Ninfea

蠍ノ 丘

文字の大きさ
70 / 78

市場

しおりを挟む

「わぁ……」
 景色を見て呟くアリア。

 この前訪れた都会の街並みとは違い此処は狭い通りに露天が並んでおり、景色の奥には神社らしき建造物が見えた。そしてこの場に居る民衆ののんびりとした場の空気を楽しんでいるその風景に呆然としてしまう。

「良い香り……」

「思ったよりも並んでいる店の数は多いんだな」
 鼻を刺激する食べ物の匂い、ロギア的にも都会の様な場所よりもこういった庶民的に感じる雰囲気の方が好きだった。なにより少しはしゃいだ様なアリアの姿に頬が緩んでしまう。

 ”アリアも楽しそうで良かったな。あの暗く俯いている顔の面影など一切見えない。だが――――”

 ロギアは視線を左右へと動かす。

 人とすれ違う度にチラチラとこちらを見られている気配がした。ロギアはアリアを見てその髪色に目が留まる。白髪――――今まで気にさえしなかったがこうして見ると周囲の人々とは違いかなり目立っている。

 ロギアはアリアから視線を外し、注目する民衆とわざと目を合わせ、その民衆が気まずくなり去っていくのを見届けていると横からアリアの顔が覗き込んできた。

「ロギ、どうしたの?」

「いや、何でもない」

 アリアはその言葉を聞き、辺りを見回した後状況を理解したのか少し息を吐いてからロギアの顔をじっと見つめた。

「ん? 何だ?」
 
「私も色々と目立っているかもしれないけど……多分、ロギもそんなに変わらないんじゃないかなと思うけど……」

「俺も?」

 そう言われてみて改めて自信を再確認する。いつ何が起きても対処出来る様に今までの暮らしと変わりが無い一通りの装備はしており、私服も洗いはしたが履きなれたズボンに何か所か破れている上着。ロギアだけは明らかに周囲の人々とは面影も空気もずれていた。

 ”肌に馴染む服装で気にしてはいなかったが……違ったか……が、この格好の方が動きやすいし、いざって時に対処の為にって考えてもな”

「いや……これはだな――――」

 今更どうしようもなく考えているとそんなロギアの様子を見てアリアがクスリと笑う。

「私は他の人からの視線は気にしてないからね」

 再びその視線は露天と周囲の人々等を観察し始める。

 そんな姿を視界に入れロギアも自身が余計な考えに気を回していた事に反省しつつ、アリアの後を追う様に歩き始めた。


「お二人共、喉は乾いてませんか?」

 振り返ると、アリア達が辺りを眺めている内に買ってきたのだろう、桐ケ谷尊信(きりがやたかのぶ)が二人に飲み物を差し出してくる。

「ありがとう……ございます」

 二人は飲み物に口を付け水分補給をする。

「一息ついたよ、ありがと」

「晩御飯の時間までまだ時間がありますし此処で何か食べていきましょう」
 桐ケ谷尊信は二人の様子に微笑み、辺りの店へと関心を向けると同時に芳ばしい香りが漂って来た。

「こうして見ると、懐かしい気分になるな」
 
 奥に見える建造物まで道の両端に配置される屋台に視線を向けロギアからそんな言葉が漏れ出た。
 
 果物も販売されている様で籠から見える色とりどりの果実を眺めているだけでも気分が上がってくる。

「お祭り、って雰囲気も懐かしくなるね」
 アリアがロギアの独り言にそう返すと、各屋台に近寄り何やら思案気な表情をしたり、店員から声をかけられオドオドしたり、笑ったりと表情が変わる様を見てロギアも心を落ち着かせ安心してその様子を眺めていた。

「心配はないでしょう。此処の主催の方には私から話は通してありますし、此処に見える方々は優しい人ばかりですからロギアさんもアリアさんと一緒に」
 桐ケ谷尊信がほほ笑む。

「確かに……」
 ロギアがアリアと店員のやり取りを眺めてから「それもそうだな」

 ロギアはアリアに歩み寄っていく。

 一行は特にあてもなく此処の通りをぶらぶらと歩き、それぞれ気になった屋台で購入した食べ物を口に含む。更に通りの奥に見える神社にも足を運び、久しぶりにこんな世界になる前の様な平和で笑っていられる時を過ごした。





 公衆便所の一室で石井は戸締りを確認し鏡に映る顔を凝視する。

 目の前の鏡に浮かぶ自身の顔からブクブクと気泡が上がる。しだいにその数は多くなり、それが納まる頃には自身の顔に違和感を感じた。

「うわぁ!」

 小さく悲鳴を上げ、目を擦りその部分に触れ何度も確認するが先程の鏡に映った異物は全く感じられずただ汗が顎を伝い落ちる。

 何度も顔を近づけて注視すると皮膚の下に何かが蠢いているのが見える気がし、その姿が自身が忌み嫌う感染者の容姿と重なり石井は吐き気を起こし餌付いた。

「――――うッ!?」

 口を押え後退る。
 
「このままじゃあ――――間に合わない……」

 顔中を触り若干膨らんでいる皮膚に触れ恐怖し絶叫を上げる。

「こうなってしまってはもう自分では何も出来ない――――――どのみち間に合わないなら――――」

 石井の頭にアリアが浮かび上がる。
 
 ”そんな運命を受け入れられない――どうする、どうする――――?”

 現実を直視出来ない。

 グルグルと思考をめぐらせながら足取りは重く、公衆便所から出ると近くのベンチで休んでいるロギアとアリアが気付き顔を向けてくる。

「石井さん、大丈夫ですか?」

 顔色が悪い様子を見てアリアが首を傾げる。 

「ええ、大丈夫です……少しお腹の調子が良くなくて……」

 歩き出そうとする運転手を手で制す。

「そのまま……顔色が良くないからまだ座って安静にしていた方がいいかな」

 アリアの背後に見える景色はすっかり夕暮れに染まっている。

 アリアは端末で野暮用でこの場を離れている桐ケ谷尊信と連絡を取り、運転手から目は離さず状況を説明する。

「石井さんかなり疲れているみたいだし――――」

「――――そうですか」

 アリアは相手の言葉に頷き、ベンチに座る運転手に顔を向ける。

「今、桐ケ谷尊信さんと連絡をとっていますから安心してくださいね」

 ロギアはその様子に目を配りながら運転手の顔へと目線を送る。

「ぼ、僕は――――取り返しのつかない――」

「?」

「悪気はなかったんだ……これしか――――」

 ボソボソと呟く運転手の言動に違和感を覚えた。

「これでしか生き残れるだなんて」

「おい、アンタ本当に大丈――――」

「お待たせ致しました皆さん、今回は私が運転しましょう、石井さんはゆっくり休んで居て下さいね」

 桐ケ谷尊信の声が聞こえそれに合わせてアリアも駆け寄ってくる。

 桐ケ谷尊信は運転手の様子を軽く診断し、医療チームの兵士と連絡を取ると「見る限り顔色も悪い様ですし貴方は休んだ方が良いですね、休暇の事も私がとっておきます」

「あ、ありがとうございます……」

 医療チームの一人の兵士と合流し運転手を預け、桐ケ谷尊信は話をした後ロギア達の元へとやってくる。

「彼等は取り合えず病院の手続きはしましたのでそちらに向かわれると思います」

「そう……か……」

 運転手がボソボソと呟いていた事が気になりつつも、医療チームの兵士が運転手を連れて行くその姿を見送ると、桐ケ谷尊信が運転をし自宅へと戻っていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...