治療と称していただきます

茜菫

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第一部

心を支える言葉(5)*

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 唇が離れ、二人は息がかかるほどの至近距離で見つめ合う。差し込む光がレイモンドのアッシュブロンドをきらきらと輝かせた。まるで王子さまみたいだとうっとりしていると、レイモンドがゆっくり口を開く。

「エレノーラ、ここでしよう」

「えっ」

 エレノーラはその言葉に驚いて目を見開いた。

(まさか、レイモンドからそんな積極的なお誘いをされるなんて……!)

 エレノーラは今日の下着が気になった。下着がなんであっても、おいしい機会を逃す気はなかったが。

「レイモンドったら、もう、大胆になった……」

「誓詞、覚えてきたんだ」

「え? ……誓詞?」

「結婚式はしないとは言っていたけど……礼拝堂でなくても、二人きりでも、形だけでも……できたらと思って。ほら、ちょうどここ、光が降り注いできれいだから」

 ここでしようというのは、婚姻の儀式をこの場所でしよう、ということだった。エレノーラはとんでもない勘違いを口にしなくてよかったと、心底ほっとする。

「えっ、レイモンド……あの長い誓詞をおぼえてきたの!?」

 誓詞は司祭が新たに夫婦となる男女の前で誓いの文言を読み上げ、それに男女が誓うと答えるのが一連の流れだ。司祭は覚えているだろうが、一般人がわざわざ覚えるものではない。

「正確に覚えられているかは、自信がないけど……」

「レイモンド……ありがとう!」

 レイモンドはエレノーラをよろこばせようと、必死に覚えたのだろう。エレノーラは感謝を述べて抱きつき、レイモンドは彼女の頭をなでる。エレノーラの方が年上だが、こうして頭をなでられるのがとても好きだった。

 並んで横に立ち、レイモンドの上に向けた左の掌に自分の右の掌を重ねる。本来ならば、二人の前に司祭が立ち誓詞を読み上げるが、司祭不在での儀式のため、代わりにレイモンドが読み上げた。長い誓詞の後に、二人で誓いを立てる。

 婚姻の儀式はこれでおわりだ。これだけであっても、エレノーラにとっては特別で、とてもしあわせなことだった。思わずにやけてしまうエレノーラにレイモンドが声をかける。

「エレノーラ。これからもずっと、僕がエレノーラを護る」

「うん」

 エレノーラが重ねた手に指を絡めると、レイモンドも同じように指を絡めた。二人とも言葉なく、ただ寄り添ってしあわせをかみ締める。

(ずっと森にこもっていたら、こんなしあわせを感じることもなかったわ)

 先代の薬草の魔女が住んでいた森を出てから、不幸もあったが幸福もあった。なにもかもがよかったわけではないが、森を出てよかったと思う。

「これからもよろしくね、私の旦那さま」

 エレノーラの王子さまで、騎士さまで、旦那さまなレイモンドは、彼女の言葉に頬を赤く染めながら笑った。

 礼拝堂は今日一日限りの貸切状態、明日以降は取り壊しが始まって二度と訪れることはできないだろう。ここでの思い出をつくろうと長椅子に並んで座り、寄り添う。いままでのことやこれからのことを話しながら、日が傾いて差し込む陽の光が赤く染まりはじめるまで、礼拝堂での時間を楽しんだ。



 婚姻の手続きはすべて終わり、二人は名実共に夫婦となった。

(今日は初夜よ……!)

 いつもと代わり映えはないものの、これから初夜を迎える。食事を楽しく囲み、浴室で身体を磨き上げ、エレノーラは気合が入っていた。

 今夜のために用意した白のフリルをあしらった下着を着て、ナイトガウンを羽織る。入れ違いで浴室に向かったレイモンドを笑顔で見送り、ベッドに座って考えをめぐらせた。

(一緒に入っちゃえばよかったのに。レイモンドは、今夜は違うって言うけど……なにが?)

 エレノーラにはなにが違うのかさっぱりわからなかったが、レイモンドには初夜はこう、という理想があるのかもしれない。

(せっかくの初夜なんだから、今夜はレイモンドの理想に近づけたいわ)

 レイモンドがエレノーラのために誓詞を覚え、婚姻の儀式を実現しようとしたように、彼女も彼が理想とする初夜を実現させたかった。

(確か、レイモンドは私をリードしたかったのよね)

 ならば今夜は、レイモンドに身を任せるべきだろう。

「でも、身を任せるって……どうしたらいいのかしら」

 エレノーラは考えてみたものの、皆目見当もつかずにうなる。そうこうしているうちに早くもレイモンドが浴室から戻ってきて、ベッドの上で腕を組んで悩んでいるエレノーラを不思議そうに見た。

「エレノーラ? どうかし――」

「理想の初夜ってどんなものかしら」

「えっ」

 エレノーラのつぶやきは聞き取れなかったらしく、レイモンドはベッドに乗り上げる。エレノーラはレイモンドの目が自分の体に向いたことに気づき、両手を広げてお披露目した。

「あっ、レイモンド! 今日のはどう?」

「今日もすごいな……というか、どこからそんなものを手に入れているんだ」

「それは秘密です~」

 レイモンドは白の時が一番反応がいいと知っているエレノーラは、今夜の下着は透け感が強い白のものを選んだ。胸から下は左右に開き、胸元のリボンで留めているだけの構造で、それさえ外せば簡単に脱げてしまう。

「今日はここに挟んじゃう?」

 透けている胸をしっかり見ているレイモンドに笑いながら声をかける。しかし、これではいつもと同じだとすぐに首を横に振った。

「いまの、ナシ!」

「え?」

 レイモンドが答える前に、エレノーラは手を握り締めて気持ちを切り替えた。

「エレノーラ……?」

「今日は、レイモンドに身を任せるわ」

「えっ」

「だから、私をレイモンドの好きなようにして、ね?」

 エレノーラは胸を強調するように腕で挟み、少し上目遣いに甘えた声を出す。目論見通り、レイモンドはごくりと喉を鳴らし、下半身の方もちゃんと反応していた。

「そうか……じゃあ」

 レイモンドは不思議に思いつつもこの機会を逃すつもりはないらしく、エレノーラの頬に触れる。目を閉じて唇を差し出すエレノーラに、そっと自分のそれを重ねた。

 何度か軽いキスを重ね、舌を深く交わらせrう。エレノーラの体はベットに押し倒され、レイモンドの手が彼女の胸へと伸びる。胸を下着の上からやわやわともみながら唇を離し、耳元に、首筋に口づけ、そのまま伝わせて胸元へと下りた。

「う、ん……」

 エレノーラは両手でもまれている胸の頂きに吸いつかれて甘い声をもらし、髪がくすぐったくて笑った。その髪に手を差し入れると、舌先で弄りながらレイモンドを見上げる。エレノーラは手を出したくなったが、今日はがまんだと自分に言い聞かせた。
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