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事故物件2

色情霊

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「出ておいでぇ……」

 声は玄関の方からだった。

 逆光で姿ははっきりと見えないが、そこに人が立っている。

 いや、人の形をしているがあれは人ではない。

 少なくとも、生きている人間では……

 その証拠に、その人型から延びた蔦がウネウネと蠢いていた。

「そこから、出ておいでぇ……」

 どうやら結界から出てこいと言いたいらしい。

「社さん。あれは?」
「悪霊の本体ですね」
「すごいわ! ますます良い映像が撮れるわよ」

 この後に及んで、まだそんな事を……

「魔入さん! 分かっているのですか?」
「何が?」
「あいつは、危険な悪霊なのですよ」
「分かっているわよ」
「喜んでいる場合じゃないでしょ! 早く逃げないと」
「大丈夫よ。こっちには、結界と退魔銃があるのだから」
「退魔銃の弾が、残り少ないのですけど」
「あら? そうだったの?」
「結界だって、いつまで保つか」
「もう、君は心配性ね」
「あのですねえ……早く逃げないと、危ないのは僕じゃなくて魔入さんの方なのですよ」
「どうして?」
「あいつは、魔入さんを狙っているのですよ」
「なんで? さっきは、君が襲われたじゃないの」
「だから……あれは……」
「どうしたの? 言いたい事があるなら、はっきり言いなさい」

 だって、言い方次第ではセクハラと思われそうだし……

「あいつ……たぶん……さっきは僕を女と思って襲って来たのだと……でも、女装だとばれたら、今度は魔入さんが狙われます」
「男なら襲われないの?」
「いや、あいつはその……え……え……」
「何が言いたいのよ?」
「エッチな事が……目的みたいだから……」
「なあんだ、そんな事……私だって霊能者よ。あいつが色情霊だという事ぐらい分かるわよ」
「分かっていたのですか?」
「だってねえ、蔦が君に襲いかかっている様子見ていたら、殺そうとしているというより、悪戯しているみたいだったし」
「じゃあ早く逃げましょう。僕が男だって分かったら、次は魔入さんが狙われるのですよ」
「そうかしら?」
「は?」
「だって、あの悪霊って女だと思うけど……」

 へ?

 言われてみれば、シルエットは女性のようだし……
 
「出ておいでぇ……」

 この声もなんか女性っぽいし……

「それに資料にもあったでしょ。この家で亡くなった人は女性だって」

 そういえば、そんな事書いてあったな。

「そうそう。資料に書いてなかったけど、ディレクターの話ではその女性はね、小さい男の子が好きだったとか」

 それ、ショタコンって事?

「でておいでぇ~ぼうや」

 最初から僕狙い!

「つまりあの悪霊は、君の女装に騙されて襲ってきたわけではなくて、女装で騙せなかったから襲ってきたのね」

 ひいい!

「来るなあ!」

 僕は退魔銃を撃ちまくった。

 本体に当てる事さえできれば、あいつを一時的にでも止める事ができるはず。

 的を一点に絞り込み。

 撃つべし! 撃つべし! 撃つべし!

「ちょ! ちょっと社さん! 落ち着いて」
「悪霊本体に弾を当ててから落ち着きます」
「いや……あの……」

 今はこいつを倒すのが先。

 だめだ。蔦が本体の前に延びてきてバリアのようになっている。

 あかん。本体に弾が届かない。 

「でも、残弾が少ないのではなかったの?」

 そうだったあ!

 気が付いた時には、退魔銃は弾切れになっていた。

「どうするの? これ?」

 どうするって言われても……

「逃げましょう」
「どうしようかな? まだ良い映像が撮れそうだし……」
「魔入さん! 映像と命とどっちが大事ですか!」
「分かったわよ。分かったわよ」
「『分かったわよ』は一回でいいです」
「あ! そういう生意気な事を言うんだ。じゃあ逃げるのはやめようかな」
「ああ! ごめんなさい! 逃げて下さい! 魔入様!」
「よろしい。では、逃げましょう」

 魔入さんは、ようやく出口に向かって歩き出した。

 悪霊はその前に回り込むが、結界に阻まれて近寄れない。

 ピシ!

 ん? なんだ? この音は?

「ねえ社さん」
「何か?」
「結界にひび割れみたいな模様が出たのだけど、何かしら?」

 え? 本当だ。空中にひび割れみたいな模様……

 みたいじゃない! これはひび割れそのものだ。

 パリーン!

 次の瞬間、結界はガラスのように割れた。

 おまえは光○力研○所のバリヤーか!
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