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もしかしたらアルコールのせいか、夜のせいか、それとも他の何かのせいか――仁野は松田にそっとキスをした。
松田はその場で固まった。仁野の唇は熱く、まるで自分の体に火が点いたようで、全身がふわふわと柔らかくなる。目も開けられず、ただ仁野の喉の動きだけを見つめた。そのキスは一瞬で終わり、松田が我に返ったときには、仁野はすでに安全な距離まで下がり、自然な口調で言った。「行こう。」
松田はぼんやりと後ろをついていく。仁野の顔は少し下を向き、横顔は凛々しく、歩みは落ち着いていて確かだ。松田はその背中に覆われながら、自分もまた欲していること、ずっと秘めてきた想いを少しずつ自覚するしかなかった。
仁野は松田を部屋まで送る。松田のルームメイトはいなかった。松田はカードキーでドアを開け、仁野は廊下で扉に軽く手を添えたまま言った。「俺、行くよ。」
松田はまだキスの余韻に浸り、耳のあたりは赤く染まっている。首からメダルを外して両手で差し出す。少し頭を下げ、視線をそらしたまま言った。「でも、祝福の気持ちは…」
仁野はそれを受け取り、ポケットに放り込み、ふと合宿のことを思い出す。少し逡巡してから口を開いた。「あと、一つ話がある。」
松田は顔を上げて、「なに?」と訊く。
仁野は少し間を置き、ゆっくりと言った。「今日の表彰式で、県のチームから、優勝と準優勝に一か月の合宿参加の機会があるって――」 言葉を切り、続ける。「俺、行くことにした。」
松田の顔がみるみる青ざめる。
ぼんやりとつぶやいた。「一か月…?」
仁野は軽く頷き、少し残酷な気もして、やわらかく声を添える。「ごめんね。」
松田は俯き、何を考えているのか分からないまま、二人はしばらく沈黙する。
仁野はそっと手を伸ばし、柔らかい髪を撫でる。「じゃあ、ひと月中断しても、俺が戻ったら埋め合わせすればいい?」
松田はまだ頭を下げたままで、答えない。
廊下を誰かが通り過ぎ、奇妙そうに二人を見たが、扉が閉まると松田は静かに佇んだ。
仁野がもう一言言おうとしたとき、松田が小さな声で口を開く。頭を少し上げて仁野を見つめるが、すぐに視線をそらし、床のカーペットを見つめる。「……だから、このキスは、そのため……?」
仁野は息を呑む。
松田の声は穏やかだが、かすかにこらえきれない嗚咽が混じっていた。「償いのためにキスしたの?」
仁野の心臓がぎゅっと締め付けられる。言葉を返す前に、松田は両手で顔を覆った。あの日、仁野が逃げた時と同じように、肩をすくめて深く頭を垂れ、声はかすかに震える。「こんなことしないで、俺、勝手に勘違いしてるだけだから…」
仁野は手首を掴む。松田は顔を上げず、仁野は少し力を入れて手を下ろし、両手で松田の顔を包む。
目に涙をためた松田の瞳を見た。もうすぐ零れ落ちそうだ。こんな姿、松田は恥ずかしくて直視できず、かすれ声で謝る。「ごめん…」 二度、三度繰り返す。
仁野は親指でそっと涙を拭き、俯いて彼を見つめ、優しく言う。「慈善家みたいに見える?違う、補償のためにキスしたんじゃない。ただ、突然キスしたかっただけ」
指で涙を拭い、腰をかがめて彼と目線を合わせる。「泣くなよ。高校の時に謎の蹴り、最近も理由もなく叩かれたこと、泣かなかっただろ。なんで今泣くんだ?」
松田は深く息を吸い、声はかすれたまま。「ご、ごめんなさい…」
仁野は力を込めて彼を抱きしめる。背中を優しく叩き、耳元で低く囁く。「謝らなくていい。さあ、寝よう」
松田はうなずき、手の甲で目尻を拭う。涙は止まったが、赤くなった瞳と鼻先に名残りがある。仁野と向かい合い立つと、松田が振り返る瞬間に手首をつかみ、鼻筋にそっとキスをする。
松田は呆然と仁野を見つめる。仁野は子供をあやすように、穏やかな眼差しで言った。「さあ、行け。」
松田はその場で固まった。仁野の唇は熱く、まるで自分の体に火が点いたようで、全身がふわふわと柔らかくなる。目も開けられず、ただ仁野の喉の動きだけを見つめた。そのキスは一瞬で終わり、松田が我に返ったときには、仁野はすでに安全な距離まで下がり、自然な口調で言った。「行こう。」
松田はぼんやりと後ろをついていく。仁野の顔は少し下を向き、横顔は凛々しく、歩みは落ち着いていて確かだ。松田はその背中に覆われながら、自分もまた欲していること、ずっと秘めてきた想いを少しずつ自覚するしかなかった。
仁野は松田を部屋まで送る。松田のルームメイトはいなかった。松田はカードキーでドアを開け、仁野は廊下で扉に軽く手を添えたまま言った。「俺、行くよ。」
松田はまだキスの余韻に浸り、耳のあたりは赤く染まっている。首からメダルを外して両手で差し出す。少し頭を下げ、視線をそらしたまま言った。「でも、祝福の気持ちは…」
仁野はそれを受け取り、ポケットに放り込み、ふと合宿のことを思い出す。少し逡巡してから口を開いた。「あと、一つ話がある。」
松田は顔を上げて、「なに?」と訊く。
仁野は少し間を置き、ゆっくりと言った。「今日の表彰式で、県のチームから、優勝と準優勝に一か月の合宿参加の機会があるって――」 言葉を切り、続ける。「俺、行くことにした。」
松田の顔がみるみる青ざめる。
ぼんやりとつぶやいた。「一か月…?」
仁野は軽く頷き、少し残酷な気もして、やわらかく声を添える。「ごめんね。」
松田は俯き、何を考えているのか分からないまま、二人はしばらく沈黙する。
仁野はそっと手を伸ばし、柔らかい髪を撫でる。「じゃあ、ひと月中断しても、俺が戻ったら埋め合わせすればいい?」
松田はまだ頭を下げたままで、答えない。
廊下を誰かが通り過ぎ、奇妙そうに二人を見たが、扉が閉まると松田は静かに佇んだ。
仁野がもう一言言おうとしたとき、松田が小さな声で口を開く。頭を少し上げて仁野を見つめるが、すぐに視線をそらし、床のカーペットを見つめる。「……だから、このキスは、そのため……?」
仁野は息を呑む。
松田の声は穏やかだが、かすかにこらえきれない嗚咽が混じっていた。「償いのためにキスしたの?」
仁野の心臓がぎゅっと締め付けられる。言葉を返す前に、松田は両手で顔を覆った。あの日、仁野が逃げた時と同じように、肩をすくめて深く頭を垂れ、声はかすかに震える。「こんなことしないで、俺、勝手に勘違いしてるだけだから…」
仁野は手首を掴む。松田は顔を上げず、仁野は少し力を入れて手を下ろし、両手で松田の顔を包む。
目に涙をためた松田の瞳を見た。もうすぐ零れ落ちそうだ。こんな姿、松田は恥ずかしくて直視できず、かすれ声で謝る。「ごめん…」 二度、三度繰り返す。
仁野は親指でそっと涙を拭き、俯いて彼を見つめ、優しく言う。「慈善家みたいに見える?違う、補償のためにキスしたんじゃない。ただ、突然キスしたかっただけ」
指で涙を拭い、腰をかがめて彼と目線を合わせる。「泣くなよ。高校の時に謎の蹴り、最近も理由もなく叩かれたこと、泣かなかっただろ。なんで今泣くんだ?」
松田は深く息を吸い、声はかすれたまま。「ご、ごめんなさい…」
仁野は力を込めて彼を抱きしめる。背中を優しく叩き、耳元で低く囁く。「謝らなくていい。さあ、寝よう」
松田はうなずき、手の甲で目尻を拭う。涙は止まったが、赤くなった瞳と鼻先に名残りがある。仁野と向かい合い立つと、松田が振り返る瞬間に手首をつかみ、鼻筋にそっとキスをする。
松田は呆然と仁野を見つめる。仁野は子供をあやすように、穏やかな眼差しで言った。「さあ、行け。」
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