目が合うたび、恋が始まっていた

perari

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それは三週間ぶりの連絡だった。
航平はその間ずっと忙しくしていて、ふたりの会話も途絶えていた。
俊介は写真を見つめながら、胸の奥で何かが――またはっきりと、打たれるのを感じた。
「心が動く」というのは、本当に不思議なことだ。
言葉では形にできないほど曖昧なのに、ちゃんと分かる。
胸のどこかがへこんで、少し酸っぱく、しびれるような感覚。
その写真は、明らかに航平が片手で適当に撮ったものだった。
写真の端はぼやけているのに、それがかえって俊介の中にある航平の印象とぴたりと重なった。
力強い手が、何気なく子犬を支えている。
けれど親指が小さな前足にそっと触れている、その仕草の中に、不意の優しさが宿っていた。
航平が写真と音声を送ってから、もう半日が過ぎていた。
それでも俊介からは返信がない。
航平は家に帰ると、まず子犬を洗った。
――こんな小さいのに、洗って大丈夫なのか?
そう思ったが、もうすでにびしょ濡れだし、とりあえず洗ってしまえ、と。
洗い終えると、ようやく俊介からメッセージが届いた。
「すごく小さいね。まだ生まれて一ヶ月も経ってないんじゃない?」
航平は普段ドライヤーを使わない。家に乾かすものもなかった。
新しいタオルを取ってきて子犬を拭き、包み込むようにして膝の上に置く。
それからスマホを手にして返した。
「分かんない。まだ鳴き方も変でさ。」
俊介:「飼うつもり?」
航平:「いや、無理だよ。凍えそうだったから拾っただけ。」
タオルから鼻だけ出した子犬が、航平の膝の上でぶるぶる震えている。
「……ほんとブサイクだな。」
そうつぶやきながら写真をもう一枚送る。
俊介:「そうでもないよ。そんなにブサイクじゃない、はは。」
俊介:「俺も子どもの頃、家で犬飼ってた。あれも毛むくじゃらで、めちゃくちゃブサイクだったな。」
俊介は滅多に子どもの頃の話をしない。
家のこともほとんど語らない。
航平は少しだけ事情を知っていたが、あえて聞くことはなかった。
航平:「この子もきっと大きくなってもブサイクだよ。毛の色バラバラだし。」
俊介:「本気で嫌ってるでしょ、それ。」
三週間ぶりの会話だったが、話し始めればすぐに昔のように戻れる。
まるで最後に連絡を取ったのが昨日だったかのように。
航平は元々そういう性格で、俊介はというと――好きだからこそ、構えないのだ。
それからも、航平のもとでその子犬は何日も過ごした。
譲ろうとしても誰も引き取ってくれない。
同僚たちも首を振り、SNSに投稿しても反応なし。
ただの雑種犬、しかも模様も地味だ。
今どき犬を飼う人は、みんなペットショップで可愛いのを選ぶ。
航平は職場の同僚から少しドッグフードを分けてもらい、
空きのテイクアウト容器にお湯を入れて、粉ミルクを溶かして与えていた。
子犬はとにかく臆病で、床の隅っこで丸まってばかり。
航平が歩くたび逃げ回り、声を上げるとびくっとする。
けれど日が経つうちに、少しずつ慣れてきて、
今では航平の後をついてまわり、ズボンの裾を噛んでくる。
「おい、どけって。うるさいな。」
笑いながら足でそっと押しのけると、子犬はまた戻ってくる。
「お前、もううちに居つく気か?誰にも貰われないくせに。」
それでも、子犬は部屋のあちこちでおしっこをして、航平を困らせた。
仕事から帰ると、まずそれを探すのが日課になっていた。
俊介はそんな航平にメッセージを送る。
「大きくなればトイレも覚えるよ。」
航平:「そこまで育てるかよ!」
俊介:「でも貰い手いないんでしょ?」
航平:「だったら捨てる。」
俊介:「だめだよ……」
航平:「ほんと暇人だよな、犬なんか拾って。」
俊介:「じゃあ、毎日散歩してみたら?」
航平:「……」
俊介:「だよね……疲れてるもんね。」
航平:「俺なんか犬より疲れてるわ。」
俊介はスマホを握ったまま、思わず吹き出した。
航平は毎日子犬に振り回されているのに、
その様子を聞いている俊介は――なぜだか、毎日が少し楽しくなっていた。
そして夏休みが始まり、
寮の部屋はついに俊介ひとりきりになった。
心の底から、嬉しかった。
誰にも話しかけられずに過ごせる静かな時間。
俊介はメッセージを送った。
「西村、俺のルームメイトみんな帰ったよ!」
西村:「おめでとー!」
俊介:「部屋が一気に快適になった。明日、飯行かない?」
西村:「無理。兄貴と出かけるんだ。荷物まとめてる。」
俊介:「どこ行くの?」
西村:「チベット。」
俊介:「気をつけて行けよ。ひとりでふらふらすんなよ?」
西村:「分かってる。」
西村が出発してしまうと、俊介の外出理由はなくなった。
また元の、家・寮・塾を往復する日々。
でもそれが俊介にとっては、満たされた日常だった。
何より――
航平から毎日のように届く「ぴょんぴょん跳ねる子犬の動画」が、
俊介の一番の楽しみになっていた。
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