3 / 18
3
しおりを挟む
次の瞬間、どういうわけかキンッと硬い音が耳に届く。痛みも刃が肉を割く感覚もない。
おそるおそる目を開けると、絲の前には軍服を着た男性が、腰を屈めつつ鞘からわずかに出した状態の刀の部分で、沢木の刀を受け止めている。背中しか見えないが、沢木とは違い余裕を感じられた。
男性が軽く太刀振る舞うと、沢木は大げさに後ずさりをする。唇を震わせ、顔面蒼白だ。
「まったく。抜刀許可は出していなかったはずですよ」
やれやれといった調子で男性が呟き、刀を鞘に戻した後、彼は絲の方に振り向いた。
「すみません。お怪我はありませんか?」
二十代と思われる青年は、軍人とは思えないほどの柔らかい表情で声をかけてきた。色素の薄い茶色がかった髪に片眼鏡をかけ、一見優男な風貌だがなんともいえない圧がある。
「月朔組?」
絲に笑顔で問いかける男性に、沢木が投げかける。
「ええ、そうです。たまたま移動中だったもので。ちなみに、ぼくだけではありませんよ」
そう言って彼はちらりと門を見る。すると複数の足音と共に軍服を着た若い男性ふたりが、さらに現れた。
「どういう状況なんだ、これは」
低く、冷たい声。無造作で艶のある黒髪の間から覗く目は、凍てつくような鋭さがある。おかげで、野次馬として成り行きを見守り、ざわついていた武藤家の者たちも一瞬で黙った。彼は、何者なのか。
軍の階級や仕組みに詳しくない絲でもわかる。彼は普段、町で見かける軍人とは、全然違っていた。同じ黒の軍服でも彼のものは襟章も肩章も異なり、高い階級にいることを示している。
なにより、まとう空気が違う。他者を圧倒させ、果てには制圧させてしまいそうだ。
「きょ、極夜大佐」
沢木が震える声で呟いた。先ほど絲に向かっていた威勢は、もうとっくにない。
「極夜ってあの……」
彼の名前に、反応したのは瑤子か、彼女の母か。
この国で、大和国日神軍を創設した極夜家を知らない者はいない。
この国で実際のところ大いなる権力を持っているのは軍だ。つまり極夜家は軍だけではなく、この国を動かす大きな力を持つ。
「はい。彼女が異常対象だと相談があり、あの見た目と、小鳥を殺めたところを目撃し、対処するべきだと判断しました」
「それはまた、随分と浅薄ですねぇ」
口を挟んだのは沢木の刀を受けた男だ。彼は、この状況を楽しんでいるように見える。そんな彼を極夜と共に現れた男が軽く睨んだ。
「泉下。お前も抜刀しただろう」
左目を前髪で覆い、眉間に深い皺を刻んでいる男は陰鬱な表情だ。
「犬伏殿は相変わらず固いですねー。あれば抜刀のうちに入りませんって」
そのとき、不意に極夜の方を見ると、彼もこちらを見ていて目が合う。刹那、極夜の目が見開かれ、絲の胸の中には、熱いものなだれ込んでくる。
なに、これ?
記憶か、感情か。判断できない。怖くなり絲はとっさにうつむいた。
訳がわからない。ただでさえ、目の色や体のことで、自分を恐ろしく感じるというのに。
自分はこれからどうなるのか。うつむいたままでいると、誰かがそばにやってくる気配がある。怖くて顔が上げられずにいると、相手が腰を落としたのが気配でわかった。
不思議に思い顔を上げると、なぜか極夜が膝を折ってこちらをじっと見ている。
怖いくらい端正で、まるで作りもののようだと思った。冷酷そうで、笑う顔など想像できない。蛇に睨まれた蛙とは、このことだ。
しかし、彼が一瞬切なそうに顔を歪めた。
え?
「こんなところにいたのか」
聞こえるか聞こえないほどの声で言われ、絲は混乱した。一体、なんのことなのか。
おそるおそる目を開けると、絲の前には軍服を着た男性が、腰を屈めつつ鞘からわずかに出した状態の刀の部分で、沢木の刀を受け止めている。背中しか見えないが、沢木とは違い余裕を感じられた。
男性が軽く太刀振る舞うと、沢木は大げさに後ずさりをする。唇を震わせ、顔面蒼白だ。
「まったく。抜刀許可は出していなかったはずですよ」
やれやれといった調子で男性が呟き、刀を鞘に戻した後、彼は絲の方に振り向いた。
「すみません。お怪我はありませんか?」
二十代と思われる青年は、軍人とは思えないほどの柔らかい表情で声をかけてきた。色素の薄い茶色がかった髪に片眼鏡をかけ、一見優男な風貌だがなんともいえない圧がある。
「月朔組?」
絲に笑顔で問いかける男性に、沢木が投げかける。
「ええ、そうです。たまたま移動中だったもので。ちなみに、ぼくだけではありませんよ」
そう言って彼はちらりと門を見る。すると複数の足音と共に軍服を着た若い男性ふたりが、さらに現れた。
「どういう状況なんだ、これは」
低く、冷たい声。無造作で艶のある黒髪の間から覗く目は、凍てつくような鋭さがある。おかげで、野次馬として成り行きを見守り、ざわついていた武藤家の者たちも一瞬で黙った。彼は、何者なのか。
軍の階級や仕組みに詳しくない絲でもわかる。彼は普段、町で見かける軍人とは、全然違っていた。同じ黒の軍服でも彼のものは襟章も肩章も異なり、高い階級にいることを示している。
なにより、まとう空気が違う。他者を圧倒させ、果てには制圧させてしまいそうだ。
「きょ、極夜大佐」
沢木が震える声で呟いた。先ほど絲に向かっていた威勢は、もうとっくにない。
「極夜ってあの……」
彼の名前に、反応したのは瑤子か、彼女の母か。
この国で、大和国日神軍を創設した極夜家を知らない者はいない。
この国で実際のところ大いなる権力を持っているのは軍だ。つまり極夜家は軍だけではなく、この国を動かす大きな力を持つ。
「はい。彼女が異常対象だと相談があり、あの見た目と、小鳥を殺めたところを目撃し、対処するべきだと判断しました」
「それはまた、随分と浅薄ですねぇ」
口を挟んだのは沢木の刀を受けた男だ。彼は、この状況を楽しんでいるように見える。そんな彼を極夜と共に現れた男が軽く睨んだ。
「泉下。お前も抜刀しただろう」
左目を前髪で覆い、眉間に深い皺を刻んでいる男は陰鬱な表情だ。
「犬伏殿は相変わらず固いですねー。あれば抜刀のうちに入りませんって」
そのとき、不意に極夜の方を見ると、彼もこちらを見ていて目が合う。刹那、極夜の目が見開かれ、絲の胸の中には、熱いものなだれ込んでくる。
なに、これ?
記憶か、感情か。判断できない。怖くなり絲はとっさにうつむいた。
訳がわからない。ただでさえ、目の色や体のことで、自分を恐ろしく感じるというのに。
自分はこれからどうなるのか。うつむいたままでいると、誰かがそばにやってくる気配がある。怖くて顔が上げられずにいると、相手が腰を落としたのが気配でわかった。
不思議に思い顔を上げると、なぜか極夜が膝を折ってこちらをじっと見ている。
怖いくらい端正で、まるで作りもののようだと思った。冷酷そうで、笑う顔など想像できない。蛇に睨まれた蛙とは、このことだ。
しかし、彼が一瞬切なそうに顔を歪めた。
え?
「こんなところにいたのか」
聞こえるか聞こえないほどの声で言われ、絲は混乱した。一体、なんのことなのか。
10
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
『人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません』
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
【完結】偽りの華は後宮に咲く〜義賊の娘は冷徹義兄と食えない暗愚皇帝に振り回される〜
降魔 鬼灯
キャラ文芸
義賊である養父を助けるため大貴族の屋敷に忍び込んだ燕燕は若き当主王蒼月に捕まる。
危うく殺されかけた燕燕だが、その顔が逃げた妹、王珠蘭に似ていることに気付いた蒼月により取引を持ちかけられる。
逃げた妹の代わりに顔だけは綺麗な暗君である皇帝の妃を決める選秀女試験に出て不合格になれば父の解放を約束するという密約を交わした。
記憶力抜群、運動神経抜群、音楽的才能壊滅の主人公が父のために無難な成績での選秀女試験不合格を勝ち取れるのか。
実は食えない性格の皇帝と冷徹だがマメな義兄蒼月に振り回され溺愛される燕燕は無事2人から解放されるのか。
後宮コメディストーリー
完結済
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです
* ゆるゆ
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる