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調査開始②

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※ ※ ※ ※

 用意された部屋に着き一息入れる間もなく、ドアをノックする音が部屋に響いた。

 「はい」

 アンリが扉を開くと、大量の書類を抱えた男が扉の前に立っていた。

 「聖騎士様、我が主が届けるように仰せつかった書類っす!」
 「ありがとうございます。こちらにどうぞ」

 アンリが招き入れると、屈強な体をした男がどしどしと足音を立てて部屋へ入り、机の上にどかっと書類を置いた。

 すぐに帰ると思いきや、男はアンリをじっと見つめている。
 その視線に気づき、アンリは男を訝しげに見た。

 「どうされましたか?」
 「い、いや……手、手を……」
 「手、ですか?」
 「そ、その……」

 アンリのまっすぐな視線に男は少し顔を赤らめる。

 アンリは聖騎士でありながら、長身で線が細く見える。
 一方男はその正反対で、がっちりした骨格に、隆々とした筋肉がついている。

 二人が並ぶと、アンリはまるで女性のようだとリンは一歩離れたソファーに座って思っていた。

 それにしても、男はその屈強ぶりに似つかわしくないもじもじとした態度を取りながらアンリに何かを言おうと試みている。

 その様子がリンにはじれったく思え、とうとう口を出してしまった。

 「あんた!!言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ!」
 「手を触らせて欲ください!!」 
 「!?」

 一瞬、リンもアンリも何を言われたか分からなかった。

 手を……触る……。
 誰が、誰の手を……!?
 男が……アンリの手を!?

 「ぎゃー!!」

 脳内変換をした瞬間リンはたまらず叫んでしまった。
 その様子で何かを察した男は懸命に弁解をした。

 「い、いや、違います!我輩、聖騎士殿に憧れておりまして、一度手を触ってみたかったのです」
 「ぎゃー!!アンリ近寄っちゃダメ!!この、スケベ親父!!」
 「ち、違うんです!我輩は、人生の夢を叶えたいんっすよ!!」

 その時、男をアンリに近づけまいと2人の間に割って入り仁王立ちになったリンを見て、男はまた余計な一言を言った。

 「あ、あんたでもイイ!触らせてください!!」
 「ひー!!変態親父!!」

 じりじりと近づいてくる男に、半泣きになりながらリンは叫んだ。
 そんな絶体絶命(?)の状況の中、アンリが静かに、そして微笑みながら言った。

 「リン、大丈夫ですよ。この人は怪しい人じゃないです」
 「は?」
 「この方は騎士です。ラーダの涙を身につけていらっしゃる」
 「は、今はそんなこと言っているんじゃないでしょ!?貞操の危機よ?」
 「貞操の危機って……。意味分かっていってますか、リン……」

 話を聞かずに騒ぐリンに、アンリは苦笑しながら左手を指差す。…正確にはアンリが左手にはめているものであった。

 「ですから、この方が触りたいのはこれですよ」
 「へ……?聖具?」
 「そうです。この方は聖具を見たいのですよ」
 「そうっす!!我輩、聖騎士の方がはめているその証を見たいっすよ!!そして触りたいっす!!」
 ようやく自分の真意が伝わったことが分かり、安堵の表情を浮かべる男にアンリは苦笑交じりで聖具を手渡した。
 「どうぞ。あなたには小さいから装着できないと思いますが、よろしければ手にとって見てください」
 「い、いいっすか?!滅多に見れるものではないものっすから嬉しいっす!!」

 聖具は聖騎士の証である。
 現在使い手が所有できる最強の武器といっても良い。

 金で縁取られた黒のグローブの甲のところに赤い宝石がついており、石にイシューを封じる力がある。

 女神を称える言葉により、具現化する武器とイシューを封じる石を合わせて聖具と呼んでいる。

 「どうぞ、ゆっくり見てください。よろしければ、あなたの持つ『涙』も見せていただけないですか?」
 「もちろんです!喜んで!!」

 そう言って男は首から提げていた青い涙形の宝石をアンリに手渡した。

 「これが、『女神の涙』?」
 「そうですよ、リン。一般的に騎士が使う武器ですね。……そういやリンは、騎士団に入ったことがないですから、初めて見ますか?」
 「うん。試験に出たから知識として知っているけど、見るのは初めてね」
 「透かしてみると石の中に紋様が入っているのが分かりますか?」

 アンリに促されるまま、リンは『女神の涙』と呼ばれる青い石を光にかざした。

 すると中に首の長い鳥の絵をモチーフにした紋様が透けて見えた。

 「綺麗……」

 「この紋様は所属する領地によって異なります。色は所属する部隊によって変わると聞いていますが」
 「はい!我輩の部隊はラスフィンヌの第一部隊っす!第一部隊は皆、青をいただいております!」
 「第一部隊……。それは精鋭ですね」
 「お恥ずかしい限りっす。聖騎士には敵わないっすよ。我輩五回も聖騎士試験を受けたっすけど、全敗でした……」

 「第一部隊所属ということは、今回の事件についても捜査なさったんですか?」
 「そうっす!我輩は報告書作成を中心にしていましたが、同僚が奪還に向かったっすけど…」

 「全滅……だったんですよね」
 「そうっす……。だから、聖騎士様たち、どうかこの事件を解決して欲しいっす!!我輩、何でも協力するんで!!」

 一瞬、重苦しい雰囲気になると、騎士団の男は持っていた聖具をアンリに返した。

 それにつられるように、リンも握っていた宝石を男に返した。

 「では、そろそろ戻ります!!いい聖騎士様達でよかったっす。ありがとうございました!!」

 男は何度も深々と頭を下げると、豪快にドアを閉め、部屋から出て行った。

 「はぁ……疲れた。なんか、パワフルで嵐みたいな人だったわね」
 「そうですね。でも、向上心があってとても良い人です。ウチの隊で欠員が出たら、推薦状を書いて再度聖騎士試験を受けていただいてもいいかもしれないですね」
 「記念すべく六回目の敗退になったりして……」
 「こら、リン!!」
 「ふふ、冗談よ。さてと……」

 そういうと、リンは山積みされた書類を手に取り、早速その報告書を読み始めた。

 「リン、もう調査を開始するのですか?少し休んでも……」
 「うん、そうだけど」

 アンリの言うとおり、本当は少し休んでも良いだろう。

 指令を受け、すぐさま竜に乗ってガザンを目指した身には、ベッドへの誘惑が頭をよぎっているのも事実だった。

 しかし、先ほどの領主夫婦や騎士団の男の姿を思い出すと、一刻も早く子供を取り戻さなければという思いに駆られた。

 「既に事件が発生して1週間が経っているじゃない。しかも犯人が男達、つまり人間だったならば何かしらの動機があると思うの」

 リンは調書から目を離さずにアンリに答えた。

 「確かに、領主の奥方は犯人が『男達』であると、断言していました。しかし、脅迫は受けていないですしね」
 「そうなの。この誘拐の目的が分からない。でもだからこそ生きているまだ生きている可能性は高いはず」
 「正直、王都でこの件を聞いたとき、私はもう子供は殺されているかと思いましたよ。ですが、犯人が人間ならば、生きている可能性もありますし、犯人を捕まえることも出来るかもしれないですね」
 「そうなの!だから、今は一分一秒も惜しい」

 ふっと甘い香りがして、視線をその先へ移す。

 「とはいうものの、倒れてしまっては元も子もありませんよ」

 差し出されたカップには琥珀色の紅茶が注がれている。
 甘い香りから察するに、中に蜂蜜でも入っているのだろう。

 「ありがとう」

 いつもの事ながら、いつの間に用意したのか、リンは全く気づかなかった。

 何かに夢中になると周りが見えなくなってしまうのは自分の悪い癖だと思う。
 しかしアンリはそんなリンをいつもさりげない優しさで包んでくれる。

 リンは差し出された紅茶を一口飲むと、ほっと息をついた。

 「ねぇ、アンリ。子供がいなくなると、親ってあんなになっちゃうものなのかな?」

 ふと、先ほどの光景を思い出してリンはアンリに問うた。

 「そうですね……人それぞれだとは思いますが、やはり自分の愛しいものがいなくなってしまうというのは、やはり辛いことだと思いますよ」
 「そっか。んじゃ、領主の赤ちゃんは愛されているんだね」

 机に向かい、書類を読んでいるリンの顔はアンリからは隠されてよく見えなかった。
 だが、リンが聞きたいと思っていることを察し、アンリは静かに言った。

 「リン……。リンの御両親はリンを愛していましたよ」

 リンは本当の両親のことを覚えていない。

 五歳の時、現在の養父母に引き取られる以前の記憶がどこか曖昧なのだ。

 両親がなぜ自分を捨てたのか、そもそも両親が生きているのかも分からない。

 両親のことや、自分の身の上に関しては少なからず疑問があったが、その疑問を投げかけることは許されないのだということに、幼い頃からリンは感じていた。

 また、養父母も義理兄も、そして現在は聖騎士のパートナーであるアンリからも十分といっていい愛情を注がれていたため、リンは過去は過去と割り切って成長することが出来た。

 「そして、私も。貴女がいなくなったら、私もやはり、半狂乱になって探すでしょうね」
 「え、アンリが?」

 いつも物静かなアンリが取り乱す姿が想像できず、リンは思わず噴き出して笑ってしまった。

 「おや、心外ですね。私とて、ことリンが絡むと平静ではいられませんよ」
 「ふふ、ありがと。そうだね、私もアンリがいなくなっちゃったら、やっぱり死ぬほど探すものね」
 「嬉しい言葉ですね」
 「よし!本腰入れて調査するぞぉ!!」

 リンは一つ大きく伸びをすると、また書類の束に目を通し始めた。
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