目が合うたび、恋が始まっていた

perari

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航平が今日着ていたのは、流行りの淡いグレーの大きめの制服ジャケットだった。丈も幅もゆったりしていて、背が高く痩せている彼が着れば何でも様になる。俊介は、あの服の中なら自分が二人は入りそうだと感じた。
航平はジッパーを上げ、箒を持ち直すと俊介に「ついて来い」と言った。
今日遅刻を見張っていたのは生活指導の教頭だった。俊介はうつむき、胸をどきどきさせながら航平の後を追う。教頭は彼らが雪かき用の箒を持っているのを見ると、特に気にも留めずスマホに視線を戻した。
俊介の鞄は薄いTシャツ越しに航平の腹に押し当てられている。階段を上りながら航平が「っ、冷てぇ、腹が氷る」と呻く。
俊介はどう反応すればいいのかわからず、ただ彼を見つめるしかなかった。
教室のある階に着いたときも、航平は止まる気配がない。俊介は踊り場に立ち尽くし、彼の背を見送る。航平はさらに階段を上ろうとする。
「……俺の鞄」俊介は小さな声でやっと口を開いた。呼びかける言葉が見つからず、ただそう呟く。
航平はようやく思い出したように立ち止まり、上着を脱いで鞄を差し出した。俊介が受け取ろうとした瞬間、彼はわざと手を上げ、届かせない。
「……ありがと、航平」
俊介は目をぱちぱちと瞬かせ、眼鏡にまだ白い霜が残っている。数秒もごもごしてから、視線を落とし、再び「ありがとう……航平」と繰り返した。
「行けよ」航平は笑みを浮かべ、ようやく鞄を渡して階段を上っていった。
俊介はその鞄を抱きしめる。そこには航平の身体と上着の中にこもっていた、温かさがまだ残っていた。
その後の自習の間も、俊介は無意識のまま鞄を抱え続けてしまった。わざとではなく、本を取り出したあともぼんやりと腕に残していたのだ。
昼休み、食堂で西村に呼ばれ、一緒に食べることになった。俊介はいつものように西村の隣に座り、向かいには航平と弦生が並んだ。
航平は数口食べただけで箸を置いた。俊介は今朝のことを思い出し、向かいの彼を直視できずにいた。
「もう食べないの?」弦生が尋ねる。「胃が痛いんじゃなかった?」
「食欲がわかねえ。米が固すぎるんだよ」航平は答えた。
「胃が痛いの?」西村が気遣うように問いかける。
「ちょっとな。大丈夫だ」航平は、向かいでずっと俯いている俊介に視線を投げ、笑いながら言った。「冷えただけだ」
その瞬間、西村の隣で俊介のスプーンがカチャリと音を立てた。
慌てて顔を上げた俊介の瞳は丸く見開かれ、眼鏡の奥で怯えと気まずさ、そしてどこか申し訳なさが滲んでいた。
「なんで冷えたの?服が薄すぎたんじゃないの?」西村は航平に問いかける。
航平は俊介と視線を合わせる。そこに浮かぶ「また自分のせいで……」という表情に、思わず笑い声を漏らした。
「まあ、薄着だったのかもな」
俊介はまた航平を見ては俯き、俯いては思い返す。今朝、自分がずっと抱いていた鞄のぬくもりを。そして昼食の味はまるで頭に入らなかった。
――それから俊介は、遅刻しないために毎朝三十分早く起きるようになった。弟を起こそうとするのだが、甘やかされて育った彼はなかなか布団から出てこない。しつこく呼ぶと、やがて泣き出してしまう。俊介はその泣き声が何より怖かった。寄食する子どもにとって、家の子が泣くことは何よりも恐ろしい。たとえ伯母が彼を責めることがなくても。
弟はまるでわざと逆らうように、俊介が急げば急ぐほど最後の最後まで支度を引き延ばす。俊介は心の中で焦りながらも、何も言えなかった。伯母に「もう送りたくない」と言うこともできず、弟を急かすこともできなかった。
だから俊介にできるのは、毎日少しずつ努力を積み重ねることだけだった。――彼はどうしても大学に進学したかった。
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