せていた。細い指先が紬の髪を撫でるように触れる。

「僕だって緊張してますよ……」
「瑪瑙さんも……?」
「えぇ、本能による欲で、貴女を喰らってしまわないか、ずっと不安でしたし、なんせ抱くのは貴方が初めてなので……」
「えっ!」

紬は、彼の意外な発言に目を開けた。自分も初めてだが、彼にとっても初めてとはーー。

「嘘…だって、瑪瑙さん綺麗だし。女性なんて、いくらでも……」
「言いましたよね……この痣を見せたのは貴女だけだって。だから、貴女だけです」

瑪瑙に抱えられながら、正面を向く体勢に変えられ顔が近づく。

「紬さん、僕を見て……」
「そんな、、恥ずかし…」
「恥ずかしがるのも、可愛いですが……余計に僕を煽るだけですよ?」

瑪瑙の指先が紬の腰元を緩やかになぞり、太腿から足先へと滑るように触れた。

「や…んっ…」
「時間をかけて……今宵は君を独占させてもらいます」

熱を宿した瞳を向けながら、瑪瑙は紬を離さぬように抱きあげると、浴槽からあがった。
タオルに身を包み身体を拭かれると、再び離さぬように抱えられた。

「ちょっ、瑪瑙さ……あの、歩けますからっ!」
「大人しく……僕に身を委ねていてください」

寝室へと運ばれると、淡い灯りの室内の中ベットに降ろされる。赤褐色の瞳に見下ろされるように見つめられ、羞恥心により、視線を彼の胸元の赤い鱗へ逸らす。蛇に睨まれた蛙のようにもう逃げられない。一糸纏わぬ姿をなぞられるように、彼に見られている気がした。心臓の鼓動が耳に届くほどに高鳴っているのを感じる。
身体の震えが伝わったのか、そっと、抱き寄せられる形で布団に包まれた。
静かに彼の指先が、頬から鎖骨へと流れる。

「あ……」
「君が、怖くなくなるまで、こうしています。……こうして直に肌が触れているだけでも、貴女の鼓動が伝わり、僕は満たされますから」

瑪瑙は包み込むように背中を撫でながら、髪に口付けを落とす。花の香りが香り出し、その香りは番である自分を落ち着かせるように、そして熱を持たせるように次第に濃くなっていく。
紬は、瑪瑙の胸の赤い鱗に触れると軽くなぞった。それは異形の身ではあるが、彼の脈打つ鼓動は人と同じ変わらぬものだった。

(この人を受け入れたいーー)

紬は瑪瑙の胸元に顔を埋めると、小さく声を発した。

「もう、大丈夫です……瑪瑙さんに、捧げます」

その言葉に、彼の理性が、感情が、なだれるように崩れていく。

「貴女を傷つけぬよう、優しくします……もう、抑えません。僕の全部で、貴女を包みます」

耳元、頬、首筋、鎖骨、胸元へと瑪瑙の唇が何度も触れていく。肌を辿る口付けは、繊細で、丁寧で、それでいて次第に熱を帯びていく。
やがて、唇同士が触れあった後、彼の舌が紬の口内を侵食し甘く深い口付けへと変わっていく。
彼の指先が腰を抱くように回り込み、蛇である名残の“感覚”がそこに巻きつくように這い寄る。

「ふ、んんっ……あ」

息ができなくなるほどの、深い口付けと身体をなぞる彼の指先の感覚に、紬の身体は次第に熱を帯び始めていったーー。
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