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呉須赤絵大皿消失事件
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ゴールデンウィークも近い、四月の土曜日の午後。
秋月文芸大学付属高等部指定の濃紺のブレザーを着た僕と、普段着だという割には高級そうなタンポポ色のワンピースを着た秋月真帆呂(マホロ)は、先月の『景徳鎮双子壷盗難事件』解決に対するお礼を言いたいという曾我警部を待っていた。
場所はもちろん、秋月文芸大学付属の秋月美術品収納棟二階にあるマホロ専用応接間だ。
マホロというのは秋月真帆呂のことだ。
「マホロという呼び方を許しているのは、お前の他には二人しかいないのだぞ。いいか、漢字ではなくカタカナだぞ。言葉で言ってもこの二つは私の耳には聞き分けられるからな。この呼び名が許されたということは、落涙して、感激して然るべき、とても名誉なことなのだ。ゆめゆめ心得を間違えるなよ」
マホロは事あるごとに、などと恩着せがましく言う。仕方なく脳裏にカタカナを思い描きながらマホロと呼ぶことにしている。たまに漢字を思い描きながら呼ぶとすぐに気づかれ訂正を求められるのだが、どういう耳をしているのだろう。
それに、僕から頼んでそう呼ばせていただいているわけでもないので、有り難いという実感はまったくない。
ただ、それを口に出すと延々と説教が始まり僻みだすので、僕は口を閉じ、素直にうなずくしかないのだ。
それでも僕はマホロの相手を続けている。理由は二つある。
第一の理由は、マホロは僕にとって恩人だからだ。
一月ほど前、『景徳鎮双子壷盗難事件』で警察から犯人扱いされた僕の身の潔白を、見事な知識と知恵で証明してくれたのがマホロだったのだ。
「これで私はお前の恩人だ。一生、恩に着ろ。着続けろ」
そう命令までされてしまった。まったく、なんという傲慢な恩人なんだろう。
それをきっかけに、僕はマホロに呼びつけられるようになり、一般の教師や生徒も近寄ることができないこの収納棟にやってきて、ドヤ顔に会いに行かざるを得なくなった。
きっかけはこんな感じだったけれど、それからマホロと接し、会話を重ねることで、僕はいつしかマホロの魅力に取りつかれていた。
それが第二の理由だ。
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僕は秋月文芸大学付属高等部の二年に所属している、ごく普通の生徒だ。しかも無駄に真面目だ。学校は単位制なので必要単位が揃う最低限の授業を選択すれば午後は休みとか自分の時間が取れる。なのに僕は性格がそれを許さず、みっちりと枠を埋めている。つくづく損な性格だ。
今日も朝から授業を受けていたので、呼び出された今も制服を着ている。
父は絵に描いたようなサラリーマンで、母はパート兼業主婦、兄二人は平凡な大学生という、日本全国どこにでもありそうな家庭の末っ子だ。何の自慢も出来ない。
一方、マホロは、普通の少女ではない。
僕より三つ年下で、付属中等部の三年、と、ここまでは普通に聞こえるが、もう一つ肩書を持っている。
学校法人秋月の常務理事なのだ。
なんでもマホロは学校法人秋月設立者の縁者らしい。
しかもこの年齢で学校法人に対する経営権の一部まで持っているらしい。らしいというのは、本人がそう主張しているだけで根拠が不明だからだ。法人情報をどこかで閲覧してやろうと思っているのだがまだ果たせていない。
ただ、マホロが今も私服で居るのを見てわかるように、中等部の生徒ではあっても授業に出ている形跡はない。というか、本人の口から「一度も授業など受けておらん」と聞いている。義務教育なのに。羨ましい。
もちろんマホロの引きこもりには真っ当な理由がある。だから授業に出てこないマホロを誰も責めることはない。
僕がマホロに呼ばれる理由は、僕が思いつくところ、暇つぶしの話し相手が欲しいからである。しかもそのたびに僕は紅茶を淹れるなどの給仕を仰せつかることとなるという仕組みだと思う。やれやれである。
さらにマホロが僕を呼び出す方法が強引なのだ。校内放送で出頭を命じられるのだから。
「高等部二年B組御堂秋津(みどうあきつ)。本日午後一時までに収納棟副理事長室へ出頭すること。繰り返す……」
こんな感じの校内放送も、繰り返されているうちに恥ずかしさが薄れてきた。人間の適応力はすごい。
校内放送を聞いて級友は僕が学園に睨まれているのか、それとも重要人物なのか、測りかねている。マホロの存在は秘密にするように言われているので級友にも知られている僕のマニアックな美術品関連の話をして「小さなことだけど意見を聞かれたりするんだ」と半分嘘を言って誤魔化している。級友がこの話を信じているのかどうかは不明だ。
今日も、僕はこの収納棟に校内放送で呼び出され、マホロの好きな銘柄である紅茶、ヌワラエリアを淹れている。
白磁のティーポットを、樫のテーブルに置いた。もちろん冷めないように、断熱性の高いキルト地で、花柄の象をあしらったポットカバーで包んであった。
このあたりの要領は、マホロから厳しく教育されて、わずか一ヶ月足らずの間に身についてしまっていた。
マホロは砂時計をセットした。ちなみにこの砂時計は、砂がオパール色に目まぐるしく輝いているし、台は細かな細工が施された真鍮製というとても高価そうな西洋美術品だ。
すべて伝説的な職人の手によるらしいけれど、それにふさわしく摩訶不思議で、神秘的で、高貴な雰囲気を醸していた。
持ち主のマホロと同じように。
「時間がきたら、警部がいなくても私は飲むからな、御堂」
いつもながらの突き放したようなマホロの物言いだったが、目が笑っているのがわかった。機嫌がいい証拠だった。
「警部が遅れるのを楽しみにしているんだね」
「そんなことはないぞ。ただ、約束の時間を違えるような者は、冷めた紅茶で充分ということだ」
そこで僕は思わず、言ってはいけないことを言ってしまった。
「君はいつも待つ立場だから厳しいことが言えるんだよ。気がつかないかもしれないけど、やってくる方はそれなりに大変なんだよ。
こういう時に限って交通渋滞はあるし、出掛けようとすると狙ったように飛び込んでくる用事とかもあるし」
マホロは一瞬で、僕の目玉を抉り出すような毒々しい目つきなると、僕の目の底まで睨んで、淡々と言った。
「交通渋滞で遅れるのは、時間配分に対する配慮が欠乏しているからだ。急用で遅れるのは、その雑用を、私との約束より優先するからだ。違うか?」
確かにマホロの言葉には一理あると認めざるを得なかった。
「そういう者なら、冷めた紅茶でももったいないくらいだ。出涸らしでもいい。違うか?」
「うーん。違わないかもしれないような気もする」
「それともなにかね、御堂も、急用とやらがあれば、私との約束より優先するのか?」
反射的に首を横に振った。
「僕はそんなことはしないつもりだ。今日も時間通りに来たじゃないか」
引っかかったなとでも言いたげな邪悪な笑みを一瞬浮かべたマホロだったが、すぐにまた無表情に戻ると続けた。
「では御堂の発言の主旨は、警部が遅れることを擁護する点にあるのではなく、私がいつも待つ立場にいるということへの厭味、と理解していいのだな」
いつも痛いところを突いてくる。面倒くさいことこの上ない。
「ち、違うよ……厭味じゃなくて」
僕は否定しようとしたけど、マホロはそれを制した。顔から一切の表情を消したまま、淡々と続けた。
「いいか、御堂。私は、この世に生を受けて此の方十数年、好きでいつもここにいるわけではないのだぞ。私だって、お外へ出たい。まったくもって出たいのだ。でも、ここにいるしか、ない。わかっているはずだが?」
そう言うと、マホロは視線をテーブルに落とした。今度は、憂いに満ちた迷子の子猫のような表情になった。
マホロの艶やかなプラチナブロンドの髪が、流れる水のように、フランス人形を連想させる端正な横顔を隠した。
普段は屈託のないマホロ。でも現実にはまだ難病指定さえもされていない特殊な遺伝子異常に冒されていた。
偉い大病院の医者が大勢集まって下した診断名は「遺伝性タンパク質結晶化症(仮)」。
末尾に(仮)がついているのを見ればお察しだが、世界中どこにも症例が無く、治療法どころか対処療法もない。
主な症状は身体を構成するたんぱく質が徐々に結晶化して機能を停止していくらしいけれど、言葉だけで具体的には何もわかっていない。
僕にわかるのは、マホロの全身の色素が減ってきていることくらいだった。これは症状の一つで、色素を製造する当たりのタンパク質が結晶化しているからだ。体内の各部位ではもっと複雑な症状が進んでいるらしい。
マホロは病名以外何も教えてくれない。「御堂は気にするな。私はこの通り、元気だ」としか答えてくれない。そして満面の笑みで僕を逆に元気づけてくれる。
今は色素が減少していくせいで、直接太陽の光に当たると全身が火ぶくれになり死亡する危険があるようだ。
ガラス越しの日光でもダメージが大きいため、紫外線完全遮断ガラスが幾重にも嵌った窓の奥、紫外線ゼロのクリーンルーム用LED照明に照らされた空間、つまりこの建物の中に引きこもっているのだ。引きこもるしかないのだ。
学校には席だけあって通学していないのは、それが主な理由だった。
義務教育については、たまにここに事情を聞かされている一部の教師が出向くこともあるらしいが、ほとんどは自習だと聞いた。
僕にはマホロの生きる大変さは想像しかできない。マホロのこれからの人生を考えると無性に切なくなる。
でも、肩代わりしてあげることはできない。申し訳ないけどそれが現実なのだ。
だから、どんな相手でも遠慮もなしに呼びつけるマホロだけど、それについてはこういうわけで、マホロを責める気にはなれない。
マホロの住処となっている秋月美術収納棟特別居住区画はシェルターであると同時に檻でもあるのだ。
僕は何とかしてマホロの誤解を解こうと言葉を捜した。
「いや、厭味とかじゃないよ。僕は素直に驚いているんだ。ここにいるだけで、君は事件を解決しちゃうじゃないか。だから、警部だって今日はお礼を言いたいってやってくるわけで……僕は、その、マホロに厭味とかいうつもりは……」
マホロは僕に向けて、片手をあげた。そしてハエを追い払うような仕草をしてから、僕を睨みつけた。
いつもの不遜な表情に戻って僕に言った。
「つまらんぞ、御堂」
ため息をひとつついてから、マホロは続けた。
「もう少し気の利いたリアクションは出来ないのか?」
「え、気が利いた? どんなリアクション?」
マホロは魂の疲れを感じさせるようなさらに深いため息をついた。
「いいか、私はもう、脳内で、七種類ものお前の採る可能性のあるリアクションを想定していたのだ。七種類も、だぞ。
それなのに、御堂、お前は、そのどれよりも劣ったリアクションを選択した。まったくダメなやつだ、使えないやつだ、瑕疵返却品だ」
あまりの悪口雑言に、僕も少々腹が立ってきたので反発した。
「じゃあ、どんなリアクションがベストだったんだい。教えてくれよ」
すると、マホロは急に押し黙り、なんだか小さく丸まった。
もともと平均的中学三年生よりかなり小さいので、丸まると本当に猫くらいの大きさに見えた。銀色の毛並みが美しいシャムネコだ。もちろん、錯覚なのだけど。
「ねえ、どうしたんだよ、マホロ? ベストの回答を教えてくれよ」
いつも横柄で物怖じしないマホロが、珍しく、もごもごと消え入りそうな声で答えた。
「それを、私の口から言わせようなどと、……お前は意地悪だな」
「え?」
急にマホロはなぜか赤くなっていた顔を上げると、今度は僕に怒鳴った。
「時間だ。砂時計を見ろ。全部下に落ちているぞ。さっさと紅茶をマイカップに淹れるのだ!」
「マホロ、大丈夫かい。なんか、顔が……」
「うるさい、うるさい、うるさい。さっさと紅茶を淹れろ。冷めるではないか。カップも申し分なく温まっているのだろうな?」
急き立てられながら僕が紅茶を淹れていると、部屋に設置されているマホロ専用インターフォンが鳴った。
階下の管理室で収納棟全体を管理している兵藤さんからだ。兵藤さんは学生間でセバスチャンというあだ名がつくくらいに執事みたいな感じをしている。
昔の小説に出てくるような一徹でお嬢様一筋の信念が揺らがない初老の男性だ。背筋は真っすぐ、口も一文字に真っすぐ。
でもそんな堅物の兵藤さんは、時折、僕の帰り際に囁いてくる。
「今日もお嬢様にお会いいただきありがとうございました」と。
とても幸せそうな、それでいて切なそうな複雑な表情で。
そんな兵藤さんが今は、堅物執事の声質で畏まって報告した。
「お嬢様、曾我警部様がお見えです。お一人です」
兵藤さんの渋い声に、マホロはいつものふてぶてしい口調でうなずいた。
「ふむ。通せ」
マホロは僕を見て尋ねた。
「警部は一人で来た。この意味は分かるな?」
「ええと、わかりません」
「素直すぎて突っ込めんな。いいかね、事件の場合、書道以外ではだいたいが二人一組だ。違う立場の者が違う視線で補完しあう、またはお互いの間違いをチェックし、あれば糺しあう。慎重であり、機能的なのだよ。だが今日は一人で来た。つまり事件対応外の行動、ということだね」
僕が感心していると、扉の外の廊下を靴がフロアを叩く音が近づいてきてドアの外まで来て止まった。ノックが聞こえた。
「開いているぞ、警部。さっさと入るがいい」
マホロの返事よりも早く、日によく焼けた陽気な顔が現れた。
「やあ、少々、遅れましたかな。隣県の知り合いから急用が飛び込んできましてね」
曾我警部が、颯爽という形容詞を付けざるを得ない所作で登場した。四十を過ぎている割には、軽快な動きをしていた。長身で、筋肉も程よくついているのがよくわかる。
すぐに仏頂面のマホロに気づいて、笑った。
「ははあ、君たち、また、喧嘩をしていたね。喧嘩するほど仲がいい、なんて言うけどね。着く早々、ご馳走様だね、これは。あっはっは」
勝手に知った風にそう言い放ち、こちらの反応などまったく無視して一人で大笑いをした。
つまり、いつもの曾我警部だった。
曾我警部本人がこんな軽い性格の上に、マホロは相手が誰でもタメ口なので、僕もつい釣られて、曾我警部には友達のような口調で会話をしてしまう。はじめは、気がつくたびに謝っていた。曾我警部は気にしなくていいというものの、末っ子として躾られた僕にとっては、反省しきり、なのだ。
「ちょうど紅茶が入ったところです」
「やはり今日も紅茶、だったね。そう思って今日は、これを買ってきたんだ」
曾我警部は、隠すように持っていた箱を、恭しくマホロの前に差し出した。
スミレの小柄が舞い飛ぶように描かれた包装紙と金縁濃紺のリボンのセットは、僕でも知っている有名洋菓子店のものだった。
「秋月真帆呂様、事件解決の御協力に対する御礼の意を込めまして、税金ではなく私個人の財布で、手土産にケーキを持参しました。何とかいう有名なオペラの曲名からつけられたその名も、「精霊の踊り」という限定の一品ですよ」
「うむ。「精霊の踊り」か。ウィーンの宮廷作曲家、クリストフ・グルックのオペラの題名だったな」
ケーキの箱のリボンを見つめるマホロの目が輝くのがわかった。
曾我警部は賢くも、マホロ対応マニュアルを着々と完成させて実行している。見習わないといけない処世術だ。
「うむ。これに免じて、遅れた無礼は忘れよう。それより早く、その箱を開けたまえ。「精霊の踊り」とやらを拝もうではないか」
僕がケーキ用の小皿とフォークをセットし、曾我警部がケーキの箱にかかったリボンを慎重な手つきでほどいていった。
それを眩しいくらいに煌く目で、マホロが見つめていた。
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「ベースはイチゴのショートケーキだが、ココアを主成分としたパウダーが包み込み、この技ありのレースのごとき飴細工を纏うことで、妖精の名に相応しい見事な出来上がりになっている。
ふむ、このブルーベリーはラム酒漬けだな。この味付けが、踊り、なのだな、きっと」
ぶつぶつと講釈を垂れながら、マホロはケーキにしゃぶりついていた。
その表情を見ると、曾我警部の上品なチョイスと、事件に対する丁寧なお礼の言葉が功を奏して、斜めだったマホロの機嫌は、完璧に治ったようだった。
マホロは吸い込むような勢いで一気に食べ終えると、ナプキンでそっと唇についたクリームを優雅な所作で拭き取り、紅茶を口にした。
それからいきなり、切り出した。
「さて、先ほどの話だが」
まだケーキを食べかけの僕も曾我警部も、何のことかわからなかった。
そのきょとんとした顔がお気に召さなかったらしく、マホロはまた不機嫌な表情になり眉を寄せると、口調を強めて続けた。
「曾我警部、なんだ、そのいつもよりさらに素っ頓狂な顔は。さっき、口にしただろう。君の隣県の知り合いからきたとかいう話のことだ」
「あ、ああ。出掛けに飛び込んできた話ですか。良く覚えてましたね」
「君に遅刻という非紳士的行為を強いた急用という事件のことだ、忘れるものか。それで、隣県という表現を使ったのは、隣の県警という意味に聞こえたのだ。何か、事件が起こったのだろう?」
曾我警部は少々大げさに、「驚いた」というジェスチャーをし、言った。
「よくわかりましたね、さすがです」
「私は常に、さすが、なのだよ。それより、普段は交流もろくにしない隣の県警から、わざわざ君に連絡を寄越してきたのだ、難事件が発生、だな?」
「そこまでわかりますか」
「電話がなぜ、君宛てにかかってきたのか考えれば推測は出来る。先日の事件解決で、君の名前と武勇伝は関係各所に流れたはずだ。似たような事件で困っている同業者がいれば、ダメ元でも電話をしてくるだろう。普通ならば付き合いが少ないはずの管轄外からでも、な」
曾我警部が唸った。
「すべてはお見通し、ということですか」
マホロはささやかな胸を張り、ふふんと鼻を鳴らした。
「驚くほどのことではない、普通に考えれば思いつくことだ。なあ、御堂、そんなぽかんとアホバカタワケ面をするほどのことではないのだよ」
僕はあわてて、顔を引き締めた。油断しているとすぐこっちに振ってくる。
マホロは曾我警部に小さい身を乗り出した。
「それで、どのような事件なのだ。お隣さんが、見栄も外聞も捨てて君にすがるほど悩んでいる事件なのだからな」
「頼れる男はつらいですな」
「まあ、君に解決できる問題とも思えないのだが」
さすがの曾我警部も余分な一言にはカチンと来たらしく、意固地な口調で言った。
「さあて。困りましたなあ。捜査情報は漏洩できないのです」
曾我警部の目を、さらに身を乗り出したマホロが、隠しきれない好奇心を溢れさせた目で見つめながら、言った。
「ふん、拗ねるな。事件解決につながるのだぞ。また君に手柄という勲章が増えるわけだ。何を躊躇うことがある」
二人はしばらく視線をぶつけ合っていた。大人と子供のにらめっこのようにも見えたが、子供の方が迫力のあるにらめっこというものを、僕は始めて見た。
視神経を貫いて脳みそまで捻り込んでくるような赤い瞳に、曾我警部は根負けしたというように笑みを浮かべて見せた。
「わかりましたよ。事件解決のためになるのでしょう、概略をお話しましょう。実は、私の年収よりも高価な骨董品が、忽然と消滅したのですよ」
曾我警部の話によると、地方都市の資産家で骨董好きとして有名な初老の男性の所有していた呉須赤絵の大皿が、来客との会話中という短時間の内に、跡形もなく消えうせたというのだ。
そこまで聞くと、マホロはいきなり言い放った。
「物質を跡形もなく消滅させることなど、素人には無理だよ、君」
僕は思わず呟いた。
「素人どころか玄人にも無理だと思うけどな。物質消滅の玄人がいるのかどうかはわからないけど」
マホロが、ジト目で僕を睨みつけた。僕は殺気を感じ、口をつぐんだ。
マホロは僕たちを交互に舐めるように見てから、言った。
「いいかね、御堂、曾我警部。消滅というものには、種類があるのだ」
僕も曾我警部も、同時に笑いの混じった声を上げた。
「種類があるんですか?」
「へえ、種類なんてあるんだ」
マホロは華奢で滑らかな白い顎をくいっと上げて、僕たちを哀れむ目つきで見下ろしながら話し始めた。
「当然だ。いいか、よく聞け」
年齢に比べて可愛い人差し指を立てた。
「その一、破棄されること、だ。故意によるものか、過失によるものか、どちらにしろ、破壊されて目につかない場所へ捨てられるということだな」
次に中指を加えて立てて、二本にした。
「その二、忘却されること。仕舞った場所を忘れる、人にあげたことを忘れる、もっとひどいのはその存在自体を忘れる。無さそうで、よくあることなのだ」
本当にそういう事例は多いのだと、曾我警部が僕に解説しながら大きくうなずいた。
その反応に満足気な笑みを浮かべると、マホロは親指も加え、三本立てた。
「その三、盗難に合うこと。つまり盗まれて隠されたって言うことだ。まだまだあるが、今回に関係しそうなこれだけでも三つに分類されるではないか」
曾我警部が言葉を受けた。
「おっしゃるとおりですね。私が言ったのは、今の種類分けで言うと、三番目ですね。もっとも、私個人の意見では、今言われた中では一番目を疑っていますけどね」
「一番目は、何者かに捨てられてしまったって言うことですか」
僕は驚いた。てっきり、盗難事件だと思っていたからだ。
「個人的には、消えてしまってどこからも出てこないということは、ゴミとして処理されたと考えている。詳細はあとで話すけどね」
マホロは曾我警部の言葉にうなずいてから、僕を見た。
「御堂は今の警部の話、どう聞いた?」
急に話を振られて、僕はしどろもどろになりながら、思っていたことを伝えた。
「どれもありそうなことだと思う。でも、一番目の破棄されたのだとしたら、美術品を壊す動機があるはずだよね。子供の悪戯じゃないんだから、そんな高価な物、壊せって言ったって、なかなか壊せないよ。僕だったら手が震えるな」
曽我警部が僕に言った。
「では、二番目はどうだい?」
悪戯っぽい曽我警部の視線にいささか腹を立てながら僕は答えた。
「二番目の忘れているのだとしたら、徳田という人に問題があるってことですし、わざわざ警察が出るまでもないと思いますけど。警察よりお医者さんの出番ですよ。だからきっと、消去法ですけど、三番目の、盗難で」
マホロが、ソファーの上で小さな身体をぽふぽふ弾ませながら、口元だけで笑って言った。
「御堂、君の単純さが羨ましい」
「なんだよ、それ」
「いいか。まだ、事件の概略しか聞いていないが、警察の捜査が入って、行き詰っているのだ。君の言うように盗難だとしても単純ではない。御堂の意見は承ったから、結論を出すのはもう少し詳しい話を聞いてからだ」
曾我警部はマホロに、発言を促すように、言った。
「では、秋月名探偵の灰色の脳細胞に助けを求めましょうか」
マホロは不満そうに口を尖らせて、言った。
「乙女に向かって、灰色とはなんだ。私の脳細胞だぞ、もっと、可愛い色だ。たとえば、パステルピンクとか、そういった類の、何かそういう……なあ、御堂、わかるだろ?」
「え? 頭の中がピンク色ってこと?」
僕の返事がお気に召さなかったらしく、マホロは眉間に皺を寄せると、足をばたばたさせて怒った。
「もういい。御堂、発言禁止だ」
「ええー、そんなぁ」
僕を無視し、マホロは曾我警部に向き直った。
「第一印象では、御堂と同じく、三番目の盗難の説が高いように思える。しかし、先入観は推理の障害になる。それに御堂と同じというのも不正解の確率が高い」
「なんだよ、それ」
「そこ、発言禁止!」
マホロに睨まれて、僕は口を閉じた。今の剣幕では、次に何かを口にしようものなら、ここから追い出されるに違いない。
マホロは曾我警部に向き直ると、言った。
「まずは、情報提供をしてもらおう。そうだな、何が捜査を混乱させているのだ。そこから話してくれたまえ」
「そうですか。では、私が知りうる限りの情報を提供します」
曾我警部は、背広の内ポケットから、二つ折りにされた紙の束を取り出した。
「実はこれが、ここに来る前に私宛に届いた通信文ですよ。これを読み上げてみましょう」
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曾我警部は咳払いをしてから、紙に目を走らせながら読み始めた。
「今回の被害者、徳田康之氏の話からいきましょう。徳田氏は代々の資産家で、今も大地主です。マンションの家賃や駐車場の賃料で、悠々と暮らしています。五十二歳。既婚。
事件当日、いつものように朝七時に目覚め、妻と朝食をとる。八時半より十一時まで、コレクション展示室および併設の作業場で時間を潰しておりました。十一時少し前に、約束をしていた来客があり、応接間で商談」
「待て」
マホロが口を挟んだ。
「その、作業場とは、なんだ」
曾我警部は通信文の紙束をめくり該当部分を探しながら答えた。
「ええと、徳田氏は収集した骨董品の手入れや掃除を、専用の器具を使ってやっていたらしいですな。その作業をする建物を母屋に増設していたようですな。それが作業場、です。
内部の設備は本格的なもので、金何とか言う補修もしていたようです」
「金繕い、だよ。欠けたり割れたりした焼き物を漆で接着するという補修方法だ」
「漆なのに、金、ですか」
「仕上げで漆に金粉をまぶすから、見た目は金で補修したようにも見える。だから金繕い、だ。昔は『金繕いがある方が風情がある』とほざいて無傷の焼き物をわざと割り、割れた目を金繕いでつなぎ合わせるという本末転倒な楽しみ方をした者もいた。焼き上げた職人の苦労などどうでもよく自分の価値観至上主義だ。自分で焼いて自分で割る者は、まあ勝手にしろ、だが」
複雑な美術品の世界の話をただ呆れて聞いていた。
「なんだ、そのだらしない顔は。……ああ、元々か」
マホロは言わなくてもいい雑言を吐いてから元の話に戻った。
「もっとも今時は、高額な上に何日も工程のかかることから、漆を使う「本繕い」は敬遠されている。代わりに合成接着剤を用いる手法が増えてきた。漆は仕上げ用に少々使うだけというわけだ。安上がりだ」
そこまで一気にしゃべってから、満足したようにマホロは一人勝手にうなずくと、先を促した。曾我警部は再び口を開き、続けた。
「修復をご自身でするほどに徳田氏は、骨董が好きだったようですね。悪いところがあれば自らの手で綺麗に修繕していたということです」
「手直しで欠点を巧妙に修理することは、高く売りつけるのにも有効だからな」
マホロの意地の悪い発言に、曾我警部は肩をすくめた。
曾我警部は、僕たちのそんなやり取りを楽しむように、含み笑いをしたまま話を続けた。
「さてと、事件当日、十一時から徳田氏が会う約束をしていたのは、二十年以上前から親交のある骨董仲間で、多田幸助という者です。こちらはガソリンスタンドをいくつか経営している地元でも有名な実業家です」
「ふむ。地方によくある資産家同士の美術品同好会だな。中央の学者が驚くような掘り出し物が時折出てくるな」
僕は引きこもっているはずのマホロがどこでこの情報を身に着けたのか興味がわいてきた。僕と会っていない時間はずっとネットで情報収集しているのだろうか。そんな僕の思いをよそに、マホロは華奢な上半身を乗り出して曽我警部に質問責めしていた。
「二人の十一時までの行動は、客観的に証明されているのかね」
「徳田氏の方は、奥様が姿を屋敷内で何度か見ております。主に作業場周辺をうろついている姿ですな。その時点までは、そばには、今回消滅した呉須赤絵の大皿も確かにあったということです」
「作業場周辺で徳田氏が何をしていたのかは、わかっているのかね」
「そこまでは。ただ奥様も、大皿を来客前に清掃していたのだろうと思っていたそうです。その後、余った時間で他の骨董品の手入れでもしているのだろう、と。夫婦にとっては日常の光景だったようですな」
「ふむ。多田氏とやらは、どうだ」
「多田氏の方は、会社で一仕事を済ませてから直接、徳田邸へやってきていますので、この日に怪しい動きをするような時間はありませんね。
社内での目撃者もたくさんおりますし、会社を出た十時ごろから徳田邸まで車で送ってきた多田氏の部下が張り付いておりまして、特別な行動をしている時間はなかったと証言していますね」
「うむ。ひとまず信用しておこう。ところで、徳田の妻は、骨董の方は詳しいのかね」
「さっぱり、だそうです」
「夫婦仲の近所での評判は、どうなっている」
曾我警部はFAXの紙を捲りながら、該当箇所を探して、答えた。
「骨董道楽だが人の良い旦那と、おっとりとしているが家事はきっちりこなす女房、というところですね。夫婦仲は良いようですな。
マンション経営も、はじめのうちは業者に騙されたりして大変だったようですが、今は平穏無事で、町内会の副会長としても活動されており、悪い噂はないようです」
「なるほど。で、多田氏の方の評判は、どうなのかね」
「ええと、どうだったかな。ああ、ここに書いてあった。多田氏本人に対する周辺の印象は、いたって普通でまじめな経営者、ということのようです。二人とも反社会的な勢力との関係はないとのことです。
脱税どころか、滞納もないですし、交通違反も多田氏側に駐車違反が一回あるだけですな」
「よき市民、かね。ふむ。続けたまえ」
「多田氏はこの日、徳田氏から呉須赤絵の大皿、つまり今回消えてしまった皿ですな、それを買い入れようと、現物を見に来ていたのです。
以前、徳田氏に見せられたこの大皿に惚れ込んでしまい、粘り強く交渉していたようです。何でも、大勢の子供の活き活きと遊んでいる姿が良いと」
「徳田氏が根負けした、ということか」
「そうです。最後は円満に交渉がまとまり、この日、会社の経理作業もそこそこにして、車でやってきたわけですね。車については到着後、出ていくまでずっと、徳岡邸の横にある駐車用の空き地に止めていました。運転手は車の中で待っていたようです。動画サイトを楽しんでいたようで、接続記録も裏が取れていますね。近所の住人から得られたこの車の目撃証言からも運転手が中にずっといたことは間違いないようです」
「それで皿が消えたというのは、多田氏が見る前かね、あとかね」
「前ですな。十時五十分、徳田家に到着した多田氏は、すぐには皿を確認しには行かず、徳田氏と歓談し、コレクション展示室を見学していたようです」
「すぐに見ないとは、回りくどい性格なのかね」
「がっつかないという、日本人特有の慎み、だと思いますよ」
曽我警部の言葉の裏に、「君がケーキをがっついたようには大人はしないのさ」と言っているのかなと、僕は心の中で思った。ところが何かを感じたのか、僕の心が読めるのか、マホロは僕を横目で睨んで僕を震え上がらせた。
「ふん。それから」
「そして十二時を回ったので、応接間に戻り、寿司を取っていますね」
「寿司は手作りかね。店屋物かね」
「それも重要なんですか?」
「重要だ」
曽我警部が紙の束をめくって該当箇所を探した。
「ええと、これか、近くの楠寿司という常連店からの配達です。この土地で二十年続けている老舗の寿司屋です。前の日に多田氏本人から予約されていたものだそうですね。
十一時半に徳田氏の奥様が玄関で受け取っております。特上です。寿司屋からも奥様からも、裏が取れていますね。この寿司屋からも多田氏の運転手が車の中にいたことが確認されています」
「特上はウニがあるから、嫌いだ。あれは人間の食べるものではない」
「そうですか。美味しいのに」
「美味しい? あれは苦いぞ」
場の雰囲気がゆらりと動いた気がした。
「ん? なんだ、警部、その、お子様を哀れむような目つきは」
「さてと、続きがありますね」
図星だったのか、曾我警部は咳払いをして話を戻し、巧みに追求を避けた。対マホロスキルがさらに上がっているようだ。
「食事のあと、午後一時頃ということですが、いよいよ呉須赤絵を多田氏に見せるという段になって、それが消えていることがわかったようです。
展示室の奥にある保管庫に、桐の箱に入れられて仕舞われていたのですが、多田氏を連れて行って保管庫を空けると、この皿だけが消えていた」
「徳田氏も驚き悲しんだだろうが、多田氏も落ち込んだのだろうな」
マホロの言葉に曽我警部はうなずいた。
「お気に入りの絵柄だったそうで落ち込まれていたのですが、ここで一つだけ、良いことが起きました」
「ほう。なんだね?」
「徳田氏が同時代の別の絵皿を持っていたんですよ。それも同じように童子が遊ぶ多田氏お気に入りの絵柄です」
「すごい偶然なのか、徳田氏の収集している絵柄の趣味が多田氏の趣味と合致していたのか、それともそういう絵柄が流行った明代の皿を好んでいたのか」
「それについては警察側も美術史の学者さんに問い合わせていますね。学者さんによると童子の絵柄の流行した時代と場所があったようです。その年代の骨董を徳田氏は幾つも持っていたので、せめて絵柄だけでも似たものを、と、多田氏にお安く売ったようです」
「お安く?」
曽我警部が通信文に目を通しながら答えた。
「絵付けの手法が赤絵ではなく一般的な染付だったようですね。それでだいぶんお安かったということのようです」
身を乗り出していたマホロは椅子に深く座り直した。
「絵柄の流行は確かにある。評判になった絵柄は周囲の窯元も真似る。童子の絵は縁起物だからな、流行った時期もあっただろうけど、さすがの私も即答できないな。牡丹や菊や鳥の絵柄はたくさんあるんだが」
マホロは静かに目を閉じた。
「あのう」
僕は、恐る恐る、手を上げた。マホロが鬱陶しげに目を開けた。
「なんだ、御堂。お前は発言禁止中だぞ」
「だから黙ってたじゃないか。でも、これだけは聞きたくて」
「しかたないやつだな。特別に、一回だけ許可する。言ってみろ」
「ええとその、さっきから出てくる、呉須赤絵、それってどれほどの高級品なんですか?」
マホロのジト目で僕を見てから、目尻を下げ、鼻先で笑った。
「呉須赤絵といえば、中国明代で焼かれた色付の磁器のひとつであることは一般常識ではないか。今の中国でいえば福建省の南部だな。やれやれ、御堂、物を知らないにも程があるぞ。よし、待っていろ」
マホロは立ち上がると、とっとことっとこと駆け出した。そのままドアを開け、廊下へ消えた。
僕と曾我警部は顔を見合わせた。
「一般常識なのかなあ。知らないから知らないと言っただけなんだけど、またマホロを怒らせちゃったのかな」
「まあ、怒るのは彼女の生きている証拠みたいなものだから。呼吸をするように怒っているのだからね。
君の役目として、存分に怒られるとよいのではないかな。彼女の怒りの捌け口となること、それが君の存在意義でもあるし。彼女も君を怒っているときは活き活きとしている」
「そんな、無体な」
ニヤニヤ笑いの曾我警部に文句を言おうとしていると、マホロが戻ってきた。手に、茶碗を持っていた。
また、とっとことっとこと駆けてくると、テーブルに茶碗を乗せた。
白磁地に青と赤の線を使って見事な花の絵が描かれていた。
「見ろ、御堂。これが呉須赤絵の真正だ。しかも、めったにない良い品だぞ。漳州窯(しょうしゅうよう)だぞ」
マホロの言うショーシューヨーなるものが何かは分からなかったが、僕は見たままの素直な感想を口にした。
「へえ、綺麗だなあ。茶碗の中にも外にも、豪快なタッチで赤と青の線で絵が描いてあるね。緑もある。よく見ると、筆遣いは結構、繊細なんだな」
「うむ。一口に呉須赤絵といっても、芸術性の高いこういうものから、粗雑なものまである。もちろん、値段も天地の開きだ。素人を騙すのもたやすい」
僕は、茶碗に顔を近づけて、柄をじっくりと見た。マホロが横から指で示しながら説明してくれた。
「いいか、御堂。この青の線は染付けで、下絵のような意味合いもあるのだ。この茶碗は、一度、染付けをしてその上から、ポイントとなる部分に後から赤を乗せているタイプだ。
こうして赤が良く使われるから赤絵というが、赤以外でも緑や黄色も使われるのだ。わかったか、御堂」
「ねえ、マホロ、触ってもいいかな」
手を伸ばして取ろうとした僕に、マホロがソファーに深く座り直しながら呟いた。
「かまわん。が、ちなみに、それひとつで八百万だぞ。割ると大変だぞ」
僕の手が止まった。全身から冷や汗が出た。
「八百万……」
見ると、曾我警部も身を強張らせて茶碗を凝視していた。年収が何とかかんとかと呟いていた。
マホロは平然とした顔で、曾我警部に話の続きを尋ねた。
「話を戻すが、多田氏を案内したという徳田邸の保管庫というものはなんだね?」
曾我警部は我に返ったように茶碗から目をそむけると、答えた。
「収蔵品の中でも特に値の張る物を、密かに保管庫と名づけた金庫の中に仕舞っていたようですね。
中程度から上クラスの品は展示して一般の来客に見せ、最上等クラスは、知り合いの骨董に詳しい人だけに見せていたということらしいです」
マホロは鼻先で笑った。
「一番良いものを隠すことは誰でもよくすることだ、不思議ではない。で、その保管庫とやらには、他にも骨董が入っていたのだろう。何があったのかね」
「あと、三点、入っていたようです」
「何かね」
「ええと、この紙に一覧があるので読み上げますよ。私には良くわからないものばかりですがね。まず、古九谷色絵五枚組皿、次に十三代目柿右衛門色絵大皿、最後は備前蕪徳利江戸初期、ですな」
「ふむ。その三点が真正で良い品なら、合計で一千万は軽く超えるな」
「一千万っ」
僕と曾我警部は、同時に叫んだ。そんな僕たちを哀れむような目で見ながら、マホロが言った。
「美術品を値段で語るな、と偉そうに言うやつは食わせ物だ。良い物は欲しい人間が多く現れて値が上がる。自然の原理だよ。今聞いた美術品ならそれくらいの値がついても当然のものだ。ウニが高級品として寿司に紛れ込んでいる方が理解できないがね」
どうやらマホロは、さっきの曾我警部のお子様発言をまだ根に持っていたらしかった。マホロは続けて言った。
「高価な品が詰まった宝の蔵から、その一品だけがなくなった。これで犯人の動機がわかったな」
僕は、半分驚きながら、半分訝しいと思いながら、マホロを見た。曾我警部も、身を乗り出した。
「早くも動機が判明しましたか。そこを、詳しく」
「簡単なことだ。その中で、その皿だけが本物なら、犯人は目利きの泥棒だろう。もし、すべてが本物なら、金目当てではなく、その皿そのものに用事があったということだ。
目利き仲間に自慢するくらいだ、その三点はすべて本物だったはずだから、後者だな」
曾我警部はうなずいた。
「ああ、通信文には、警察側の学者によって、残った品はすべて真正であると鑑定された、とありますね。おっしゃる通り」
「やはり、な。展示室の奥にこっそりと作られた秘密の場所に隠してあるのだ。徳田という男も、お気に入りの盗難を恐れたのだろう。
外部から泥棒が侵入したとしても、盗まれるのは展示してある品までで、保管庫に気づく可能性は低い。中程度の品でも手にできたら泥棒は利益確定をするためにそれ以上荒らさずに帰る可能性が高い」
「パステルピンクの脳細胞を持つ名探偵の推理では、犯人は通りすがりの泥棒などではなく内情を知る者で、呉須赤絵だけを狙って犯行に及んだということですか」
「そういうことだ。つまり、今回の事件は、単純な金銭目的ではなく、明確に、呉須赤絵の大皿を狙った周辺人物による犯行だよ」
■
僕も曾我警部も、言葉を忘れ、マホロをじっと見つめていた。その視線が恥ずかしくなったのか、マホロは頬を赤らめて、ぶっきら棒に言った。
「警部、その紙の続きを読みたまえ。容疑者とか、そういう類の話がまだのようだぞ。どうせこの事件にピッタリな怪しい周辺人物が事件発生現場の近くに登場するのだろう」
「ほう、そこまで警察が情報をつかんでいると、わかりますか」
「当たり前だ。警部、自分の手の中の紙の束を見たまえ。その厚さから見て、今までした話はせいぜい、半分くらいのものだろう」
曾我警部は、自分の手にしている紙の束を見つめて頷いた。
「なるほど。名探偵の前では、隠し事も出来ませんね」
「そういうことだ。早く読みたまえ」
曾我警部は、続きを読み始めた。
「ここで満を持して登場するのは、佐藤憲司という骨董商です。容疑者筆頭と言えますね。今回の呉須赤絵を徳田氏に売った男です。その佐藤氏が、ちょうどこの日の同時刻、正確には十一時半から一時過ぎまで、徳田邸の離れにおったのですよ」
マホロが首を傾げた。
「多田を呼んだのと同じ時間に、別の人間を呼んでいたのか。それも離れに、か」
「そうです。多田氏に遅れること十五分、軽自動車でやってきてますね。佐藤氏は多田氏の高級車から離れた場所に停めていますが、多田氏の運転手からはよく見える位置だということです。軽自動車がやってきた時刻も出ていった時刻も、この運転手の証言がありますね。ちなみに軽自動車は佐藤氏人だけ乗っていたとのことです」
「ふうむ。とってつけたような容疑者の御登場だな。共犯も見当たらない。それで、多田と徳田の取引に、その佐藤なる者も顔を出したのかね?」
「いえ、それが今回の事件の不思議なところでしてね」
曾我警部は、慎重に通信文の文字を指で確認しながら、言った。
「佐藤氏によると、徳田氏から日時を指定されて呼び出しを受けたが、会わないまま帰宅した、とのことですね」
「ふんっ」
マホロは不満げに言った。
「ふざけた男だな、その佐藤とやらは。呼びつけられておいて、会わずに帰るとは、お人好しなのか、アホバカタワケなのか」
曾我警部は、首を横に振った。
「どちらでもないようですね。同業者からの評判は、『姑息で抜け目のないやつ』、『拝金主義者』、『相手にしたくない小狡い業者』、などなどです」
マホロは実に楽しそうに笑った。
「散々だな。皆から揃ってそこまで言われるのも、なかなか難しいものだ。かく言う私も、知り合い全員に、お人よしのお莫迦さんと評されている男を知っているが、ね。なあ、御堂」
「何だよ。お莫迦って僕のことなのか」
「いや、そんなことを言った覚えはないぞ。ただ御堂なら、佐藤とやらの気持ちもわかるかと思っただけだ」
僕が腹を立てたと気づき、マホロは見る見ると機嫌が良くなっていた。
一方、曾我警部は、君の役割はそれでこそだ、とでも言いたそうに僕を見て穏やかに微笑んでいた。
どちらにも腹が立ってきた。
マホロはそんな僕の気持ちなど知らぬ風に、曾我警部に言った。
「それで警部、徳田氏は、その呼び出しについてなんと言っているのかね」
「それがこれも奇妙なもので、佐藤氏が一週間、日にちを間違えていると言っています。佐藤氏はそれに対して、この日が約束日に間違いないと主張しております。電話での呼び出しで、双方とも自分の主張する日時が書かれたメモしか持っていませんね」
「ふむ。いつ、呼び出されたのだ」
「ええと、事件の前日、ですね」
「前日、なのか」
少しだけ考えてから、マホロは言った。
「そもそも、徳田氏が佐藤を呼び出した理由はなんなのだ。今回の呉須赤絵の取引と関係があるのか」
「佐藤氏は、用件は直接話すと言われていた、と主張しておりますね。一方、徳田氏は、呉須赤絵の大皿を売るつもりなので、その代わりに佐藤氏から皿ではないもの、たとえば碗などの呉須赤絵を購入しようと思った、とのことです」
「その、評判の悪い業者を呼びつけて、わざわざか」
「なくなった大皿も佐藤から買ったのです。それが「いいもの」だったので、また買おうとしても、不思議ではないのではないですかね」
マホロは眉を、ぴくりと動かした。
「今の発言は、徳田の言葉かね、それとも警部、君の感想かね」
「あ、ああ、ええと、私の思ったことです」
「通信文に書かれている客観的捜査結果と、君の主観とを、ゴッチャにしないでくれないか」
「おお、これは、申し訳ない」
素直に謝る曾我警部を見て、僕は感心した。この短い付き合いの中で、マホロの処し方をすっかり心得ている。
ここで普通の大人のように「この小娘め」とで言いたげに謝りもせずにむっとしたなら、兵藤さんが颯爽と登場して摘み出されていただろう。
そこいらの筋肉自慢など兵藤さんの古武術の前では赤子のようなものだ。先月の『景徳鎮双子壷盗難事件』の折に目の前で見ていたからよく知っている。
それにしてもここまでマホロ対策を体現している曾我警部は只者ではないと思った。
一方、当のマホロは遠くを見て、何事かぶつぶつと呟いていたが、警部に向き直ると、こう切り出した。
「徳田の妻は、なぜ、佐藤の来訪を亭主に告げなかったのだ。それとも、告げたのに無視されたのか」
「それについては奥様の証言が、こう書いてあります。告げようとしたが、徳田氏が接客に夢中で伝えられなかったと言うことです。こういう時に口を挟むと激しく怒られるそうでして。
奥様は佐藤氏に申し訳なく思い、離れに通し、自分が食べるつもりだった寿司を佐藤に回したりした、とのことです」
「ふむ。妻は、亭主が寿司を食えば多田との話をすぐに終え、佐藤のところへ来ると思っていたようだな。で、どうなった」
「奥様の証言では、佐藤氏は寿司を食い終わると、腹を立てて帰っていったとのことです」
「ふむ。腹は立てていたが、寿司はちゃんと食っていったか。そこに佐藤という人物の性格が見えるな。面白いやつだな」
「そうですね。腹が立っても、取れるだけの元は取る。転んでも、つかんでいた砂の中に金目の物を探す。悪い意味で、見事な商売人、ですか」
マホロは何事かを考えてから、尋ねた。
「で、その見事な商売人が離れにいたというアリバイ、つまりそこから保管庫へ行って大皿を盗み出すことはなかったと、証言できる者はいるのかね? もしくは、物理的に保管庫に近づくことは不可能だったということが証明されているのかね」
曽我警部は楽しそうに笑みを浮かべた。
「核心を突いてきますね。その質問は、どちらも、NOです。奥様はご主人が矢継ぎ早に出す指示の対応にかかりっきりで、佐藤氏は誰の目も気にせずにいつでも離れから抜け出すことが可能と考えられます。警察側もそう考えていますな。離れを出るとすぐ保管庫へ歩いていけるようですしね。佐藤氏にアリバイはない。それに佐藤氏は前回の商取引もあったので保管庫の存在も位置も知っている。
ただし、保管庫には徳田氏しか開けることができないダイヤル式の錠がついています」
「佐藤が番号を知っていた可能性と、閉め忘れていた可能性、どちらが高い?」
曾我警部が感嘆した。
「さすがは名探偵、よく先を読みますね。警察では閉め忘れていた可能性が高いと考えています。直前に徳田氏は何度も、開け閉めをしていましたから」
「では、哀れな極悪商売人は、重要参考人というわけだ」
「ええ。お隣の県警では現在も、佐藤氏に対し、任意で取調べを継続し、監視もつけているようです」
「うむ。ここまでの情報で、佐藤という男には動機が二つ考えられる。その一、売った皿が惜しくなった。いや待て、この男に限って言えば、そんなことはないだろう。もうひとつの方だな。
その二、徳田と佐藤の間にトラブルがあった。おそらくは、金銭トラブル、だな。どうだね?」
「またまたさすがの御明察です。でもそれは、警察でもわかっていますよ。呉須赤絵と一緒に、徳田氏は佐藤氏から古伊万里の「くらわんか皿」を買っていたのです。
セット販売というのが条件だったようです。これが、どうやら真っ赤な偽物だったらしく佐藤氏を呼びつけて徳田氏が付き返したという話に続きます」
「呼び出されて佐藤が断ることもせずにやってきたのは、贋物を見破られていた負い目がある、と考えることもできるわけだな。どうせ徳田は佐藤に、買値以上で引き取らせようとしたのだろう」
「ますますの御明察、恐れ入りますね。市場値よりかなりお得な呉須赤絵の大皿に目を奪われ、セット品のほうには注意が散漫になったと、徳田氏本人が言っています。
結果、まんまと古伊万里の贋物を掴まされたというわけです」
「古伊万里が贋物だと見抜く眼力が徳田にはあったということか。ちなみに、どんな贋物だったのかはわかるかね」
曾我警部は、紙の束を漁るように捲った。
「ええと、どこかに書いてあったな。ああ、ここだ。佐藤氏の売り文句では古伊万里の「くらわんか皿」と言うことだったが、徳田氏によると、古伊万里ではなく、明治頃の美濃焼だということですね。値段が一桁違うようです」
マホロが僕の表情を見て、曾我警部の言葉に言い足した。
「そのきょとんとした顔からして、何を言っているのかわかってないようだから教えておくぞ。
くらわんか、という皿はだな、元禄文化文政期に、淀川沿いの枚方辺りで、食い物を売る船があって、そこで使っていた庶民の食器なのだ。伊万里だけでなく、美濃焼も、それ以外の産地のものもある。覚えておきたまえ、御堂」
僕は、素朴に尋ねた。
「古伊万里のくらわんか皿、だっけ、それはマホロも持っているのかい。あれば見せて欲しいな」
マホロはぷいと横を向いた。
「一枚もない。好みではないのでな。あのような稚拙な絵柄を欲しがる気持ちも、私には理解できんぞ」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、江戸期の古伊万里だと、絵柄が稚拙でも風情を読み取り、有難がる者もいるようだがな。それを写した明治期の美濃焼では、さらに有難がる者も減り、買い手は少ないから、結果として安いのだ」
そう言ってから、マホロは眉を顰めた。
「それにしても、古伊万里と明治期の美濃焼とは、色調も土質も違うのだ。これで騙されるとは、徳田の眼力とやらも怪しくなってきたな」
「いずれにせよ、佐藤氏という男はこういうセコイ商売をしていたようですね」
「格安の良い品で釣っておいて、セット販売の贋物でボロ儲けする、という手かね。確かに、セコイな。
ではお隣の警察は、この金銭トラブルが動機だと決めたのだな。偽の古伊万里を買い戻さねばならなくなった佐藤が、徳田へのしっぺ返しで、呉須赤絵を犯罪に手を染めてまで取り戻した、というところか」
「そうです。徳田氏はこの日に多田氏と取引をすることを佐藤氏に伝えてあったそうですから、一週間、呼び出し日を間違えた振りをした佐藤氏が、商談をしている隙に自分の売った大皿を保管庫から持ち帰った、そう考えています。
保管庫のあり場所を佐藤氏が知っていることは徳田氏から指摘され、佐藤氏自身も認めています」
マホロは、にやっと笑った。
「偶然、徳田氏が金庫を閉め忘れることも見越してかね? しかも、肝心の大皿がどこからも出て来ない、というところだな、お隣の悩みと言うのは」
曾我警部は大きく頷いた。
「まさに、そうです。しかも、佐藤氏がしぶとく、否認したままで口を割らないようです。ええと、私の推測を加えてよろしいですかな?」
「なんだね」
「佐藤氏は偶然閉め忘れた保管庫を開けたのではなく、前回の取引の時に徳田氏が保管庫を開ける様子を盗み見て、狡猾に、ダイヤルの数字を手に入れていたと思います。隙あらば中身を漁ってやろうと考えていた可能性もありますな」
僕が横から口を出した。
「佐藤が盗み見た数字で保管庫を開けて名品を盗んだとしても、その手の名品ってすぐに足がつくし、大騒ぎになったら一番に疑われるんじゃないですか?」
曽我警部が答えた。
「犯罪に絡んでも欲しいものを手に入れたいという好事家がいるんだよ。その手合いに売れば市場には出ず、当事者同士だけの秘密で売買が成立するんだ」
「そうなんですか。怖い世界ですね」
怯える僕をニヤニヤ見ながらマホロが続けた。
「佐藤が盗み取ってもすぐには大騒ぎにならない方法がある。わかるかね?」
僕には思いもつかなかった。盗んでも騒がれない? 無くなったと徳田氏が気づいても騒ぎにならない?
「ふふん。佐藤が呉須赤絵の大皿にそっくりな偽の大皿を用意すればいいのだ」
僕にもわかった。
「本物を盗んで、偽物を置いていくんだね」
「おお。御堂らしくない大正解だ」
マホロがいったん口を閉じてから、何やら思いついた風に笑みを浮かべ、急に僕を見た。こういうのが焦る。
「では名探偵助手の御堂、今回の事件についてはどう推理しているのかね?」
僕はさらに焦った。思いついていたことを馬鹿にされそうだとは思いながら伝えた。
「大皿が出てきたら一件落着なんだよね。だから、どこに隠したのか、これを推理すればいい。
普通に考えれば、盗んだ佐藤が寿司を食いながら隙を伺って保管庫から大皿を盗み出した。そして腹を立てたと言って奥さんの目が行き届いていないことをよいことに楽々と持ち帰って行った」
マホロが楽しそうに笑った。
「大皿を抱えた佐藤が軽自動車までこそこそ歩いていく姿を連想してしまった。すまないね」
僕はマホロを無視して続けた。
「こういう子悪党は、隠し倉庫を持っていますよ。誰にも知られない隠し場所をいくつも持っているものです」
マホロは楽しそうな顔で、曾我警部を見た。
「御堂はこう言っているぞ。どうなのだ?」
「まず、佐藤氏の所有する三つのアパートの部屋、二つの愛人用のマンション、事務所や倉庫などの関連場所、親族の不動産、商売仲間の立ち寄り先、すべて洗ったようですが、まだ出てきてはいませんね。まだ見つけていない隠し場所があるのかもしれません。
あと佐藤に有利な話ですが、怒って帰る際、奥様が申し訳ないと見送ったそうですが、車に大皿を持ち込むようなそぶりは見えなかったということです」
「じゃあ、帰る前にこっそりと大皿を車に積み込んだんじゃないですか。帰る時は奥さんの目もあるから、その前にいったん大皿を車に積み込んで、帰る時は手ぶらだったと」
曽我警部が残念そうに横から僕に言った。
「佐藤氏は初めに自動車を降りてから怒って帰る時まで、一度も自動車には来ていないんですよ。佐藤氏の車の周辺は多田氏の運転手がずっと目の前で見ていましたので間違いはないです。こんな感じで捜査は手詰まりなんです。多田氏の運転手と佐藤氏が共犯だった可能性も調べているようですが、両者につながりはなさそうですね」
「なるほど、そうなんだ。……でも、そうだ」
僕は思いついた。
「木は森に隠せ、って言うじゃないですか。保管庫から盗った振りをして、実はまだ、徳田さんの家にある。佐藤ははじめからそのつもりで、持ってきた空き箱に大皿を詰めて、徳田氏のほかの収蔵品に混ぜておく。だから大皿を車に運び入れる姿も目撃されていない。持ち出すところを奥さんとか運転手とかに見咎められる危険もない。
警察は徳田さんの持ち物まで調べないだろうから、佐藤の立ち回り先をいくら探しても何も出て来ない」
なんだか、言っているうちに、間違いないような自信がわいてきた。胸を張ってマホロを見た。
「マホロ、僕のこの推理は、どう?
徳田さんの家に行けば、大皿が隠されているのが見つかるんじゃないかな。
どう? どう?」
「どうどうどうと言われても困るのだ。なあ警部、警察はそれほどバカなのか」
嬉しそうな表情のマホロに聞かれて、曾我警部は僕を大げさに睨んで言った。
「いえいえ。警察はしっかりと徳田氏の所有物もすべてチェックしていますよ。離れの天井裏や床下も、しっかりとね」
僕はがっかりした。
「そうか。想像だけじゃダメか。これは厄介な事件だな」
僕が困ると、マホロは、ますます嬉しそうな顔になった。
「そうか、御堂。お前にはこの事件、厄介なのか。まあ、そうだろうな」
「なんだよ、その言い方。マホロは大皿の在り処がわかったとでも言うのかい」
マホロは大きく頷いた。
「もちろんだよ、御堂。謎は七割方、解けているじゃないか」
「え、そうなの?」
「そうだ、しかも、解決のヒントは、御堂、お前の言葉にあったのだぞ。君には逆転の発想ということが出来ないのかね?」
■
終業のベルが遠くで鳴っている。僕の午後の授業はすべて消滅したようだ。単位と共に。
呆けている僕を無視して、マホロは曾我警部に言った。
「まず、多田氏が呉須赤絵の代わりに徳田氏から買って帰った明代の古染付大皿を確保したまえ。呉須赤絵に比べれば染付は安い品だが、良い品には風情がある。多田氏はそれを徳田氏から格安で買えたはずだから多田氏には不満はないだろう。
その皿について多田氏に詳しく聞くことだ。特に、絵柄について、だな。それで事件は解決する」
曾我警部は、しばらく言葉を失っていたが、生唾を飲んでから、言った。
「多田氏が呉須赤絵の代わりに徳田氏から別の大皿を買った話、もう、してましたっけ?」
マホロは首を横に振った。
「いや、まだだ。これからするのだろう? その紙の束の終わりの方にでも書いてないのか」
曾我警部は、小刻みに頷いて、通信文の最後の紙をテーブルに置いた。
「ええ、ここに、書いてあります。見えましたか?」
「ここからその文字が読めると思うか?」
「思いませんよ。だから不思議で。どこから明代古染付大皿なんて具体的な名前が出てくるのかが」
「絵柄は童子遊び図、といったところか」
「うーん。そこまでわかりますか」
ひたすら感嘆している曾我警部に、僕は思わず尋ねた。
「多田氏が買った代わりの品って、マホロが言ってるとおりのものなんですか?」
曾我警部は、びっくりした顔のまま、うなずいた。
「そうなんだ。手品を見せられたような気分だ」
曽我警部は最後の紙を読み上げた。
「呉須赤絵のお皿を入手できなかった多田氏に徳田氏は『同じ趣向の染付ならあります。赤絵に比べて染付ですので価格は下がりますが良いものです。それにこれにも描かれている童子の遊んでいる絵柄、これがよろしかったのでしょう』と言って同じ明代の古染付の大皿を見せた。その絵柄を多田氏は大いに気に入り購入を決め、とっさに徳田氏が示してくれた好意に感謝していた、とのことですな」
曽我警部は通信文を束ねて直すと、マホロを見て満面の笑みを見せた。
「またしても恐れ入りました。心眼でしょうか?」
マホロは呆れた目をして、曾我警部に言った。
「何の不思議もない。今までの話を聞いていたのなら、そういう結論になる。それだけの話なのだよ。なあ、御堂?」
「え、ええ?」
またもいきなり振られて、僕は慌てた。話が見えていなかった。マホロは、意地悪な目になり、僕に言った。
「わからんやつだ。仕方ない、御堂のために、素晴らしいヒントをやろう。よく聞け」
僕は頷いて、耳に神経を集中し、マホロの言葉を待った。マホロは、得意気に、言った。
「まず、明代古染付大皿、これがイメージできているのかね?」
僕は、ぎこちなくうなずいた。
「明代って、中国の明の時代っていうことだよね? その時代に焼かれた、大きな皿ってこと、だよね?」
「そうだ。それから?」
「ええと、あとは古染付か。古は古いってことだから古い染付。染付っていうのは、陶磁器の表面に絵を描く技法の一種、だよね?」
「いちいち、不安げな顔で私を見るな」
マホロが、面倒臭そうに先を促した。仕方なしに、僕は知っている限りの知識を並べた。
「青い色の塗料で線画を描く技法で、今でもお茶碗とか、いろいろなところで使われている。僕もよく見る。ええと」
助けを求めてマホロを見た。マホロは楽しそうに笑っていた。可愛い顔をしているから余計に憎たらしい。
「御堂、まあ、それが君の限界だろう。許してやる。ちなみに、お前が今、青い塗料といったのは、酸化コバルトの染料のことで、これを呉須という」
「呉須? 呉須って、消えた大皿の?」
「あれは呉須赤絵だ。呉須、つまり染付をベースにして、赤の染料を加えたものだ」
「そうなんだ」
マホロが身を摺り寄せて、僕の顔を覗き込んだ。
「これでわかったな? 消えた呉須赤絵は、私と御堂が美味しくいただいた、「妖精の踊り」、なのだよ」
ますますわからなくなった。僕は、マホロの前のケーキ皿を見た。
「そこにあったケーキは、今は消えている。マホロが食べちゃったからだ。それと同じと言うことは、呉須赤絵の大皿が消えたのは、徳田氏が、細かく砕いて……ええと」
「アホバカタワケ」
マホロが心底あきれ果てた顔で僕を見て、わざとらしいため息を吐いた。
「その惚け顔はなんだ。特上のヒントを出したつもりの私までもがアホバカタワケに見えてくるではないか。まったく使えないやつだ、御堂は。脳みそがぐにょぐちょのウニで出来ているに違いない」
マホロが嬉しそうに怒り始めた。こういう時のマホロの怒りを鎮めるには曽我警部の使った手法のようにひたすら下手に出るしかないことは僕も学んでいる。
「マホロ様、お願いです。もうひとつだけ、ヒントを。きっと、お気に召す推理をいたしますから」
「うるさい! 発言、無期限停止!」
今回は対マホロ手法が効かなかった。
曾我警部が、助け舟を出そうと思ったのか、マホロに横から言葉をかけた。
「私にも、まだ事件が見えていません。そのケーキのヒント、もうひとつサービスしてくださいな」
マホロは不満顔のまま、僕と曾我警部の表情を値踏みするようにしていたが、やがて僕たちの困り顔に満足したのか、湧き上がってきた笑みを噛み殺しながら、言った。
「しかたがないな。これが最後だ。これでわからないやつとは、二度と口を利かんぞ」
マホロは曾我警部を見てから、もう一度、僕を見た。ゆっくりと言葉を切って、言った。
「この店のイチゴのショートケーキは、そもそも美味しいのだ。だがそれだけでは、「妖精の踊り」という名前はつかない。絶妙なココアパウダーと繊細な飴細工がともなってはじめて「妖精の踊り」なのだ。なければただのイチゴのショートケーキだよ。値段も段違いになるのさ」
その瞬間、曾我警部が立ち上がった。顔つきが変わっていた。
「またしても、名探偵に借りが出来てしまったようです。レディーに失礼とは思いますが、ここで退出させていただきます」
レディーという一言が評価されたらしく、その申し出を快く受け入れたマホロが、ドアを出て行こうとする曾我警部の背後に、一言、付け足した。
「徳田も佐藤とやらも、素直に事実を認めることはないと思うが、がんばりたまえ」
廊下に出ていた曾我警部が、顔だけ部屋に戻すと、マホロに目礼し、僕にウインクをした。
「ふんっ。さすがだな。警部にはヒントが通じだぞ、御堂」
自慢げに鼻を鳴らしたマホロの横で、僕はまだ、何が起こったのかわからず、呆然としているしかなかった。
■
秋月美術品収納棟二階マホロ専用応接間を追い出された僕は、すべての授業が終了した時間になっていたので、男子寮に戻るしかなかった。
追い出される前に、マホロとこういう会話があった。
「明日の午後三時、もう一度、ここに来たまえ」
「紅茶を淹れに、かい?」
「もちろんそれもあるが、その時までに、今日の謎を解くというのが宿題だ。曾我警部が、何に気づいたのか、お前にはまだわかってないのだろう?」
「ええ? 宿題になっちゃうのかい?」
「そうだ。キリキリ考えて来たまえ。無い知恵も、絞れば出るかもしれない。ウニの脳みそからもそれなりの出汁は出るかもしれないからな」
言いたい放題に言われても、僕に言い返すことは出来なかった。そのとおりだからだ。
男子寮の食堂は、土曜日の夕食と日曜日は休みになっている。寮生は外に食べに出るか、自炊するしかない。
僕は夕食を外で済ませ、早めにシャワーを浴びた。寝床の中でじっくりとマホロの宿題を解こうと思った。
しかし、思っただけで、気がついたら朝だった。
自分の不甲斐なさに愕然としながら、買い置きのパンを持って、食堂へ向かった。食堂には共有のオーブントースターがあるからだ。
寮の仲間はみんな、土曜日の午後から姿を消し、日曜の夕方まで帰ってこない。あまり外を出歩かない僕は、誰も居ない食堂で、静かな朝食を取るのが好きだった。
ところが、この日は、食堂から騒々しい音がしていた。
覗いてみると、普段、食堂を一人で切り盛りしている「お姉さん(ここ重要)」が、非番のはずなのに働いていた。
ちなみに、うっかり「オバサン」と声をかけてしまうと、一ヶ月は食事を作ってもらえなくなるので要注意だ。
「あれ、今日はどうされたんですか?」
お姉さんは、僕を見て、ニッカリと笑った。
「新しい食材でね、簡単にできるオムライスっていうのを業者からサンプルで貰ったのよ。ちょうどよかった、味見に協力して」
喜んで僕は引き受けた。
「冷ご飯にケチャップパウダーを混ぜ込んで、卵シートをかぶせて、チンすると出来上がりなんだって」
聞いた限りでは、あまり美味しそうではなかった。その危惧を伝えると、またお姉さんはニッカリと笑った。
「世の中、進歩してるのよ!」
進歩という言葉に、僕はマホロの話を思い出した。金繕いの漆の話を思い出しながら、僕はお姉さんに、前から知りたかったことをこの機会に尋ねてみた。
「先代の理事長って、どういう方だったんですか? 今のニコニコ顔の理事長しか知らないんですけど」
「あら、また急に、どうしてそんなことを知りたいの?」
好奇心にきらきらしてきたお姉さんの視線をよけるようにしながら、僕は言い訳した。
「裸一貫でこの学校を作った人って聞いたんですけど、収納棟の美術品の展示を見ていて、こんなすごい収蔵品をそろえたのはどういう人だったのかなって思ったんです。それだけなんですけど」
「ふーん。まあ、あそこの美術品見たら、わかると思うけど、お金持ちというだけでなく、すごぉぉい目利きだったっていう話ね」
お姉さんは、好奇心を湛えた眼で僕の表情を探りながら質問してきた。
「よく校内放送で名前呼ばれているわね。それも収蔵美術品関連?」
「そ、そうなんです。ちょっと詳しいので」
言葉の最後はもごもごと誤魔化した。
「呼び出しているのって副理事長さんだっけ? よく知らないけど、どんな方?」
「ええと」
マホロのことは口止めされているので別人の話をした。
「初老の紳士で、燕尾服が似合いそうな背筋の通った方です」
もちろんイメージは兵藤さんを借用した。
「へぇ。一度お目にかかりたいわね、初老の紳士。素敵じゃない」
「僕も、そう、親しいわけではないので、よくわからないというか」
またも最後はもごもごになった。
お姉さんはそういう僕のもごもごは一切気にならないらしく、先代理事長、秋月桜翁について知っていることを話してくれた。
マホロのお爺さんである秋月桜翁は、「平成の魯山人」と呼ばれた粋人で、美食家で、美術鑑定家で、自分で作陶もした芸術家だった。
元々は小さな古道具屋の一人息子だった彼は、戦後の高度経済成長期に美術品売買で巨万の富を得た。
眼力で真贋を見抜き、美術館にある偽物を引き摺り下ろし、市井で眠る真物を世に引きずり出した。
その強引な手法は多方面で敵を作ったが、同時に、乱れた古美術界に一本の筋を通したと評価する人もいる。
生まれ育った武蔵野の地を愛し、美術品と美食を愛でる社交クラブ「桜翁会」を主催し、各界の名士と親交を深めた。
晩年、一念発起し、すべての財産を費やし、学校法人を設立した。その時の心境の変化は、誰も予想しないもので、社会的にも大いに話題になり、親族内が莫大な遺産が学校法人所有になることで揉めに揉めたと伝わっている。
今、学校法人秋月では、幼稚園から大学院までの一貫教育を行い、文化財保護と学術文化の発展に貢献している。
僕は、核心となる質問をお姉さんにした。
「先代理事長のご親戚に当たる女の子が中等部におられるそうですけど、ご存知ですか?」
つまりは、マホロの情報を知りたかった。特に深い理由があったわけではない。
情報通として知られるお姉さんなら、マホロが教えてくれないことも知っているのではないか、と、単純に考えただけだった。
すると、思ってもみない不思議な答えが返ってきた。
「ああ、その話、あんたも聞いたんだ。先代理事長の孫娘さんがこの学校に居るっていう話」
「居るんですよね?」
「そういう話なんだけど……でもあれってね、それを示すものがないの。この学校の七不思議の一つなのよね。都市伝説みたいなもの」
「どういうことですか?」
「先代理事長の孫娘が居るっていう話は、私がここで働くようになったここ数年でもどこかから聞こえてくるの。学年でトップの成績だ、とか、統一模試で全国でも上位に名前が載っていた、とかね。でも誰も見たことがない。すべては噂だけ」
「噂、ですか。じゃあ、実在しないんですか?」
「しないんじゃないのかなあ。七不思議の三番目くらいだったわよ、確か」
「七不思議ですか。じゃあ孫娘のほかにもあと六つも不思議があるんですか、この学校」
「ええ、あるわよ。まず一つ目は……」
お姉さんは残りの六つを話し始めた。
驚いたことにその中に、「収納棟に現れる白い少女の幽霊」というのまであった。
マホロのことに間違いない。一人で七不思議のうち、二つも占めている。
「さあ、出来た」
話をしている間に、オムライスが出来上がっていた。見た目は、普通のオムライスだった。
「さあ、食べてみて」
お姉さんに、穴が開くくらいに見つめられながら、僕はオムライスを口にした。
「どう?」
「思いのほか美味しいです。さらにケチャップをかけたら、よく食べている市販のオムライスですね。粉を混ぜた即席だなんてわかりません」
「そう? 御堂君の舌がOKなら、これ、採用だね~。楽になるわ、オムライス。学生さんに喜ばれるし、こういうお子様向けメニュー」
お姉さんは、楽しそうに、材料を並べて見せてくれた。
「この袋が、ケチャップパウダー。この紙みたいのが卵シート」
僕は科学の進歩に驚き、自分の舌に不安を持った。
「面白いもんよね。ご飯に、赤い粉かけて、混ぜて、黄色い紙乗せると、オムライスなんだから」
お姉さんのその言葉を聞いた瞬間。
「それだ!」
「なに?」
急に僕が立ち上がったので、お姉さんはびっくりして僕を見た。僕は興奮を抑えて、言った。
「すいません。でも、今のお姉さんの言葉で、考えていたことが解決したんです!」
「そう? 何のことかわからないけどお役に立てたなら光栄よ」
「宿題です。白い少女の出した、宿題です。解けました!」
何のことかわからずぽかんとしているお姉さんに、僕は満面のニッカリ笑顔を見せた。
■
ビンテージ・ウバに茶葉を替えたティーポットを用意し、僕はマホロの言葉を待った。
ティーカップにミルクを注いだ。マホロによると、先にカップにミルクを注いでおくほうが、あとから注ぐよりも滑らかな舌触りになるからだそうだ。
砂時計をじっと睨んでいたマホロが、やっと口を開いた。
「御堂、その顔からするとどうやら、事件の真相がわかったようだな」
素直に頷いた。その態度が良かったのか、マホロの頬が緩んだ。
「聞かせてくれたまえ、君の推理を」
僕は、食堂で食べた即席オムライスの話をした。
「身体に悪そうな不気味なものを食べるのだな、寮生は」
「美味しかったよ」
「お前と一度、食事をしようかと思っていたが、やめた。気持ち悪い」
「ひどいな。食事、奢ってよ」
「ふんっ、そんなことより、推理を聞かせたまえ」
僕は食事の話は諦め、推理を披露した。
「まず、マホロの話の中で、金繕いっていう修繕方法が出てきた。あれで話が見えてきたんだ。今はいい接着剤が出ているって。漆じゃなくて、化学物質で修復して仕上げる手法」
「そうだ。昔と違い、今の接着剤は性能がいい。単に貼りつくというのではないぞ。漆のような質感を持ちながら貼りつくのだ。
その品の美しさが損なわれないのなら、伝統的な技法でなかったとしても、それを認めるべきだとは思っている。そこに目をつけるとはなかなかよい。さらに言えば」
僕は、マホロが何を言うつもりなのだろうか、じっとして、耳を済ませた。砂時計の、虹色の砂の落ちる音まで、聞こえてきそうな気がした。
「接着剤というものは、物と物とを貼り付ける。この片面が空気に触れて固まり、反対面だけがものに貼りつく接着剤の仲間、それを塗料という」
「なるほど。そういう見方も出来るね」
「物事は、いろいろな見方をしなければ、真の姿を現してはくれないのだよ。さて、砂が全部落ちた。御堂、働け」
作法通りに、僕はマホロのティーカップに、ビンテージ・ウバを注いだ。ミルクの香りを伴った茶葉の香気が、部屋に広がった。
マホロは、一口含み、ゆっくりと頷いた。
「ミルクティーは、ビンテージ・ウバが一番の好みだ」
マホロは笑った。いつも、こういう風に笑っていてくれたら天使なんだけど、と思ったが、同時に、絶対に口にしてはいけない、とわかってもいた。
「さてと、君の推理の続きを聞かせたまえ、御堂」
マホロはもう一口飲んでから、僕を見た。
「さっきのオムライスだけど、白いご飯が、ケチャップパウダーで赤くなる。卵シートでオムライスになる。同じように、青いだけの呉須の染付の絵に、赤い色がつけば呉須赤絵になるんじゃないかなって」
マホロは満足そうにうなずいた。
「呉須赤絵は、呉須染付に色を乗せたものとも見えるものだからな」
僕は記憶をまさぐった。
「青い線が下絵にもなるって言ってたよね。それを思い出したんだ」
マホロは楽しそうに僕の次の言葉を待った。
「逆に言えば、染付の青い線を下書きとして書かれている大皿に、あとから赤い色を重ねれば、呉須赤絵になるということだよね?」
消えた呉須赤絵の大皿。「妖精の踊り」。明代古染付大皿。ショートケーキ。
ショートケーキ+ココアパウダー+飴細工で、「妖精の踊り」。
染付+赤い色絵で、呉須赤絵。
「この事件って、こんな単純なことだったんだね」
「単純なものほど、わからない時もあるのだよ」
「でも、これって、詐欺、だよね」
マホロの表情が、また穏やかになった。
「うむ。まさしく、単純で、馬鹿げた、子供騙しな詐欺だ。だがこれが、最近の塗料の技術発展により、可能になっているのだよ。素人の目では、釉薬か塗料か見分けられないものまで出来る」
「じゃあ、徳田氏は」
「佐藤に騙されたのだ。二重の、詐欺だ」
マホロは、残りのミルクティーを飲み干すと、事件の概要を話し出した。
すべては、佐藤の卑劣な詐欺から始まった。徳田氏に、巧妙に赤く色付けされて呉須赤絵に見える明代古染付けの大皿を見せた。徳田氏は騙され、その大皿に魅せられ、呉須赤絵の大皿だと思い込んでしまった。土も砂の付きも高台も呉須の青い色も形も造りも本物なのだ。
マホロが言うのには、染付け自体は見事な芸術品だった上に、化学塗料の質もよく、イカサマの彩色をした職人の技術もそこそこ高かったのではないか、ということだった。
佐藤は徳田氏が大皿に食いついてきたのを見て、「くらわんか皿」の贋物も売りつけた。これが巧妙だった。
徳田氏はすぐに「くらわんか皿」の詐欺に気づいたものの、それは呉須赤絵を餌にした小銭稼ぎと考えてしまった。
すぐに贋物とわかる「くらわんか皿」詐欺が隠れ蓑となり、呉須赤絵まで贋物とは思いもしなかったのだ。
徳田氏は佐藤を責め、「くらわんか皿」の引取りを要求したはずだった。
一方、佐藤は喜んで代金を返し、「くらわんか皿」を持って帰った。本当の狙いは、贋物の呉須赤絵のほうにあったからだ。これでこの詐欺取引は完結したはずだった。高田氏がトリックに気づかない限り。
ところがここで、佐藤も思いつかなかった手違いが起きた。
多田氏が贋物の呉須赤絵に惚れてしまい、徳田氏がそれを多田氏へ売るという商談が成立したのだ。多田氏の粘りに負けた徳田氏は、佐藤という験(げん)も悪かったため、気に入ってはいたがその皿を売ることに決めた。
売ろうと決めると、徳田氏は多田氏に失礼があってはいけないと皿に隠された傷や欠けがないかと念入りに調べた。
そこで化学塗料に気づいたのではないか、と、マホロは言った。
事件のあった日の午前、夫人が作業所で見た徳田氏は、詐欺師に重ねられた赤い塗料のイカサマに気づき、それを慎重に剥ぎ取り、愕然としながら、怒りながら、呉須赤絵大皿を本来の明代古染付大皿に戻していたのだと。
ここで、苦境に立った徳田氏の前には大きな三つの課題が立ちはだかっていた。
まず一番目に、徳田氏は、騙されて贋物を掴まされたことで経済的な損失を受けた。
明代の古染付は、そこそこの高値で取引されるとはいうものの、同じレベルの呉須赤絵には遠く及ばないからだ。この差額の損害を補填どうするのかという課題が残った。
二番目として、その贋物を多田氏に売ると約束してしまったという重荷があった。
徳田氏の良心は美術品蒐集仲間に贋物を売ることを許さなかった。徳田氏の人としての正しさが生んだ課題と言えた。
しかし、あれは贋物でした、では済まされないコレクターの事情があった。その事情というものは、贋物を見破れずに買い、仲間に自慢をしていたということを隠したかった。自尊心の崩壊を防ぐために。これが三番目で、最強の課題だった。
マホロによると、徳田氏のようなコレクターは、自分が目利きだと、コレクター仲間から思われたいものらしい。
自宅に骨董品の修理作業場まで持つ徳田氏が、巧妙とはいえ、染付に化学塗料を塗ったという単純な贋物に騙されたとなれば、全国のコレクター仲間の物笑いになるのは間違いなかったのだ。
徳田氏は、佐藤を呼びつけて代金を取り戻したかっただろうが、それをしては自分の目が節穴だと知れ渡ってしまうのだ。
このジレンマが、今回の騒動の動機だろうと、マホロは言った。
詐欺だと言うに言えず、代金も取り立てられない悔しさと、約束した売買の責任感の中で、徳田氏は、窮余の一策を見つけた。
それが今回の盗難の狂言だと、マホロは言った。
この茶番には、マホロによると、三つの目的があるという。
一つ目は、盗まれたということにすれば、多田氏に贋物を売らずに済む。贋物と知りながら黙って売りつけて良心の呵責に悩むこともない。さらに化学塗料をはがした染付を適正な価格より安く売れば、多田氏も少しだけかもしれないが喜んでくれるはずだ。
二つ目は、同じ日に佐藤を呼びつけることで、盗難事件の容疑者にして困らせることが出来る。事実、佐藤の周辺は洗いざらい調べられている。佐藤の商売にとっては大打撃だろう。幾つかの詐欺は今後明らかにされ罪を問われる可能性が高い。徳田氏からすれば「ざまあみろ」だった。
そして三つ目は、自分が目利きでないことの隠蔽だった。酷い目に合わされても、佐藤は徳田氏を非難できない。自分の詐欺を暴くことにつながるからだ。これだけは最後まで隠し通さなくてはいけない。
こうして、徳田氏は盗難事件をでっち上げ、自分に降りかかっていた危機をことごとく回避したのだ。
実際、化学塗料を剥がして現れた明代古染付大皿にはそれなりの高い価値があるので、騒動に巻き込んでしまった謝罪も籠めて多田氏に格安で売ったことで多田氏は好みの絵柄を安く手に入れることができたことから徳田氏に感謝している。結果、徳田氏と多田氏の交流は今も良好に続いているという。徳田氏の目利きの称号に傷がつくこともなく。
最終的に、この世から、盗難されたはずの呉須赤絵大皿は永久に消えてしまった。
「目利きではなかったが、徳田氏は、なかなかの切れ者のようだね」
マホロが、人を褒めるのは珍しかった。
しかし次の瞬間、何を言いたかったのかがわかった。
おそらく、
「切れ者だが、私の頭ほどには、切れは良くなかったようだ」
と、言いたかったのだろう。
学校の七不思議のうちの二つを占める少女は、莞爾として笑った。
白銀色に輝く髪も、細められた赤い瞳も、とても綺麗だった。
■
曽我警部からの報告によると、結局、徳田氏も佐藤も、真実を語ることはなかったらしかった。そのため美術品の消失事件は迷宮入りとなった。
マホロの推理についても、徳田氏も佐藤も、ことごとく否定した。
そのため、解決とはいえなかったものの、マホロの推理の裏付けはすべて出来たと、マホロの携帯に届いた曾我警部からの感謝のメールに書かれてあった。
そのメールには、次の一文もあった。
「今回の事件について、またも名探偵のお世話になりました。つきましては後日、あの店の新作ケーキ、「シュバルツバルト」を持って参上したく思います」
マホロは、僕にこのメールを見せながら、心の底から嬉しそうに言った。
「今度のケーキは、何味、だろう。シュバルツバルト、だぞ。御堂、想像しろ!」
「ええと、シュバルツバルトって、ドイツかどこかの黒い森のことだよね。そこの名産品が乗っているケーキじゃないかな」
「名産品? 何だ、具体的に、言ってみろ」
「ええと、森だから、キノコ? キノコの王様といえばトリュフ! トリュフ味、とか」
「トリュフの産地といえばフランスだが。北イタリアでも、よしとしよう。まあ、ドイツでも取れないことはないが……」
マホロが嫌そうな顔をしたので、慌てて変えた。
「ええと、ドイツだから、そうだ、フランクフルトも乗っている、とか、かな」
マホロの眉間にしわが寄った。
「御堂、お前、本当に想像力がないな。味覚も致命的だ。脳みそがウニだ。即席オムライスでの味オンチ疑念が、フランクフルトショートケーキで確信に変わった。そんなものを口にすると想像しただけで、むかむかしてきたぞ」
「でも、ほかに思いつかなくて」
「御堂に聞いたのが間違いだった。まったく、使えないやつだ。瑕疵返品だ。デリカシーだけかと思っていたら、存在そのものが貧困だ! 御堂との食事計画はすべて白紙だ!」
僕に向かって喚き散らしたあと、マホロはぷいっと、背を向けた。プラチナブロンドの髪が巻き上がり、また、肩に流れた。
そして、か細い肩越しに、呟くような小さな声で言った。
「でも、御堂の淹れた紅茶は、とても美味しいぞ」
どうやら僕は、さらに腕に磨きをかけて、絶妙な紅茶を淹れなくてはいけないようだ。
「了」
ゴールデンウィークも近い、四月の土曜日の午後。
秋月文芸大学付属高等部指定の濃紺のブレザーを着た僕と、普段着だという割には高級そうなタンポポ色のワンピースを着た秋月真帆呂(マホロ)は、先月の『景徳鎮双子壷盗難事件』解決に対するお礼を言いたいという曾我警部を待っていた。
場所はもちろん、秋月文芸大学付属の秋月美術品収納棟二階にあるマホロ専用応接間だ。
マホロというのは秋月真帆呂のことだ。
「マホロという呼び方を許しているのは、お前の他には二人しかいないのだぞ。いいか、漢字ではなくカタカナだぞ。言葉で言ってもこの二つは私の耳には聞き分けられるからな。この呼び名が許されたということは、落涙して、感激して然るべき、とても名誉なことなのだ。ゆめゆめ心得を間違えるなよ」
マホロは事あるごとに、などと恩着せがましく言う。仕方なく脳裏にカタカナを思い描きながらマホロと呼ぶことにしている。たまに漢字を思い描きながら呼ぶとすぐに気づかれ訂正を求められるのだが、どういう耳をしているのだろう。
それに、僕から頼んでそう呼ばせていただいているわけでもないので、有り難いという実感はまったくない。
ただ、それを口に出すと延々と説教が始まり僻みだすので、僕は口を閉じ、素直にうなずくしかないのだ。
それでも僕はマホロの相手を続けている。理由は二つある。
第一の理由は、マホロは僕にとって恩人だからだ。
一月ほど前、『景徳鎮双子壷盗難事件』で警察から犯人扱いされた僕の身の潔白を、見事な知識と知恵で証明してくれたのがマホロだったのだ。
「これで私はお前の恩人だ。一生、恩に着ろ。着続けろ」
そう命令までされてしまった。まったく、なんという傲慢な恩人なんだろう。
それをきっかけに、僕はマホロに呼びつけられるようになり、一般の教師や生徒も近寄ることができないこの収納棟にやってきて、ドヤ顔に会いに行かざるを得なくなった。
きっかけはこんな感じだったけれど、それからマホロと接し、会話を重ねることで、僕はいつしかマホロの魅力に取りつかれていた。
それが第二の理由だ。
■
僕は秋月文芸大学付属高等部の二年に所属している、ごく普通の生徒だ。しかも無駄に真面目だ。学校は単位制なので必要単位が揃う最低限の授業を選択すれば午後は休みとか自分の時間が取れる。なのに僕は性格がそれを許さず、みっちりと枠を埋めている。つくづく損な性格だ。
今日も朝から授業を受けていたので、呼び出された今も制服を着ている。
父は絵に描いたようなサラリーマンで、母はパート兼業主婦、兄二人は平凡な大学生という、日本全国どこにでもありそうな家庭の末っ子だ。何の自慢も出来ない。
一方、マホロは、普通の少女ではない。
僕より三つ年下で、付属中等部の三年、と、ここまでは普通に聞こえるが、もう一つ肩書を持っている。
学校法人秋月の常務理事なのだ。
なんでもマホロは学校法人秋月設立者の縁者らしい。
しかもこの年齢で学校法人に対する経営権の一部まで持っているらしい。らしいというのは、本人がそう主張しているだけで根拠が不明だからだ。法人情報をどこかで閲覧してやろうと思っているのだがまだ果たせていない。
ただ、マホロが今も私服で居るのを見てわかるように、中等部の生徒ではあっても授業に出ている形跡はない。というか、本人の口から「一度も授業など受けておらん」と聞いている。義務教育なのに。羨ましい。
もちろんマホロの引きこもりには真っ当な理由がある。だから授業に出てこないマホロを誰も責めることはない。
僕がマホロに呼ばれる理由は、僕が思いつくところ、暇つぶしの話し相手が欲しいからである。しかもそのたびに僕は紅茶を淹れるなどの給仕を仰せつかることとなるという仕組みだと思う。やれやれである。
さらにマホロが僕を呼び出す方法が強引なのだ。校内放送で出頭を命じられるのだから。
「高等部二年B組御堂秋津(みどうあきつ)。本日午後一時までに収納棟副理事長室へ出頭すること。繰り返す……」
こんな感じの校内放送も、繰り返されているうちに恥ずかしさが薄れてきた。人間の適応力はすごい。
校内放送を聞いて級友は僕が学園に睨まれているのか、それとも重要人物なのか、測りかねている。マホロの存在は秘密にするように言われているので級友にも知られている僕のマニアックな美術品関連の話をして「小さなことだけど意見を聞かれたりするんだ」と半分嘘を言って誤魔化している。級友がこの話を信じているのかどうかは不明だ。
今日も、僕はこの収納棟に校内放送で呼び出され、マホロの好きな銘柄である紅茶、ヌワラエリアを淹れている。
白磁のティーポットを、樫のテーブルに置いた。もちろん冷めないように、断熱性の高いキルト地で、花柄の象をあしらったポットカバーで包んであった。
このあたりの要領は、マホロから厳しく教育されて、わずか一ヶ月足らずの間に身についてしまっていた。
マホロは砂時計をセットした。ちなみにこの砂時計は、砂がオパール色に目まぐるしく輝いているし、台は細かな細工が施された真鍮製というとても高価そうな西洋美術品だ。
すべて伝説的な職人の手によるらしいけれど、それにふさわしく摩訶不思議で、神秘的で、高貴な雰囲気を醸していた。
持ち主のマホロと同じように。
「時間がきたら、警部がいなくても私は飲むからな、御堂」
いつもながらの突き放したようなマホロの物言いだったが、目が笑っているのがわかった。機嫌がいい証拠だった。
「警部が遅れるのを楽しみにしているんだね」
「そんなことはないぞ。ただ、約束の時間を違えるような者は、冷めた紅茶で充分ということだ」
そこで僕は思わず、言ってはいけないことを言ってしまった。
「君はいつも待つ立場だから厳しいことが言えるんだよ。気がつかないかもしれないけど、やってくる方はそれなりに大変なんだよ。
こういう時に限って交通渋滞はあるし、出掛けようとすると狙ったように飛び込んでくる用事とかもあるし」
マホロは一瞬で、僕の目玉を抉り出すような毒々しい目つきなると、僕の目の底まで睨んで、淡々と言った。
「交通渋滞で遅れるのは、時間配分に対する配慮が欠乏しているからだ。急用で遅れるのは、その雑用を、私との約束より優先するからだ。違うか?」
確かにマホロの言葉には一理あると認めざるを得なかった。
「そういう者なら、冷めた紅茶でももったいないくらいだ。出涸らしでもいい。違うか?」
「うーん。違わないかもしれないような気もする」
「それともなにかね、御堂も、急用とやらがあれば、私との約束より優先するのか?」
反射的に首を横に振った。
「僕はそんなことはしないつもりだ。今日も時間通りに来たじゃないか」
引っかかったなとでも言いたげな邪悪な笑みを一瞬浮かべたマホロだったが、すぐにまた無表情に戻ると続けた。
「では御堂の発言の主旨は、警部が遅れることを擁護する点にあるのではなく、私がいつも待つ立場にいるということへの厭味、と理解していいのだな」
いつも痛いところを突いてくる。面倒くさいことこの上ない。
「ち、違うよ……厭味じゃなくて」
僕は否定しようとしたけど、マホロはそれを制した。顔から一切の表情を消したまま、淡々と続けた。
「いいか、御堂。私は、この世に生を受けて此の方十数年、好きでいつもここにいるわけではないのだぞ。私だって、お外へ出たい。まったくもって出たいのだ。でも、ここにいるしか、ない。わかっているはずだが?」
そう言うと、マホロは視線をテーブルに落とした。今度は、憂いに満ちた迷子の子猫のような表情になった。
マホロの艶やかなプラチナブロンドの髪が、流れる水のように、フランス人形を連想させる端正な横顔を隠した。
普段は屈託のないマホロ。でも現実にはまだ難病指定さえもされていない特殊な遺伝子異常に冒されていた。
偉い大病院の医者が大勢集まって下した診断名は「遺伝性タンパク質結晶化症(仮)」。
末尾に(仮)がついているのを見ればお察しだが、世界中どこにも症例が無く、治療法どころか対処療法もない。
主な症状は身体を構成するたんぱく質が徐々に結晶化して機能を停止していくらしいけれど、言葉だけで具体的には何もわかっていない。
僕にわかるのは、マホロの全身の色素が減ってきていることくらいだった。これは症状の一つで、色素を製造する当たりのタンパク質が結晶化しているからだ。体内の各部位ではもっと複雑な症状が進んでいるらしい。
マホロは病名以外何も教えてくれない。「御堂は気にするな。私はこの通り、元気だ」としか答えてくれない。そして満面の笑みで僕を逆に元気づけてくれる。
今は色素が減少していくせいで、直接太陽の光に当たると全身が火ぶくれになり死亡する危険があるようだ。
ガラス越しの日光でもダメージが大きいため、紫外線完全遮断ガラスが幾重にも嵌った窓の奥、紫外線ゼロのクリーンルーム用LED照明に照らされた空間、つまりこの建物の中に引きこもっているのだ。引きこもるしかないのだ。
学校には席だけあって通学していないのは、それが主な理由だった。
義務教育については、たまにここに事情を聞かされている一部の教師が出向くこともあるらしいが、ほとんどは自習だと聞いた。
僕にはマホロの生きる大変さは想像しかできない。マホロのこれからの人生を考えると無性に切なくなる。
でも、肩代わりしてあげることはできない。申し訳ないけどそれが現実なのだ。
だから、どんな相手でも遠慮もなしに呼びつけるマホロだけど、それについてはこういうわけで、マホロを責める気にはなれない。
マホロの住処となっている秋月美術収納棟特別居住区画はシェルターであると同時に檻でもあるのだ。
僕は何とかしてマホロの誤解を解こうと言葉を捜した。
「いや、厭味とかじゃないよ。僕は素直に驚いているんだ。ここにいるだけで、君は事件を解決しちゃうじゃないか。だから、警部だって今日はお礼を言いたいってやってくるわけで……僕は、その、マホロに厭味とかいうつもりは……」
マホロは僕に向けて、片手をあげた。そしてハエを追い払うような仕草をしてから、僕を睨みつけた。
いつもの不遜な表情に戻って僕に言った。
「つまらんぞ、御堂」
ため息をひとつついてから、マホロは続けた。
「もう少し気の利いたリアクションは出来ないのか?」
「え、気が利いた? どんなリアクション?」
マホロは魂の疲れを感じさせるようなさらに深いため息をついた。
「いいか、私はもう、脳内で、七種類ものお前の採る可能性のあるリアクションを想定していたのだ。七種類も、だぞ。
それなのに、御堂、お前は、そのどれよりも劣ったリアクションを選択した。まったくダメなやつだ、使えないやつだ、瑕疵返却品だ」
あまりの悪口雑言に、僕も少々腹が立ってきたので反発した。
「じゃあ、どんなリアクションがベストだったんだい。教えてくれよ」
すると、マホロは急に押し黙り、なんだか小さく丸まった。
もともと平均的中学三年生よりかなり小さいので、丸まると本当に猫くらいの大きさに見えた。銀色の毛並みが美しいシャムネコだ。もちろん、錯覚なのだけど。
「ねえ、どうしたんだよ、マホロ? ベストの回答を教えてくれよ」
いつも横柄で物怖じしないマホロが、珍しく、もごもごと消え入りそうな声で答えた。
「それを、私の口から言わせようなどと、……お前は意地悪だな」
「え?」
急にマホロはなぜか赤くなっていた顔を上げると、今度は僕に怒鳴った。
「時間だ。砂時計を見ろ。全部下に落ちているぞ。さっさと紅茶をマイカップに淹れるのだ!」
「マホロ、大丈夫かい。なんか、顔が……」
「うるさい、うるさい、うるさい。さっさと紅茶を淹れろ。冷めるではないか。カップも申し分なく温まっているのだろうな?」
急き立てられながら僕が紅茶を淹れていると、部屋に設置されているマホロ専用インターフォンが鳴った。
階下の管理室で収納棟全体を管理している兵藤さんからだ。兵藤さんは学生間でセバスチャンというあだ名がつくくらいに執事みたいな感じをしている。
昔の小説に出てくるような一徹でお嬢様一筋の信念が揺らがない初老の男性だ。背筋は真っすぐ、口も一文字に真っすぐ。
でもそんな堅物の兵藤さんは、時折、僕の帰り際に囁いてくる。
「今日もお嬢様にお会いいただきありがとうございました」と。
とても幸せそうな、それでいて切なそうな複雑な表情で。
そんな兵藤さんが今は、堅物執事の声質で畏まって報告した。
「お嬢様、曾我警部様がお見えです。お一人です」
兵藤さんの渋い声に、マホロはいつものふてぶてしい口調でうなずいた。
「ふむ。通せ」
マホロは僕を見て尋ねた。
「警部は一人で来た。この意味は分かるな?」
「ええと、わかりません」
「素直すぎて突っ込めんな。いいかね、事件の場合、書道以外ではだいたいが二人一組だ。違う立場の者が違う視線で補完しあう、またはお互いの間違いをチェックし、あれば糺しあう。慎重であり、機能的なのだよ。だが今日は一人で来た。つまり事件対応外の行動、ということだね」
僕が感心していると、扉の外の廊下を靴がフロアを叩く音が近づいてきてドアの外まで来て止まった。ノックが聞こえた。
「開いているぞ、警部。さっさと入るがいい」
マホロの返事よりも早く、日によく焼けた陽気な顔が現れた。
「やあ、少々、遅れましたかな。隣県の知り合いから急用が飛び込んできましてね」
曾我警部が、颯爽という形容詞を付けざるを得ない所作で登場した。四十を過ぎている割には、軽快な動きをしていた。長身で、筋肉も程よくついているのがよくわかる。
すぐに仏頂面のマホロに気づいて、笑った。
「ははあ、君たち、また、喧嘩をしていたね。喧嘩するほど仲がいい、なんて言うけどね。着く早々、ご馳走様だね、これは。あっはっは」
勝手に知った風にそう言い放ち、こちらの反応などまったく無視して一人で大笑いをした。
つまり、いつもの曾我警部だった。
曾我警部本人がこんな軽い性格の上に、マホロは相手が誰でもタメ口なので、僕もつい釣られて、曾我警部には友達のような口調で会話をしてしまう。はじめは、気がつくたびに謝っていた。曾我警部は気にしなくていいというものの、末っ子として躾られた僕にとっては、反省しきり、なのだ。
「ちょうど紅茶が入ったところです」
「やはり今日も紅茶、だったね。そう思って今日は、これを買ってきたんだ」
曾我警部は、隠すように持っていた箱を、恭しくマホロの前に差し出した。
スミレの小柄が舞い飛ぶように描かれた包装紙と金縁濃紺のリボンのセットは、僕でも知っている有名洋菓子店のものだった。
「秋月真帆呂様、事件解決の御協力に対する御礼の意を込めまして、税金ではなく私個人の財布で、手土産にケーキを持参しました。何とかいう有名なオペラの曲名からつけられたその名も、「精霊の踊り」という限定の一品ですよ」
「うむ。「精霊の踊り」か。ウィーンの宮廷作曲家、クリストフ・グルックのオペラの題名だったな」
ケーキの箱のリボンを見つめるマホロの目が輝くのがわかった。
曾我警部は賢くも、マホロ対応マニュアルを着々と完成させて実行している。見習わないといけない処世術だ。
「うむ。これに免じて、遅れた無礼は忘れよう。それより早く、その箱を開けたまえ。「精霊の踊り」とやらを拝もうではないか」
僕がケーキ用の小皿とフォークをセットし、曾我警部がケーキの箱にかかったリボンを慎重な手つきでほどいていった。
それを眩しいくらいに煌く目で、マホロが見つめていた。
■
「ベースはイチゴのショートケーキだが、ココアを主成分としたパウダーが包み込み、この技ありのレースのごとき飴細工を纏うことで、妖精の名に相応しい見事な出来上がりになっている。
ふむ、このブルーベリーはラム酒漬けだな。この味付けが、踊り、なのだな、きっと」
ぶつぶつと講釈を垂れながら、マホロはケーキにしゃぶりついていた。
その表情を見ると、曾我警部の上品なチョイスと、事件に対する丁寧なお礼の言葉が功を奏して、斜めだったマホロの機嫌は、完璧に治ったようだった。
マホロは吸い込むような勢いで一気に食べ終えると、ナプキンでそっと唇についたクリームを優雅な所作で拭き取り、紅茶を口にした。
それからいきなり、切り出した。
「さて、先ほどの話だが」
まだケーキを食べかけの僕も曾我警部も、何のことかわからなかった。
そのきょとんとした顔がお気に召さなかったらしく、マホロはまた不機嫌な表情になり眉を寄せると、口調を強めて続けた。
「曾我警部、なんだ、そのいつもよりさらに素っ頓狂な顔は。さっき、口にしただろう。君の隣県の知り合いからきたとかいう話のことだ」
「あ、ああ。出掛けに飛び込んできた話ですか。良く覚えてましたね」
「君に遅刻という非紳士的行為を強いた急用という事件のことだ、忘れるものか。それで、隣県という表現を使ったのは、隣の県警という意味に聞こえたのだ。何か、事件が起こったのだろう?」
曾我警部は少々大げさに、「驚いた」というジェスチャーをし、言った。
「よくわかりましたね、さすがです」
「私は常に、さすが、なのだよ。それより、普段は交流もろくにしない隣の県警から、わざわざ君に連絡を寄越してきたのだ、難事件が発生、だな?」
「そこまでわかりますか」
「電話がなぜ、君宛てにかかってきたのか考えれば推測は出来る。先日の事件解決で、君の名前と武勇伝は関係各所に流れたはずだ。似たような事件で困っている同業者がいれば、ダメ元でも電話をしてくるだろう。普通ならば付き合いが少ないはずの管轄外からでも、な」
曾我警部が唸った。
「すべてはお見通し、ということですか」
マホロはささやかな胸を張り、ふふんと鼻を鳴らした。
「驚くほどのことではない、普通に考えれば思いつくことだ。なあ、御堂、そんなぽかんとアホバカタワケ面をするほどのことではないのだよ」
僕はあわてて、顔を引き締めた。油断しているとすぐこっちに振ってくる。
マホロは曾我警部に小さい身を乗り出した。
「それで、どのような事件なのだ。お隣さんが、見栄も外聞も捨てて君にすがるほど悩んでいる事件なのだからな」
「頼れる男はつらいですな」
「まあ、君に解決できる問題とも思えないのだが」
さすがの曾我警部も余分な一言にはカチンと来たらしく、意固地な口調で言った。
「さあて。困りましたなあ。捜査情報は漏洩できないのです」
曾我警部の目を、さらに身を乗り出したマホロが、隠しきれない好奇心を溢れさせた目で見つめながら、言った。
「ふん、拗ねるな。事件解決につながるのだぞ。また君に手柄という勲章が増えるわけだ。何を躊躇うことがある」
二人はしばらく視線をぶつけ合っていた。大人と子供のにらめっこのようにも見えたが、子供の方が迫力のあるにらめっこというものを、僕は始めて見た。
視神経を貫いて脳みそまで捻り込んでくるような赤い瞳に、曾我警部は根負けしたというように笑みを浮かべて見せた。
「わかりましたよ。事件解決のためになるのでしょう、概略をお話しましょう。実は、私の年収よりも高価な骨董品が、忽然と消滅したのですよ」
曾我警部の話によると、地方都市の資産家で骨董好きとして有名な初老の男性の所有していた呉須赤絵の大皿が、来客との会話中という短時間の内に、跡形もなく消えうせたというのだ。
そこまで聞くと、マホロはいきなり言い放った。
「物質を跡形もなく消滅させることなど、素人には無理だよ、君」
僕は思わず呟いた。
「素人どころか玄人にも無理だと思うけどな。物質消滅の玄人がいるのかどうかはわからないけど」
マホロが、ジト目で僕を睨みつけた。僕は殺気を感じ、口をつぐんだ。
マホロは僕たちを交互に舐めるように見てから、言った。
「いいかね、御堂、曾我警部。消滅というものには、種類があるのだ」
僕も曾我警部も、同時に笑いの混じった声を上げた。
「種類があるんですか?」
「へえ、種類なんてあるんだ」
マホロは華奢で滑らかな白い顎をくいっと上げて、僕たちを哀れむ目つきで見下ろしながら話し始めた。
「当然だ。いいか、よく聞け」
年齢に比べて可愛い人差し指を立てた。
「その一、破棄されること、だ。故意によるものか、過失によるものか、どちらにしろ、破壊されて目につかない場所へ捨てられるということだな」
次に中指を加えて立てて、二本にした。
「その二、忘却されること。仕舞った場所を忘れる、人にあげたことを忘れる、もっとひどいのはその存在自体を忘れる。無さそうで、よくあることなのだ」
本当にそういう事例は多いのだと、曾我警部が僕に解説しながら大きくうなずいた。
その反応に満足気な笑みを浮かべると、マホロは親指も加え、三本立てた。
「その三、盗難に合うこと。つまり盗まれて隠されたって言うことだ。まだまだあるが、今回に関係しそうなこれだけでも三つに分類されるではないか」
曾我警部が言葉を受けた。
「おっしゃるとおりですね。私が言ったのは、今の種類分けで言うと、三番目ですね。もっとも、私個人の意見では、今言われた中では一番目を疑っていますけどね」
「一番目は、何者かに捨てられてしまったって言うことですか」
僕は驚いた。てっきり、盗難事件だと思っていたからだ。
「個人的には、消えてしまってどこからも出てこないということは、ゴミとして処理されたと考えている。詳細はあとで話すけどね」
マホロは曾我警部の言葉にうなずいてから、僕を見た。
「御堂は今の警部の話、どう聞いた?」
急に話を振られて、僕はしどろもどろになりながら、思っていたことを伝えた。
「どれもありそうなことだと思う。でも、一番目の破棄されたのだとしたら、美術品を壊す動機があるはずだよね。子供の悪戯じゃないんだから、そんな高価な物、壊せって言ったって、なかなか壊せないよ。僕だったら手が震えるな」
曽我警部が僕に言った。
「では、二番目はどうだい?」
悪戯っぽい曽我警部の視線にいささか腹を立てながら僕は答えた。
「二番目の忘れているのだとしたら、徳田という人に問題があるってことですし、わざわざ警察が出るまでもないと思いますけど。警察よりお医者さんの出番ですよ。だからきっと、消去法ですけど、三番目の、盗難で」
マホロが、ソファーの上で小さな身体をぽふぽふ弾ませながら、口元だけで笑って言った。
「御堂、君の単純さが羨ましい」
「なんだよ、それ」
「いいか。まだ、事件の概略しか聞いていないが、警察の捜査が入って、行き詰っているのだ。君の言うように盗難だとしても単純ではない。御堂の意見は承ったから、結論を出すのはもう少し詳しい話を聞いてからだ」
曾我警部はマホロに、発言を促すように、言った。
「では、秋月名探偵の灰色の脳細胞に助けを求めましょうか」
マホロは不満そうに口を尖らせて、言った。
「乙女に向かって、灰色とはなんだ。私の脳細胞だぞ、もっと、可愛い色だ。たとえば、パステルピンクとか、そういった類の、何かそういう……なあ、御堂、わかるだろ?」
「え? 頭の中がピンク色ってこと?」
僕の返事がお気に召さなかったらしく、マホロは眉間に皺を寄せると、足をばたばたさせて怒った。
「もういい。御堂、発言禁止だ」
「ええー、そんなぁ」
僕を無視し、マホロは曾我警部に向き直った。
「第一印象では、御堂と同じく、三番目の盗難の説が高いように思える。しかし、先入観は推理の障害になる。それに御堂と同じというのも不正解の確率が高い」
「なんだよ、それ」
「そこ、発言禁止!」
マホロに睨まれて、僕は口を閉じた。今の剣幕では、次に何かを口にしようものなら、ここから追い出されるに違いない。
マホロは曾我警部に向き直ると、言った。
「まずは、情報提供をしてもらおう。そうだな、何が捜査を混乱させているのだ。そこから話してくれたまえ」
「そうですか。では、私が知りうる限りの情報を提供します」
曾我警部は、背広の内ポケットから、二つ折りにされた紙の束を取り出した。
「実はこれが、ここに来る前に私宛に届いた通信文ですよ。これを読み上げてみましょう」
■
曾我警部は咳払いをしてから、紙に目を走らせながら読み始めた。
「今回の被害者、徳田康之氏の話からいきましょう。徳田氏は代々の資産家で、今も大地主です。マンションの家賃や駐車場の賃料で、悠々と暮らしています。五十二歳。既婚。
事件当日、いつものように朝七時に目覚め、妻と朝食をとる。八時半より十一時まで、コレクション展示室および併設の作業場で時間を潰しておりました。十一時少し前に、約束をしていた来客があり、応接間で商談」
「待て」
マホロが口を挟んだ。
「その、作業場とは、なんだ」
曾我警部は通信文の紙束をめくり該当部分を探しながら答えた。
「ええと、徳田氏は収集した骨董品の手入れや掃除を、専用の器具を使ってやっていたらしいですな。その作業をする建物を母屋に増設していたようですな。それが作業場、です。
内部の設備は本格的なもので、金何とか言う補修もしていたようです」
「金繕い、だよ。欠けたり割れたりした焼き物を漆で接着するという補修方法だ」
「漆なのに、金、ですか」
「仕上げで漆に金粉をまぶすから、見た目は金で補修したようにも見える。だから金繕い、だ。昔は『金繕いがある方が風情がある』とほざいて無傷の焼き物をわざと割り、割れた目を金繕いでつなぎ合わせるという本末転倒な楽しみ方をした者もいた。焼き上げた職人の苦労などどうでもよく自分の価値観至上主義だ。自分で焼いて自分で割る者は、まあ勝手にしろ、だが」
複雑な美術品の世界の話をただ呆れて聞いていた。
「なんだ、そのだらしない顔は。……ああ、元々か」
マホロは言わなくてもいい雑言を吐いてから元の話に戻った。
「もっとも今時は、高額な上に何日も工程のかかることから、漆を使う「本繕い」は敬遠されている。代わりに合成接着剤を用いる手法が増えてきた。漆は仕上げ用に少々使うだけというわけだ。安上がりだ」
そこまで一気にしゃべってから、満足したようにマホロは一人勝手にうなずくと、先を促した。曾我警部は再び口を開き、続けた。
「修復をご自身でするほどに徳田氏は、骨董が好きだったようですね。悪いところがあれば自らの手で綺麗に修繕していたということです」
「手直しで欠点を巧妙に修理することは、高く売りつけるのにも有効だからな」
マホロの意地の悪い発言に、曾我警部は肩をすくめた。
曾我警部は、僕たちのそんなやり取りを楽しむように、含み笑いをしたまま話を続けた。
「さてと、事件当日、十一時から徳田氏が会う約束をしていたのは、二十年以上前から親交のある骨董仲間で、多田幸助という者です。こちらはガソリンスタンドをいくつか経営している地元でも有名な実業家です」
「ふむ。地方によくある資産家同士の美術品同好会だな。中央の学者が驚くような掘り出し物が時折出てくるな」
僕は引きこもっているはずのマホロがどこでこの情報を身に着けたのか興味がわいてきた。僕と会っていない時間はずっとネットで情報収集しているのだろうか。そんな僕の思いをよそに、マホロは華奢な上半身を乗り出して曽我警部に質問責めしていた。
「二人の十一時までの行動は、客観的に証明されているのかね」
「徳田氏の方は、奥様が姿を屋敷内で何度か見ております。主に作業場周辺をうろついている姿ですな。その時点までは、そばには、今回消滅した呉須赤絵の大皿も確かにあったということです」
「作業場周辺で徳田氏が何をしていたのかは、わかっているのかね」
「そこまでは。ただ奥様も、大皿を来客前に清掃していたのだろうと思っていたそうです。その後、余った時間で他の骨董品の手入れでもしているのだろう、と。夫婦にとっては日常の光景だったようですな」
「ふむ。多田氏とやらは、どうだ」
「多田氏の方は、会社で一仕事を済ませてから直接、徳田邸へやってきていますので、この日に怪しい動きをするような時間はありませんね。
社内での目撃者もたくさんおりますし、会社を出た十時ごろから徳田邸まで車で送ってきた多田氏の部下が張り付いておりまして、特別な行動をしている時間はなかったと証言していますね」
「うむ。ひとまず信用しておこう。ところで、徳田の妻は、骨董の方は詳しいのかね」
「さっぱり、だそうです」
「夫婦仲の近所での評判は、どうなっている」
曾我警部はFAXの紙を捲りながら、該当箇所を探して、答えた。
「骨董道楽だが人の良い旦那と、おっとりとしているが家事はきっちりこなす女房、というところですね。夫婦仲は良いようですな。
マンション経営も、はじめのうちは業者に騙されたりして大変だったようですが、今は平穏無事で、町内会の副会長としても活動されており、悪い噂はないようです」
「なるほど。で、多田氏の方の評判は、どうなのかね」
「ええと、どうだったかな。ああ、ここに書いてあった。多田氏本人に対する周辺の印象は、いたって普通でまじめな経営者、ということのようです。二人とも反社会的な勢力との関係はないとのことです。
脱税どころか、滞納もないですし、交通違反も多田氏側に駐車違反が一回あるだけですな」
「よき市民、かね。ふむ。続けたまえ」
「多田氏はこの日、徳田氏から呉須赤絵の大皿、つまり今回消えてしまった皿ですな、それを買い入れようと、現物を見に来ていたのです。
以前、徳田氏に見せられたこの大皿に惚れ込んでしまい、粘り強く交渉していたようです。何でも、大勢の子供の活き活きと遊んでいる姿が良いと」
「徳田氏が根負けした、ということか」
「そうです。最後は円満に交渉がまとまり、この日、会社の経理作業もそこそこにして、車でやってきたわけですね。車については到着後、出ていくまでずっと、徳岡邸の横にある駐車用の空き地に止めていました。運転手は車の中で待っていたようです。動画サイトを楽しんでいたようで、接続記録も裏が取れていますね。近所の住人から得られたこの車の目撃証言からも運転手が中にずっといたことは間違いないようです」
「それで皿が消えたというのは、多田氏が見る前かね、あとかね」
「前ですな。十時五十分、徳田家に到着した多田氏は、すぐには皿を確認しには行かず、徳田氏と歓談し、コレクション展示室を見学していたようです」
「すぐに見ないとは、回りくどい性格なのかね」
「がっつかないという、日本人特有の慎み、だと思いますよ」
曽我警部の言葉の裏に、「君がケーキをがっついたようには大人はしないのさ」と言っているのかなと、僕は心の中で思った。ところが何かを感じたのか、僕の心が読めるのか、マホロは僕を横目で睨んで僕を震え上がらせた。
「ふん。それから」
「そして十二時を回ったので、応接間に戻り、寿司を取っていますね」
「寿司は手作りかね。店屋物かね」
「それも重要なんですか?」
「重要だ」
曽我警部が紙の束をめくって該当箇所を探した。
「ええと、これか、近くの楠寿司という常連店からの配達です。この土地で二十年続けている老舗の寿司屋です。前の日に多田氏本人から予約されていたものだそうですね。
十一時半に徳田氏の奥様が玄関で受け取っております。特上です。寿司屋からも奥様からも、裏が取れていますね。この寿司屋からも多田氏の運転手が車の中にいたことが確認されています」
「特上はウニがあるから、嫌いだ。あれは人間の食べるものではない」
「そうですか。美味しいのに」
「美味しい? あれは苦いぞ」
場の雰囲気がゆらりと動いた気がした。
「ん? なんだ、警部、その、お子様を哀れむような目つきは」
「さてと、続きがありますね」
図星だったのか、曾我警部は咳払いをして話を戻し、巧みに追求を避けた。対マホロスキルがさらに上がっているようだ。
「食事のあと、午後一時頃ということですが、いよいよ呉須赤絵を多田氏に見せるという段になって、それが消えていることがわかったようです。
展示室の奥にある保管庫に、桐の箱に入れられて仕舞われていたのですが、多田氏を連れて行って保管庫を空けると、この皿だけが消えていた」
「徳田氏も驚き悲しんだだろうが、多田氏も落ち込んだのだろうな」
マホロの言葉に曽我警部はうなずいた。
「お気に入りの絵柄だったそうで落ち込まれていたのですが、ここで一つだけ、良いことが起きました」
「ほう。なんだね?」
「徳田氏が同時代の別の絵皿を持っていたんですよ。それも同じように童子が遊ぶ多田氏お気に入りの絵柄です」
「すごい偶然なのか、徳田氏の収集している絵柄の趣味が多田氏の趣味と合致していたのか、それともそういう絵柄が流行った明代の皿を好んでいたのか」
「それについては警察側も美術史の学者さんに問い合わせていますね。学者さんによると童子の絵柄の流行した時代と場所があったようです。その年代の骨董を徳田氏は幾つも持っていたので、せめて絵柄だけでも似たものを、と、多田氏にお安く売ったようです」
「お安く?」
曽我警部が通信文に目を通しながら答えた。
「絵付けの手法が赤絵ではなく一般的な染付だったようですね。それでだいぶんお安かったということのようです」
身を乗り出していたマホロは椅子に深く座り直した。
「絵柄の流行は確かにある。評判になった絵柄は周囲の窯元も真似る。童子の絵は縁起物だからな、流行った時期もあっただろうけど、さすがの私も即答できないな。牡丹や菊や鳥の絵柄はたくさんあるんだが」
マホロは静かに目を閉じた。
「あのう」
僕は、恐る恐る、手を上げた。マホロが鬱陶しげに目を開けた。
「なんだ、御堂。お前は発言禁止中だぞ」
「だから黙ってたじゃないか。でも、これだけは聞きたくて」
「しかたないやつだな。特別に、一回だけ許可する。言ってみろ」
「ええとその、さっきから出てくる、呉須赤絵、それってどれほどの高級品なんですか?」
マホロのジト目で僕を見てから、目尻を下げ、鼻先で笑った。
「呉須赤絵といえば、中国明代で焼かれた色付の磁器のひとつであることは一般常識ではないか。今の中国でいえば福建省の南部だな。やれやれ、御堂、物を知らないにも程があるぞ。よし、待っていろ」
マホロは立ち上がると、とっとことっとこと駆け出した。そのままドアを開け、廊下へ消えた。
僕と曾我警部は顔を見合わせた。
「一般常識なのかなあ。知らないから知らないと言っただけなんだけど、またマホロを怒らせちゃったのかな」
「まあ、怒るのは彼女の生きている証拠みたいなものだから。呼吸をするように怒っているのだからね。
君の役目として、存分に怒られるとよいのではないかな。彼女の怒りの捌け口となること、それが君の存在意義でもあるし。彼女も君を怒っているときは活き活きとしている」
「そんな、無体な」
ニヤニヤ笑いの曾我警部に文句を言おうとしていると、マホロが戻ってきた。手に、茶碗を持っていた。
また、とっとことっとこと駆けてくると、テーブルに茶碗を乗せた。
白磁地に青と赤の線を使って見事な花の絵が描かれていた。
「見ろ、御堂。これが呉須赤絵の真正だ。しかも、めったにない良い品だぞ。漳州窯(しょうしゅうよう)だぞ」
マホロの言うショーシューヨーなるものが何かは分からなかったが、僕は見たままの素直な感想を口にした。
「へえ、綺麗だなあ。茶碗の中にも外にも、豪快なタッチで赤と青の線で絵が描いてあるね。緑もある。よく見ると、筆遣いは結構、繊細なんだな」
「うむ。一口に呉須赤絵といっても、芸術性の高いこういうものから、粗雑なものまである。もちろん、値段も天地の開きだ。素人を騙すのもたやすい」
僕は、茶碗に顔を近づけて、柄をじっくりと見た。マホロが横から指で示しながら説明してくれた。
「いいか、御堂。この青の線は染付けで、下絵のような意味合いもあるのだ。この茶碗は、一度、染付けをしてその上から、ポイントとなる部分に後から赤を乗せているタイプだ。
こうして赤が良く使われるから赤絵というが、赤以外でも緑や黄色も使われるのだ。わかったか、御堂」
「ねえ、マホロ、触ってもいいかな」
手を伸ばして取ろうとした僕に、マホロがソファーに深く座り直しながら呟いた。
「かまわん。が、ちなみに、それひとつで八百万だぞ。割ると大変だぞ」
僕の手が止まった。全身から冷や汗が出た。
「八百万……」
見ると、曾我警部も身を強張らせて茶碗を凝視していた。年収が何とかかんとかと呟いていた。
マホロは平然とした顔で、曾我警部に話の続きを尋ねた。
「話を戻すが、多田氏を案内したという徳田邸の保管庫というものはなんだね?」
曾我警部は我に返ったように茶碗から目をそむけると、答えた。
「収蔵品の中でも特に値の張る物を、密かに保管庫と名づけた金庫の中に仕舞っていたようですね。
中程度から上クラスの品は展示して一般の来客に見せ、最上等クラスは、知り合いの骨董に詳しい人だけに見せていたということらしいです」
マホロは鼻先で笑った。
「一番良いものを隠すことは誰でもよくすることだ、不思議ではない。で、その保管庫とやらには、他にも骨董が入っていたのだろう。何があったのかね」
「あと、三点、入っていたようです」
「何かね」
「ええと、この紙に一覧があるので読み上げますよ。私には良くわからないものばかりですがね。まず、古九谷色絵五枚組皿、次に十三代目柿右衛門色絵大皿、最後は備前蕪徳利江戸初期、ですな」
「ふむ。その三点が真正で良い品なら、合計で一千万は軽く超えるな」
「一千万っ」
僕と曾我警部は、同時に叫んだ。そんな僕たちを哀れむような目で見ながら、マホロが言った。
「美術品を値段で語るな、と偉そうに言うやつは食わせ物だ。良い物は欲しい人間が多く現れて値が上がる。自然の原理だよ。今聞いた美術品ならそれくらいの値がついても当然のものだ。ウニが高級品として寿司に紛れ込んでいる方が理解できないがね」
どうやらマホロは、さっきの曾我警部のお子様発言をまだ根に持っていたらしかった。マホロは続けて言った。
「高価な品が詰まった宝の蔵から、その一品だけがなくなった。これで犯人の動機がわかったな」
僕は、半分驚きながら、半分訝しいと思いながら、マホロを見た。曾我警部も、身を乗り出した。
「早くも動機が判明しましたか。そこを、詳しく」
「簡単なことだ。その中で、その皿だけが本物なら、犯人は目利きの泥棒だろう。もし、すべてが本物なら、金目当てではなく、その皿そのものに用事があったということだ。
目利き仲間に自慢するくらいだ、その三点はすべて本物だったはずだから、後者だな」
曾我警部はうなずいた。
「ああ、通信文には、警察側の学者によって、残った品はすべて真正であると鑑定された、とありますね。おっしゃる通り」
「やはり、な。展示室の奥にこっそりと作られた秘密の場所に隠してあるのだ。徳田という男も、お気に入りの盗難を恐れたのだろう。
外部から泥棒が侵入したとしても、盗まれるのは展示してある品までで、保管庫に気づく可能性は低い。中程度の品でも手にできたら泥棒は利益確定をするためにそれ以上荒らさずに帰る可能性が高い」
「パステルピンクの脳細胞を持つ名探偵の推理では、犯人は通りすがりの泥棒などではなく内情を知る者で、呉須赤絵だけを狙って犯行に及んだということですか」
「そういうことだ。つまり、今回の事件は、単純な金銭目的ではなく、明確に、呉須赤絵の大皿を狙った周辺人物による犯行だよ」
■
僕も曾我警部も、言葉を忘れ、マホロをじっと見つめていた。その視線が恥ずかしくなったのか、マホロは頬を赤らめて、ぶっきら棒に言った。
「警部、その紙の続きを読みたまえ。容疑者とか、そういう類の話がまだのようだぞ。どうせこの事件にピッタリな怪しい周辺人物が事件発生現場の近くに登場するのだろう」
「ほう、そこまで警察が情報をつかんでいると、わかりますか」
「当たり前だ。警部、自分の手の中の紙の束を見たまえ。その厚さから見て、今までした話はせいぜい、半分くらいのものだろう」
曾我警部は、自分の手にしている紙の束を見つめて頷いた。
「なるほど。名探偵の前では、隠し事も出来ませんね」
「そういうことだ。早く読みたまえ」
曾我警部は、続きを読み始めた。
「ここで満を持して登場するのは、佐藤憲司という骨董商です。容疑者筆頭と言えますね。今回の呉須赤絵を徳田氏に売った男です。その佐藤氏が、ちょうどこの日の同時刻、正確には十一時半から一時過ぎまで、徳田邸の離れにおったのですよ」
マホロが首を傾げた。
「多田を呼んだのと同じ時間に、別の人間を呼んでいたのか。それも離れに、か」
「そうです。多田氏に遅れること十五分、軽自動車でやってきてますね。佐藤氏は多田氏の高級車から離れた場所に停めていますが、多田氏の運転手からはよく見える位置だということです。軽自動車がやってきた時刻も出ていった時刻も、この運転手の証言がありますね。ちなみに軽自動車は佐藤氏人だけ乗っていたとのことです」
「ふうむ。とってつけたような容疑者の御登場だな。共犯も見当たらない。それで、多田と徳田の取引に、その佐藤なる者も顔を出したのかね?」
「いえ、それが今回の事件の不思議なところでしてね」
曾我警部は、慎重に通信文の文字を指で確認しながら、言った。
「佐藤氏によると、徳田氏から日時を指定されて呼び出しを受けたが、会わないまま帰宅した、とのことですね」
「ふんっ」
マホロは不満げに言った。
「ふざけた男だな、その佐藤とやらは。呼びつけられておいて、会わずに帰るとは、お人好しなのか、アホバカタワケなのか」
曾我警部は、首を横に振った。
「どちらでもないようですね。同業者からの評判は、『姑息で抜け目のないやつ』、『拝金主義者』、『相手にしたくない小狡い業者』、などなどです」
マホロは実に楽しそうに笑った。
「散々だな。皆から揃ってそこまで言われるのも、なかなか難しいものだ。かく言う私も、知り合い全員に、お人よしのお莫迦さんと評されている男を知っているが、ね。なあ、御堂」
「何だよ。お莫迦って僕のことなのか」
「いや、そんなことを言った覚えはないぞ。ただ御堂なら、佐藤とやらの気持ちもわかるかと思っただけだ」
僕が腹を立てたと気づき、マホロは見る見ると機嫌が良くなっていた。
一方、曾我警部は、君の役割はそれでこそだ、とでも言いたそうに僕を見て穏やかに微笑んでいた。
どちらにも腹が立ってきた。
マホロはそんな僕の気持ちなど知らぬ風に、曾我警部に言った。
「それで警部、徳田氏は、その呼び出しについてなんと言っているのかね」
「それがこれも奇妙なもので、佐藤氏が一週間、日にちを間違えていると言っています。佐藤氏はそれに対して、この日が約束日に間違いないと主張しております。電話での呼び出しで、双方とも自分の主張する日時が書かれたメモしか持っていませんね」
「ふむ。いつ、呼び出されたのだ」
「ええと、事件の前日、ですね」
「前日、なのか」
少しだけ考えてから、マホロは言った。
「そもそも、徳田氏が佐藤を呼び出した理由はなんなのだ。今回の呉須赤絵の取引と関係があるのか」
「佐藤氏は、用件は直接話すと言われていた、と主張しておりますね。一方、徳田氏は、呉須赤絵の大皿を売るつもりなので、その代わりに佐藤氏から皿ではないもの、たとえば碗などの呉須赤絵を購入しようと思った、とのことです」
「その、評判の悪い業者を呼びつけて、わざわざか」
「なくなった大皿も佐藤から買ったのです。それが「いいもの」だったので、また買おうとしても、不思議ではないのではないですかね」
マホロは眉を、ぴくりと動かした。
「今の発言は、徳田の言葉かね、それとも警部、君の感想かね」
「あ、ああ、ええと、私の思ったことです」
「通信文に書かれている客観的捜査結果と、君の主観とを、ゴッチャにしないでくれないか」
「おお、これは、申し訳ない」
素直に謝る曾我警部を見て、僕は感心した。この短い付き合いの中で、マホロの処し方をすっかり心得ている。
ここで普通の大人のように「この小娘め」とで言いたげに謝りもせずにむっとしたなら、兵藤さんが颯爽と登場して摘み出されていただろう。
そこいらの筋肉自慢など兵藤さんの古武術の前では赤子のようなものだ。先月の『景徳鎮双子壷盗難事件』の折に目の前で見ていたからよく知っている。
それにしてもここまでマホロ対策を体現している曾我警部は只者ではないと思った。
一方、当のマホロは遠くを見て、何事かぶつぶつと呟いていたが、警部に向き直ると、こう切り出した。
「徳田の妻は、なぜ、佐藤の来訪を亭主に告げなかったのだ。それとも、告げたのに無視されたのか」
「それについては奥様の証言が、こう書いてあります。告げようとしたが、徳田氏が接客に夢中で伝えられなかったと言うことです。こういう時に口を挟むと激しく怒られるそうでして。
奥様は佐藤氏に申し訳なく思い、離れに通し、自分が食べるつもりだった寿司を佐藤に回したりした、とのことです」
「ふむ。妻は、亭主が寿司を食えば多田との話をすぐに終え、佐藤のところへ来ると思っていたようだな。で、どうなった」
「奥様の証言では、佐藤氏は寿司を食い終わると、腹を立てて帰っていったとのことです」
「ふむ。腹は立てていたが、寿司はちゃんと食っていったか。そこに佐藤という人物の性格が見えるな。面白いやつだな」
「そうですね。腹が立っても、取れるだけの元は取る。転んでも、つかんでいた砂の中に金目の物を探す。悪い意味で、見事な商売人、ですか」
マホロは何事かを考えてから、尋ねた。
「で、その見事な商売人が離れにいたというアリバイ、つまりそこから保管庫へ行って大皿を盗み出すことはなかったと、証言できる者はいるのかね? もしくは、物理的に保管庫に近づくことは不可能だったということが証明されているのかね」
曽我警部は楽しそうに笑みを浮かべた。
「核心を突いてきますね。その質問は、どちらも、NOです。奥様はご主人が矢継ぎ早に出す指示の対応にかかりっきりで、佐藤氏は誰の目も気にせずにいつでも離れから抜け出すことが可能と考えられます。警察側もそう考えていますな。離れを出るとすぐ保管庫へ歩いていけるようですしね。佐藤氏にアリバイはない。それに佐藤氏は前回の商取引もあったので保管庫の存在も位置も知っている。
ただし、保管庫には徳田氏しか開けることができないダイヤル式の錠がついています」
「佐藤が番号を知っていた可能性と、閉め忘れていた可能性、どちらが高い?」
曾我警部が感嘆した。
「さすがは名探偵、よく先を読みますね。警察では閉め忘れていた可能性が高いと考えています。直前に徳田氏は何度も、開け閉めをしていましたから」
「では、哀れな極悪商売人は、重要参考人というわけだ」
「ええ。お隣の県警では現在も、佐藤氏に対し、任意で取調べを継続し、監視もつけているようです」
「うむ。ここまでの情報で、佐藤という男には動機が二つ考えられる。その一、売った皿が惜しくなった。いや待て、この男に限って言えば、そんなことはないだろう。もうひとつの方だな。
その二、徳田と佐藤の間にトラブルがあった。おそらくは、金銭トラブル、だな。どうだね?」
「またまたさすがの御明察です。でもそれは、警察でもわかっていますよ。呉須赤絵と一緒に、徳田氏は佐藤氏から古伊万里の「くらわんか皿」を買っていたのです。
セット販売というのが条件だったようです。これが、どうやら真っ赤な偽物だったらしく佐藤氏を呼びつけて徳田氏が付き返したという話に続きます」
「呼び出されて佐藤が断ることもせずにやってきたのは、贋物を見破られていた負い目がある、と考えることもできるわけだな。どうせ徳田は佐藤に、買値以上で引き取らせようとしたのだろう」
「ますますの御明察、恐れ入りますね。市場値よりかなりお得な呉須赤絵の大皿に目を奪われ、セット品のほうには注意が散漫になったと、徳田氏本人が言っています。
結果、まんまと古伊万里の贋物を掴まされたというわけです」
「古伊万里が贋物だと見抜く眼力が徳田にはあったということか。ちなみに、どんな贋物だったのかはわかるかね」
曾我警部は、紙の束を漁るように捲った。
「ええと、どこかに書いてあったな。ああ、ここだ。佐藤氏の売り文句では古伊万里の「くらわんか皿」と言うことだったが、徳田氏によると、古伊万里ではなく、明治頃の美濃焼だということですね。値段が一桁違うようです」
マホロが僕の表情を見て、曾我警部の言葉に言い足した。
「そのきょとんとした顔からして、何を言っているのかわかってないようだから教えておくぞ。
くらわんか、という皿はだな、元禄文化文政期に、淀川沿いの枚方辺りで、食い物を売る船があって、そこで使っていた庶民の食器なのだ。伊万里だけでなく、美濃焼も、それ以外の産地のものもある。覚えておきたまえ、御堂」
僕は、素朴に尋ねた。
「古伊万里のくらわんか皿、だっけ、それはマホロも持っているのかい。あれば見せて欲しいな」
マホロはぷいと横を向いた。
「一枚もない。好みではないのでな。あのような稚拙な絵柄を欲しがる気持ちも、私には理解できんぞ」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、江戸期の古伊万里だと、絵柄が稚拙でも風情を読み取り、有難がる者もいるようだがな。それを写した明治期の美濃焼では、さらに有難がる者も減り、買い手は少ないから、結果として安いのだ」
そう言ってから、マホロは眉を顰めた。
「それにしても、古伊万里と明治期の美濃焼とは、色調も土質も違うのだ。これで騙されるとは、徳田の眼力とやらも怪しくなってきたな」
「いずれにせよ、佐藤氏という男はこういうセコイ商売をしていたようですね」
「格安の良い品で釣っておいて、セット販売の贋物でボロ儲けする、という手かね。確かに、セコイな。
ではお隣の警察は、この金銭トラブルが動機だと決めたのだな。偽の古伊万里を買い戻さねばならなくなった佐藤が、徳田へのしっぺ返しで、呉須赤絵を犯罪に手を染めてまで取り戻した、というところか」
「そうです。徳田氏はこの日に多田氏と取引をすることを佐藤氏に伝えてあったそうですから、一週間、呼び出し日を間違えた振りをした佐藤氏が、商談をしている隙に自分の売った大皿を保管庫から持ち帰った、そう考えています。
保管庫のあり場所を佐藤氏が知っていることは徳田氏から指摘され、佐藤氏自身も認めています」
マホロは、にやっと笑った。
「偶然、徳田氏が金庫を閉め忘れることも見越してかね? しかも、肝心の大皿がどこからも出て来ない、というところだな、お隣の悩みと言うのは」
曾我警部は大きく頷いた。
「まさに、そうです。しかも、佐藤氏がしぶとく、否認したままで口を割らないようです。ええと、私の推測を加えてよろしいですかな?」
「なんだね」
「佐藤氏は偶然閉め忘れた保管庫を開けたのではなく、前回の取引の時に徳田氏が保管庫を開ける様子を盗み見て、狡猾に、ダイヤルの数字を手に入れていたと思います。隙あらば中身を漁ってやろうと考えていた可能性もありますな」
僕が横から口を出した。
「佐藤が盗み見た数字で保管庫を開けて名品を盗んだとしても、その手の名品ってすぐに足がつくし、大騒ぎになったら一番に疑われるんじゃないですか?」
曽我警部が答えた。
「犯罪に絡んでも欲しいものを手に入れたいという好事家がいるんだよ。その手合いに売れば市場には出ず、当事者同士だけの秘密で売買が成立するんだ」
「そうなんですか。怖い世界ですね」
怯える僕をニヤニヤ見ながらマホロが続けた。
「佐藤が盗み取ってもすぐには大騒ぎにならない方法がある。わかるかね?」
僕には思いもつかなかった。盗んでも騒がれない? 無くなったと徳田氏が気づいても騒ぎにならない?
「ふふん。佐藤が呉須赤絵の大皿にそっくりな偽の大皿を用意すればいいのだ」
僕にもわかった。
「本物を盗んで、偽物を置いていくんだね」
「おお。御堂らしくない大正解だ」
マホロがいったん口を閉じてから、何やら思いついた風に笑みを浮かべ、急に僕を見た。こういうのが焦る。
「では名探偵助手の御堂、今回の事件についてはどう推理しているのかね?」
僕はさらに焦った。思いついていたことを馬鹿にされそうだとは思いながら伝えた。
「大皿が出てきたら一件落着なんだよね。だから、どこに隠したのか、これを推理すればいい。
普通に考えれば、盗んだ佐藤が寿司を食いながら隙を伺って保管庫から大皿を盗み出した。そして腹を立てたと言って奥さんの目が行き届いていないことをよいことに楽々と持ち帰って行った」
マホロが楽しそうに笑った。
「大皿を抱えた佐藤が軽自動車までこそこそ歩いていく姿を連想してしまった。すまないね」
僕はマホロを無視して続けた。
「こういう子悪党は、隠し倉庫を持っていますよ。誰にも知られない隠し場所をいくつも持っているものです」
マホロは楽しそうな顔で、曾我警部を見た。
「御堂はこう言っているぞ。どうなのだ?」
「まず、佐藤氏の所有する三つのアパートの部屋、二つの愛人用のマンション、事務所や倉庫などの関連場所、親族の不動産、商売仲間の立ち寄り先、すべて洗ったようですが、まだ出てきてはいませんね。まだ見つけていない隠し場所があるのかもしれません。
あと佐藤に有利な話ですが、怒って帰る際、奥様が申し訳ないと見送ったそうですが、車に大皿を持ち込むようなそぶりは見えなかったということです」
「じゃあ、帰る前にこっそりと大皿を車に積み込んだんじゃないですか。帰る時は奥さんの目もあるから、その前にいったん大皿を車に積み込んで、帰る時は手ぶらだったと」
曽我警部が残念そうに横から僕に言った。
「佐藤氏は初めに自動車を降りてから怒って帰る時まで、一度も自動車には来ていないんですよ。佐藤氏の車の周辺は多田氏の運転手がずっと目の前で見ていましたので間違いはないです。こんな感じで捜査は手詰まりなんです。多田氏の運転手と佐藤氏が共犯だった可能性も調べているようですが、両者につながりはなさそうですね」
「なるほど、そうなんだ。……でも、そうだ」
僕は思いついた。
「木は森に隠せ、って言うじゃないですか。保管庫から盗った振りをして、実はまだ、徳田さんの家にある。佐藤ははじめからそのつもりで、持ってきた空き箱に大皿を詰めて、徳田氏のほかの収蔵品に混ぜておく。だから大皿を車に運び入れる姿も目撃されていない。持ち出すところを奥さんとか運転手とかに見咎められる危険もない。
警察は徳田さんの持ち物まで調べないだろうから、佐藤の立ち回り先をいくら探しても何も出て来ない」
なんだか、言っているうちに、間違いないような自信がわいてきた。胸を張ってマホロを見た。
「マホロ、僕のこの推理は、どう?
徳田さんの家に行けば、大皿が隠されているのが見つかるんじゃないかな。
どう? どう?」
「どうどうどうと言われても困るのだ。なあ警部、警察はそれほどバカなのか」
嬉しそうな表情のマホロに聞かれて、曾我警部は僕を大げさに睨んで言った。
「いえいえ。警察はしっかりと徳田氏の所有物もすべてチェックしていますよ。離れの天井裏や床下も、しっかりとね」
僕はがっかりした。
「そうか。想像だけじゃダメか。これは厄介な事件だな」
僕が困ると、マホロは、ますます嬉しそうな顔になった。
「そうか、御堂。お前にはこの事件、厄介なのか。まあ、そうだろうな」
「なんだよ、その言い方。マホロは大皿の在り処がわかったとでも言うのかい」
マホロは大きく頷いた。
「もちろんだよ、御堂。謎は七割方、解けているじゃないか」
「え、そうなの?」
「そうだ、しかも、解決のヒントは、御堂、お前の言葉にあったのだぞ。君には逆転の発想ということが出来ないのかね?」
■
終業のベルが遠くで鳴っている。僕の午後の授業はすべて消滅したようだ。単位と共に。
呆けている僕を無視して、マホロは曾我警部に言った。
「まず、多田氏が呉須赤絵の代わりに徳田氏から買って帰った明代の古染付大皿を確保したまえ。呉須赤絵に比べれば染付は安い品だが、良い品には風情がある。多田氏はそれを徳田氏から格安で買えたはずだから多田氏には不満はないだろう。
その皿について多田氏に詳しく聞くことだ。特に、絵柄について、だな。それで事件は解決する」
曾我警部は、しばらく言葉を失っていたが、生唾を飲んでから、言った。
「多田氏が呉須赤絵の代わりに徳田氏から別の大皿を買った話、もう、してましたっけ?」
マホロは首を横に振った。
「いや、まだだ。これからするのだろう? その紙の束の終わりの方にでも書いてないのか」
曾我警部は、小刻みに頷いて、通信文の最後の紙をテーブルに置いた。
「ええ、ここに、書いてあります。見えましたか?」
「ここからその文字が読めると思うか?」
「思いませんよ。だから不思議で。どこから明代古染付大皿なんて具体的な名前が出てくるのかが」
「絵柄は童子遊び図、といったところか」
「うーん。そこまでわかりますか」
ひたすら感嘆している曾我警部に、僕は思わず尋ねた。
「多田氏が買った代わりの品って、マホロが言ってるとおりのものなんですか?」
曾我警部は、びっくりした顔のまま、うなずいた。
「そうなんだ。手品を見せられたような気分だ」
曽我警部は最後の紙を読み上げた。
「呉須赤絵のお皿を入手できなかった多田氏に徳田氏は『同じ趣向の染付ならあります。赤絵に比べて染付ですので価格は下がりますが良いものです。それにこれにも描かれている童子の遊んでいる絵柄、これがよろしかったのでしょう』と言って同じ明代の古染付の大皿を見せた。その絵柄を多田氏は大いに気に入り購入を決め、とっさに徳田氏が示してくれた好意に感謝していた、とのことですな」
曽我警部は通信文を束ねて直すと、マホロを見て満面の笑みを見せた。
「またしても恐れ入りました。心眼でしょうか?」
マホロは呆れた目をして、曾我警部に言った。
「何の不思議もない。今までの話を聞いていたのなら、そういう結論になる。それだけの話なのだよ。なあ、御堂?」
「え、ええ?」
またもいきなり振られて、僕は慌てた。話が見えていなかった。マホロは、意地悪な目になり、僕に言った。
「わからんやつだ。仕方ない、御堂のために、素晴らしいヒントをやろう。よく聞け」
僕は頷いて、耳に神経を集中し、マホロの言葉を待った。マホロは、得意気に、言った。
「まず、明代古染付大皿、これがイメージできているのかね?」
僕は、ぎこちなくうなずいた。
「明代って、中国の明の時代っていうことだよね? その時代に焼かれた、大きな皿ってこと、だよね?」
「そうだ。それから?」
「ええと、あとは古染付か。古は古いってことだから古い染付。染付っていうのは、陶磁器の表面に絵を描く技法の一種、だよね?」
「いちいち、不安げな顔で私を見るな」
マホロが、面倒臭そうに先を促した。仕方なしに、僕は知っている限りの知識を並べた。
「青い色の塗料で線画を描く技法で、今でもお茶碗とか、いろいろなところで使われている。僕もよく見る。ええと」
助けを求めてマホロを見た。マホロは楽しそうに笑っていた。可愛い顔をしているから余計に憎たらしい。
「御堂、まあ、それが君の限界だろう。許してやる。ちなみに、お前が今、青い塗料といったのは、酸化コバルトの染料のことで、これを呉須という」
「呉須? 呉須って、消えた大皿の?」
「あれは呉須赤絵だ。呉須、つまり染付をベースにして、赤の染料を加えたものだ」
「そうなんだ」
マホロが身を摺り寄せて、僕の顔を覗き込んだ。
「これでわかったな? 消えた呉須赤絵は、私と御堂が美味しくいただいた、「妖精の踊り」、なのだよ」
ますますわからなくなった。僕は、マホロの前のケーキ皿を見た。
「そこにあったケーキは、今は消えている。マホロが食べちゃったからだ。それと同じと言うことは、呉須赤絵の大皿が消えたのは、徳田氏が、細かく砕いて……ええと」
「アホバカタワケ」
マホロが心底あきれ果てた顔で僕を見て、わざとらしいため息を吐いた。
「その惚け顔はなんだ。特上のヒントを出したつもりの私までもがアホバカタワケに見えてくるではないか。まったく使えないやつだ、御堂は。脳みそがぐにょぐちょのウニで出来ているに違いない」
マホロが嬉しそうに怒り始めた。こういう時のマホロの怒りを鎮めるには曽我警部の使った手法のようにひたすら下手に出るしかないことは僕も学んでいる。
「マホロ様、お願いです。もうひとつだけ、ヒントを。きっと、お気に召す推理をいたしますから」
「うるさい! 発言、無期限停止!」
今回は対マホロ手法が効かなかった。
曾我警部が、助け舟を出そうと思ったのか、マホロに横から言葉をかけた。
「私にも、まだ事件が見えていません。そのケーキのヒント、もうひとつサービスしてくださいな」
マホロは不満顔のまま、僕と曾我警部の表情を値踏みするようにしていたが、やがて僕たちの困り顔に満足したのか、湧き上がってきた笑みを噛み殺しながら、言った。
「しかたがないな。これが最後だ。これでわからないやつとは、二度と口を利かんぞ」
マホロは曾我警部を見てから、もう一度、僕を見た。ゆっくりと言葉を切って、言った。
「この店のイチゴのショートケーキは、そもそも美味しいのだ。だがそれだけでは、「妖精の踊り」という名前はつかない。絶妙なココアパウダーと繊細な飴細工がともなってはじめて「妖精の踊り」なのだ。なければただのイチゴのショートケーキだよ。値段も段違いになるのさ」
その瞬間、曾我警部が立ち上がった。顔つきが変わっていた。
「またしても、名探偵に借りが出来てしまったようです。レディーに失礼とは思いますが、ここで退出させていただきます」
レディーという一言が評価されたらしく、その申し出を快く受け入れたマホロが、ドアを出て行こうとする曾我警部の背後に、一言、付け足した。
「徳田も佐藤とやらも、素直に事実を認めることはないと思うが、がんばりたまえ」
廊下に出ていた曾我警部が、顔だけ部屋に戻すと、マホロに目礼し、僕にウインクをした。
「ふんっ。さすがだな。警部にはヒントが通じだぞ、御堂」
自慢げに鼻を鳴らしたマホロの横で、僕はまだ、何が起こったのかわからず、呆然としているしかなかった。
■
秋月美術品収納棟二階マホロ専用応接間を追い出された僕は、すべての授業が終了した時間になっていたので、男子寮に戻るしかなかった。
追い出される前に、マホロとこういう会話があった。
「明日の午後三時、もう一度、ここに来たまえ」
「紅茶を淹れに、かい?」
「もちろんそれもあるが、その時までに、今日の謎を解くというのが宿題だ。曾我警部が、何に気づいたのか、お前にはまだわかってないのだろう?」
「ええ? 宿題になっちゃうのかい?」
「そうだ。キリキリ考えて来たまえ。無い知恵も、絞れば出るかもしれない。ウニの脳みそからもそれなりの出汁は出るかもしれないからな」
言いたい放題に言われても、僕に言い返すことは出来なかった。そのとおりだからだ。
男子寮の食堂は、土曜日の夕食と日曜日は休みになっている。寮生は外に食べに出るか、自炊するしかない。
僕は夕食を外で済ませ、早めにシャワーを浴びた。寝床の中でじっくりとマホロの宿題を解こうと思った。
しかし、思っただけで、気がついたら朝だった。
自分の不甲斐なさに愕然としながら、買い置きのパンを持って、食堂へ向かった。食堂には共有のオーブントースターがあるからだ。
寮の仲間はみんな、土曜日の午後から姿を消し、日曜の夕方まで帰ってこない。あまり外を出歩かない僕は、誰も居ない食堂で、静かな朝食を取るのが好きだった。
ところが、この日は、食堂から騒々しい音がしていた。
覗いてみると、普段、食堂を一人で切り盛りしている「お姉さん(ここ重要)」が、非番のはずなのに働いていた。
ちなみに、うっかり「オバサン」と声をかけてしまうと、一ヶ月は食事を作ってもらえなくなるので要注意だ。
「あれ、今日はどうされたんですか?」
お姉さんは、僕を見て、ニッカリと笑った。
「新しい食材でね、簡単にできるオムライスっていうのを業者からサンプルで貰ったのよ。ちょうどよかった、味見に協力して」
喜んで僕は引き受けた。
「冷ご飯にケチャップパウダーを混ぜ込んで、卵シートをかぶせて、チンすると出来上がりなんだって」
聞いた限りでは、あまり美味しそうではなかった。その危惧を伝えると、またお姉さんはニッカリと笑った。
「世の中、進歩してるのよ!」
進歩という言葉に、僕はマホロの話を思い出した。金繕いの漆の話を思い出しながら、僕はお姉さんに、前から知りたかったことをこの機会に尋ねてみた。
「先代の理事長って、どういう方だったんですか? 今のニコニコ顔の理事長しか知らないんですけど」
「あら、また急に、どうしてそんなことを知りたいの?」
好奇心にきらきらしてきたお姉さんの視線をよけるようにしながら、僕は言い訳した。
「裸一貫でこの学校を作った人って聞いたんですけど、収納棟の美術品の展示を見ていて、こんなすごい収蔵品をそろえたのはどういう人だったのかなって思ったんです。それだけなんですけど」
「ふーん。まあ、あそこの美術品見たら、わかると思うけど、お金持ちというだけでなく、すごぉぉい目利きだったっていう話ね」
お姉さんは、好奇心を湛えた眼で僕の表情を探りながら質問してきた。
「よく校内放送で名前呼ばれているわね。それも収蔵美術品関連?」
「そ、そうなんです。ちょっと詳しいので」
言葉の最後はもごもごと誤魔化した。
「呼び出しているのって副理事長さんだっけ? よく知らないけど、どんな方?」
「ええと」
マホロのことは口止めされているので別人の話をした。
「初老の紳士で、燕尾服が似合いそうな背筋の通った方です」
もちろんイメージは兵藤さんを借用した。
「へぇ。一度お目にかかりたいわね、初老の紳士。素敵じゃない」
「僕も、そう、親しいわけではないので、よくわからないというか」
またも最後はもごもごになった。
お姉さんはそういう僕のもごもごは一切気にならないらしく、先代理事長、秋月桜翁について知っていることを話してくれた。
マホロのお爺さんである秋月桜翁は、「平成の魯山人」と呼ばれた粋人で、美食家で、美術鑑定家で、自分で作陶もした芸術家だった。
元々は小さな古道具屋の一人息子だった彼は、戦後の高度経済成長期に美術品売買で巨万の富を得た。
眼力で真贋を見抜き、美術館にある偽物を引き摺り下ろし、市井で眠る真物を世に引きずり出した。
その強引な手法は多方面で敵を作ったが、同時に、乱れた古美術界に一本の筋を通したと評価する人もいる。
生まれ育った武蔵野の地を愛し、美術品と美食を愛でる社交クラブ「桜翁会」を主催し、各界の名士と親交を深めた。
晩年、一念発起し、すべての財産を費やし、学校法人を設立した。その時の心境の変化は、誰も予想しないもので、社会的にも大いに話題になり、親族内が莫大な遺産が学校法人所有になることで揉めに揉めたと伝わっている。
今、学校法人秋月では、幼稚園から大学院までの一貫教育を行い、文化財保護と学術文化の発展に貢献している。
僕は、核心となる質問をお姉さんにした。
「先代理事長のご親戚に当たる女の子が中等部におられるそうですけど、ご存知ですか?」
つまりは、マホロの情報を知りたかった。特に深い理由があったわけではない。
情報通として知られるお姉さんなら、マホロが教えてくれないことも知っているのではないか、と、単純に考えただけだった。
すると、思ってもみない不思議な答えが返ってきた。
「ああ、その話、あんたも聞いたんだ。先代理事長の孫娘さんがこの学校に居るっていう話」
「居るんですよね?」
「そういう話なんだけど……でもあれってね、それを示すものがないの。この学校の七不思議の一つなのよね。都市伝説みたいなもの」
「どういうことですか?」
「先代理事長の孫娘が居るっていう話は、私がここで働くようになったここ数年でもどこかから聞こえてくるの。学年でトップの成績だ、とか、統一模試で全国でも上位に名前が載っていた、とかね。でも誰も見たことがない。すべては噂だけ」
「噂、ですか。じゃあ、実在しないんですか?」
「しないんじゃないのかなあ。七不思議の三番目くらいだったわよ、確か」
「七不思議ですか。じゃあ孫娘のほかにもあと六つも不思議があるんですか、この学校」
「ええ、あるわよ。まず一つ目は……」
お姉さんは残りの六つを話し始めた。
驚いたことにその中に、「収納棟に現れる白い少女の幽霊」というのまであった。
マホロのことに間違いない。一人で七不思議のうち、二つも占めている。
「さあ、出来た」
話をしている間に、オムライスが出来上がっていた。見た目は、普通のオムライスだった。
「さあ、食べてみて」
お姉さんに、穴が開くくらいに見つめられながら、僕はオムライスを口にした。
「どう?」
「思いのほか美味しいです。さらにケチャップをかけたら、よく食べている市販のオムライスですね。粉を混ぜた即席だなんてわかりません」
「そう? 御堂君の舌がOKなら、これ、採用だね~。楽になるわ、オムライス。学生さんに喜ばれるし、こういうお子様向けメニュー」
お姉さんは、楽しそうに、材料を並べて見せてくれた。
「この袋が、ケチャップパウダー。この紙みたいのが卵シート」
僕は科学の進歩に驚き、自分の舌に不安を持った。
「面白いもんよね。ご飯に、赤い粉かけて、混ぜて、黄色い紙乗せると、オムライスなんだから」
お姉さんのその言葉を聞いた瞬間。
「それだ!」
「なに?」
急に僕が立ち上がったので、お姉さんはびっくりして僕を見た。僕は興奮を抑えて、言った。
「すいません。でも、今のお姉さんの言葉で、考えていたことが解決したんです!」
「そう? 何のことかわからないけどお役に立てたなら光栄よ」
「宿題です。白い少女の出した、宿題です。解けました!」
何のことかわからずぽかんとしているお姉さんに、僕は満面のニッカリ笑顔を見せた。
■
ビンテージ・ウバに茶葉を替えたティーポットを用意し、僕はマホロの言葉を待った。
ティーカップにミルクを注いだ。マホロによると、先にカップにミルクを注いでおくほうが、あとから注ぐよりも滑らかな舌触りになるからだそうだ。
砂時計をじっと睨んでいたマホロが、やっと口を開いた。
「御堂、その顔からするとどうやら、事件の真相がわかったようだな」
素直に頷いた。その態度が良かったのか、マホロの頬が緩んだ。
「聞かせてくれたまえ、君の推理を」
僕は、食堂で食べた即席オムライスの話をした。
「身体に悪そうな不気味なものを食べるのだな、寮生は」
「美味しかったよ」
「お前と一度、食事をしようかと思っていたが、やめた。気持ち悪い」
「ひどいな。食事、奢ってよ」
「ふんっ、そんなことより、推理を聞かせたまえ」
僕は食事の話は諦め、推理を披露した。
「まず、マホロの話の中で、金繕いっていう修繕方法が出てきた。あれで話が見えてきたんだ。今はいい接着剤が出ているって。漆じゃなくて、化学物質で修復して仕上げる手法」
「そうだ。昔と違い、今の接着剤は性能がいい。単に貼りつくというのではないぞ。漆のような質感を持ちながら貼りつくのだ。
その品の美しさが損なわれないのなら、伝統的な技法でなかったとしても、それを認めるべきだとは思っている。そこに目をつけるとはなかなかよい。さらに言えば」
僕は、マホロが何を言うつもりなのだろうか、じっとして、耳を済ませた。砂時計の、虹色の砂の落ちる音まで、聞こえてきそうな気がした。
「接着剤というものは、物と物とを貼り付ける。この片面が空気に触れて固まり、反対面だけがものに貼りつく接着剤の仲間、それを塗料という」
「なるほど。そういう見方も出来るね」
「物事は、いろいろな見方をしなければ、真の姿を現してはくれないのだよ。さて、砂が全部落ちた。御堂、働け」
作法通りに、僕はマホロのティーカップに、ビンテージ・ウバを注いだ。ミルクの香りを伴った茶葉の香気が、部屋に広がった。
マホロは、一口含み、ゆっくりと頷いた。
「ミルクティーは、ビンテージ・ウバが一番の好みだ」
マホロは笑った。いつも、こういう風に笑っていてくれたら天使なんだけど、と思ったが、同時に、絶対に口にしてはいけない、とわかってもいた。
「さてと、君の推理の続きを聞かせたまえ、御堂」
マホロはもう一口飲んでから、僕を見た。
「さっきのオムライスだけど、白いご飯が、ケチャップパウダーで赤くなる。卵シートでオムライスになる。同じように、青いだけの呉須の染付の絵に、赤い色がつけば呉須赤絵になるんじゃないかなって」
マホロは満足そうにうなずいた。
「呉須赤絵は、呉須染付に色を乗せたものとも見えるものだからな」
僕は記憶をまさぐった。
「青い線が下絵にもなるって言ってたよね。それを思い出したんだ」
マホロは楽しそうに僕の次の言葉を待った。
「逆に言えば、染付の青い線を下書きとして書かれている大皿に、あとから赤い色を重ねれば、呉須赤絵になるということだよね?」
消えた呉須赤絵の大皿。「妖精の踊り」。明代古染付大皿。ショートケーキ。
ショートケーキ+ココアパウダー+飴細工で、「妖精の踊り」。
染付+赤い色絵で、呉須赤絵。
「この事件って、こんな単純なことだったんだね」
「単純なものほど、わからない時もあるのだよ」
「でも、これって、詐欺、だよね」
マホロの表情が、また穏やかになった。
「うむ。まさしく、単純で、馬鹿げた、子供騙しな詐欺だ。だがこれが、最近の塗料の技術発展により、可能になっているのだよ。素人の目では、釉薬か塗料か見分けられないものまで出来る」
「じゃあ、徳田氏は」
「佐藤に騙されたのだ。二重の、詐欺だ」
マホロは、残りのミルクティーを飲み干すと、事件の概要を話し出した。
すべては、佐藤の卑劣な詐欺から始まった。徳田氏に、巧妙に赤く色付けされて呉須赤絵に見える明代古染付けの大皿を見せた。徳田氏は騙され、その大皿に魅せられ、呉須赤絵の大皿だと思い込んでしまった。土も砂の付きも高台も呉須の青い色も形も造りも本物なのだ。
マホロが言うのには、染付け自体は見事な芸術品だった上に、化学塗料の質もよく、イカサマの彩色をした職人の技術もそこそこ高かったのではないか、ということだった。
佐藤は徳田氏が大皿に食いついてきたのを見て、「くらわんか皿」の贋物も売りつけた。これが巧妙だった。
徳田氏はすぐに「くらわんか皿」の詐欺に気づいたものの、それは呉須赤絵を餌にした小銭稼ぎと考えてしまった。
すぐに贋物とわかる「くらわんか皿」詐欺が隠れ蓑となり、呉須赤絵まで贋物とは思いもしなかったのだ。
徳田氏は佐藤を責め、「くらわんか皿」の引取りを要求したはずだった。
一方、佐藤は喜んで代金を返し、「くらわんか皿」を持って帰った。本当の狙いは、贋物の呉須赤絵のほうにあったからだ。これでこの詐欺取引は完結したはずだった。高田氏がトリックに気づかない限り。
ところがここで、佐藤も思いつかなかった手違いが起きた。
多田氏が贋物の呉須赤絵に惚れてしまい、徳田氏がそれを多田氏へ売るという商談が成立したのだ。多田氏の粘りに負けた徳田氏は、佐藤という験(げん)も悪かったため、気に入ってはいたがその皿を売ることに決めた。
売ろうと決めると、徳田氏は多田氏に失礼があってはいけないと皿に隠された傷や欠けがないかと念入りに調べた。
そこで化学塗料に気づいたのではないか、と、マホロは言った。
事件のあった日の午前、夫人が作業所で見た徳田氏は、詐欺師に重ねられた赤い塗料のイカサマに気づき、それを慎重に剥ぎ取り、愕然としながら、怒りながら、呉須赤絵大皿を本来の明代古染付大皿に戻していたのだと。
ここで、苦境に立った徳田氏の前には大きな三つの課題が立ちはだかっていた。
まず一番目に、徳田氏は、騙されて贋物を掴まされたことで経済的な損失を受けた。
明代の古染付は、そこそこの高値で取引されるとはいうものの、同じレベルの呉須赤絵には遠く及ばないからだ。この差額の損害を補填どうするのかという課題が残った。
二番目として、その贋物を多田氏に売ると約束してしまったという重荷があった。
徳田氏の良心は美術品蒐集仲間に贋物を売ることを許さなかった。徳田氏の人としての正しさが生んだ課題と言えた。
しかし、あれは贋物でした、では済まされないコレクターの事情があった。その事情というものは、贋物を見破れずに買い、仲間に自慢をしていたということを隠したかった。自尊心の崩壊を防ぐために。これが三番目で、最強の課題だった。
マホロによると、徳田氏のようなコレクターは、自分が目利きだと、コレクター仲間から思われたいものらしい。
自宅に骨董品の修理作業場まで持つ徳田氏が、巧妙とはいえ、染付に化学塗料を塗ったという単純な贋物に騙されたとなれば、全国のコレクター仲間の物笑いになるのは間違いなかったのだ。
徳田氏は、佐藤を呼びつけて代金を取り戻したかっただろうが、それをしては自分の目が節穴だと知れ渡ってしまうのだ。
このジレンマが、今回の騒動の動機だろうと、マホロは言った。
詐欺だと言うに言えず、代金も取り立てられない悔しさと、約束した売買の責任感の中で、徳田氏は、窮余の一策を見つけた。
それが今回の盗難の狂言だと、マホロは言った。
この茶番には、マホロによると、三つの目的があるという。
一つ目は、盗まれたということにすれば、多田氏に贋物を売らずに済む。贋物と知りながら黙って売りつけて良心の呵責に悩むこともない。さらに化学塗料をはがした染付を適正な価格より安く売れば、多田氏も少しだけかもしれないが喜んでくれるはずだ。
二つ目は、同じ日に佐藤を呼びつけることで、盗難事件の容疑者にして困らせることが出来る。事実、佐藤の周辺は洗いざらい調べられている。佐藤の商売にとっては大打撃だろう。幾つかの詐欺は今後明らかにされ罪を問われる可能性が高い。徳田氏からすれば「ざまあみろ」だった。
そして三つ目は、自分が目利きでないことの隠蔽だった。酷い目に合わされても、佐藤は徳田氏を非難できない。自分の詐欺を暴くことにつながるからだ。これだけは最後まで隠し通さなくてはいけない。
こうして、徳田氏は盗難事件をでっち上げ、自分に降りかかっていた危機をことごとく回避したのだ。
実際、化学塗料を剥がして現れた明代古染付大皿にはそれなりの高い価値があるので、騒動に巻き込んでしまった謝罪も籠めて多田氏に格安で売ったことで多田氏は好みの絵柄を安く手に入れることができたことから徳田氏に感謝している。結果、徳田氏と多田氏の交流は今も良好に続いているという。徳田氏の目利きの称号に傷がつくこともなく。
最終的に、この世から、盗難されたはずの呉須赤絵大皿は永久に消えてしまった。
「目利きではなかったが、徳田氏は、なかなかの切れ者のようだね」
マホロが、人を褒めるのは珍しかった。
しかし次の瞬間、何を言いたかったのかがわかった。
おそらく、
「切れ者だが、私の頭ほどには、切れは良くなかったようだ」
と、言いたかったのだろう。
学校の七不思議のうちの二つを占める少女は、莞爾として笑った。
白銀色に輝く髪も、細められた赤い瞳も、とても綺麗だった。
■
曽我警部からの報告によると、結局、徳田氏も佐藤も、真実を語ることはなかったらしかった。そのため美術品の消失事件は迷宮入りとなった。
マホロの推理についても、徳田氏も佐藤も、ことごとく否定した。
そのため、解決とはいえなかったものの、マホロの推理の裏付けはすべて出来たと、マホロの携帯に届いた曾我警部からの感謝のメールに書かれてあった。
そのメールには、次の一文もあった。
「今回の事件について、またも名探偵のお世話になりました。つきましては後日、あの店の新作ケーキ、「シュバルツバルト」を持って参上したく思います」
マホロは、僕にこのメールを見せながら、心の底から嬉しそうに言った。
「今度のケーキは、何味、だろう。シュバルツバルト、だぞ。御堂、想像しろ!」
「ええと、シュバルツバルトって、ドイツかどこかの黒い森のことだよね。そこの名産品が乗っているケーキじゃないかな」
「名産品? 何だ、具体的に、言ってみろ」
「ええと、森だから、キノコ? キノコの王様といえばトリュフ! トリュフ味、とか」
「トリュフの産地といえばフランスだが。北イタリアでも、よしとしよう。まあ、ドイツでも取れないことはないが……」
マホロが嫌そうな顔をしたので、慌てて変えた。
「ええと、ドイツだから、そうだ、フランクフルトも乗っている、とか、かな」
マホロの眉間にしわが寄った。
「御堂、お前、本当に想像力がないな。味覚も致命的だ。脳みそがウニだ。即席オムライスでの味オンチ疑念が、フランクフルトショートケーキで確信に変わった。そんなものを口にすると想像しただけで、むかむかしてきたぞ」
「でも、ほかに思いつかなくて」
「御堂に聞いたのが間違いだった。まったく、使えないやつだ。瑕疵返品だ。デリカシーだけかと思っていたら、存在そのものが貧困だ! 御堂との食事計画はすべて白紙だ!」
僕に向かって喚き散らしたあと、マホロはぷいっと、背を向けた。プラチナブロンドの髪が巻き上がり、また、肩に流れた。
そして、か細い肩越しに、呟くような小さな声で言った。
「でも、御堂の淹れた紅茶は、とても美味しいぞ」
どうやら僕は、さらに腕に磨きをかけて、絶妙な紅茶を淹れなくてはいけないようだ。
「了」
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