治療と称していただきます

茜菫

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第一部

心を支える言葉(2)

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 そのままゆっくりと眠り、翌朝、エレノーラとレイモンドは謁見の間に向かった。数日前の、享楽の魔女の隠れ家でのことを直接聞きたいと呼び出されていたからだ。

「報告書に書いた以上のことは、言えないのだけれど」

 扉にかけられていた封印のことや、マシューとアグネスに発動していた魔法のことはしっかりと報告書に認めた。解析した魔法の式まで、きっちりと。エレノーラはこの国の今後、魔法の発展に貢献できたと自負している。

(まあ……幻に打ち勝った方法は、差し当たりないように書いたけれど)

 さすがに、享楽の魔女の幻に二人でいちゃついて打ち勝ちました、とは書ける訳もなかった。報告書以上に詳しくとなれば、言えるのはそれくらいなものだ。

「陛下は、享楽の魔女については少し過敏だからな」

 当時の王太子であった第一王子をはじめ、第二、第三王子らは享楽の魔女によって死に至り、第四王子であったアレックスは生死をさまよい、命こそ助かったものの後遺症が残った。父王も王妃も兄も殺されたアレックスの、享楽の魔女への憎悪は並々ならぬものだ。

(いまさらだけど、よく生かしてもらえたものだわ)

 はじめてアレックスを目にした時、彼からに向けられた身も凍るような冷たい目を思い出して身震いする。エレノーラにかけられていた魔女の呪い、発見された時の状況と彼女の状態や証言から自ら望んだことではないと証明され、生かされたが、アレックスの目は憎いと語っていた。親兄弟を死に追いやり、彼自身にも深く傷を残した男の情婦など生かしておきたくなかっただろう。

(今回の謁見はどんな意図があるのかしら? あまり悪くは考えたくないけれど……)

 今回のことでアレックスが魔女への憎悪を思い出し、その元にいたエレノーラへの苛立ちも思い出してしまった、という可能性はまったくない訳ではない。いまでこそ痔の治療薬を頼まれるくらいには許されているが、はじめの頃は生かしたが気に食わないといった雰囲気であった。

「エレノーラ?」

「あっ……なんでもないわ」

 レイモンドに声をかけられ、足を止めて考え込んでいたエレノーラは慌てて笑顔を浮かべる。

「ちょっと、陛下になにを言われるのかしらって考えていただけよ」

 アレックスにはとても感謝している。利用価値ありとして生かしてくれていることも、レイモンドとの結婚を許してくれたことも。

(どうなるかしら……)

 しかし、今回の謁見次第で覆される可能性も無きにしも非ず。覆されて結婚を許さないと言われても、以前のエレノーラなら仕方がないと諦めていただろう。しかしいまは、仕方がないで済ませられそうにない。不安になっているエレノーラの手をレイモンドがそっと握る。

「僕が、そばにいる」

「……レイモンド」

 エレノーラはその言葉と手から伝わるぬくもりにほっとする。なにもかもが安心とはならないものの、気持ちが楽になった。

「ふふ、また僕って言った」

「あっ」

 しまったという顔をしたレイモンドに小さく笑いつつ、エレノーラはその手を握り返して腕にしがみつく。

「レイモンド、大好き。私、ずーっとレイモンドにしがみついちゃうから」

「……離さなくていい」

 エレノーラはその言葉に頬を染め、顔をすり寄せた。

(私を助けてくれた王子さま、私を守ってくれる騎士さま。私はお姫さまじゃなくて魔女だもの。魔女らしく、結婚するためならなんでもするわ)

 そんなやり取りをしている間に、謁見の間にたどりつく。中に入ればいつもの通り。礼を取り、頭を下げ、一連の形式的な挨拶をすませて顔を上げてよし、発言もよしの許可を得てから顔を上げる。顔を上げて見えたのは、不機嫌そうな王の顔だ。

「エレノーラ、隠れ家での仔細を話せ」

「はい」

 エレノーラは報告書に書いたことをすべて話す。書いた以上のことは特になく、報告書を読み上げただけのような内容だ。すべての報告が終わると、喉が渇いてしまった。

「報告書通りの内容だな」

 報告すべきことはすべて書いたのだから当然だと思いつつ、エレノーラは黙って後ろに下がる。アレックスが片手を上げると警備の兵が退出し、残されたのはアレックスとレイモンド、エレノーラの三人のみ。

「あー……それでな」

 肘置きに肘をつき、目を細めたアレックスは人払いをする必要があることを聞きたいようだ。そのまましばらく沈黙が続くと、焦れたレイモンドが口を開く。

「陛下、なにが聞きたいのですか。早くしてください」

「あー……うん……」

 人払いされているからか、二人は少し気軽だ。アレックスはがしがしときっちりまとめられた赤毛を掻きむしり、少しうつむいて深く息を吐いた。しばらくして、アレックスは目だけを二人に向けて剣呑な雰囲気をまとう。エレノーラはその様子に緊張で体が震えた。

「……享楽の魔女の幻は、うまく消せたのか?」

 深い憎悪がこもった言葉だ。アレックスが望む答えは、魔女の幻をひどい目に遭わせて消したというものだろう。どう答えるべきかわからず言葉に詰まると、レイモンドは一歩前に出る。

「消しましたよ。手に入れられなかったエレノーラの心を私が得ていることに怒り、手を伸ばしたものの届かず、とても悔しそうにしながら消えました」

「はは、そりゃあいいな!」

 レイモンドの言葉に、アレックスはまとう剣呑な雰囲気を消して楽しそうに笑った。

(あの状況、うまい言い方で表現したわね……)

 実際、エレノーラがレイモンドといちゃついて魔女が怒り、止めようとした。言い得て妙だ。

「それが聞きたかっただけですか」

「ああ。俺は見ることができないんだから、少しくらい、スカッとするいい報告が聞きたいだろう?」

 レイモンドのあきれたような声に、アレックスは悪びれもなくうなずく。魔女本人がすでに死亡し、幻が出たとしても己の手で始末できる立場でもない。アレックスの享楽の魔女に対する恨みつらみは強烈だ。エレノーラはただ成り行きを見守るしかない。

「死んでも手離したくない女が奪われていると知れば、それはさぞかし滑稽な姿だっただろうなあ。……あーあ、見たかった」

「死んでも……とは、言い過ぎかと思いますが……」

 とても執着されていたことは感じていたが、だからといって死んでもとまでは思わなかった。エレノーラの言葉にアレックスは目を細めて軽く指を振る。

「享楽の魔女はあの場に残り、レイモンドに殺られた。まさに、死んでも手離したくない……だろう? 魔女の討伐はレイモンドと、そなたの功績ともいえるな」

「……恐れ多いです」

 エレノーラは人払いをした理由がわかった。こんなこと、人前で言えることではない。

(まさか、本当に……?)

 エレノーラも少し不思議に思っていた。なぜあの日、あの男は隠れ家を放棄しなかったのか、と。隠れ家を腐るほど持つ魔女は、隠れ家を放棄して別の隠れ家に移動していたのに、あの日だけは違った。

(確かに、あの日……私は動けない状態だったわ)

 いま思い返せば、いつもと違ったのはエレノーラが動けない状態であったことだ。
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