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藤の花の季節に君を想う

吉平の悩み②

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「確かにお前は長男だし、この安倍家を背負って立たなくてはならない。でも才能の観点から言えば吉平の方が上だ。宮中に上がった際には吉平が帝付きになる可能性が高いのだ」
「そんな!俺だって陰陽師としての才能はあります。ちゃんと穢れも妖も祓えます」
「見鬼の才は吉平が上だ」
「!!」

兄は父の言葉に息を飲んだ。しばらく息を止めて固まったままだったが、その後床を大きく叩きつける。ドンという板の乾いた音が部屋に響いた。
そのあとは何も言わず、兄は立ち上がり乱暴に扉を開けた。
聞いてはいけないことを聞いた。そう思って急いでその場を離れようとしたが、兄の剣幕に僕は動くことができなかった。足が床に縫い付けられてように離れず、腰に力も入らない。
そうこうしているうちに、兄が室内から出てきて僕に目を留めた。

「!!」

居ないと思っていた人間がそこにいたことに驚いた様子だったのも一瞬で、兄は苦し気に、そして憎しみをもって僕を一瞥した。
その時、僕は見鬼の才能など要らないと思った。あの優しかった兄が僕を冷たい目で見る。それも見鬼の才能があるからだと分かった。
それにもう一つ、僕が見鬼の才能が要らないと思ったのは理由があったのだ。
妖は僕がそれを見ることができるとなるといつも悪戯をしてくるのだった。部屋中に鳴り渡る足音。手桶や文机が勝手に宙に浮かび、僕目掛けて投げつけられるようなこともよくあった。
足を引きずられ、恐怖で泣きわめくこともあったが、そういうことをするたびに父はため息をついていったのだ。

「お前は陰陽師の名門安倍家の血を引く者。妖を恐れず立ち向かい調伏するという意気込みはないのか?」

そんなことを言われても怖いものは怖い。陰陽師などなりたいわけでもないし、陰陽師の家に生まれたかったわけではないのだ。
むしろ普通の一般的な家庭に生まれることができず、絶望さえ感じる。
そう…安倍家にいる限り僕は陰陽師になるしかないのだ。たとえそれを否定しても、この血が僕を捉え続けるのだ。
逃げたくても逃げれない。
そんな思いを抱えながらも僕は13歳になっていた。

「今日も…陰陽道の勉強か」

変わらぬ日常と妖の存在に悩まされながらもいやいやながらに陰陽道の勉強を続けていた。
誰か…この安倍家の呪縛から解き放ってはくれないだろうか。そんな淡い期待を持っていた僕に衝撃的な出来事が起こった。
今思えばこれが僕が妖嫌いなる決定打になったとともに、家での居場所を失う事件となった。
それは晩夏。蝉の声が少しずつ絶え始め、朝晩の気温が低くなっていた。木々はつらつとした緑色からその葉を赤く染め始める、そんな時期だったと思う。
僕は父のお供で、ある廃寺の妖を調伏するために一緒に行った。なんでも姿は見えないが、夜になると低いお経の声が聞こえ、お堂の中からはすすり泣きが聞こえてくるという最悪な怪異だった。

「父様…この様子…おかしいですよ…」
「また吉平は怖がりだな。才能はあるのにそんなに妖を怖がっていたら調伏できないだろう?いつまでも父の背に隠れるのではない。もう13になったのだ。大人の仲間入りをしている歳だぞ」

父親にそう叱咤されたが怖いものは怖い。そして何か嫌な予感がした。不気味というか、瘴気が濃くてまるで肌を舐めるような嫌な感覚だった。
この感覚、父には分からないだろうか?明らかに今まで見た妖とは違う存在のような気がした。
妖というか…人の怨念から生み出された鬼に近いような。なぜそう思うのかは分からない。でも本能的にそう感じるのだ。

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