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第十六章

奴は、卑怯なことはしても卑劣なことはしない男だ

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 菊花隊の放ったミサイルが、次々とイワンに炸裂さくれつする。

 だが……

「ほとんど、いてないですね」

 僕の横を飛んでいる、桜色のロボットスーツの中から芽依ちゃんが言ったように、イワンの表面にはほとんど傷がなかった。

 小さな傷はあるようだが、貫通はしていない。

「菊花が使ったミサイルは徹甲弾てっこうだんですよ。どれだけ、硬いのでしょう?」
 
 徹甲弾と言っても、僕が設計してプリンターで出力したものなので、最初から期待はしていない。

 本命は、今僕たちが持っているロケット砲に装填されている劣化ウラン弾。

 カルカの工場で作った物を、補給部隊が先日届けてくれた物だ。

 ただし、弾は六発だけ。

 素材にウラン238を使っているから、プリンターでは作れないので、使い切ったらもう補充は出来ない。

 まあ、例えプリンターで作れたとしても、使用後に毒性の高いウラン238を周辺に放散ほうさんさせてしまうので、あまり多用はできないけどね。

 後の除染が大変だし……

 程なくして、僕たちは低空からベイス島に近づき、その地面を踏みしめた。

 上を見上げると、金属箔が雪のように降ってくる空を菊花が縦横無尽に飛び回り、時折ミサイルを地表のイワンに向かって撃っている。

 イワンもバルカン砲を撃っているが、菊花はひらりひらりとかわしていた。

 お互い攻めあぐねているな。

「芽依ちゃん。地上から行くよ」
「はい」

 イワンのレーダーに捕まらないように、僕たちは地上をうように移動した。

 程なくして、僕たちは大きな岩の近くまで来る。

 この岩の向こうにイワンがいるはず。

 長い棒の先に着けた鏡を、岩影から出した。

 いた!

 イワンがゆっくりとこっちに向かって転がってくる様子が鏡に映っている。

 敵が通信を求めてきたのはその時……

『ドローンを操縦しているのは、北村海斗か?』

 この声は!? カルル・エステス? イワンの中にいるのは、あいつなのか?

 返事をしたいところだが、そんな事をしたら居場所がばれる。ここは、ドローンを操縦しているアーニャたちに任せよう。

『違うわ』『ドローンを操縦しているのは私たちね』『その声は、カルル・エステスさんですね。ご主人様に何かご用でしょうか?』
『海斗の奴、女に囲まれやがって……だが、うらやましくなんか、ないんだからな』

 羨ましくないなら、そんな事言わなきゃいいやん。

『まあ、そんな事はどうでもいい。ドローンの操縦者の中に、北村海斗がいるかを確認したかっただけだ』

 なに?

『さっきから、ほとんど効果のない攻撃を続けているという事は、ドローンはおとりだな。そして、北村海斗がそこにいないという事は、奴は今頃ロボットスーツを装着して、劣化ウラン弾でも込めたロケット砲でも担いで、地上からこっそり俺に近づいているのだろう』

 ギク! 見ているのか!? いやいや予想だろう。

 予想だろうけど、カルルのくせに鋭い奴。

「北村さん。どうします?」
「ううむ。今すぐ攻撃するか? レーザー通信を使ってドローン経由で奴と通信して時間を稼ぐか?」
「北村さん。今はレーザー通信が使えません」
「なんで?」
「この濃密なレーザー攪乱幕の中で、そんな事をすれば居場所が特定されます」

 そうだった。

『僕なら、ここにいるが』

 ん? なんだ? 今の声は?

「北村さん。今の声は、P0371による声帯模写です」
「Pちゃんに、そんな機能があったの?」
「はい。こんな事もあろうかと、密かに開発しておきました」

 さすが芽依ちゃん。

『北村海斗か。今、どこにいる?』
『もちろん、潜水艦の発令所だ。君の近くには行っていないよ』 
『嘘をつけ。どうせ居場所を特定されないように、レーザー通信でも使ってドローン経由で話しかけているのだろう』
『まさか。この濃密な攪乱幕の中で、レーザー通信が使えるわけがないだろう』
『む! 言われてみれば。しかし、おまえはそんな安全圏でふんぞり返っているような奴ではない』
『それは買いかぶりだ。戦場に出るなんて恐い事、僕がするわけないじゃないか』
『いや、いつもやっているだろう』
『ブルル! 本当は恐くてしょうがなかったんだ。だけど、今の僕は最高司令官。危険なことは部下に任せて、僕は安全圏でくつろいでいるのさ。部下が死のうが知ったこっちゃない。僕さえ無事ならそれでいいのさ』

 Pちゃん……後で、覚えていろ。

『貴様。北村海斗ではないな』
『何を言っている。僕は北村海斗だ』
『俺の知っている奴は、卑怯なことはしても卑劣なことはしない男だ』

 うんうん、カルル。分かっているじゃないか。『卑怯』と『卑劣』とどう違うのか分からないが……

『大方、おまえは奴のお着きのアンドロイドだろう。本人はやはりこっちへ来ているな』

 あ! ちょっとヤバいかも……

『む! 岩影の向こうで、何かが動いたのが見えたぞ』

 しまった! 見つかったか?

 鏡を引っ込めて、ドローンから送られてくる映像をバイザーに映した。

 映像の中で、イワンの機体に丸い穴が開き、何か細長い物体がせり出してくる。

 どうやら電磁砲レールキャノンのようだ。

『これでも食らえ!』

 カルルがそう叫んだ直後、電磁砲レールキャノンから放たれた弾丸が数百メートル先の岩石を粉砕した。
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