マナヴェール 2 瘴気と禁忌と異邦人

こきまろん

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プロローグ

訪問者

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 「ぜってーやだ!断固拒否、お断り申し渡す!」
 俺の怒鳴り声にポコリナは強風を前にしたように両眼を閉じ、無表情になった。
 「なんでだよ、何が不満なんだよ!何も悪いこと無いじゃないか!」
 彼女の目が開くと今度は俺が目を閉じる番だった。
 
 事の発端はポコリナが王城に招待されたという事だった。
 「おおよかったな、行ってら」
 俺の言葉に魔女はかぶりを振った。
 「行ってらじゃないよ、あんたも来るんだよホリィ」
 「はぁ?」
 「王国に訪れる未曽有の危機を救った事に対して陛下から直々にお言葉とご褒美がもらえるんだ、勿論ごちそうもあるし、宴だってあるんだぞ」
 うっとりするようにポコリナは言ったが俺はそんな気持ちにはならなかった。
 「まあ俺は辞退するからよ、お前だけで行って来いよ。なに俺に遠慮はいらないぞ」
 俺の言葉に魔女は目をしばたたかせ、いったい何を言っているのか理解しようとしている風に首を傾げた。
 「何を言っているんだ、駄目だぞ。あたしと従者であるホリィ、あんたが招待を受けているんだ、断るなんて無礼な事できないんだ」
 「知らん、ご無礼をお許しくださいってお伝えください」
 「待ってくれよ、頼むよ!従者だろう、今回ばかりは従ってくれよ!」
 何て言い草だ、今回ばかりはだと?
 「ぜってーやだ!断固拒否、お断り申し渡す!」
 俺の怒鳴り声にポコリナは強風を前にしたように両眼を閉じ、無表情になった。
 「なんでだよ、何が不満なんだよ!何も悪いこと無いじゃないか!」
 彼女の目が開くと今度は俺が目を閉じる番だった。
 「何が悲しくてお前らの親玉にご挨拶しなきゃならんのだ、俺が陛下として敬愛する方は既にいるんだよ!」
 「べ、別に敬愛しろって言ってるんじゃないよ、ただお言葉と褒美を賜るだけで、なにも悪い事ないじゃないか」
 「いやいやどこの誰だかは知らねえけど、お言葉とやらを偉そうにのたまわられたら、僕笑っちゃうかもしれませんよ?そっちの方が無礼になるかもなあ?」
 「ホリィは陛下の事を誤解しているよ、陛下は本物の賢王なんだ……」
 ポコリナの言葉はそこで沈黙に飲み込まれ、彼女は何かを警戒するように虚空を見回す。
 嫌な予感がした、少し前のあの化け物が現れたときの様だったからだ。
 「どうした?瘴気が増えてるのか?」
 俺の問に彼女は不安げに眉をひそめた。
 「い、いや、瘴気は増してはいないんだ、けど何か不自然なんだ、このおかしなマナの動きはいったい何なんだ……」
 俺はため息をついた、こいつらは時々ペテン師でしかなくなるのだ。見えない何かで他人を不安に陥れる悪い奴だ。
 「またそういうのかよ、もういい……」
 だが俺の言葉もそこで途切れた、ポコリナのいう事かどうかはわからないが明らかに不自然なものが目の前に現れたからだ。
 老魔法使いというべき爺の事を俺は知っていた。
 「だ、誰だ、あんたは!」
 その爺は俺だけではなくポコリナにも見えているようで、彼女は困惑したように叫んだ。
 俺をこの世界に攫ってきた張本人である王女、その召使だか何だか、名前は確か…。
 「テメー、マリクだな、クソ王女の手下のクソ爺!」
 沸騰したかのような泡立つ感覚がつむじからつま先に駆け抜けた。その後は純粋な怒りのみだった、デスクの上にあった詰めたばかりのキノコの薬品付けを手にすると、力の限りで爺に投げつけた。
 だがその結果は破裂音を響かせて窓から出て行った瓶詰だけだった。
 爺はただただ茫然と俺の顔に見入るだけで何ら反応を示さなかったのだ。
 「ペルンの…?だ、だけどどうやってここに…」
 ポコリナの困惑と焦りがない交ぜになった表情が唐突に見た事ない程に怒りと嫌悪に満ちたものにとってかわられた、正直魔女が他人にこんな顔をするところを初めて見た気がする。
 「なんて破廉恥な真似を!」それは怒鳴り声だった。「魔術師として最悪の禁忌に手を出すなんてペルンは、ペルン王家はいったいどこを向いているんだよ!」
 よくわからない、だが目のまえにいる爺は許されない行為に及んだようだ、もっとももともと俺に対する行為は許されないものだと俺は信じていたが。
 「わかっているのか老師!あんただってこのまま消えるんだぞ!魔術師としての最期がこんなものであって良いわけがないじゃないか!」
 怒りのまま声を張り上げるポコリナの目じりにはついには涙が滲んでいた、それだけ罪深い事なのだろうか。
 だが彼女の言葉にもマリクは苦々しい視線を俺に向け、それから失意と苦悶に目を伏せた。
 「陛下、ミーナ殿下、こやつは生きておりました…、どうかどうか、それにお気づきになられ、必ずやお見つけ下され、じいの死を踏み越え、必ず…」
 爺の言葉は最後まで形にならなかった、その姿が黒い靄の中に消えて、いや黒い靄そのものにとってかわって跡形もなくなったからだった。
 残ったのはいつもの魔女の住処と、唐突に不快な訪問を受け、勝手に消えるという意味わからない体験に困惑する俺、そして全身の毛を逆立てさせているかのような怒り心頭なポコリナだけだった。
 その怒りそのままでポコリナは俺に視線を向けた、正直その迫力はなかなかだと思った。
 「ホリィ、すぐに王都に発つよ、どのみち報告もあるし陛下にもあわなきゃならないけどそれ以上にいろいろ必要になった」
 「な、勝手に…」
 「わがままは無しだよ従者!何が何でも従ってもらうから、いいね!」
 世の中にはNoを言えない雰囲気があるもので、今がそうだった。だから別にビビったわけじゃない。
 思わず頷いてしまった俺はそんな風に思う事にした。
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