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ラスペラスとの決戦編

閑話 フォルン領兵強化訓練

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「これよりフォルン領軍の強化訓練を開始するでござる!」

 フォルン領の兵士演習場にて、センダイが酒瓶片手に宣言した。

 何でこんなことになったのかというと、以前の女王との戦闘において兵士たちがうわきつ女王に瞬殺されたためである。

 敵がチートのため仕方ない気もするが、センダイは納得しなかったらしい。

 奴は俺に対して、兵士の訓練と酒の強化を提案してきた。訓練だけ許可した。

「まずはかけつけ一杯でござる!」

 早速兵士たちが酒を木のジョッキで飲み始めた。これもいつもの風景である。

 こいつらの血肉は食料ではなくて酒で構成されている。

 兵士たちが少しへべれけになってから訓練が開始された。まずはボウガンでの射撃訓練だ。

 十メートルほど離れた場所にある的を当てる内容なのだが。

「何をやっている! ボウガンの狙いが甘いでござる!」
「す、すみません!」

 兵士の矢はみごとに的を外した。

 そりゃそうだ。酔っぱらった状態で精密射撃なんぞ無理に決まっている。

 酔っ払い運転とかいう次元じゃないだろ……。

「くそぉ! ボウガンが当たらねぇ!」
「なんでだ! どうして当たってくれないんだ!」
「畜生! 射撃の腕が足りないってのか!」

 足りないのはエイムじゃなくてオツムだよ、へべれけ野郎ども。

「何をやっているでござる! そんな腕では戦場で役に立たぬでござるよ!」
「いやあんな状態で当てられるかよ……それとボウガンの腕がよくなっても、魔法使いには結局ボコられるんじゃないのか?」

 センダイの言葉を否定すると、奴は酒瓶を飲み干した後。

「確かにそうでござるなぁ……魔法使いの魔法を受ける訓練でもやるでござるか? ちょっとカーマ殿でも呼んできて燃やしてもらうでござるか」
「センダイ、人は燃えたら死ぬんだぞ」

 そんなことしたらこの訓練場が地獄と化すぞ。やはり一般兵は魔法使いには歯が立たない。

 無理なものは無理と諦めるべきでは……。

「拙者、思うのでござる。相手が魔法使いだから最初から勝てないと諦める。そんなのはただの言い訳でござる」

 センダイは珍しく真面目な顔をして呟く。

 確かに最初から諦めるのはよくないだろう。そしてセンダイは魔法が使えないのに、ラスペラスの五魔天であるダイナをも打ち破った。

 セバスチャンもそこらの魔法使い相手なら、なんか勝てそうな気はしている。

 …………だがそれを常人に求めるのは酷だと思うなぁ。

「センダイ。流石に常人が魔法使いに勝つのは無理だろ」
「うーむ……その勝てないという性根を直したいのでござるが……ふむ、よいことを思いついたでござる。少し失礼を」

 センダイは千鳥足でどこかへ去っていく。

 ……なーんかまた余計なこと考えたんじゃないだろうか。

 更に酒で酔っぱらえば、敵が誰であろうと恐怖など抱かないでござる! とか。

 しばらく兵士のクソエイム訓練を見ていると、センダイが戻って来た。

「戻ったでござる。訓練の助っ人も連れてきたでござる」
「申し訳ございません! 私なんかが助っ人で申し訳ございません!」

 その後ろには何故かライナさんがついてきていた。

 彼女を連れてきて何をするつもりなんだろうか? 

「皆の者! 集まるでござる!」

 センダイの呼びかけに対して、訓練していた兵士たちがセンダイの前に走って集まってくる。

 こいつら酔っぱらってるのに動きは機敏なんだよな、そこだけはすごい。

「お主らは先日の戦いで、魔法使いに無様に敗北したでござる! このままではお主たちはムダ酒飲み!」

 このままじゃなくてもムダ酒飲みな件について。

 仮に女王を倒せる鬼強軍団だろうが何だろうが、樽単位で酒飲まないでほしい。

 まるで船の燃料のように酒が消えていくの本当やめてくれ。

「故に魔法使いと対峙して経験を積んでもらうでござる!」

 センダイの叫びに対して兵士たちはざわざわと騒ぎ始めた。

「おいおい……魔法使いに勝てるわけが……」
「しかもこの領の魔法使いって、カーマ様にラーク様におっぱいちゃんだろ? 全員超凄腕じゃん……」
「いちおうアトラス様もだぞ……魔法使いっていうより下法使いな気がするが」

 最後の兵士! 顔覚えたからな! お前は今月酒抜きにしてやる!

「静かにするでござる! お主らが魔法使いを恐れている理由はわかる! 一方的に遠距離魔法を撃たれたら、勝てないと思っているのでござろう!」

 兵士たちは一斉に頷いた。それが魔法使いに勝てない最大の理由だからな。

 そもそも近づけないと勝負にならないのだ。魔法使いは弓なんぞ防御魔法で簡単に防げる。

 それに対して一般兵は魔法を防ぐ術がない。つまり戦いの土俵に立てずに負けてしまう。

「故に拙者は考えた! 遠距離攻撃でない魔法使いならば、お主らは勝てるのではと思うと!」

 あ、もうすごく嫌な予感しかしない。

「ここにいるライナ嬢は近接型魔法使い! お主らでも戦いになるはずでござる!」
「近接魔法使い……!? それなら俺達だって……!」
「ああ! 剣が届く相手なら!」
「それにあのお嬢さんは弱そうだ! カーマ様たちよりも勝ち目があるはずだ!」

 兵士たちが剣を手に持って叫びだす。

 俺は額に手を当てながらため息をついた。なぜ人は自ら死地に飛び込んでしまうのだろう。

 センダイはそんな兵士たちを見て満足気に頷くと。

「ライナ嬢。実はあの者たちが酒を飲み過ぎた結果、あなたへの払いが減ったのでござる」
「え……? わ、私のお金が……? ……よくも、よくも……よくもぉぉぉぉぉ!!!!」

 ライナさんの髪の毛が逆立ち、狂戦士へと変化してしまった。

 それと見た兵士たちの叫び声が小さくなり、士気が急激に下がっていく。

「お、おい……あの人、なんか迫力凄いんですけど……」
「なんか地団太踏んで、地面がひび割れてるんだが……」

 俺は兵士たちから背を向けて、今から始まる真の地獄から目を逸らした。

「あああああぁぁぁぁぁ! くたばれぇぇぇぇぇ!」

 ライナさんが咆哮と共に、おそらく兵士たちに突っ込んでいったのだろう。

 阿鼻叫喚の地獄のような悲鳴が後ろから聞こえてくる。

「ひいっ!? 剣が! 剣がへし折られた!?」
「何が近接魔法使いだ! あんなのドラゴンよりタチ悪いぞ!?」
「竜殺しの槍を! いや化け物殺しの槍を持ってくるんだ! こんなの生身で戦えるわけがぁ!?」

 やれやれ。訓練で死人が出ないことを祈るとしよう。

 俺だってライナさんと戦うの絶対嫌だもん。飢えた猛獣の百倍くらい怖いもん。

 そんな化け物相手に戦わされる一般兵には涙を禁じ得ない。

「アトラス殿! ついでなのでアトラス殿も戦って行かれては」
「おっと! そろそろカーマたちの風呂を覗く時間だ!」

 センダイの言葉は聞かなかったことにして、巻き込まれないように猛ダッシュでその場を後にした。

 その地獄は日が暮れるまで行われて、最後に立っていたのは夕焼けに赤く染まったライナさんだけだったらしい。

 そして翌日以降、兵士たちの性根が変わった。

「魔法使いってまだマシだよな……近づいて斬れば勝てるもんな……」
「剣刺さるもんな……」
「目で追えないくらい速く動かないもんな……」
「「「魔法使いだって人間だもんな!」」」

 逆療法というか、心がぶっ壊れたというべきか。

 何はともあれ兵士たちの魔法使いに対する苦手意識は、綺麗さっぱり消え去ったようだ。

 これでよかったのかは知らんが。
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