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第十一章

汚染されたプリンター(天竜過去編)

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「ところで、楊さん。相談に乗ってもらっていいですか?」

 僕がそう言ったのは医療室へ向かう途中の通路。

「ん? なんだ?」
「アーニャの気持ちですよ。キスの後、アーニャは僕に謝ったんです。なんで謝るのかなと思って?」
「それは……」

 ん? 楊さんが口ごもった。どうしたのだろう?

「人にぶつかったら、謝るのが礼儀だろ」
「いや、そうだけど……そういうのとは、なんか違うような……」
「確かに最初は事故だったが、その後アーニャは白龍君から離れるどころか、しがみ付いてキスしていたな」
「そうなんです……て、そこまでじっくり見ていたんですか!?」
「アーニャは、白龍君が好きなのかもしれない」
「え? まさか?」
「なぜ、違うと思う?」
「だって、アーニャは僕より三つ年上だし、背も僕より高いし……」
「三つぐらいなんだ。私なんか、君より七歳年上だが全然オッケーだぞ」
「え!?」
「まあ、さすがに犯罪だから、今の君とは付き合えんが……」
「いや、僕が『え!?』と言ったのは七歳年上……」

 は! しまった! 逃げる間もなくヘッドロックをかけられる。

「七歳年上という事に、何か疑問があるのかな?」
「いえ……ありません」
「よろしい」

 ヘッドロックから解放された。

「あるいは、アーニャは死ぬ前にキスを体験したかったのかもしれない」

 え? 死ぬって誰が……

「ここだけの話だぞ。アーニャは、先がないかもしれないんだ」
「どういう事ですか?」
「アーニャの乗ってきたカプセルから、放射線が検出されたのを覚えているか?」
「ええ。プルトニウムカートリッジから漏れて……」
「プルトニウムカートリッジは問題なかった。放射線漏れなど起こしていない」
「え? じゃあ、放射線はどこから?」
「あの放射線は、アーニャの身体から出ていた」

 え? どういう事?

「知っているかい? 私達の身体をプリンターから出力する時、ほんの少しだけ不純物が混ざるという事を……」

 もちろん知っている。
 先に出力した製品に使った元素が微量に残っていて、次に出力する製品にそれが混じってしまうというのだ。

「ほとんど問題にならない量だと聞いていますが」
「水素からビスマスまでの元素ならそうだ。しかし、放射性物質……特にプルトニウムだと、微量でも命取りになりかねない」
「あ! それじゃあ、アーニャが出力されたブリンターに? なぜ?」
「マトリョーシカ号のブリンターは、ほとんどレムに抑えられていたそうだ。しかし、一つだけノーマークなプリンターがあった。アーニャ達はそのプリンターを使って自分達の身体を出力したのだ。だが、そのブリンターはプルトニウムに汚染されていた。恐らく、私達を攻撃するのに使ったグレーザー砲を出力するのに使ったのだろう」
「そんな?」
「だからこそ、そのプリンターがマークされていなかったのだろう。汚染されたブリンターを、生体を出力するのに使うはずがないと」
「アーニャは、もう助からないのですか?」
「それは分からない。《天竜》で回収した直後に、彼女の身体には除染用ナノマシンを投与した。もう、体内のプルトニウムはほとんど排出されたはずだ。ただ、排出されるまでに、身体がどれだけ蝕まれたか、これからの経過を見ないと分からない。助かるかどうか、医者は五分五分だと言っている」
「アーニャは、その事を知っているのですか?」
「もちろん、彼女は覚悟の上で汚染されたプリンターを使ったのだ。とはいっても、アーニャは出力されてからずっと不安を抱えて生きていたのだろう」
「可哀そうに……」
「もっとも、医者が言うには致死量にはギリギリ届いていないそうだ」
「え?」
「アーニャを出力する前に、アーニャの仲間十人が出力されていた。彼ら彼女らが先に出力される事によって、自らの体内に汚染物質を取り込みアーニャの取り込む量を減らして彼女を守ったようだ」
「なぜ、そこまでして……」
「もし、《天竜》の電脳空間サイバースペースがわけのわからない化物に乗っ取られるような事になったら、私も同じことをするだろう。誰かの一部になって生きていくなどまっぴらごめんだからな。白龍君は平気か?」
「いえ、僕だって嫌です」
「そうだろう。その時は私だって、汚染されたプリンターを使ってでも外へ逃げ出すさ。もちろん、白龍君をプリントするのは一番最後だ。先にプリンターから出る私がたっぷりプルトニウムを取り込んで、君を守ろう」
「そこまで、してもらわなくても……」

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