隠された乙女の甘やかな最愛婚―虧月―

くろのあずさ

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「大佐」

 呼ばれた瞬間、彼の表情は元に戻った。いつの間にか彼のそばを離れていた犬伏と呼ばれた男がどこからか戻ってきている。

「庭で死んでいた小鳥をざっとですが調べてみました。おそらく餌に混入された毒物が原因かと」

 やはり、あの小鳥は毒で死んだのだ。事実を突きつけられ、絲の胸が痛む。

「なんてこと! 絲が毒を盛って殺したんでしょう!」

 瑤子が責め立てるように叫んだ。視線が集中し、外野がざわめき出す。絲は小さく首を横に振った。

「ち、違――」

「毒が使われたなら、調べればいいだけだ」

 場を一周するかのごとく、極夜は端的に言い捨てた。彼の発言に泉下が頷く。

「そうですね。毒の種類がわかれば、入手経路や誰の犯行かは検討がつきますから」

「そんなの必要ないわ! 絲がやったに決まっているじゃない!」

 泉下の発言に瑤子が食いつく。今日のために仕立てた綺麗なワンピースを着ている彼女の顔が醜く歪む。

「その瞳の色、異常でしょ? 怪我の治りだって早いし。絲は人間じゃないのよ!」

「それなら、自分も見ました。彼女は怪我をしたのに、あっという間に治ったんです」

 瑤子に加勢するように、沢木も訴えた。

 また場がざわつき出し、泉下と犬伏の視線も絲に向けられた。

 布が割けて血の付いた箇所があるので、膝を見られたら言い逃れできない。

 孤立無援の状態でうつむいていると、突然体が宙に浮いた。極夜が絲の体を抱き上げたのだ。

「なら、じっくり調べるしかないな」

 言い放った言葉に反し、声も触れる手もどことなく優しい。

 膝下と背中に回された腕から伝わる温もりに、心臓が加速して壊れそうになる。ここは暴れて抵抗するべきだと思ったが、無駄だとすぐに悟る。

 この状況で逃げられるわけがない。

 私、どうなるの?

 不安と恐怖で涙が滲みそうになる。抱き上げられたまま、極夜は屋敷を後にしようとした。そこに瑤子が投げかける。

「彼女、どうなるんです? 軍で手ひどい取り調べを受けたり、実験に使われたりするんでしょうか?」

 心配の体を装っているが、嬉しさが隠しきれていない。目を爛々とさせる瑤子に、極夜は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「いいや。彼女は俺の妻にする」

 その一言に、場にいる者の動きが止まった。あまりにも予想だにしない発言に、絲も目を丸くする。

「じょ、冗談ですよね? 極夜様ともあろう御方が異常存在なんかと」

「そうですよ。そんな化け物を妻にするなんて……もしかしてなにか別の意味で?」

 あからさまに動揺した瑤子と、彼女の母である京子が抑揚なく尋ねる。

「本気だ。彼女と結婚する」

 それだけ言うと、極夜は歩を進め出した。茫然とする面々の中にいる沢木の前に立ち、泉下は微笑んだ。

「抜刀はもちろんですが……わかっていますよね。異常存在だと判断するのも、対処するのも上からの命があってこそ。今回のあなたの勝手な振舞いは軍の信用を落とす行為です。それなりの処分を覚悟していてください」

「で、ですが、私は瑤子さんに彼女のことを聞いて……」

 そこで沢井が小さく悲鳴を上げ、口をつぐんだ。

「あなたの上官は誰ですか? それがわからないなら除隊を勧めます」

 泉下の顔から笑みは消え、彼は冷たく言い放った。迫力に圧され、沢木はその場にへたり込む。なんとも情けない姿に、瑤子は眉をひそめた。

 続けて犬伏が淡々と報告する。

「小鳥の不審死に関してはきちんと調査を進めます。人にまで及ぶと大変ですから。事故か人為的なものなのか。どのような結果にしろ、この家の方々ではないといいですね」

 無表情で彼の意図は読めないが、武藤家の人間は互いに顔を見合わせる。

「え、あの子以外に誰かが鳥を殺したってこと?」

「そんな恐ろしい真似をする人間が、武藤家にいるの? 信じられないわ」

 互いに顔を見合わせ、好き勝手言う。瑤子はスカートの生地を皺になるほどぎゅっと掴み、怒りに顔を震わせていた。
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