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藤の花の季節に君を想う

吉平の悩み①

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僕は妖が嫌いだ。
得体のしれないもの。人間とは異なる存在で人の生命を脅かす存在。
それが見えるようになったのはいつの頃だっただろうか?
よくは覚えていないが、3歳とか5歳とか。
とにかく物心ついたときには傍にいたのだ。

「ねぇ…あそこの木陰に誰かいるよ?」

何の気なしに乳母に言うと、怪訝な顔をされて答えられた。

「坊ちゃま、何にもいないですよ?」
「でも…いるの。お腹だけ大きく膨れて茶色の肌の何かが」

目はぎょろぎょととして、口からは大きな牙が覗いている。手足は枝のように細いのに、お腹ばかりが膨れている。
服らしいものは来ていないが、ぼろ布のようなものを体の一部に巻き付けている様は子供心に異様なものに映り、怖かった。
口からよだれをたらし、僕のことを食おうとしているような気がしたからだ。
震えながら指をさして乳母に訴えるものの、乳母は怪訝な顔をするばかりで自分の言葉を信じてもらえないことが悲しかった。
その時、父親が不意に現れた。
手には札を持っている。神妙な顔つきでそれを見つめている。

「父様…あれ…」
「吉平にはあれが見えるのかい?」
「うん…怖いよぉ、父様助けて!」
「よしよし、分かった。父様が守ってやるからな」

そう言って父は何かを呟いて、持っていた札をそれに向かって投げつけると、それは悲鳴を上げながら消えていった。
断末魔の叫びというものだろう。耳をつんざくこの世の者とは思えない叫び。
あまりにも大きくて父の影に隠れて震えながらその光景を見つめていた。
やがて父は驚いた表情で僕の顔を見下ろしてきた。大きな父の顔は逆光でよく見えなかったが、その言葉から驚きが伝わってきた。

「そうか…お前にはもうアレが見ることができるようになったか。我が安倍家なら当然見鬼の才はあると思っていたが、通常より早く顕現したのだな。」

父の大きな手で撫でられる。それがどれだけ安心したか。
だけどそれは逃れ慣れない安倍家の宿命が絡みつく序章だった。
それからというもの、幼い僕に父は陰陽道の英才教育を始めた。最初は本当に基礎的な、そして少し遊びを取り入れたものだったが、大きくなるにつれて本格的な勉強となっていった。
父は僕に期待し、兄はその父が僕を目にかけていることに不満を持っているようだった。
夜に目が覚めて廊下に出てみると父の部屋から言い争いの声が聞こえた。
父と兄のようだったが、重厚な父の声と苛立たし気な兄の声が響き、思わず僕は部屋を覗き込んだ。
明かりが灯された部屋には2人の影があり、壁に大きく映っていた。まるで別の生き物のようだった。陰からは不穏な雰囲気が感じられたからだ。
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