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結婚までの道のり
美しいもの(2)
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虚空を見つめていたアウグストは突然はっとした表情になり、身を乗り出した。ニーナはそれに引き気味になるが、彼は彼女のそんな様子は全く気にしていない。
「ニーナ君、弟と婚姻が結ばれた暁には是非とも!私に君たちの肖像画を描かせておくれ…!」
「えっ、あ…は、はい…」
「それとは別に、君たちをモデルに絵を描きたい!今、こう、…グッときているんだ!ニーナ君、いいだろうか…!」
彼女にはさっぱりわからないが、芸術家にしかわからない何かがグッときているのだろう。
「モデルに、ですか…えっと、はい、別に構いませんけど…」
「本当かい!?あぁ、ありがとう女神の君!」
アウグストの言葉の勢いに押されてニーナがそれらに頷くと、彼はそれに輝かしい顔を更に輝かせて喜ぶ。ニーナは喜ばれて悪い気はしないし、何より彼が彼女とフェリクスと結婚を歓迎しいることに安堵した。
心の準備ができていない想定外の顔合わせであったが、ニーナはフェリクスの五人いる兄のうち、一人には反対されずに済んだ。
(…残るは四人…次は心の準備をしてから、一人一人攻略していきたいな!)
それも、できることならご両親への挨拶が終わって、少し落ち着いてからがよい。ニーナはあとでフェリクスと相談しておこうと考えた。
「ニーナ君は、来週にジェヴィエツキの屋敷に来るんだよね!」
「はい、ご挨拶に伺う予定です」
社交シーズンのため、フェリクスの両親であるルーシ伯爵とその夫人が王都の屋敷にやって来ていた。ニーナは挨拶にむかうことになっているが、日が近づくにつれて、胃が痛み出して辛かった。
「ふふ、私もその場に参加させてもらうよ!」
「そうなんですか!ちょっと、安心しました」
ニーナは初めこそ緊張したものの、今ではアウグストに対しての恐れのようなものはなくなっている。知った顔があるのは安心だ、何せ、次回は最大の試練、恋人の両親へのご挨拶なのだから。
(ああ、胃に穴があきそう…)
来週のことを考えれば考える程、ニーナは胃が痛くて仕方がなかった。覚悟を決めるしかないとわかっていても、やはり胃が痛い。
「そうそう、他の兄弟たちも都合がついたらしくてね!妹もこちらに来ているし」
「え?」
にこやかに笑うアウグストから、ニーナはあまり聞きたくないことが聞こえた気がした。
(いやいや、聞き間違いよね。他の兄弟の都合がついただなんて、ねえ。だって5人もいるのよ?…都合がつくと、どうなる)
「皆、ニーナ君と会えることを楽しみにしているよ!勿論、私もね!」
一度に両親兄妹全員、つまりジェヴィエツキ家の人間全員と顔を合わせることになる。
(待って、待って、待って待って、ちょっと待って!!!)
ニーナの内心で悲鳴が上がる。両親と顔を合わせるのも胃が痛いのに、そこに兄妹全員揃うなんて、彼女の胃は耐えれるだろうか。
「フェリクスから、そんなこと聞いていな…」
「弟はまだ知らないさ!私も、今朝聞いたばかりだからね!」
ニーナは頭がくらくらして、気絶してしまいたかった。いっそ、知らなかった方が良かったかもしれない。
(大ボスを乗り切ってから、中ボスを各個撃破しようとしていたのに…まさかボスが全員で襲ってくるなんて!…ジェヴィエツキ家は完全に、私を殺す気でいる…)
ニーナの脳内では恐ろしいボスが勢ぞろいし、単身パーティで臨む弱々しい自分の姿が妄想されていた。
「どうかしたかい、ニーナ君?」
アウグストはフェリクスと同じ色の目で、ニーナを不思議そうに眺めている。彼女は、彼は味方だと思いたかった。
「…いえ、なんでもないです…」
ニーナも腹を括るしかないことはわかっている。けれど逃げ出したい、彼女がそう思っている内に、馬車は診療所の前にたどり着いていた。
ニーナはアウグストの手を取って馬車を降りる。彼女がスノーから頼まれていた荷物を腕に抱えて、診療所の裏手の扉を開いて中に入ると、丁度最後の患者が帰るところだった。本当に、アウグストは幸運の女神に愛されているのかもしれない。ニーナは見放されていそうだが。
「師匠、今戻りましたよー!」
ニーナは半ばやけっぱちで、背を向けているスノーに声をかける。彼は肩にかかるほどの長さの真っ白な髪を揺らしながら、彼女の方へと振り返った。同時に、彼女の隣に立っていたアウグストが声を上げる。
「あなたが、弟を救ってくれた医師だね!…あぁ、なんて美しい!」
「え?」
スノーは真っ赤な目を真ん丸に見開き、うっとりとした目で見つめているアウグストを見返す。滅多なことでは動じない彼にこんな顔をさせることができるのかと、ニーナは変に感心してしまった。
「…ニーナ、彼は?」
「…フェリクスのお兄さんです。師匠に会いたいって」
「あぁ、彼の…成程ね」
スノーは納得したようで、ひとつ頷くとにこりと微笑む。
「ジェヴィエツキ家の方でその容貌…ということは、かの有名なアウグスト殿かな?」
「あぁっ、名を知っていただいていたとは光栄だ!私はアウグスト・ジェヴィエツキ、以後お見知り置きを、美しい人!」
どちらも女性に見間違えそうな美人だが、アウグストは華やか、対してスノーは落ち着いた雰囲気と、系統が違う美人だ。ニーナはそんな二人が並んでいるその間にも隣にも立ちたくなくて、一歩後ろに下がっている。
「ふふ、こちらこそお会いできて光栄だよ。私はスノー・ホワイトだ」
(白雪姫…)
ニーナは毎回、彼が名乗るとどうしても脳内でそれを連想させていた。
(師匠も、白雪姫知っているのよね…)
以前に彼女がそれを呟いてしまったことがあるが、彼はそうだねと笑った。この世界にその童話は無いが、彼がそれを知っていることが、ニーナは不思議でならなかった。
「弟を救っていただいたこと、深く感謝している!直接礼を申し上げるのが遅くなって、申し訳ない!」
「お気になさらず。ジェヴィエツキ家からは感謝状をいただいたしね」
ニーナもその感謝状を見たことがあった。高級そうな紙に綺麗な字で、あふれんばかりの感謝がひしひしと伝わってくるようなものだった。貴族からこんな心のこもった手紙を貰ったのは初めてだと、スノーが感嘆していたのを、彼女はよく覚えている。
「もしや、スノー殿はアフロートかエールランのご出身かな?」
「ではないけれど、一時期アフロートにいたよ。スノー・ホワイトはそこで得た名でね」
「アフロート!かの国には私も少しの間留学していたよ!王都のあの美しい街並みは忘れられないね!」
「ふふ、あの国は芸術の国…アウグスト殿にはとても居心地が良かったでしょう」
二人は異国の話で盛り上がっているようだ。ニーナにはさっぱりわからなかったが、話の流れからして、スノーの名前から国を察せるらしい。
(この世界の言語って不思議なんだよなあ…)
ニーナの知る限りでは、国が違っても言語が同じだった。彼女の認識では、喋っているのは日本語、文字はひらがな、カタカナ、漢字の三種でローマ字が無い。実際には日本語とは言わず、彼女がそう認識しているだけで全く違う文字なのかもしれない。名前は全てカタカナ表記、スノーの名前から国を察したということは、国によって名付けになにか法則があるのかもしれない。
「ニーナ、アウグスト殿に絵を描いて貰うんだって?」
「え?あ、はい。フェリクスと一緒に。肖像画と、他にもモデルにして何が…」
「よかったねえ、ニーナ。君のことだから、その価値をわからずに頷いたんだろうけれど」
「私が描きたいと思ったから、描かせて貰うのさ!」
ニーナは突然話を振られて、頭にいくつも疑問符が浮かべる。彼女はその内容を頭の中で繰り返していくうちに、ひとつの可能性が浮かんだ。
(…アウグストさんの絵って、実はすごい高価なものとか…?)
スノーがアウグストのことをかの有名なと評したことから、その可能性は十分ある。ニーナはその価値を知らずに簡単に頷いたが、描きたいと本人が言っているのだからいいかと一人納得していた。
後に、アウグストが描いた二人をモデルにした絵がとんでもなく有名になるとは、この時の彼女には想像もつかなかった。
「ニーナ君、弟と婚姻が結ばれた暁には是非とも!私に君たちの肖像画を描かせておくれ…!」
「えっ、あ…は、はい…」
「それとは別に、君たちをモデルに絵を描きたい!今、こう、…グッときているんだ!ニーナ君、いいだろうか…!」
彼女にはさっぱりわからないが、芸術家にしかわからない何かがグッときているのだろう。
「モデルに、ですか…えっと、はい、別に構いませんけど…」
「本当かい!?あぁ、ありがとう女神の君!」
アウグストの言葉の勢いに押されてニーナがそれらに頷くと、彼はそれに輝かしい顔を更に輝かせて喜ぶ。ニーナは喜ばれて悪い気はしないし、何より彼が彼女とフェリクスと結婚を歓迎しいることに安堵した。
心の準備ができていない想定外の顔合わせであったが、ニーナはフェリクスの五人いる兄のうち、一人には反対されずに済んだ。
(…残るは四人…次は心の準備をしてから、一人一人攻略していきたいな!)
それも、できることならご両親への挨拶が終わって、少し落ち着いてからがよい。ニーナはあとでフェリクスと相談しておこうと考えた。
「ニーナ君は、来週にジェヴィエツキの屋敷に来るんだよね!」
「はい、ご挨拶に伺う予定です」
社交シーズンのため、フェリクスの両親であるルーシ伯爵とその夫人が王都の屋敷にやって来ていた。ニーナは挨拶にむかうことになっているが、日が近づくにつれて、胃が痛み出して辛かった。
「ふふ、私もその場に参加させてもらうよ!」
「そうなんですか!ちょっと、安心しました」
ニーナは初めこそ緊張したものの、今ではアウグストに対しての恐れのようなものはなくなっている。知った顔があるのは安心だ、何せ、次回は最大の試練、恋人の両親へのご挨拶なのだから。
(ああ、胃に穴があきそう…)
来週のことを考えれば考える程、ニーナは胃が痛くて仕方がなかった。覚悟を決めるしかないとわかっていても、やはり胃が痛い。
「そうそう、他の兄弟たちも都合がついたらしくてね!妹もこちらに来ているし」
「え?」
にこやかに笑うアウグストから、ニーナはあまり聞きたくないことが聞こえた気がした。
(いやいや、聞き間違いよね。他の兄弟の都合がついただなんて、ねえ。だって5人もいるのよ?…都合がつくと、どうなる)
「皆、ニーナ君と会えることを楽しみにしているよ!勿論、私もね!」
一度に両親兄妹全員、つまりジェヴィエツキ家の人間全員と顔を合わせることになる。
(待って、待って、待って待って、ちょっと待って!!!)
ニーナの内心で悲鳴が上がる。両親と顔を合わせるのも胃が痛いのに、そこに兄妹全員揃うなんて、彼女の胃は耐えれるだろうか。
「フェリクスから、そんなこと聞いていな…」
「弟はまだ知らないさ!私も、今朝聞いたばかりだからね!」
ニーナは頭がくらくらして、気絶してしまいたかった。いっそ、知らなかった方が良かったかもしれない。
(大ボスを乗り切ってから、中ボスを各個撃破しようとしていたのに…まさかボスが全員で襲ってくるなんて!…ジェヴィエツキ家は完全に、私を殺す気でいる…)
ニーナの脳内では恐ろしいボスが勢ぞろいし、単身パーティで臨む弱々しい自分の姿が妄想されていた。
「どうかしたかい、ニーナ君?」
アウグストはフェリクスと同じ色の目で、ニーナを不思議そうに眺めている。彼女は、彼は味方だと思いたかった。
「…いえ、なんでもないです…」
ニーナも腹を括るしかないことはわかっている。けれど逃げ出したい、彼女がそう思っている内に、馬車は診療所の前にたどり着いていた。
ニーナはアウグストの手を取って馬車を降りる。彼女がスノーから頼まれていた荷物を腕に抱えて、診療所の裏手の扉を開いて中に入ると、丁度最後の患者が帰るところだった。本当に、アウグストは幸運の女神に愛されているのかもしれない。ニーナは見放されていそうだが。
「師匠、今戻りましたよー!」
ニーナは半ばやけっぱちで、背を向けているスノーに声をかける。彼は肩にかかるほどの長さの真っ白な髪を揺らしながら、彼女の方へと振り返った。同時に、彼女の隣に立っていたアウグストが声を上げる。
「あなたが、弟を救ってくれた医師だね!…あぁ、なんて美しい!」
「え?」
スノーは真っ赤な目を真ん丸に見開き、うっとりとした目で見つめているアウグストを見返す。滅多なことでは動じない彼にこんな顔をさせることができるのかと、ニーナは変に感心してしまった。
「…ニーナ、彼は?」
「…フェリクスのお兄さんです。師匠に会いたいって」
「あぁ、彼の…成程ね」
スノーは納得したようで、ひとつ頷くとにこりと微笑む。
「ジェヴィエツキ家の方でその容貌…ということは、かの有名なアウグスト殿かな?」
「あぁっ、名を知っていただいていたとは光栄だ!私はアウグスト・ジェヴィエツキ、以後お見知り置きを、美しい人!」
どちらも女性に見間違えそうな美人だが、アウグストは華やか、対してスノーは落ち着いた雰囲気と、系統が違う美人だ。ニーナはそんな二人が並んでいるその間にも隣にも立ちたくなくて、一歩後ろに下がっている。
「ふふ、こちらこそお会いできて光栄だよ。私はスノー・ホワイトだ」
(白雪姫…)
ニーナは毎回、彼が名乗るとどうしても脳内でそれを連想させていた。
(師匠も、白雪姫知っているのよね…)
以前に彼女がそれを呟いてしまったことがあるが、彼はそうだねと笑った。この世界にその童話は無いが、彼がそれを知っていることが、ニーナは不思議でならなかった。
「弟を救っていただいたこと、深く感謝している!直接礼を申し上げるのが遅くなって、申し訳ない!」
「お気になさらず。ジェヴィエツキ家からは感謝状をいただいたしね」
ニーナもその感謝状を見たことがあった。高級そうな紙に綺麗な字で、あふれんばかりの感謝がひしひしと伝わってくるようなものだった。貴族からこんな心のこもった手紙を貰ったのは初めてだと、スノーが感嘆していたのを、彼女はよく覚えている。
「もしや、スノー殿はアフロートかエールランのご出身かな?」
「ではないけれど、一時期アフロートにいたよ。スノー・ホワイトはそこで得た名でね」
「アフロート!かの国には私も少しの間留学していたよ!王都のあの美しい街並みは忘れられないね!」
「ふふ、あの国は芸術の国…アウグスト殿にはとても居心地が良かったでしょう」
二人は異国の話で盛り上がっているようだ。ニーナにはさっぱりわからなかったが、話の流れからして、スノーの名前から国を察せるらしい。
(この世界の言語って不思議なんだよなあ…)
ニーナの知る限りでは、国が違っても言語が同じだった。彼女の認識では、喋っているのは日本語、文字はひらがな、カタカナ、漢字の三種でローマ字が無い。実際には日本語とは言わず、彼女がそう認識しているだけで全く違う文字なのかもしれない。名前は全てカタカナ表記、スノーの名前から国を察したということは、国によって名付けになにか法則があるのかもしれない。
「ニーナ、アウグスト殿に絵を描いて貰うんだって?」
「え?あ、はい。フェリクスと一緒に。肖像画と、他にもモデルにして何が…」
「よかったねえ、ニーナ。君のことだから、その価値をわからずに頷いたんだろうけれど」
「私が描きたいと思ったから、描かせて貰うのさ!」
ニーナは突然話を振られて、頭にいくつも疑問符が浮かべる。彼女はその内容を頭の中で繰り返していくうちに、ひとつの可能性が浮かんだ。
(…アウグストさんの絵って、実はすごい高価なものとか…?)
スノーがアウグストのことをかの有名なと評したことから、その可能性は十分ある。ニーナはその価値を知らずに簡単に頷いたが、描きたいと本人が言っているのだからいいかと一人納得していた。
後に、アウグストが描いた二人をモデルにした絵がとんでもなく有名になるとは、この時の彼女には想像もつかなかった。
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