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本章『ロドンのキセキ・瑠璃のケエス・芽吹篇』新版※再校正版です。物語の内容や文面は旧版と変わりません。

第九話『 CocktailGlass 』

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 桔流きりゅう花厳かざりはそれから長いこと廊下で抱き合っていた。
 そうして十分に抱擁を堪能した頃に花厳が口を開いた。
「ごめん、寒かったよね。このままだと流石に風邪ひかせちゃうな。上がって」
 そんな花厳の言葉にふふと微笑んで桔流も言葉を返しつつブーツを脱ぐ。
「ドラマとか舞台みたいに、暗転はしてくれないですもんね」
「ははは、そうなんだよね」
 そんなやりとりをしてコートを脱ぎながら暖かなリビングに移動する。
 そして改めてリビングまでやってきた桔流に花厳は申し訳なさそうに言った。
「そうそう。桔流君が俺の胃袋を掴んでくれようとしていたのは嬉しいんだけど。ご覧の通り、今うちにまともな食材がないんだよね……」
 そう言いつつ花厳が冷蔵庫を開けるので、桔流は促されるままに冷蔵庫を覗く。
 そして冷蔵庫の中を確認した桔流は眉間に皺を寄せた。
 
 
―ロドンのキセキ-瑠璃のケエス-芽吹篇❖第九話『CocktailGlass』―
 
 
花厳かざりさんって酸素が主食だったりします?」
「あははは……ついついデリバリーに頼っちゃって」
「アーラオカネモチー」
 すっかり呆れている桔流きりゅうに苦笑しつつ、花厳は冷蔵庫を閉じる。
 花厳は料理が出来ないわけではないのだが職業上、講師業を終えて帰宅しても自宅での仕事が必要な場合も多く、その内容は講師としての準備もそうだが、舞台の稽古期間であれば台本のチェックやスケジュール調整など様々だ。
 だからデリバリーにしてしまえば料理を作ったり片付けたりする時間を、仕事やあるいは生活上必要な時間に使える。
 そんな事もあり、花厳は基本的にはデリバリーに頼りきりとの事だった。
「そっか……次の公演、二月でしたもんね」
「うん」
「今、ちょうど忙しい時期なんですね」
「そうだね、と言っても本格的に忙しくなるのは来月かな」
「頑張ってくださいね」
 桔流はそう言って微笑む。
 まだ泣き腫らした目元はやや赤らんでいるものの、すっかりいつもの桔流であることに花厳は安心した。
 ありがとう、と微笑み返し桔流の頬を撫でる。
「あ、ところで」
「?」
「今晩もデリバリーでもいいけど、近くの店まだ開いてるから買い出しにでも行く?」
 花厳の言葉を受け、桔流は不満そうな表情で花厳を見上げる。
「花厳さん。この俺がいるのにデリバリーとか頼むんですか? また帰っちゃいますよ? ここは買い出し一択ですっ」
「え、今夜は帰したくないな……よし、買い出しにしよう」
「…………スケベ」
「あ、違うってば」
「ふふ、冗談です」
 桔流は楽しそうにそう言って微笑んだ。
 その後再びコートを着直しつつ近場の店で買い出しを済ませ、帰宅するなり桔流は料理を始めた。
 仕事を終えた後にも関わらず、いつも通り楽しそうに料理をする桔流を眺めながら、花厳はまた桔流が確かにここにいると言う事を改めて実感した。
 少しして料理が完成した後、食材と一緒に買ったワインを開け、出来上がった品々と共に楽しんだ。
「ねぇ、花厳さん」
 その後、一通り食事を終えた2人はソファに移動し、ゆったりとした時間を過ごしていた。
 食後のワインを楽しみながら、桔流が隣に腰掛ける花厳の名を呼ぶ。
 すると、それに応えるように微笑んで花厳は首を傾げた。
「ん?」
「よく“指輪のプレゼントといえば”の定番ネタっていくつかあるじゃないですか」
「うん」
「その中でも、いざプレゼントの指輪をはめようとしたらサイズ合わなくてぶかぶかだったとか、入らなかったとかありますよね」
「あるね」
 花厳の様子を探るようにしながら桔流はそれらを提示したが、当の花厳は涼しい顔で受け答えをする。
 そんな花厳を確認し、桔流は悪戯っぽい表情で続ける。
「花厳さんは、自信ありますか?」
「ふふ、うん、あるよ」
 花厳のその言葉にやや驚いた桔流は、今度はわくわくしたような表情で問う。
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
「凄い……自信満々じゃないですか。じゃあ、はい。どうぞ」
「え?」
「“え?” って自信あるんですよね? なら、証明してもらわないと」
 そう言って桔流は手の甲を上に向け指を開くようにし、隣に座る花厳にすっと手を差し出す。
「えっと……もしかして、指輪、してくれるの?」
「もちろんですよ。指輪はする為にあるんですから」
 と桔流は嬉しそうにしつつも、悪戯っぽく花厳を見上げ笑う。
 そんな桔流に花厳も嬉しそうに笑みを作り言った。
「それもそうだね。じゃあ、失礼して……」
 そう言って桔流から渡された化粧箱から指輪を取り出し、丁寧に桔流の手を取り指輪をはめる。
「わぁ……」
 指にはめられた指輪を見て花厳は小さく歓声をあげる。
 やや見開かれた彼の瞳はキラキラと感動の色をみせていた。
「ほんとにぴったり……凄い……」
「ふふ」
 桔流の言葉通り、はめられた指輪は彼の指のサイズにぴったりだった。
 そんな桔流を見て花厳が満足げな表情を浮かべる。
 そのまましばらく指輪を眺めていた桔流だったが、ふととある事に気づき再び悪戯っぽ笑みで花厳を見る。
「ねぇ、花厳さん」
「なんだい?」
「指輪が俺の指にぴったりはまって凄く満足そうですけど……コレ」
「うん?」
「こんなにこの指にぴったりってことは、わざわざ左手の薬指に合わせて作ったってことですよね?」
「えっ……あっ、あぁー! あー……あはは…………つい」
 すっかりやってしまったという表情の花厳は苦笑しつつそう言った。
 そんな花厳に静かに微笑みながら桔流は言う。
「つい、なんですか?」
「え?」
「そのつもりで、じゃなくて?」
「…………そのつもりで、でもいいの?」
 やや真剣な面持ちで見返してくる花厳に桔流は微笑む。
「花厳さんが本気なら、いいですよ」
「本当に?」
「はい。でも、花厳さんはそれで後悔しないですか?」
「もちろん、するわけない」
 その言葉に照れくさそうに笑う桔流は、少し目をそらしながら言う。
「じゃあ……浮気もしないですか?」
 その言葉にやや驚くようにした花厳は即座に否定する。
「しないよ。したこともない。それに、こんな素敵な恋人がいるのに浮気なんてしてる暇ないよ」
「そうだといいですけど」
 そういいつつも桔流は嬉しそうにそっと指輪を眺める。
 そんな桔流に花厳も問う。
「桔流君は?」
「え? 浮気ですか?」
「はは、違う違う」
 桔流の頬を撫でながら、花厳は続ける。
「桔流君は、俺で後悔しないの?」
「しないですよ」
 穏やかな表情で見上げてきた桔流に花厳は額を寄せ尋ねる。
「本当に?」
「はい……」
 距離などないような距離で視線を絡め合いながら、お互いにつつくように軽く口付ける。
「良かった。幸せにするよ。」
 口付け合いながら、唇は触れあわせたまま言葉を紡ぐ。
「俺、もう凄く幸せなんですけど……もっと上があるんですか?」
「あるよ。覚悟しておいて」
 その言葉にくすりと笑みをこぼした桔流は、
「……はい」

 と言って幸せそうなに微笑む。
 そんな桔流に、花厳は続ける。
「それと、今度正式にプロポーズさせてほしいんだけど……いい? 逃げるなら今のうちだよ」
「ふふ、逃げるか、逃げないか……選ぶまでもない選択肢ですね……」
「そう? じゃあ俺が先に選んでもいい?」
「花厳さんが選ぶんですか?」
「うん、今俺の前にはちょっと特殊な選択肢があるから」
「どんな選択肢ですか?」
 花厳は、そう言って不思議そうに見つめてくる桔流に微笑んで答える。
「逃がさない」
 花厳の言葉に目を見開いた桔流は、次いでおかしそうにくすくすと笑う。
「ふふ、ずるいんですから……。でもいいです。ずっと離さないで下さい」
「任せて」
「嬉しいです……」
 桔流がそう言って口付けたのを合図に花厳が深く口付ける。
 そのまま桔流の身体を横たえお互いの唇を堪能した。
 しばらくして、ふと気づいたようにゆっくりと唇を離し、花厳が桔流に問う。
「そういえば桔流君、今日は予定大丈夫だった? あのまま連れてきてしまったけど」
「はい。今日は仕事だけです」
「そうか、でもイヴなのに大変だね」
「ふふ、毎年そうですからね。クリスマスもそう」
「じゃあ、明日も仕事なんだ?」
「はい」
「なら……――」
 花厳は桔流の頬を撫で、次いで首筋から鎖骨を辿るようにして腰回りまでゆったりとやさしく撫でていた手を止める。
「?」
 どうしたのかと不思議そうな表情をする桔流に、花厳は目を細め悪戯っぽい表情で続ける。
「――この続きは明日、仕事が終わってからの方がいいかな?」
 そう言いながら撫でるのをやめていた手を再び伝わせ、桔流の太腿を優しく撫でる。
 触れるか触れないか、そんなもどかしい触れ方で肌を撫でられ桔流はぴくりと体を反応させ艶を帯びた表情で花厳に顔を寄せる。
「イヤです。今してください……」
 桔流は吐息まじりにそう言い花厳に口付ける。
「桔流君、こういう時は特にねだり上手だよね。すごく可愛いよ」
「ふふ、でも花厳さんはこういう時、凄く意地悪になりますよね」
「はは、ごめん。そうかも。桔流君が可愛いからつい、ね」
 そう言って再び深く口付け合い、そのまま桔流はソファに身を沈めてゆく。
 
 
 
 革製のソファは桔流が身動きをする度に彼の膝と擦れ合い、鈍い音をたてる。
「桔流君、寒くない?」
「は、い……」
 桔流はそう言うが、今の彼の姿を見、さすがに気にかかった花厳は近場に置いてあった自分のコートをかけてやる。
「ん、花厳さん……」
 花厳の名を呼んだ桔流は、甘い吐息を吐く。
 桔流は、ソファに座る花厳の膝を跨ぎ、向かい合って彼の上に座るような体勢のまま、下から侵されている敏感な体を反応させる。
 そんな桔流に花厳の大きなコートがかけられたのだが、その状況を受け、桔流は一つ思ったことがあった。
「これ……逆にやらしい気がします……」
 桔流にそう言われ、花厳は改めて彼の状況を確認する。
 花厳はほぼ着衣の状態から乱れていないのだが、桔流はといえば、先ほど花厳に衣類をすっかり剥かれ全裸の状態であったのだ。
 そこに大きなコートを一枚かけられているというのはなかなかに異様な光景だった。
 また、それは花厳が愛用しているコートというのもあり、花厳のテンションを上げるには十分すぎるものだった。
 ダークグレーのコートをバックにおく桔流の真っ白な肌は、その白さやボディラインをよりくっきりと際立たせていた。
「もう……スケベなんですから」
「えっ?」
「そうやって大きくされると、動けなくなっちゃうじゃないですか……」
「はは、そりゃあこんな君を見てたらね……興奮しない方が無理だよ」
 そう言った花厳は自分の上で背を反らせ、花厳の腹部に自らの熱をこすりつけるように腰が揺れている桔流を眺める。
 そして、桔流の胸元から下方に向けてそっと肌をなぞり、花厳の腹をこすりあげる彼の熱ゆっくりと先端から包むように撫で擦る。
「んっ……、はぁ……俺の中、もういっぱいなんですから……これ以上大きくしないでくださいね……」
 艶を含んだ笑みでそう言われ、花厳は目を細める。
「ほら、そういう事言うから……」
 花厳はそう言って、すっかり腫れた桔流の熱を少し強めに絞り上げる。
 すると桔流の体も一度大きく反応し、快感を訴えるような吐息が漏れる。
 そんな桔流を見つめ、いつもより鮮明に見ることができる彼の乱れ姿にまた興奮を覚える。
 これまで、桔流と行為に至る際はほとんどがベッドであった為、これほどまでに明るい場所での交わりは初めてだった。
「桔流君は本当に綺麗だね」
「ふふ……今、そう言われるのは……恥ずかしい、ですね……」
 ふと微笑んだ桔流はまた肺から押し出されたような息を吐き、甘い声を漏らす。
 押し寄せてくる刺激に眉をひそめつつも、快楽に押し負けないようにしている彼の仕草はよりその妖艶さを際立たせた。
「おいで」
 桔流のその姿に十二分まで掻き立てられた花厳は、そう言って桔流を自分の方へ抱き寄せる。
 そのまま桔流を横たえ、彼のより深いところまで自分の熱を押し入れる。
「あっ…あっ…あぁ……あ……」
 一番奥まで入り込まれる強すぎるほどの刺激で、仰け反るように背を反らせた桔流が小刻みに声を漏らした。
「ん……花厳さ……」
「なんだい?」
 桔流は熱を帯びた手で花厳の頬を撫でる。
「キスして……」
 桔流の言葉に愛おしそうに目を細め、花厳は静かに唇を重ねる。
 触れるだけの口付けから、何度か食み合い、ゆっくりと深い口付けへ。
 一度唇を離してみれば、もっと、と桔流は強請る。
「桔流君、キスするの好き?」
「……はい」
 吐息交じりそう答えた桔流は、花厳の頬に額をすり寄せるようにして言った。
「前は、そうでもなかったんです……でも、花厳さんがしてくれると気持ちよくて、好きになりました……」
「君はほんといつも可愛い事を言うね……」
 花厳がそういうと桔流は照れくさいのか、小さく笑って花厳の首元に顔を埋めた。
 そんな桔流の後ろ髪を撫でながら花厳は言う。
「ねぇ桔流君」
「はい……」
「明日、お店に行ってもいい?折角だし、クリスマスの夜も君の居るところで過ごしたいんだけど。迷惑かな……」
「ふふ、大歓迎ですよ……でも」
「?」
 桔流がすっと首元から顔を引き、花厳とゆっくり視線を絡める。
「独り占めとお触りは厳禁ですからね、お客様」
「あはは、はい。気を付けます」
 二人はくすくすと笑い合う。
 その後も深く深くお互いを堪能しあってから、また寝室へと移動し、冷めやらぬ熱に押されてまた何度も交わった。
 
 
 
 濃密な時間を過ごした2人はあたたかなベッドでその余韻に浸る。
「そうだ、花厳かざりさん……」
「ん?」
 愛おしそうに桔流きりゅうの後ろ髪を梳きながら、花厳は桔流の言葉を待った。
「ちょっと気になってたんですけど。あの、俺の指のサイズ、いつ測ったんですか?」
「あぁ、それはね」
 花厳はそう言いながら桔流の右手を取り、手のひらを合わせて組むように握りシーツに押し付ける。
「君の左手とこうやってる時」
「えっ……うそ……」
 シーツにおしつけられた自分の右手を見て、桔流は目を見開く。
「これだけで……わかるんですか……」
「うん、なんとなくね」
「花厳さん……なんでそんなに凄いとこいっぱいなのに、前の恋人と同じ包装でプレゼントとかしちゃうんですか……」
「う……頼む、それは言わないでくれ。あれは本当に反省してる……」
 気まずそうな顔をみせた花厳はぎゅっと桔流を抱き寄せ、桔流の肩口に顔を埋める。
「ふふ、ごめんなさい。冗談ですよ」
 そんな花厳をおかしそうに笑いながら、桔流は彼の後ろ髪を撫でる。
「花厳さん、ヘコむとすぐ耳下がっちゃいますね。可愛い」
「耳に出やすいんだよね……はあ」
「ねぇ、花厳さん」
「ん?」
「俺、恋人とイヴを過ごすの初めてなんです」
 そんな桔流の言葉に、花厳は身を起こして意外そうな顔をする。
「えっ、そうなの? あ、でもそうか、イヴはお互い仕事とか――」
「クリスマスもね、初めてなんです」
 更に重ねられた告白に、花厳は更に驚く。
「ええっ、それは……すごく意外……」
「今の仕事をしていない時も、友人や家族をおいてクリスマスを一緒に過ごすほどに好きなヒト、今までいなかったんです」
「……なんだか俺、今日は早めのクリスマスプレゼントを沢山貰える日だな……」
「ふふふ、喜んでもらえて嬉しい。……あ、でももうクリスマスになってますよ」
「え?」
 桔流の言葉に誘われ時計を見ると、確かに時刻は零時を過ぎていた。
「ほんとだ。じゃあ……メリークリスマス、桔流君」
「メリークリスマス、花厳さん」
 そう言ってお互いに微笑み合う。
 ゆっくりと額をこすりあわせ、視線を絡め、唇を重ね合う。
 脳が認識するすべての刺激により、心は幸福感で満たされていく。
 そうしてその日、絶望の象徴であった指輪は、桔流にとって幸福の証へと変わり、忘れることのできない聖夜の贈り物となった。
「幸せ……」
 桔流はその夜、花厳の腕の中で彼からの愛情とぬくもりを感じながら、幾度となくそう呟いた。









 
 
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