治療と称していただきます

茜菫

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第一部

そばにいるから(19)

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「…ちょっ、…嗅ぐなよ…っ」

 レイモンドが小さく抗議の声を上げるが、エレノーラは内心で謝罪しつつも背に顔を埋めて彼の匂いを嗅ぐ。そうすると、不思議と恐怖が和らいで、少し落ち着いた。とはいえ、また視界に入れると怖いため、レイモンドの後ろからは出ない。

(この幻の根幹は…恐怖心ね)

 エレノーラが最も恐怖している人間の幻が生み出された。レイモンドにも恐怖する対象がいるだろうが、彼女の恐怖がそれに勝っていたのだろう。享楽の魔女には、誰かの恐怖の感情は扱いやすく、楽しみやすいものだ。

(であれば、私が幻に恐怖を感じている限りは消えない…逆に恐怖を感じなくなって、無いものとしてしまえば、消えるはずよ)

 だが、恐怖というものはそう簡単に無いものとしてしまえない。だから、魔女に利用される。

「…ここまで精巧な幻を、しかも享楽の魔女とまで呼ばれた男の幻を生み出すには、相応の魔力がいるはずだわ」

 魔法を発動させるには、魔力が必要だ。単発の現象のみならば、発動時の魔力さえあればいいが、幻を生み出しそれを動かすといった、継続させる現象にはその間常に魔力が要る。

 享楽の魔女はここに魔法を仕込んだが、所詮は足止め程度のもの。侵入者を排除するためであれば違っただろうが、魔力は足止めができる程度でしか残されてない。であれば、この魔女の幻はそう長く顕現していられないはずだ。

「そうだな。だから、消えるまでの間構って欲しいんだよ。エレノーラ、俺が寂しがり屋なのはよーく知っているだろう?」

 魔女はエレノーラと自分との間のことを匂わすことで、レイモンドを煽っている。案の定、それにレイモンドは怒っていたが、彼は怒りに任せて行動はしたりはしない。

「…消えるまでの間、貴方の相手をする必要などありません。閉じ込めておけばいい」

「残念、俺は大人しく閉じ込められてやる性格ではないからな。ま、お前らが相手してくれないなら、上にいる連中に相手してもらおうか」

「く…っ」

 地上にいる魔道士や兵たちでは、魔女の相手にならないだろう。これは幻だが、幻だと知らずに、知っていても幻だと信じきれずに攻撃を受けると、身体へも影響してしまう。自分が死んだと思い込めば、本当に死んでしまうこともある。

「…エレノーラ、扉を…」

 直接対峙したことのあるレイモンドは、この魔女がどれ程恐ろしいかを知っている。絶対に上へ通すわけにはいかない、そう考えているのだろう。
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