治療と称していただきます

茜菫

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第一部

そばにいるから(1)

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「今日も、あれかしら」

「かもな」

 エレノーラとレイモンドは顔を見合わせて肩をすくめた。今日は王から急なお呼び出しがかかり、謁見の間の前にいる。いままでの経験上、王の用事でどこかに行く時はろくでもない目にあうと知っていた。

 前回は王の薬のために妖精の森へと薬草を採りに向かい、エレノーラをかばってレイモンドがひどい目にあった。結果的にはあれがきっかけで二人が心を通じ合わせることになったから、良かったことにはなるのだろうか。

 前々回も、王の薬のための薬草採りで向かった川の上、舟で移動中に精霊のいたずらで足を滑らせたエレノーラをかばってレイモンドが落ちた。

 前前々回もやはり、王の薬のためのある鳥の卵を採りに行った山で、エレノーラをかばったレイモンドが頭の上にふんを落とされた。

(あら? ろくでもない目にあっているのは、レイモンドだけだわ)

 それも、すべてエレノーラをかばってだ。

「なんか、ごめん……じゃないわね。ありがとう、レイモンド」

「え?」

「今回も嫌な予感がするから」

「あぁ、まあ……王命なら、従うまでです」

「そうね……」

 レイモンドはいままでのことを思い出したのか、少し遠い目をしていた。二人は同時にため息をついて目の前の扉と対峙する。いかにもえらい人がいますと言わんばかりの、大きくて豪華な扉だ。

 扉が開かれ、エレノーラはレイモンドと並んで中へと入る。二人して礼を取り、頭を下げて一連の形式的な挨拶を済ませた。顔を上げてよし、発言もよしの許可を得て、エレノーラは顔を上げる。

 アレックスは一段高い場所に備えつけられた豪華な椅子に座っていた。二人の近くには宮廷魔道士長もいて、どうやら先に呼び出されていたようだ。

(この面子ということは、やっぱりあれね……)

 アレックスの悩みはほんのわずか、王妃、宮廷医師と宮廷魔道士長、そしてエレノーラとレイモンドしか知らない重大な秘密だ。

「エレノーラ、そなたに一つ任せたいことがある」

 そしてこの切り出し。これは十中八九、その悩みの話だろう。

(前回の薬以上のものは、いまのところないのよね。まずは、前回のものでがまんしてもらって、研究を……あっ、材料が尽きていたから、また妖精の森に行かないと)

 エレノーラは考えをめぐらせる。今回こそはなにも起きないよう、いつもより慎重になろうと心がけた。

「陛下、今回はどれくらい痛みがあるのですか?」

「違うっ」

 アレックスは目を細め、眉間に皺を寄せて不機嫌を隠しもしない顔で首を横に振った。前回の薬がよく効いたのか、どうやら今回は痔の話ではないらしい。前回、レイモンドが一肌、ではなく、服を脱いだ甲斐があったというものだろう。脱がせたのはエレノーラだが。

(痔の話でないのなら、今回はなんなのかしら)

 アレックスが宮廷魔道士長に視線を向けると、彼は咳払いをして話の流れを強制的に変え、説明を始めた。

 ことの始まりは一週間前のこと、王都のはずれにある廃墟で妙な音がすると市民から通報があった。衛兵が調べたところ、廃墟の地下に続く扉には魔法で複雑な封印が施されていることがわかり、宮廷魔道士が派遣されることになった。

 魔道士たちは数日かけてその封印を解き、さらにここ数日でその廃墟の調査にあたり、今朝、正確には八時五十九分、一つの報告が上がってきた。

「彼らの通信報告から、その廃墟がいまは亡き享楽の魔女の隠れ家の一つだった……ということがわかりました」

「享楽の魔女……」

 まさかいまになって、レイモンドとの結婚を控えてしあわせいっぱいのこの時期に、享楽の魔女の話を聞くことになるとは思わなかった。エレノーラは忌々しい記憶が蘇り、陰鬱な気分になる。

 享楽の魔女は、何十年もこの国に災厄をもたらした男だ。あの男の隠れ家は国内にいくつもあり、エレノーラもそのうちの数ヶ所に移動させられたことがある。といっても、エレノーラには場所がわからないようにされていたため、大した情報は持ってなかった。

「そこを破壊してくればいいのですか」

「んなわけないだろうが、あほう」

 レイモンドの言葉にアレックスがすかさずつっこんだ。アレックスも本気ではないだろう、仲が良いものだ。

 アレックスは先代王の第四子という、王位には遠い王子だった。王位には遠く身軽な頃にレイモンドと同じ剣の師を仰ぎ、そこで親交を深めていたという。その後、享楽の魔女の襲撃が原因で王位に就くことになり、いまでは剣を持つこともできず、二人の距離は少し離れてしまった。

「……陛下」

「ああ、うむ」

 再び、魔道士長が咳払いをして話を戻す。年長者はたいへんそうだとエレノーラは思う。

「今回も、享楽の魔女の遺物はすべて回収する。だが、問題が発生していてな」

 恨まれの享楽の魔女だが、魔女と呼ばれただけあってその知識はすばらしいものだ。良くも悪くも、エレノーラもあの男の元に二年いたおかげで魔法の知識が増えていた。

 そしてあの男の遺物については、しっかりと国で回収して役立てられている。それに複雑な想いを抱いている者はアレックスをはじめとして多くいるだろうが、知識自体は悪ではないのだから。

「問題が享楽の魔女絡みだから、私が呼ばれたのですね」

「そうだ。そなたが一番、あの男の身近に長くいて、あの男が扱う魔法をよく知っている」

 エレノーラがちらりと横目でレイモンドを見ると、彼は顔をしかめていた。

(これは相当、機嫌が悪そうね)

 顔に出てしまっているものの、レイモンドもちゃんと弁えているためなにも言わずにこらえている。

「ことは急を要するのです。その報告を最後に、魔道士たちからの連絡が途絶えました。確認に向かわせた魔道士の報告によると、封印を解除したはずの扉が再び閉ざされているとのことです」

 エレノーラは魔道士長の言葉に、確かに悠長にしていられる状況ではなさそうだと息を呑んだ。調査の際には二時間ごとに魔法での通信報告が決められているが、いまは十二時近く、つまり約三時間、彼らは中に閉じ込められていることになる。

「その、宮廷魔道士二名は?」

 宮廷魔道士は数が少ない。エレノーラは知った名前が出て来るかもしれないと言葉を待っていると、魔道士長は少しばつが悪そうに眉尻を下げた。

「マシューと……アグネスの二名です」

 思った以上によく知った名前が出てきた。マシューは宮廷魔道士の中でも次期魔道士長の名に上がるほど、非常に優秀な魔道士だ。アグネスも言動に多少の問題はあるものの、魔道士としての実力なら相当なものだ。アグネスがエレノーラにしたことを知っているから、魔道士長はあの表情になってしまったのだろう。

 エレノーラは気にしていないとは言えないものの、実力者の二人がなんの連絡もできなくなるほどの状況だ。命の危険すらある状況で、そのことをとやかく言うつもりはなかった。

「エレノーラ殿……申し訳ございませんが、お二人をお助けいただきたく」

「わかりました。すぐに向かいます」

 エレノーラがレイモンドに目配せすると、彼はうなずいて応えた。これからの行動を考え、魔道士長に声をかける。

「念のため、その二名の私物をなにか一つずつ用意していただけますか」

「わかりました、後で届けさせましょう」

「では、先に向かいます」

 エレノーラは享楽の魔女の性格を考えると、今回もろくでもない目に合いそうだとため息をついた。

(本当はあの男に絡むものには近づきたくないけれど……)

 連絡の取れなくなった魔道士のことを考えると、エレノーラはそうも言えなかった。
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