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冥婚

渇愛の魔神

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 荻原君を、結界の外へ出すのは危険すぎる。

 数日前に会った時点で、飯島露の悪霊化が進行していた。

 現時点では、完全に悪霊化している可能性がある。

 そんなところへ荻原君を行かせれば、どんな霊障が起きるか予想もつかない。

「荻原君。外へ出てはダメだ!」

 玄関まで来た荻原君の腕を掴んだ。

「放してくれ!」

 あっさりと、ふりほどかれる。

 自分の非力がなげかわしい。明日から筋トレしよう。

 てか、こんな時に樒は何をしている?

 こんな時こそ、あいつの怪力が必要なのに……

 すでに荻原君は玄関の扉を開いていた。

「ダメよ! あらた! 外へ出ては!」

 僕の後から駆け出してきた荻原君のお母さんが、背後から息子を抱きしめる。

「おまえは、私の大事な息子よ! 幽霊なんかに渡さない」
「母さん。ごめん。僕……飯島さんが好きなんだ」
「ダメよ! 逝かせないわ!」

 その時、二階から駆け下りてきたハーちゃんが、荻原君の前に立って、スマホとノートを差し出す。

「お母さんの言うとおりじゃ! さあ、新よ。このノートをスマホに向かって読み上げるのじゃ!」
「ハーちゃん。僕はそんなことはしない。それとスマホなんか使わなくても、本人が目の前にいるよ」

 荻原君の言うとおり、飯島露の霊は玄関前、結界ぎりぎりのところに立ち、悲しげな目でこっちをジッと見つめている。

 こうなったら、荻原君が結界を出る前に強制除霊するしかない。しかし、こんな時に樒は何をしているのだ?

 まだ二階から降りてこない。

 こうなったら、僕の手で……

 僕はショルダーホルスターからエアガンを抜いた。

 まだこの銃の退魔弾は、式神にしか試していない。

 だけど氷室先生は、悪霊も払えると言っていた。

 僕は結界の外へ出てエアガンを構える。

 だが……
 
 どうしたのだ? 前回会った時と違い、飯島露の霊からは清浄な波動が伝わってくる。

 まったく悪霊化していない。

「いかん! このままでは手遅れになるぞよ」

 僕がエアガンを撃つのを躊躇ちゅうちょしていると、背後でハーちゃんが騒ぎ出す。

「さあ、新! 早くこのノートを読みあげろ」

 だが、荻原君はハーちゃんを無視して、背後から抱きしめるお母さんを引きずりながら、結界の外へ出てくる。

「飯島さん。待たせてごめん。さあ、逝こう」

 だが、飯島露は首をゆっくりと横にふった。

「どうして?」
「ごめん。荻原君。もういいの?」
「え?」
「荻原君は、あたしを好きだと言ってくれたよね?」
「そうだよ。僕は君を愛している」

 飯島露は、にっこりと微笑ほほえんだ。

「荻原君が、あたしを愛してくれていると分かった。それだけで、あたしは十分幸せになれたの」

 どうなっているのだ?

「あああああ! このままではわらわの計画が……」
 
 ハーちゃんが駆けだしてきて、飯島露の前にノートを広げる。

「露! これを読め! 新は、こんな非道いことを言っていたのだぞ」

 いや、おまえが勝手に書いただけだろ。

「いい加減にあきらめなさい」

 玄関の方から樒の声がしたので、振り向いた。

 今まで何をしていたのだ?

 樒はつかつかとハーちゃんの前に進み出る。

「あんたの目論見は失敗よ、ハーちゃん。いや、渇愛かつあいの魔神タンハーと言った方がいいかしら?」

 渇愛の魔神タンハー? 何者?
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