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第十章

船長室

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「なんだ! おまえは?」

 船長室の中にいた五十代の帝国人の男が、いきなり入ってきた僕の姿を見て驚愕していた。

「あんたが船長か?」
「そうだ! わしがこの船の指令だ」
「僕は日本の戦士だ。僕らは煙幕に紛れてこの船に隠れたので、まだ《マカロフ》には気づかれてはいない。君が発光信号かなにかで《マカロフ》に伝えていなければだが……」
「誰がそんな事するか!」

 誰だって自分の命が惜しいだろうからな。馬鹿正直に『うちの船にいますよ』なんて伝えたら、自分たちごと攻撃されると分かっていて報告するわけがない。

「だろうね。伝えたら、どうなるか分かっているな?」
「ああ、分かっている」
「僕らは、すぐに出て行くから安心してくれ。君らが抵抗さえしなければ、僕らはなにもしない」
「できれば、今すぐ出て行ってほしいのだが……」
「それはできない。それより、僕らに抵抗しないよう、部下に命令してくれないか。やらないなら、僕の手で船員を皆殺しにする事もできるが」
「分かった。命令する」

 船長は、伝声管で指示を出した。

「ところで、つかぬ言を聞くけど、バイル……」

 あれ? 提督の名前が思い出せない。無駄に名前が長すぎになんだよ。帝国人は……

「……この艦隊の提督は、昔からああなのかい?」
「というと?」
「味方ごと、攻撃するような奴なのか?」
「ああ。味方のいるところへも、平気で大砲をドカドカ撃つ人だ。味方殺しのバイルシュタインと恐れられている」

 バイルシュタインというのか。名前覚えられそうにないな。

 そのバイルシュタインから、通信が来たのはちょうど芽依ちゃんが船長室に入ってきた時だった。

『日本人の戦士に告ぐ。君達は煙幕に紛れてうまく隠れたつもりのようだが、私は君達がどの船に隠れたか把握している。出てこないなら、君の隠れている船をナーモ族ごと葬るつもりだ』

 それを聞いていた船長が……聞こえるように通信機をスピーカーモードにしておいたのだけど……蒼白になる。

「おい! あんな言を言っているぞ! おまえ達が、ここにいることは、ばれているのではないのか?」

 船長室の窓から外を眺めていた芽依ちゃんが、船長の方へ振り返る。

「大丈夫ですよ、船長さん。安心して下さい」

 顔は見えないが、ヘルメットの中で満面の笑みを浮かべている芽衣ちゃんが目に浮ぶ。

「大丈夫なのか? バイルシュタインの言っている事は、はったりなのか?」

 まあ、はったりだろうな。

「さあ? バイルシュタインさんという人の言っている事が、はったりかどうかは私に分かりません。でも、この船のナーモ族は全員救命ボートで逃げてもらいました。ですから、この船が攻撃されても、ナーモ族のみなさんが巻き込まれる心配はありませんから、安心して下さい」
「そうか、それなら安心……できるか! ていうか、おまえナーモ族を逃がしただと! この船の漕ぎ手は、どうするんだ!?」
「ええっと……それは……」
 
 答えに困った芽依ちゃんに代わり、僕が答える。

「漕ぎ手なら、いるじゃないか」
「どこに?」

 僕は無言でビシっと船長を指さした。

「え? わしが……」
「あんたが嫌なら、部下にやらせればいい」
「いや……しかし、わしの部下はみんな貴族なので、船を漕ぐなんて下賤の者がやることなど……」
「いやなら、ここに一生いるんだな」
「そんなあ!」

 芽依ちゃんが窓を指さして僕の方へ降り返ったのは、船長が情けない声を出した時だった。
 
「北村さん。あれを見て下さい」

 その窓からは《マカロフ》の様子が見えていたのだが……

「おい! なにがあった?」

 船長が不安そうな声を上げる。

「まさか、レーザーがこっちを向いているのか?」
「はい。レーザーなら、こっちを向いていますけど……」
「なんだとう! おまえらがいることが、ばれているではないか! 出て行ってくれ! 今すぐ!」
「もちろん出て行くよ。芽依ちゃん、行くよ」
「はい。それじゃあ船長さん。お世話になりました。また今度、お会いしましょう」
「二度と来るなあ!」

 船長に怒声を背に浴びながら、僕らは壁をぶち破って外へ飛び出した。
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