目が合うたび、恋が始まっていた

perari

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俊介が小学二年生のある日、放課後になっても迎えが来なかった。
家に電話をかけても、誰も出ない。
先生が心配して、校門のそばで一緒に待ってくれたが、空はすっかり暮れてしまった。
やがて、迎えに来たのは叔父だった。
叔父は俊介の姿を見るなり、その場にしゃがみ込み、ぎゅっと抱きしめて、赤い目をして長く息を吐いた。
俊介はただ呆然としながら見上げた。――どうして叔父が迎えに来たの? お父さんとお母さんは?
そのあとのことは、俊介の記憶から抜け落ちている。
きっと脳が彼を守るために、混乱と悲しみの場面を塗りつぶしてしまったのだろう。
毎日涙を流していた祖母の姿も、
出発の前夜、抱きしめながら一晩中離さなかった母のぬくもりも、
二人の叔母の家を転々とした日々も――何一つ、思い出せない。
記憶の二年間が、まるごとぼやけてしまった。
だから俊介にとって、その出来事を思い出すたびに湧くのは痛みではなく、ただの麻痺のような感覚だった。
一つの大火事が、彼の家をすべて焼き尽くし、父を奪い、やがて母も失った。
もともと明るい子ではなかったが、それ以来、俊介はさらに口数が減った。
まるで言葉を知らない小動物のように、いつも周囲を警戒しながら生きていた。
そんな子どもが学校で好かれるはずもない。
仲間外れにされ、いじめられ、笑われるのは日常だった。
中学三年間、俊介はずっとそうして過ごしてきた。
そんな彼にとって、西村は初めての友人だった。
西村は優しく、穏やかで、目が見えなかった。
彼のそばにいると、俊介は「自分が誰かに必要とされている」と感じられた。
拒まれないという安心が、そこにはあった。
西村と同じ机になってから、俊介は少しずつ明るくなった。
依然として無口で、人に対して慎重ではあったが、以前よりずっと“普通”になっていった。
どちらも根は素直な子どもだ。
ただ、あまりに早く守ってくれる人を失っただけ。
だから孤独で、だから弱かった。
けれど、人生というものは、なぜかそういう子を好んで試すようにできている。
もう十分に不幸なはずなのに、さらに少しだけ不運を重ねてくる。
高校三年の春。
俊介は毎晩、最後の自習を終えると、教科書の詰まった鞄を背負い、駅へと走っていた。
地下鉄の最終に間に合うためだ。
学校からも家からも駅は遠く、この時間にはもうバスもない。
タクシーに乗るお金はもったいなくて、彼はいつも走っていた。
その日の夜、先生は珍しく怒っていた。
自習時間に教室がうるさすぎたせいで、放課が数分も遅れた。
だから俊介は、いつもより焦って校門を飛び出した。
交差点を曲がったところで、不意に誰かとぶつかった。
相手も高校生で、制服の色からして、通りの向こうの学校の生徒だった。
「すみません」と俊介は小さく頭を下げて、そのまま走り出そうとしたが、腕をぐいっと掴まれた。
「おい、前見て歩けよ。目ぇついてんのか?」
相手の手の力は強く、俊介の腕を掴んだ指が痛いほどだった。
こういうとき、俊介は何も言えなくなる。
ただ、眼鏡の奥から黙って相手を見つめるだけだ。
相手の男子は、まだ怒りが収まらないようで、
「チッ」と舌打ちしてから、さらに数言の悪態をついた。
そして、俊介の腕を乱暴に放り投げるように押しやった。
俊介の身体は、すぐそばの鉄のフェンスにぶつかり、
肩と頭を打った。
乾いた音がして、一瞬、視界が白くなった。
それが衝撃のせいか、さっきまで走っていたせいか、自分でもわからなかった。
そのとき、すぐそばで車が止まる音がして、
「……ったく、運のねぇガキだな」
聞き覚えのある声が低くつぶやいた。
俊介が顔を上げるより早く、その人影は前へ駆け出していた。
次に見たときには、その人はすでにさっきの高校生の背後にいて、
肩にかけていた鞄を振り上げ、頭めがけて思いきり叩きつけていた。
「いっ……!」と相手が悲鳴を上げ、耳を押さえてしゃがみ込む。
「自分の学校で威張り散らすのは勝手だが、
 うちの学校の生徒に手ぇ出すなよ。」
鞄を片手で持ち上げたまま、航平が立っていた。
相手の男子は顔を上げ、震える声で聞いた。
「……誰だよ、お前。」
「制服見りゃわかんだろ。
 威張りたいなら、俺みたいなのを相手にしろ。
 弱そうな奴にしか手ぇ出せねぇのか? みっともねぇな。」
航平は冷ややかに言い放ち、視線を落とした。
その横顔には、薄く笑うような、しかし心底からの軽蔑が浮かんでいた。
俊介が駆け寄ると、航平はちらりと振り返り、
何も言わずにまた前を向いた。
相手の男子は、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
その沈黙の中に、もう勝敗ははっきりしていた。
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