追放しなくて結構ですよ。自ら出ていきますので。

華原 ヒカル

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21話(ナタリー視点)

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「それではナタリー。行ってくるわ」
「行ってまいります」
あれから数日経過して、お2人は初めての休日を迎えました。

街にある飲食店でランチを取るという事でお昼前にリュカ様が迎えに来て下さり、現在はドアの前でお見送りをしている最中です。

私はリュカ様に近づくと、そっと耳打ち致しました。
「しっかりとお嬢様の服装を褒めてあげて下さいね」

リュカ様はコクコクと頭を縦に振ると、お嬢様と共に門の外へと出ていかれました。

それを見届けた私はぽつりと言葉を漏らしてしまします。

「本当に大丈夫かしら…」

今朝はお嬢様のご要望で、お召し物といった身支度のお手伝いをさせて頂きました。お嬢様はご自分の格好を鏡でご確認しながら、何度も私に質問をされるのです。
「これ、私に似合っているかしら?変じゃないかしら?リュカさんはどんな服装がお好きかしら?」

私が何度もお似合いですと言っても、お嬢様はクビを傾けると新たなお召し物に手を伸ばしては再び着替えを行うのです。

思わず笑みが零れました。今までは、何を言ってもご自分の格好に無頓着でしたのに。否定されるかもしれませんが、リュカ様を意識されての行動でしょう。

お着替えが終わったお嬢様は、現在鏡で髪型の確認をしています。ブラウンで少々癖のある長い髪。ふわふわとして、とても触り心地が良いのです。
「ねえ、ナタリー。寝癖ついていないわよね?」
「大丈夫ですよ。先ほど整えたばかりでは無いですか」
「そうなんだけど。リュカ様に仕事以外では身なりがなっていないと、思われたくないし…」

本人が気が付いているか分かりませんが、私と話す時クロエお嬢様は、リュカ様の呼び方がコロコロ変わるのです。まあ、未だにご本人を前すれば“様”付けなのですが。本日のお出かけで少しでも進展があればと願うばかりです。

それでは、リュカ様はお嬢様を意識していないのか、というと意識していると云わざるを得ませんね。

あの時のリュカ様は面白かったなと、私はつい一週間ほど前の事を思い出すのでした。


「クロエさん。ですからこの製品に関しては、まず価格重視で制作を進めていくべきだと思うのですが」
「いくら価格で買って頂いたところで、先細りになっていくのではないでしょうか?」
「いえ、折をみて新製品の投入を行います。そうしていけば顧客や市場のニーズをくみ取りながら開発を行う事が出来ます」
「それですとブランド価値の継続が‥」

今後の商いに関して意見を組み交わすクロエ様とリュカ様。

ハア、と私は思わずため息を吐きます。優秀な人間が揃うと、このような事になるのでしょうか。お2人とも非常に理知的であるが故に、私からしたら完璧とも呼べるようなロジックで討論されています。

先を先をと読むお2人のお考えは、どちらも正しいものなのでしょう。しかし、どちらも正しいが故に時折このように意見が食い違うと衝突を繰り返すのでした。普通でしたらクロエお嬢様が折れそうなものですが、如何せん商いに関しては妥協を許さない方ですので。

お2人の話し合いは一段落して、現在はそれぞれの作業を進めていました。そのまま30分程経過したころでしょうか、お嬢様が突然フアッと欠伸をされたのです。
「クロエさん。良かったら仮眠を取られては如何ですか?眠いままですと効率も下がりますし」

疲労が溜まっていたのでしょう。お嬢様は少々悩んだ末に、それでは少しだけと、ご自分の腕を枕にしてテーブルにお顔を伏せました。数分後にはスースーと静かな寝息が聞こえてきました。そんなお嬢様の御背中に、私はそっとストールをお掛け致します。

私は食事の材料を確認すべく、少しの時間キッチンへと向かいました。確認を終えて私が戻って来た時です。

お嬢様の正面に座るリュカ様が、チラチラとお嬢様の寝顔を伺っていたのです。最初は数分に一回というペースでしたが、その数分の周期はやがて1分、数十秒、どんどん短いものへと変わっていったのです。

リュカ様はペンをクルクルと回されたり、頭や鼻を掻かれたりと妙に落ち着かないご様子です。時折、フウッと短く吐息を漏らしたりもされています。

顎に手を当て何かを考えるようにした後、静かに椅子から立ち上がられました。何をなさるのかと思いましたが、リュカ様はテーブルを迂回してお嬢様の方へと移動していきました。

お嬢様の直ぐ横へと移動したリュカ様は、これまた少しの時間ですが固まるかの様にお嬢様を見つめていました。そして、意を決したかのように軽く膝を曲げて中腰になると、恐る恐るといった感じでお嬢様の頭へと手を伸ばされたのです。

あら!私は驚きの余り声を出しそうになりましたが、それを堪えました。

恐らく髪を撫でようとされているのでしょうか?ふわっとしたお嬢様の髪は触り心地が良さそうですから。

リュカ様の伸ばした手があと数センチでお嬢様に触れるだろう、というその時です。
「う~んっ」

お嬢様が唸り声を発しました。この声は起きる時のものですね。

その突然の声に驚き、ビクッ!と姿勢を直立不動にしたリュカ様。
「ふぁ…すみません。私ばかり寝てしまって」

寝ぼけ眼で目を軽くこすりながら起床されたお嬢様は、何故かご自分の傍にいるリュカ様へと視線を向けました。
「…リュカ様はどうして前屈運動をされているのですか?」
「…少々眠気覚ましに」

ああ。とお嬢様は大きく頷かれました。
「すみません。そうですよね、リュカ様もお疲れだというのに私ばかり。ナタリー、眠気覚ましにコーヒーを淹れてくれるかしら?リュカ様もお飲みになりますよね?」
「え、ええ。頂戴致します」

コーヒーを淹れた私は、リュカ様の横に立つとそれをお渡し致します。そして、耳元でこう囁いたのです。

「お嬢様の髪ですが…見た目以上に触り心地が良いですよ」

目を見開き、バッ!と驚いた表情でこちらを振り返ったリュカ様。私は一礼すると再びキッチンへと戻っていきました。


あの時のリュカ様の表情を思い出すと、失礼ながら今でも笑いが込み上げてしまいます。

この時から、私に秘密を握られたとでも云わんばかりのリュカ様は、クロエお嬢様の件に関して私に物言えぬ様になっていました。

別にばれたところで何も無いでしょうに。

ああ、いけませんね。少々時間が経過してしまいました。
「さあ、私も準備をしないと」

そうして私は自室へと向かうのでした。
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