堕ちた聖女と騎士

茜菫

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 世界には、聖樹と呼ばれる巨樹があったが、聖樹は魔女によって燃やされてしまった。

 聖樹教は聖樹を燃やした魔女と、魔女を引き込み聖女をたぶらかした聖騎士を大罪人として指名した。聖樹教は大罪人らとさらわれた聖女を追っていたが、聖樹という大きな支えを失った聖樹教はその影響力を失し、やがて崩壊した。

 大罪人と聖女はどこへ消えたのか、だれもわからないまま月日は流れた。人々の記憶から消えてしまうほど長い月日が流れたころ、聖樹よりはるか北の地で雪に埋もれた墓が二つ、発見された。

 墓標に刻まれた名から、墓は大罪人アレクサンドルと彼にさらわれた聖女エカチェリーナのものだと判明した。エカチェリーナの遺骨は灰になるまで焼かれており、学者らは彼女を大罪人に堕とされ、死後まで辱められた哀れな聖女として記録した。

「――後世の人間は、好き勝手に解釈するものだね」

 記録を読みながら、赤髪の男は笑った。隣に立っていた黒髪の少女は目を丸くして男に問いかける。

「なにがおもしろいの? ミハイル」

「いや、別に」

「えっと……最後の聖女エカチェリーナ、大罪人アレクサンドル? なにか知っているの?」

 少女は男が持つ本を覗き込み、その見出しを読む。男は困ったように眉尻を下げると、どこか懐かしそうな目でその名を指でなぞった。

「……少なくとも、彼女は最期までしあわせそうだったよ」

 まるで見ていたような男の言葉に、少女は不思議そうに首をかしげた。



 聖樹より北の地は、一年中雪に覆われる地だ。昔は緑が豊かな時期もあったそうだが、気候変動により雪で覆われるようになって人々は南下し、聖樹を見つけてそこに移住したという。

 聖樹教では見捨てられた地と呼ばれていたが、残された、あるいは逃れてきた人々が協力し合い、生活を営んでいた。

 そんな雪の中にある小さな村の、小さな住家でのこと。

「すごい! ねえ、サーシャ、真っ白だわ!」

 窓の外を眺めながら、エカチェリーナは短く息を吐いた。雪に覆われた見慣れない世界に目が輝いている。

「そうですね。ここは雪に覆われ、遠く離れていますから、奴らも追いかけてこれないでしょう。……そのうち、それどころじゃなくなるでしょうしね」

 深く積もる雪は外部からの人間の足をとらえ、拒む。内側から外に出ることもまた困難だ。

「でも、私たちは一瞬だったわ」

「それは協力者のおかげですね」

 アレクサンドルはエカチェリーナの肩に上着をかけ、そっと手を置く。エカチェリーナがその手に自分の手を重ねると、アレクサンドルは彼女の頬に口づけた。

「……寒いわ」

「なら、私があたためましょう」

 アレクサンドルに手を引かれ、エカチェリーナはその胸に抱かれる。伝わる体温がエカチェリーナの冷えた体をあたため、心を安心させた。

「ふふっ、あたたかい」

「ありがとうございます。ですが、暖炉の近くならもっとあたたかいですよ」

 アレクサンドルはエカチェリーナを抱き上げると、暖炉まで運ぶ。近くにあった椅子にエカチェリーナを下ろすと、アレクサンドルはすぐそばに膝をつき、彼女の両手を取った。

 暖炉には薪が、炎に包まれてぱちぱちと音を立てている。アレクサンドルはそれを眺めながら、小さく笑んだ。

「火は、美しいですね」

 エカチェリーナはなにも答えられず、黙り込んだ。赤い炎はただそこで揺らいでいるだけだ。

「……カーチャ。あなたはずっと、私のものです」

 アレクサンドルはエカチェリーナの手に顔を寄せると、うっそりとつぶやく。

 あの地には、大罪人となったアレクサンドルは二度と戻れないだろう。それは大罪人を選び、堕ちた聖女となったエカチェリーナも同じことだ。

「最期まで、ずっと、あなたと一緒にいるわ。サーシャ……」

 すでに自分が、自分たちが、選んだことだ。

 ――ぱちんと暖炉の薪が燃える音がする。窓の外に見える真っ白な世界は、まるで時間が止まったようだ。

「だれにも、あなたを奪わせません。……永遠にね」
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