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夜、寮の自室で。
机に向かって座り、俺は理光のネームタグ付きイヤホンを耳に差し込んでいた。
中では甘ったるい女性ボーカルの曲が流れ、音が耳の奥を塞ぐように、しっかりと響いている。
ルールは単純だ。
俺はイヤホンで理光の声を聞かないようにし、彼と電話の向こう側にいる愛子のやり取りを、口の動きだけで読み取る。
そして、その口パクに合わせて、電話越しに返答する——それだけのゲーム。
理光がこっちに二言ほど呟いたあと、愛子の番号を押した。
通話が繋がると、俺は理光の口元を一瞬たりとも見逃すまいと、瞬きを忘れてその唇を注視した。
理光は坊主に近い短髪で、眉の形が強く、体格も大きい。普段はあまり笑わず、近寄ると少し怖い印象のあるタイプだ。
だがその時の彼は、椅子にもたれかかりながら、どこか含み笑いを浮かべていた。まるで飼い犬が悪戯を企んでいるみたいな顔だ。
電話の向こうで何を言っているのかはわからない。理光が口を動かす。
「さっき飯食ったよ。昼は理光と一緒。理光、ちゃんといいやつで、見た目も……格好よくて、面白い人だよ」
自分を褒めるように口角を緩める理光を見て、思わず笑ってしまった。
学内のファンたちがこれを見たら幻滅するだろう——自分でそんなこと言うなんて、って。
最初のやり取りは穏やかに進んだ。
問題はその後だ。理光がしばらく動かないまま、まぶたを少し伏せ、鼻筋の通った横顔で唇を歯に軽く当てた。
血色のいい唇がわずかに赤みを増す。
そして、ふいに目を上げた瞬間、理光は表情を引き締め、身体をわずかに前へ傾けた。
近い——唇が触れそうなほどの距離だ。
本当に、何をするつもりだ。
俺は、口の形を見せやすくしてくれているのだろうと自分に言い聞かせ、真剣にその唇の動きを追った。
その美しい唇が、静かに形を作る。
「光希、好きだ。」
思わず目を見開いた。
理光はさっと姿勢を正し、椅子に戻った。頭が一瞬真っ白になり、何も考えられなくなる。
――冗談、だよな?
もし冗談なら、どうして俺の名前を入れる?
電話の相手は愛子だ。なら「愛子、好きだ」と言うはずだろう。
あるいは、俺が誤解しないように、わざと名前を変えたのか?
理光は薄い笑みを浮かべたまま、じっと俺を見つめていた。
唇はまだ動き続けている。何かを話しているようだ。
その瞬間、電話越しに声が流れた。
慌ててイヤホンを引き抜くと、愛子の怒鳴り声が飛び込んできた。
「理光! このクソ野郎! 初対面の時からあんたの本心が怪しいって言ってたのよ! うちの光希お兄ちゃんを狙ってんじゃないでしょ、このクソ野郎、消えなさい!」
「お前こそ何様だよ? この前の——」
理光が言い返しかけて、俺の呆然とした顔に気づいたらしく、言葉を飲み込んだ。
「言っとくけど、光希に変なこと考えるんじゃねえぞ。さもないと……いい目にあわねえからな」
「いい目にあわねえって? じゃあ俺が光希をいただいちゃうぞ!」
呆然としたままの俺の首筋を、理光の大きな手が掴んだ。
そのまま強引に引き寄せられる。
「んっ……」
唇が触れた刹那、理光は柔らかい部分を軽く噛んだ。
全身にぞくりとした震えが走る。
電話の向こうで、愛子の悲鳴のような叫びが響いた。
「理光!!!!」
理光は片手で電話を切り、そのまま電源も落とした。
机に向かって座り、俺は理光のネームタグ付きイヤホンを耳に差し込んでいた。
中では甘ったるい女性ボーカルの曲が流れ、音が耳の奥を塞ぐように、しっかりと響いている。
ルールは単純だ。
俺はイヤホンで理光の声を聞かないようにし、彼と電話の向こう側にいる愛子のやり取りを、口の動きだけで読み取る。
そして、その口パクに合わせて、電話越しに返答する——それだけのゲーム。
理光がこっちに二言ほど呟いたあと、愛子の番号を押した。
通話が繋がると、俺は理光の口元を一瞬たりとも見逃すまいと、瞬きを忘れてその唇を注視した。
理光は坊主に近い短髪で、眉の形が強く、体格も大きい。普段はあまり笑わず、近寄ると少し怖い印象のあるタイプだ。
だがその時の彼は、椅子にもたれかかりながら、どこか含み笑いを浮かべていた。まるで飼い犬が悪戯を企んでいるみたいな顔だ。
電話の向こうで何を言っているのかはわからない。理光が口を動かす。
「さっき飯食ったよ。昼は理光と一緒。理光、ちゃんといいやつで、見た目も……格好よくて、面白い人だよ」
自分を褒めるように口角を緩める理光を見て、思わず笑ってしまった。
学内のファンたちがこれを見たら幻滅するだろう——自分でそんなこと言うなんて、って。
最初のやり取りは穏やかに進んだ。
問題はその後だ。理光がしばらく動かないまま、まぶたを少し伏せ、鼻筋の通った横顔で唇を歯に軽く当てた。
血色のいい唇がわずかに赤みを増す。
そして、ふいに目を上げた瞬間、理光は表情を引き締め、身体をわずかに前へ傾けた。
近い——唇が触れそうなほどの距離だ。
本当に、何をするつもりだ。
俺は、口の形を見せやすくしてくれているのだろうと自分に言い聞かせ、真剣にその唇の動きを追った。
その美しい唇が、静かに形を作る。
「光希、好きだ。」
思わず目を見開いた。
理光はさっと姿勢を正し、椅子に戻った。頭が一瞬真っ白になり、何も考えられなくなる。
――冗談、だよな?
もし冗談なら、どうして俺の名前を入れる?
電話の相手は愛子だ。なら「愛子、好きだ」と言うはずだろう。
あるいは、俺が誤解しないように、わざと名前を変えたのか?
理光は薄い笑みを浮かべたまま、じっと俺を見つめていた。
唇はまだ動き続けている。何かを話しているようだ。
その瞬間、電話越しに声が流れた。
慌ててイヤホンを引き抜くと、愛子の怒鳴り声が飛び込んできた。
「理光! このクソ野郎! 初対面の時からあんたの本心が怪しいって言ってたのよ! うちの光希お兄ちゃんを狙ってんじゃないでしょ、このクソ野郎、消えなさい!」
「お前こそ何様だよ? この前の——」
理光が言い返しかけて、俺の呆然とした顔に気づいたらしく、言葉を飲み込んだ。
「言っとくけど、光希に変なこと考えるんじゃねえぞ。さもないと……いい目にあわねえからな」
「いい目にあわねえって? じゃあ俺が光希をいただいちゃうぞ!」
呆然としたままの俺の首筋を、理光の大きな手が掴んだ。
そのまま強引に引き寄せられる。
「んっ……」
唇が触れた刹那、理光は柔らかい部分を軽く噛んだ。
全身にぞくりとした震えが走る。
電話の向こうで、愛子の悲鳴のような叫びが響いた。
「理光!!!!」
理光は片手で電話を切り、そのまま電源も落とした。
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