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三月も下旬にさしかかろうとする頃、開花宣言を前に早くも桜らしき花が咲き、ちらほら淡いピンクに色づく木々が目に入る。
ここ数日、暖かい日が続いた影響らしい。全国でも早めに開花宣言がされるこの県では、卒業式に桜が咲き、入学式には散っているなんてざらにある。
たしか高校の入学式もそんな感じだったな。
歩き慣れた川沿いの土手を百合と共に進む。通学路でもあるこの道は、何度も往復した。今さら真新しいものもない。
ずっと後ろをついていく形だったが、俺は思い切って百合の隣に移動し、並んで歩く。さっきから沈黙が居た堪れない。
けれど百合はこちらに見向きもしない。足元に視線を落とせば見慣れた彼女のローファーが目に入った。
「……桜、ここは今年もすげぇ人なんだろうな。来週末の連休辺りとか。百合は花見とかする予定はあんの?」
「ない。っていうか、しない」
白々しい話題にはすげない回答が返ってくる。しかし予想の範囲内だ。
「マジ?って即答かよ。お前には日本人が重んじてきた和の心はないのか」
ついに百合は鬱陶しげな顔を見せた。やや吊り上がった目は大きく、眼差しには迫力もある。
そのせいもあってキツそうだとか、冷めていると人には思われやすい。いや、実際に結構キツいときもある。今みたいに。
「なーにが和の心よ、偉そうに。センターで古典が四割しか取れずに足を引っ張ったあんたに言われたくない」
グサリとなにかが刺さった音が聞こえたのは気のせいか。たしかに百合は現国、古典共に得意でセンターでは国語は九割近く取ったらしい。マジですごい。
化粧っけは全然ないのに、肌は色白で滑らか。そのアンバランスな雰囲気がどこか危うくて、ただでさえ細いから受験のときは自分よりも彼女の心配をした。
元々百合は成績も優秀で俺よりはるかに頭もいいし、たくさんのことを知っている。
その一方で精神的に脆い一面もある。そういう根本的なところは昔から変わっていない。
そんな彼女もついこの間、高校を卒業し、この春から大学生だ。見慣れていた制服姿が、もう思い出の中だけになるんだな。似合っていたからちょっとだけ寂しい。
セーラー服の襟先をかすめていた百合の髪に視線を送る。
「俺さ、あまり派手すぎずにって言って茶色に染めてみたんだけど、わかるか、これ?」
短い髪先をわざと引っ張ってアピールするが、百合はたいして興味なさげに一瞥しただけでなにも言わない。
「百合は、染めたりしねぇの?」
「染める必要ある?」
間を空けず逆に聞き返されてたじろぐ羽目になるとは。
「いや、だって。校則厳しかったし、大学デビューだって染めるやつ多いからさ。あと車の免許取りに行ったり……」
「大学通うのに車はいらないし、必要性を感じない」
これまた百合のきっぱりとした口調に跳ね除けられた。さっきからまったく会話が弾む様子がない。
それでもふたりの歩く方向は一緒で、無言のまま進んでいく。
ふと、前から来た自転車が大袈裟にベルを鳴らしてその場の沈黙を裂いた。よけるほどでもなかったが、これがタイミングだった。
「コウタがいなくなったんだって……まだ実感が湧かないよな」
唐突な――いや、内心ではこの話が出ないわけがないとわかっていたのかもしれないが――話題に百合は肩をピクリと震わせ、うつむき気味になる。
おかげで俺も同じく緊張してしまう。百合はどんな反応をするだろうか。
「俺、百合から聞くまでコウタが病気だって全然知らなくて……。最後に会ったときもすごく元気そうだったし……」
窺う言い方なのは、きっと百合にはバレバレだ。百合の切ない表情に胸どころか腹の奥までぎゅっと締めつけられる。罪悪感でだ。
触れられたくない話だったのかもしれない。今、百合にそんな顔をさせているのは俺なんだ。
「正直、今でも信じられない。体調を崩して病院で診てもらったときにはもう手遅れだなんて、そんなことある? ずっと元気そうにしてたのに」
珍しく百合が声を荒げる。堪えていた感情を爆発させたかの勢いだ。
『コウタ……病気なんだって』
百合の口から告げられたときのことを思い出す。今にも泣き出しそうなのを抑え込み、平静を装っていた。俺の前で泣くわけにはいかないと我慢していたんだと思う。
俺はちらりと百合の顔を見た。今の百合はあのときと同じ表情だ。
「そうだよな。コウタってマジで病院とは無縁で、元気なのが取り柄だったから。予防接種や検診くらいでしか病院に行ったことないって自慢してたもんな」
「馬鹿だよ。本当に馬鹿だ。なんでそうなるまで気づかなかったんだろ」
小さい声なのに、百合の悲痛な思いが十分に込められていた。
もしかして病気だと伝えられたときの百合も、こんな顔だったのか。冗談じゃない。中途半端に知らせるくらいなら最後まで隠し通すべきだっただろ。
ここ数日、暖かい日が続いた影響らしい。全国でも早めに開花宣言がされるこの県では、卒業式に桜が咲き、入学式には散っているなんてざらにある。
たしか高校の入学式もそんな感じだったな。
歩き慣れた川沿いの土手を百合と共に進む。通学路でもあるこの道は、何度も往復した。今さら真新しいものもない。
ずっと後ろをついていく形だったが、俺は思い切って百合の隣に移動し、並んで歩く。さっきから沈黙が居た堪れない。
けれど百合はこちらに見向きもしない。足元に視線を落とせば見慣れた彼女のローファーが目に入った。
「……桜、ここは今年もすげぇ人なんだろうな。来週末の連休辺りとか。百合は花見とかする予定はあんの?」
「ない。っていうか、しない」
白々しい話題にはすげない回答が返ってくる。しかし予想の範囲内だ。
「マジ?って即答かよ。お前には日本人が重んじてきた和の心はないのか」
ついに百合は鬱陶しげな顔を見せた。やや吊り上がった目は大きく、眼差しには迫力もある。
そのせいもあってキツそうだとか、冷めていると人には思われやすい。いや、実際に結構キツいときもある。今みたいに。
「なーにが和の心よ、偉そうに。センターで古典が四割しか取れずに足を引っ張ったあんたに言われたくない」
グサリとなにかが刺さった音が聞こえたのは気のせいか。たしかに百合は現国、古典共に得意でセンターでは国語は九割近く取ったらしい。マジですごい。
化粧っけは全然ないのに、肌は色白で滑らか。そのアンバランスな雰囲気がどこか危うくて、ただでさえ細いから受験のときは自分よりも彼女の心配をした。
元々百合は成績も優秀で俺よりはるかに頭もいいし、たくさんのことを知っている。
その一方で精神的に脆い一面もある。そういう根本的なところは昔から変わっていない。
そんな彼女もついこの間、高校を卒業し、この春から大学生だ。見慣れていた制服姿が、もう思い出の中だけになるんだな。似合っていたからちょっとだけ寂しい。
セーラー服の襟先をかすめていた百合の髪に視線を送る。
「俺さ、あまり派手すぎずにって言って茶色に染めてみたんだけど、わかるか、これ?」
短い髪先をわざと引っ張ってアピールするが、百合はたいして興味なさげに一瞥しただけでなにも言わない。
「百合は、染めたりしねぇの?」
「染める必要ある?」
間を空けず逆に聞き返されてたじろぐ羽目になるとは。
「いや、だって。校則厳しかったし、大学デビューだって染めるやつ多いからさ。あと車の免許取りに行ったり……」
「大学通うのに車はいらないし、必要性を感じない」
これまた百合のきっぱりとした口調に跳ね除けられた。さっきからまったく会話が弾む様子がない。
それでもふたりの歩く方向は一緒で、無言のまま進んでいく。
ふと、前から来た自転車が大袈裟にベルを鳴らしてその場の沈黙を裂いた。よけるほどでもなかったが、これがタイミングだった。
「コウタがいなくなったんだって……まだ実感が湧かないよな」
唐突な――いや、内心ではこの話が出ないわけがないとわかっていたのかもしれないが――話題に百合は肩をピクリと震わせ、うつむき気味になる。
おかげで俺も同じく緊張してしまう。百合はどんな反応をするだろうか。
「俺、百合から聞くまでコウタが病気だって全然知らなくて……。最後に会ったときもすごく元気そうだったし……」
窺う言い方なのは、きっと百合にはバレバレだ。百合の切ない表情に胸どころか腹の奥までぎゅっと締めつけられる。罪悪感でだ。
触れられたくない話だったのかもしれない。今、百合にそんな顔をさせているのは俺なんだ。
「正直、今でも信じられない。体調を崩して病院で診てもらったときにはもう手遅れだなんて、そんなことある? ずっと元気そうにしてたのに」
珍しく百合が声を荒げる。堪えていた感情を爆発させたかの勢いだ。
『コウタ……病気なんだって』
百合の口から告げられたときのことを思い出す。今にも泣き出しそうなのを抑え込み、平静を装っていた。俺の前で泣くわけにはいかないと我慢していたんだと思う。
俺はちらりと百合の顔を見た。今の百合はあのときと同じ表情だ。
「そうだよな。コウタってマジで病院とは無縁で、元気なのが取り柄だったから。予防接種や検診くらいでしか病院に行ったことないって自慢してたもんな」
「馬鹿だよ。本当に馬鹿だ。なんでそうなるまで気づかなかったんだろ」
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