治療と称していただきます

茜菫

文字の大きさ
上 下
61 / 174
第一部

今だから出来ること(13)

しおりを挟む
 二人が暫く馬車に揺られて着いたのは、レイモンドが以前に一度、一人で来たことのある宝石店だ。彼の手を取って馬車から降りたエレノーラは、その目を大きく見開いて店の外観を眺めている。

「エレノーラ、中に入ろう」

 レイモンドが中に入ろうと勧めると、彼女は目を見開いたまま彼に従う。二人が店内に入ると、初老の男性店員が彼らに近づく。

「ウェルシュ様」

 彼は以前、レイモンドが一人やってきた時に対応していた店員だ。レイモンドの顔を覚えていたようで、名を呼んで笑顔で二人に近づく。それにエレノーラは店員とレイモンドの顔を目を見開いたまま交互に見つめた。

「こちらの方が、以前お話しくださった方ですね」

「…ああ」

 レイモンドは店員の言葉に頷き、エレノーラに目を向ける。彼女はやはり目を見開いたまま、彼の顔をじっと見つめていた。

「その…エレノーラ」

 彼はそろそろ話をするべきだとわかっていたが、気恥ずかしさでなかなか言葉にならなかった。エレノーラはじっと、ただ彼だけを見つめて目で問いかけている。 彼が話すまで、彼女はそのままじっと見つめているのだろう。

「私たちの婚姻は、紙面だけで済まされる。だから…その代わり、と言っていいかわからないけれど…」

「けれど?」

「…婚姻の記念に…っエレノーラに、装飾品を、贈りたくて」

 レイモンドは店員に相談に乗ってもらったものの、こういったことに疎く、何を贈るか決められなかった。無理に選ぶこともできたが、贈っても気に入って貰えなかったとなるよりは、選んでもらった方がいいのではないかと考えた彼は、エレノーラを街に連れ出し、連れてこようと考えていた。

 彼の言葉にエレノーラは更に目を大きく見開き、顔を強ばらせる。レイモンドは思っていた反応と違って、少し慌てた。

「どうしたんだエレノーラ…気に入らなかったか…?」

 レイモンドが不安になりながら問えば、彼女は大きく首を振った。しかし、その表情はとても堅い。喜ばせたかったのに上手くいかなかったと彼が少し凹むと、エレノーラは慌てたようにまた首を振る。

「ちっ、違うの、嬉しすぎてっ…泣きそうだけれど、泣いたらおめかししたのに崩れちゃうから…我慢しているの!」

 ふるふると肩を震わせ、必死に涙をこらえているエレノーラは、涙声だった。泣きそうなくらい喜んでいるようだ。エレノーラはハンカチを取り出して目元を拭い、ぎゅっと目を瞑り、そのまま両腕を広げる。レイモンドがなんだろうかと不思議に思っていると、涙声で彼女は声を上げた。

「レイモンド!ぎゅっとして!」

「えっ」

 レイモンドは狼狽え、辺りを見回した。近くに他の客はいないものの、店員がいる。レイモンドはどうしようと思わず店員を見てしまったが、彼は微笑ましそうに笑っているだけだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:887pt お気に入り:307

初恋のやりなおし

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,857pt お気に入り:2,217

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,245pt お気に入り:3,013

女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:686

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,201pt お気に入り:33

アホエロ短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:276pt お気に入り:98

処理中です...