キャンバスに優空

koinobori

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1話 高架下の出会い

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 道に転がる石を蹴る。その石は河川敷を転がり川へ落ちる。

「・・・そんなに強く蹴ってないけどな」

 夏の日差しが暑い。暑だけならまだ良い。俺に対する嫌悪の目、嫌悪の声。とても痛い。もう慣れたけど、やっぱり嫌だ。見たくもないし、聞きたくもない。イヤホンから流れる音楽も俺を拒絶しているように聞こえる。

この世界はあまりに住みづらい。

 校門に先生が立っているのを見てイヤホンを外した。そして、校門を通ろうとするとでかい声で呼び止められた。

「西谷!今日から登校か!高3にもなって問題起こしやがって。もう問題を起こすなよ!」

 この暑苦しく声をかけてきたのは生徒指導の國村くにむら。俺は会釈だけして校門を通る。朝っぱらから本当に暑苦しい。ただでさえ暑いのに。

 俺の名前は西野空にしのそら。名前の意味は特にない、と思う。親に聞こうとも思わないし、聞いても多分答えなかっただろう。だから「空っぽ」の名前なんだ。

 俺は先日まで謹慎を受けていた。学校外で問題を起こしたからだ。あまり思い出したくはない。学校外と言えど、この学校の印象を悪くしたのは間違いないし、生徒や先生、保護者から恨まれ、軽蔑もされているだろう。教室の中はまさに四面楚歌なんだと思う。それなのに周りを壁に阻まれたんじゃ息が詰まる。久々に教室の前に着いて、深呼吸して、教室のドアを開ける。久しぶりかに聞いたドアが開く音。みんななら日常の幸せで、退屈で、平和な音かもしれない。

 でも、俺には地獄の門を開く音にしか聞こえなかったよ。

 案の定、俺を見たクラスメイトは顔をしかめた。仕方ないとは思う。一番窓側の席が、今の俺の席だと前日に担任から言われていた。そこに鞄を置いて、職員室に向かう。一応、迷惑をかけたお詫びをしにいく。
 なんか、職員室はいつきても嫌な空間だな。みんなそうだと思うけど。
ドアノブに手をかけ、中に入る。あぁ、先生たちもその目なのね。まぁ、だよな。

「あなたが西谷くんね?」

 電話で聞いた担任の声だ。新任の教師だとは聞いていたが、想像より若い見た目だった。

「はい。そうです」

「こっちにきて」

 急いで用事を済ませたい感じで、そそくさと職員室の隣の応接室に通された。この部屋は匂いが嫌いだ。

「この後授業があるから手早く済ませるけど、反省文は書いてきた?」

「はい、書いてきました」

 反省文と言っても大人の顔色を伺った心にはない言葉達の羅列だ。そんなもの読んで何が楽しいのか。
    先生はぱらっと見た程度だったがO Kがもらえた。対して内容は重視してないのだろう。肝心なのは書いてきたことだ。俺が立ち上がろうとすると先生が思い出したように話しかけてきた。

「そう言えば、顔を合わせて話すのは初めてね。改めて、新任の金澤美恵かなざわみえよ。よろしく」

 そう言うと、こちらをまっすぐ見て握手を求めてきた。正直困惑しかなかったけど、恐る恐る手を伸ばして、握手を交わした。まさか、こんなまっすぐ俺を見てくれるとは思わないよね。

 教室へ戻り、授業を受けた。1限から6限、一日中座って教科書を睨めつけて、わからないけどノートを取る。理解してないけど、した気になって自分でも滑稽だな。どうせ見返すこともないだろうに、ひたすら板書を写した。多分、反省しているのを見せつけたかったんだな。

放課後になると、さっさと荷物をまとめて、学校を出た。徒歩20分の道のりをのんびり歩く。問題を起こしたせいで、叔母さんの家から追い出されて、今では一人暮らし。叔母さんは母さんの姉で、母さんにはもう1人兄がいる。叔父さんもいると言うことだ。その2人に家賃や光熱費を援助してもらっている。でも、生活費はアルバイトで稼いでいた。けど、またここでも問題を起こしたことでバイトも辞めさせられた。一つの失敗がここまで俺の首を絞めてくる。まぁ、俺が悪いんだけどさ。

「新しいバイト探さなきゃな・・・」

   今朝、通った河川敷についた。ここは夕陽がよく見える。つい、足を止めて眺めてしまう。河川敷と夕陽は絵になるな。しばらくして、顔を向き直し、歩こうとした。その時、高架下にあることに気がついた。好奇心に負けて近づいてみる。「何か」の正体はキャンバスだった。まだ途中の夕陽の絵が描かれている。俺は絵に興味はないけど、なんだかほっとする絵だな。ここの夕陽が好きだからかな。しばらく、その絵を見つめていると、

「誰?」

 後ろから声をかけられた。振り向いてみると、フードで顔は見えないが中学生くらいの少年?少女?が立っていた。

「ごめん。ついこの絵が綺麗で」

「まだ・・・描き途中・・・」

 さっさと退け。言われなくても伝わってきた。不思議で、妙な緊張感のある子だ。

「ありがとう・・・」

 キャンバスの前に座り、か細い声で突然言われた。理由がわからず質問した。

「え?なんで突然」

「絵のこと。褒めてくれたでしょ?」

 感謝されるのになれてないから思考が停止してしまった。ハッとすると、何事もなかったように絵を描いている。そう言えば名前聞いてないな。邪魔になると思いながらも聞いてみる。

「名前は?なんて言うの?」

「ゆうき。『優しい』に『希望』で優希」

「そうなんだ。俺は『空』だ。『空っぽ』のね」

「ふっ」

 優希は小さく笑った。別に笑われたのはどうでもいいけど、どうしてか聞いてみた。

「なんだよ」

「いや、いい名前だなって。だって、なんでも詰め込めそうじゃん」

 何を言ってるんだ。でも、少しニヤついてしまった。なんだよ、詰め込めそうって。なんだかその一言で立ち込めていた緊張も緩んだような気がした。その後、しばらく絵を描いているのを後ろから見ていた。躊躇いなく描くんだな。白いキャンバスが彩られていく。それはとても爽快で、なんでか心地よかった。川の音、夕陽の眩しさ、建物の影の清涼感が伝わってくる。全然飽きない。仕上げに「Y.S」と右下に書き添えた。これはイニシャルだろうか。

「終わった。ずっと見てたね。面白かった?」

 優希は振り返らず質問してきた。

「絵のことは全然わからないけど、面白かったよ」

「へー。絵に興味ないのに絵を書いているところを面白いなんて不思議だね」

 確かにそうだな。絵師によっては人の描いているところとか見て面白いとか勉強になるとか思う人はいそうだ。
    美術の成績も良いわけでもなく、関心があるわけでもない。さらに言えば芸術もわからない。音楽は聞くけど。なぜだろうな。
 気がつくと、優希は画材道具をさっさと片付け、帰ろうとしていた。咄嗟に言葉が出た。

「明日もここで描くのか?」

 なんで聞いたんだろう。よくわからない。けど、なんとなく気になったんだ。

「いつもここで描いてる。お気に入りなんだ」

 一緒だ。

    夕陽の黒と橙色のグラデーションが綺麗に映る。優希の後ろで夕陽が沈み、夜となった。優希は荷物がまとめ終わって、帰って行った。
     いつもここで描いてるのか。また、絵を見たい。ただただ不思議な気持ちで再び帰路についた。
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