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航平は黒いショート丈の薄手の制服ジャケットに、カーゴパンツ、バスケットシューズという格好だった。
その部屋の中で、俊介は一目で彼を見つけた。
航平も俊介に気づくと、口の端を上げ、軽く顎をしゃくってみせた。
あの不良っぽくも洒落た仕草が、彼なりの挨拶だった。
この場にいるのは、俊介を除けばみんな西村の高校一年のクラスメイトたちだ。
俊介は場違いな外部の人間だったが、高校の後半から西村と親しくなったことで、彼らとも半ば顔見知りの関係だった。
集まればいつも通り、彼らはやかましかった。特に仁野たちは、まるで高校時代のまま、笑いながら部屋中を走り回っているようだ。
俊介は西村の隣に座って、二人並んで黙々と食べていた。
周りが飲んで騒ぐ中、まるで別の空気が二人のあいだに流れていた。
仁野の父が経営するホテルの料理は評判どおりで、エビ団子の皿がひと回りして戻ってきたときには、残りのわずかな分が二人の前に置かれた。
西村が俊介の耳元で囁いた。
「このエビ団子、うまいな。」
俊介はうなずいた。「うん、うまい。」
「まだある?」
「もうない。俺の皿にひとつ残ってるけど、食べる?」
「いいよ、お前が食え。」
そのとき、不意に背後から笑い声がした。
二人の頭が同時に振り向く。ひとりは見える目で、もうひとりは癖のように同じ方向を向いて。
「店員さん。」航平がドアのほうを見て言った。
「さっきのエビ団子、もう二皿追加で。ひと皿はこの二人のところに。」
店員が「はい」と返して出ていくと、航平は二人の椅子の背を軽く叩きながら笑った。
「遠慮すんな。食いたいもんがあったら言え。」
「ありがとう、航平。」西村がにこにこと言う。
俊介は黙ったままだった。
航平は彼を見て、からかうように言った。
「お前は礼も言わねえの?」
もちろん、本気で礼を求めているわけじゃなかった。
ただの軽い冗談。
そう言って、航平はまた自分の席へ戻っていった。
西村は俊介が返事をしないのを気にして尋ねた。
「俊介、まだみんなのこと怖いのか?」
俊介はもごもごと言葉を探して、ようやく「……いや」とだけ答えた。
場の空気は一時落ち着いたが、仁野の“あの癖”が始まった。
やたらと弦生の話を持ち出すのだ。
彼が弦生の名を出すたびに、西村は少しずつ黙りこんでいった。
やがて彼は自分から酒を頼み、黙って一人で飲み始めた。
俊介はその姿を見て、胸の奥にかすかな孤独を感じた。
俊介も酒を頼んだ。
グラスに注いでひと口飲むと、舌に広がる苦味に顔をしかめた。
「弦生にはもう彼女がいるらしいぞ。」仁野がまた大声を出した。
「航平もそろそろだな。さっきから外に出て電話ばっかりして。誰と話してんだ?」
「お前は酒でも飲んでろ。」航平がうるさそうに言う。
「おいおい、見せろよ、誰に電話してんだ?」
仁野が航平のスマホを覗きこもうとした。
「どけ。うぜえ。」航平が腕で押しのける。
「うわ、やっぱり怪しい! お前、なんかあんだろ!」仁野が叫んで笑った。
航平は無表情でスマホをポケットにしまい、何も言わずに席に戻った。
俊介は見ようとしなかったが、狭い部屋に響く仁野の声がすべて耳に届いた。
「航平にも彼女できたんだな……」
西村が机に頬をつけ、指先で机をとんとん叩いた。
「みんな、もう彼女がいるんだな……」
俊介は小さくうなずいて、同じように頬をつけた。
「うん。」
「俊介。」
「ん?」
「女の子の“彼女”って……どんな感じなんだ?」
仁野がさっき何度も言っていた。弦生には東京に彼女がいるらしい、と。
「きっと、きれいな人なんだろうな。」
西村の声は少し遠く、揺れていた。
俊介は一瞬、航平の方を見た。
明るい笑みを浮かべ、軽くジョッキを掲げる彼の姿。
その一瞬の光景が胸に刺さった。
「うん。きっと、すごくきれいだよ。」
「……性格はいいのかな?」
俊介は少し考えて答えた。
「いいんじゃないかな。少しくらい悪くても、うまくやれればいい。」
しばらくして、西村が小さくうなずいた。
「うん、そうだね。うん……」
ふたりの会話は、まるで対話の形をした独白のようだった。
その部屋の中で、俊介は一目で彼を見つけた。
航平も俊介に気づくと、口の端を上げ、軽く顎をしゃくってみせた。
あの不良っぽくも洒落た仕草が、彼なりの挨拶だった。
この場にいるのは、俊介を除けばみんな西村の高校一年のクラスメイトたちだ。
俊介は場違いな外部の人間だったが、高校の後半から西村と親しくなったことで、彼らとも半ば顔見知りの関係だった。
集まればいつも通り、彼らはやかましかった。特に仁野たちは、まるで高校時代のまま、笑いながら部屋中を走り回っているようだ。
俊介は西村の隣に座って、二人並んで黙々と食べていた。
周りが飲んで騒ぐ中、まるで別の空気が二人のあいだに流れていた。
仁野の父が経営するホテルの料理は評判どおりで、エビ団子の皿がひと回りして戻ってきたときには、残りのわずかな分が二人の前に置かれた。
西村が俊介の耳元で囁いた。
「このエビ団子、うまいな。」
俊介はうなずいた。「うん、うまい。」
「まだある?」
「もうない。俺の皿にひとつ残ってるけど、食べる?」
「いいよ、お前が食え。」
そのとき、不意に背後から笑い声がした。
二人の頭が同時に振り向く。ひとりは見える目で、もうひとりは癖のように同じ方向を向いて。
「店員さん。」航平がドアのほうを見て言った。
「さっきのエビ団子、もう二皿追加で。ひと皿はこの二人のところに。」
店員が「はい」と返して出ていくと、航平は二人の椅子の背を軽く叩きながら笑った。
「遠慮すんな。食いたいもんがあったら言え。」
「ありがとう、航平。」西村がにこにこと言う。
俊介は黙ったままだった。
航平は彼を見て、からかうように言った。
「お前は礼も言わねえの?」
もちろん、本気で礼を求めているわけじゃなかった。
ただの軽い冗談。
そう言って、航平はまた自分の席へ戻っていった。
西村は俊介が返事をしないのを気にして尋ねた。
「俊介、まだみんなのこと怖いのか?」
俊介はもごもごと言葉を探して、ようやく「……いや」とだけ答えた。
場の空気は一時落ち着いたが、仁野の“あの癖”が始まった。
やたらと弦生の話を持ち出すのだ。
彼が弦生の名を出すたびに、西村は少しずつ黙りこんでいった。
やがて彼は自分から酒を頼み、黙って一人で飲み始めた。
俊介はその姿を見て、胸の奥にかすかな孤独を感じた。
俊介も酒を頼んだ。
グラスに注いでひと口飲むと、舌に広がる苦味に顔をしかめた。
「弦生にはもう彼女がいるらしいぞ。」仁野がまた大声を出した。
「航平もそろそろだな。さっきから外に出て電話ばっかりして。誰と話してんだ?」
「お前は酒でも飲んでろ。」航平がうるさそうに言う。
「おいおい、見せろよ、誰に電話してんだ?」
仁野が航平のスマホを覗きこもうとした。
「どけ。うぜえ。」航平が腕で押しのける。
「うわ、やっぱり怪しい! お前、なんかあんだろ!」仁野が叫んで笑った。
航平は無表情でスマホをポケットにしまい、何も言わずに席に戻った。
俊介は見ようとしなかったが、狭い部屋に響く仁野の声がすべて耳に届いた。
「航平にも彼女できたんだな……」
西村が机に頬をつけ、指先で机をとんとん叩いた。
「みんな、もう彼女がいるんだな……」
俊介は小さくうなずいて、同じように頬をつけた。
「うん。」
「俊介。」
「ん?」
「女の子の“彼女”って……どんな感じなんだ?」
仁野がさっき何度も言っていた。弦生には東京に彼女がいるらしい、と。
「きっと、きれいな人なんだろうな。」
西村の声は少し遠く、揺れていた。
俊介は一瞬、航平の方を見た。
明るい笑みを浮かべ、軽くジョッキを掲げる彼の姿。
その一瞬の光景が胸に刺さった。
「うん。きっと、すごくきれいだよ。」
「……性格はいいのかな?」
俊介は少し考えて答えた。
「いいんじゃないかな。少しくらい悪くても、うまくやれればいい。」
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